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16.彼女がサービスしてくれる日
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「お待たせしました! 祐二先輩、いえ……祐二様!」
琴音ちゃんが家にやってきた。
ドキドキしながら迎え入れて開口一番「着替えてもいいですか?」と上目遣いされたのだ。全力の首振りをせずにはいられなかった。もちろん縦に、である。
そうして適当な部屋を案内してリビングで待っていると、メイド服姿になった琴音ちゃんが出てきたのである。
メイドカフェで働く姿からも思っていたが、琴音ちゃんはメイド服がよく似合う。元気で健気な新人メイドって感じ。
「そのメイド服……。バイトで着てるのとは別のものなのか?」
「そうなんですよ。この間これ売ってるの見ちゃって、自分でも欲しくなって買っちゃいました。よく気づきましたね」
そりゃあね。色は同じだが、フリルやレースといった装飾は抑えめだったし、形状も多少違いが見られる。ダテにメイドカフェ通いをしていないのだ。
琴音ちゃんのメイド姿が見られて嬉しい。嬉しいんだけど……。
「琴音ちゃん琴音ちゃん」
「なんですか祐二様?」
「なんでメイド服に着替えたの?」
ナチュラルに謎なんだけど。ナチュラルに様付けで呼ばれてるんだけど。
尋ねられた琴音ちゃんは「ふっふっふー」と不敵な笑みを見せる。
「今日はですねー、祐二様の髪を切りに来ただけじゃないんですよ」
「な、なんだってぇ!?」
一応驚いてみた。俺のリアクションがお気に召したのか、琴音ちゃんがにんまり笑顔になる。
ゴトンと重そうな音を立ててテーブルに置かれたのは琴音ちゃんの鞄。お買い物に使いそうなエコバッグだ。
「祐二様に手料理を振る舞おうと思いまして。食材は用意したのでお昼楽しみにしていてくださいねっ」
「おおーっ!!」
手料理マジか! マジか手料理!? 脳が瞬時に沸騰して語彙力が死んだ。
すげえ嬉しい! ……嬉しいんだけど、またあまり味付けされてないささみやブロッコリーばかりってことないよね?
思い出すのは手作りお弁当の中身。あれからもちょくちょくは作ってくれてはいるが、似たようなダイエットメニューであった。たまには味の濃いものが食べたい。
でもやっぱり嬉しい! やはり彼女の手料理の破壊力は凄まじいのだ。手作り弁当とは違った嬉しさがある。オール生野菜でも美味しく食べられる自信がある。それだけ彼女の手料理というスパイスは絶品に違いないのだ。
「ありがとうな琴音ちゃん。これで俺、あと十年は生きていけるよ」
「ちょっとよくわかんないですけど、喜んでもらえたならよかったです」
優しいええ子やわぁ……。
「……で、それがなんでメイド服につながるの?」
なんだか流されそうになったが、その答えは聞けていない気がする。聞いてないよね? 自信ありげな琴音ちゃんの顔を見てたら俺の自信がなくなってきたよ。
「もうっ、わからないんですか」
「ごめん、わかんない」
料理作るんだからエプロンはわかるんだけど、メイド服にまで着替える必要があったのか。俺にはわからなかった。
「だから、ですね……」
琴音ちゃんは少しだけ顔を伏せながら言った。
「今日は彼氏に尽くしたいっていう、彼女からのサービスですよ」
頬を朱に染めての言葉。恥ずかしいのを我慢して言ってくれたことがわかる。それがひしひしと伝わってくる表情だったから。
「……」
彼女がここまで言ってくれたってのに、俺は気の利いた返事ができなかった。
いや正直なんて返せばいいもんなの? 学校の先生にはこういうことを教えてもらいたかったよ。
とにかく、メイド服に着替えたこと含めて、俺へのサービスってことらしい。素晴らしいなサービスデイ。
こほんと咳払いする琴音ちゃん。その顔は真っ赤になっていた。ごめんな、俺が何も返せなかったから恥ずかしいばっかりになっちゃったよな。
「とにかく、先に髪の毛切っちゃいましょうか」
「お、おう。お願いします!」
というわけなので髪を切る準備に取りかかる。
フローリングに新聞紙を敷く。その上に椅子を置いて、その前に姿見を置いてみた。なんだかそれっぽい感じ。
「祐二様、これしちゃうんで座ってください」
これってのはヘアーエプロンのことである。切った髪が服についたら面倒だもんね。通ってる理容室でしか見ないもんだからまじまじと見つめてしまう。持ってる人いるんだー。
椅子に座ると首にタオルを巻いてからヘアーエプロンをつけてくれた。テルテル坊主みたいになる俺。ちなみに今日は晴れている。
「こんなのも持ってるんだ」
「自分のを切る時は邪魔になるんで使わないですけど、お姉ちゃんにする時は使ってますからね。どうです? お姉ちゃんのにおいとかしますか?」
「俺そんなに変態じゃないからね」
でもちょっとドキッてしたのは内緒だ。本当にちょっとだけなんだからねっ。このヘアーエプロンは藤咲さんの身体を包んでいたとか……か、考えてないぞっ。
鏡越しに琴音ちゃんがはさみを取り出したのが見えた。
美容院で使われてそうなはさみだ。詳しくは知らないが、道具は良いものをそろえているのだろう。
「お客様、本日はどのようにいたしましょうか?」
メイドモードから美容師モードへと切り替わる。なんだか楽しそう。
「お、お任せで」
こんな時、なんて言えばいいのかわからないの……。いやほんとに髪型を口で説明するって難しくない? 格好いい写真でも用意しとけばよかったか。
「はい、お任せされました」
困る様子を見せずに笑ってくれる。ありがてえ。
「まあ、形を整える程度しかできませんけどね」
そう言いながら俺の髪にくしを通してくれる。自分でするのとは違った、気持ちいい感覚。
「では、いきますよ……」
「お、おう。いつでもこい……」
はさみを構える琴音ちゃん。表情を険しくして身構える俺。全部鏡に映っていた。
数秒の沈黙。浅く息を吐き出した音がはっきりと耳に届いた。
「えいっ」
ジョキンッ、と。俺の髪を断ち切る音が鮮明に聞こえた。
琴音ちゃんが家にやってきた。
ドキドキしながら迎え入れて開口一番「着替えてもいいですか?」と上目遣いされたのだ。全力の首振りをせずにはいられなかった。もちろん縦に、である。
そうして適当な部屋を案内してリビングで待っていると、メイド服姿になった琴音ちゃんが出てきたのである。
メイドカフェで働く姿からも思っていたが、琴音ちゃんはメイド服がよく似合う。元気で健気な新人メイドって感じ。
「そのメイド服……。バイトで着てるのとは別のものなのか?」
「そうなんですよ。この間これ売ってるの見ちゃって、自分でも欲しくなって買っちゃいました。よく気づきましたね」
そりゃあね。色は同じだが、フリルやレースといった装飾は抑えめだったし、形状も多少違いが見られる。ダテにメイドカフェ通いをしていないのだ。
琴音ちゃんのメイド姿が見られて嬉しい。嬉しいんだけど……。
「琴音ちゃん琴音ちゃん」
「なんですか祐二様?」
「なんでメイド服に着替えたの?」
ナチュラルに謎なんだけど。ナチュラルに様付けで呼ばれてるんだけど。
尋ねられた琴音ちゃんは「ふっふっふー」と不敵な笑みを見せる。
「今日はですねー、祐二様の髪を切りに来ただけじゃないんですよ」
「な、なんだってぇ!?」
一応驚いてみた。俺のリアクションがお気に召したのか、琴音ちゃんがにんまり笑顔になる。
ゴトンと重そうな音を立ててテーブルに置かれたのは琴音ちゃんの鞄。お買い物に使いそうなエコバッグだ。
「祐二様に手料理を振る舞おうと思いまして。食材は用意したのでお昼楽しみにしていてくださいねっ」
「おおーっ!!」
手料理マジか! マジか手料理!? 脳が瞬時に沸騰して語彙力が死んだ。
すげえ嬉しい! ……嬉しいんだけど、またあまり味付けされてないささみやブロッコリーばかりってことないよね?
思い出すのは手作りお弁当の中身。あれからもちょくちょくは作ってくれてはいるが、似たようなダイエットメニューであった。たまには味の濃いものが食べたい。
でもやっぱり嬉しい! やはり彼女の手料理の破壊力は凄まじいのだ。手作り弁当とは違った嬉しさがある。オール生野菜でも美味しく食べられる自信がある。それだけ彼女の手料理というスパイスは絶品に違いないのだ。
「ありがとうな琴音ちゃん。これで俺、あと十年は生きていけるよ」
「ちょっとよくわかんないですけど、喜んでもらえたならよかったです」
優しいええ子やわぁ……。
「……で、それがなんでメイド服につながるの?」
なんだか流されそうになったが、その答えは聞けていない気がする。聞いてないよね? 自信ありげな琴音ちゃんの顔を見てたら俺の自信がなくなってきたよ。
「もうっ、わからないんですか」
「ごめん、わかんない」
料理作るんだからエプロンはわかるんだけど、メイド服にまで着替える必要があったのか。俺にはわからなかった。
「だから、ですね……」
琴音ちゃんは少しだけ顔を伏せながら言った。
「今日は彼氏に尽くしたいっていう、彼女からのサービスですよ」
頬を朱に染めての言葉。恥ずかしいのを我慢して言ってくれたことがわかる。それがひしひしと伝わってくる表情だったから。
「……」
彼女がここまで言ってくれたってのに、俺は気の利いた返事ができなかった。
いや正直なんて返せばいいもんなの? 学校の先生にはこういうことを教えてもらいたかったよ。
とにかく、メイド服に着替えたこと含めて、俺へのサービスってことらしい。素晴らしいなサービスデイ。
こほんと咳払いする琴音ちゃん。その顔は真っ赤になっていた。ごめんな、俺が何も返せなかったから恥ずかしいばっかりになっちゃったよな。
「とにかく、先に髪の毛切っちゃいましょうか」
「お、おう。お願いします!」
というわけなので髪を切る準備に取りかかる。
フローリングに新聞紙を敷く。その上に椅子を置いて、その前に姿見を置いてみた。なんだかそれっぽい感じ。
「祐二様、これしちゃうんで座ってください」
これってのはヘアーエプロンのことである。切った髪が服についたら面倒だもんね。通ってる理容室でしか見ないもんだからまじまじと見つめてしまう。持ってる人いるんだー。
椅子に座ると首にタオルを巻いてからヘアーエプロンをつけてくれた。テルテル坊主みたいになる俺。ちなみに今日は晴れている。
「こんなのも持ってるんだ」
「自分のを切る時は邪魔になるんで使わないですけど、お姉ちゃんにする時は使ってますからね。どうです? お姉ちゃんのにおいとかしますか?」
「俺そんなに変態じゃないからね」
でもちょっとドキッてしたのは内緒だ。本当にちょっとだけなんだからねっ。このヘアーエプロンは藤咲さんの身体を包んでいたとか……か、考えてないぞっ。
鏡越しに琴音ちゃんがはさみを取り出したのが見えた。
美容院で使われてそうなはさみだ。詳しくは知らないが、道具は良いものをそろえているのだろう。
「お客様、本日はどのようにいたしましょうか?」
メイドモードから美容師モードへと切り替わる。なんだか楽しそう。
「お、お任せで」
こんな時、なんて言えばいいのかわからないの……。いやほんとに髪型を口で説明するって難しくない? 格好いい写真でも用意しとけばよかったか。
「はい、お任せされました」
困る様子を見せずに笑ってくれる。ありがてえ。
「まあ、形を整える程度しかできませんけどね」
そう言いながら俺の髪にくしを通してくれる。自分でするのとは違った、気持ちいい感覚。
「では、いきますよ……」
「お、おう。いつでもこい……」
はさみを構える琴音ちゃん。表情を険しくして身構える俺。全部鏡に映っていた。
数秒の沈黙。浅く息を吐き出した音がはっきりと耳に届いた。
「えいっ」
ジョキンッ、と。俺の髪を断ち切る音が鮮明に聞こえた。
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