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36.おまけ編 彩音の変化

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 難攻不落の藤咲彩音。自分がそう呼ばれていることを彩音は知っていた。
 その呼び名の由来は異性からの告白をすべて断ってきたからだ。相手の容姿が優れていようが、高い能力を持っていようが関係ない。どんな人気者であろうとも彩音が首を縦に振ることはなかった。
 別に男に興味がないということではない。彩音だって人並みに異性に興味はある。

「だよねー。だって夜な夜なお姉ちゃんはあんなことして──もがっ」

 妹の発言は関係ない。事実に反した情報を発しようとする口を強引に閉じさせる。
 それはともかくとして、彩音が告白された数は数え切れないほどだ。それだけの人数がいれば「ちょっと付き合ってもいいかな?」と興味を持つ男子がいたこともあった。
 それでも彩音は告白を受けることはなかった。ただ一人として受けたことはない。
 学園のアイドル藤咲彩音は、見事に彼氏いない歴=年齢の少女であり続けた。

「彩音、お前はその辺の連中とは違う。俺の娘らしく優秀だ。だから結婚相手は俺が優秀な男を連れてきてやる」

 父の命令に、彩音は首肯した。
 父に可愛がられている。彩音にはそんな実感はなかった。本人はそのつもりなのかもしれないが、これで可愛がられていると言ったら愛情という概念を疑わなければならない。
 優秀な娘という肩書。大事なのは他人に誇れる存在。偉い人の目を引ければそれでいい。
 求められているのはそれだけだ。父親は自分を利用しようとしているだけだ。幼い頃から彩音は父親に対してそんな認識をしていた。
 それは妹の琴音との格差からでもわかる。娘だから愛されている。そんな風に考えろという方が無理な話だった。
 それでも父には逆らえなかった。
 もし自分が断ってしまったら? 代わりに琴音が利用されてしまうかもしれない。姉として、そんなことは看過できなかった。

「彩音……もちろん琴音も、二人には自由で幸せになってほしいわ。二人とも私の大切な娘ですもの」

 母は優しく抱きしめてくれた。とても優しく、愛おしさが伝わるほどに。
 それは母も自由がほしかったからかもしれない。許嫁を決められ、そこに自由意志はなかったのだろう。
 恋をしたかった。きっと母もそんな願望があったのだ。
 いつまでも難攻不落でいたいわけじゃない。でも、やはり父の命令に逆らえるだけの心がなかった。

「藤咲さんの理想の男ってどんなのだよ?」
「私の理想……?」

 同じクラスの男子、会田祐二にそんなことを何気なく尋ねられた。
 妹の琴音と付き合っている男子。彩音に告白したことのある男子の一人ではあるが、自然体で接するようになっていた。
 琴音のことで情報交換していたら、いつの間にか一番話せる異性になっていた。もちろん恋愛感情はない。琴音のことがある以上に、彩音にとって祐二は理想の男性像にかすりもしないからだ。

「誰とも付き合わないし、どんな王子様を待っているのかと思うだろ」
「私そんな夢見がちじゃないわよ」

 むしろ現実主義だからこそ誰とも付き合えないでいる。少なくとも彩音はそう思っていた。
 でも、父の命令なんて関係なく、もし自分の理想だけを求められたら……。

「そうね……強引な人がいいかも……」
「強引? なんか意外な答えだな」
「そうかもしれないわね」

 自由で幸せになれるように。そんなところへ強引に連れ出してもらいたい。彩音は理想の光景を思い描いた。


  ※ ※ ※


「お姉ちゃんが思ってるほどお父さんに強制力なんかないよ」

 琴音は彩音の考えをバッサリと叩き切った。

「婚約者を連れてくる? 今時そんなの流行んないし」
「う、うん……まあね」
「それに、お姉ちゃんが断ったからってあたしは代わりにはならないよ」

 琴音は頬を染めながら、胸を張って言った。

「あたしには祐二先輩という彼氏がいるんだからね!」

 琴音は自分に自信が持てない女の子だった。
 それが恋をしてここまで変わるのか。彩音は妹の態度に羨ましくなった。

「だからお姉ちゃんも気にしなくていいんだよ。お父さんに、あたしに気を遣っているせいで恋愛をしないってのは、なんかあたしも嫌だよ……」
「……うん」

 琴音は本当に強くなった。姉が支える必要なんてないほどに。
 少し寂しくはある。それでも彩音は琴音の変化に喜びを感じていた。

「私、がんばってみるわ。自分の気持ちに正直になれるように、がんばってみる」

 今まで気持ちを抑えつけられてきた。琴音みたいに恋をできるかは、まだわからない。
 それでも理想の未来はあるのだ。妹のように変わりたい。彩音の初恋はきっとくるだろう。
 遅くなったけれど、ちゃんと前を向けたのだから。
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