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12、ありえない朝
◆◆
――子供の頃に戻りたいと、エアリアは思っていた。
何も知らず、自分に与えられる恩恵を、当たり前として享受していたあの頃に……。
周囲の人は誰もがエアリアに羨望の眼差しを送り、父は頼もしく、母は優しかった。
――たとえば。朝の穏やかな日差しに、何となく覚醒したら、侍女が朝食の準備ができたと起こしてくれる。
エアリアは毛布をかぶって暫く無視をするが、やがて香ばしい香りに抗えずに、ゆるゆると起き上がるのだ。
「起きて下さい。エアリア様……」
―――ほら。
そう、こんなふうに……。
(…………えっ?)
「あれ?」
夢ではないのか?
ぱっちりと目が覚めてしまった。
「な、な、何?」
(ここは何処?)
固い寝心地と、ぼろぼろの毛布は自分の部屋の寝台に違いないだろうが……。
(一体、私はどうして?)
掌を広げると、確かに指は五本あって、そのまま両手で頬に触れると温かった。
(私、死んだんじゃなかったの?)
「朝食の準備ができました。温かいうちに召し上がらないと」
部屋の外から、低い男性の甘ったるい、囁き声。
言われるまでもなく、パンの美味しそうな香りがエアリアを誘惑している。
「天国にいても、食事ってあるのでしょうか?なんて、あるわけないですよね。はははっ」
一人毛布の中で、百面相をしていると、いよいよ男が室内に乱入してきた。
彼から殺気はなかっだが、不機嫌な冷気は漂っていた。
「なに、一人で馬鹿なことを言っているのです。ほら。いつまでも寝てないで起きて下さい。目が覚めているのでしょう。エアリア様」
「うっ……」
知らないふりをして横を向いたエアリアを、大きな手が揺さぶり始める。
「……どっ、どうして?」
激しくなっていく揺さぶりに耐え切れずに、エアリアは、寝台からひっくり返りそうになりながら、飛び起きた。
「何で、私はまだ生きているんですか?」
眩い朝日にはじけたように、曖昧だった記憶がよみがえってくる。
そして、太陽の日差しと同化した金色の髪が艶々と煌めいていた。
――そうだ。エアリアは、毒を呷ったのだ。
セイルの幇助で一気飲みしたはずだった。
本当に毒薬だったら、とっくに死んでいるはずだ。
何で、セイルが麗しい微笑を浮かべて、エアリアの目前に佇んでいるのか?
「失礼かと思いましたか、あれは眠り薬です。エアリア様には眠って頂きました」
「…………はあ!?」
「申し訳ないとは思いましたが、それが、よろしいかと思いまして」
「そんな。貴方は、私を騙したのですか?」
「騙すも何も、俺は試したことがないと言ったじゃないですか? 毒薬だと思っていたんですが、どうやら睡眠薬だったみたいですね。残念でした。でも、俺は嘘をついてはいませんよ」
「――屁理屈」
「それで結構」
「何で……?」
――嵌められた。
エアリアが毒と真剣に向き合っている時、セイルが一人楽しそうにしていたのは、そういうことだったのだ。
眠り薬なんぞを用意して、それを口に含むことができないエアリアを、心の中で嘲笑していたのだろう。
「貴方は、私を殺す気がないのですか? 殺す気がないのなら、一体何者なんですか。私と関わったって良いことないでしょう?」
「そうですね。だから、殺してさしあげてもいいですよ。大公の命令は、俺にとっちゃ渡りに船といったものでしたから」
「……ですよね? この領地の貴族であれば、私を殺せば、相応の出世は間違いなしだと思います」
「そりゃあ、そうですよ。もちろん出世も悪くないし、仕事は仕事ですけど。でも、死ぬことはいつでもできますから。綺麗に部屋の中を整頓して、身綺麗にしてからでも遅くないでしょう?」
「……セイル殿。貴方、何がしたいんですか?」
(処刑日が延びて喜ぶ罪人もいないでしょうに……)
この青年は、その方がよほど残酷だという自覚がないのだろうか?
――子供の頃に戻りたいと、エアリアは思っていた。
何も知らず、自分に与えられる恩恵を、当たり前として享受していたあの頃に……。
周囲の人は誰もがエアリアに羨望の眼差しを送り、父は頼もしく、母は優しかった。
――たとえば。朝の穏やかな日差しに、何となく覚醒したら、侍女が朝食の準備ができたと起こしてくれる。
エアリアは毛布をかぶって暫く無視をするが、やがて香ばしい香りに抗えずに、ゆるゆると起き上がるのだ。
「起きて下さい。エアリア様……」
―――ほら。
そう、こんなふうに……。
(…………えっ?)
「あれ?」
夢ではないのか?
ぱっちりと目が覚めてしまった。
「な、な、何?」
(ここは何処?)
固い寝心地と、ぼろぼろの毛布は自分の部屋の寝台に違いないだろうが……。
(一体、私はどうして?)
掌を広げると、確かに指は五本あって、そのまま両手で頬に触れると温かった。
(私、死んだんじゃなかったの?)
「朝食の準備ができました。温かいうちに召し上がらないと」
部屋の外から、低い男性の甘ったるい、囁き声。
言われるまでもなく、パンの美味しそうな香りがエアリアを誘惑している。
「天国にいても、食事ってあるのでしょうか?なんて、あるわけないですよね。はははっ」
一人毛布の中で、百面相をしていると、いよいよ男が室内に乱入してきた。
彼から殺気はなかっだが、不機嫌な冷気は漂っていた。
「なに、一人で馬鹿なことを言っているのです。ほら。いつまでも寝てないで起きて下さい。目が覚めているのでしょう。エアリア様」
「うっ……」
知らないふりをして横を向いたエアリアを、大きな手が揺さぶり始める。
「……どっ、どうして?」
激しくなっていく揺さぶりに耐え切れずに、エアリアは、寝台からひっくり返りそうになりながら、飛び起きた。
「何で、私はまだ生きているんですか?」
眩い朝日にはじけたように、曖昧だった記憶がよみがえってくる。
そして、太陽の日差しと同化した金色の髪が艶々と煌めいていた。
――そうだ。エアリアは、毒を呷ったのだ。
セイルの幇助で一気飲みしたはずだった。
本当に毒薬だったら、とっくに死んでいるはずだ。
何で、セイルが麗しい微笑を浮かべて、エアリアの目前に佇んでいるのか?
「失礼かと思いましたか、あれは眠り薬です。エアリア様には眠って頂きました」
「…………はあ!?」
「申し訳ないとは思いましたが、それが、よろしいかと思いまして」
「そんな。貴方は、私を騙したのですか?」
「騙すも何も、俺は試したことがないと言ったじゃないですか? 毒薬だと思っていたんですが、どうやら睡眠薬だったみたいですね。残念でした。でも、俺は嘘をついてはいませんよ」
「――屁理屈」
「それで結構」
「何で……?」
――嵌められた。
エアリアが毒と真剣に向き合っている時、セイルが一人楽しそうにしていたのは、そういうことだったのだ。
眠り薬なんぞを用意して、それを口に含むことができないエアリアを、心の中で嘲笑していたのだろう。
「貴方は、私を殺す気がないのですか? 殺す気がないのなら、一体何者なんですか。私と関わったって良いことないでしょう?」
「そうですね。だから、殺してさしあげてもいいですよ。大公の命令は、俺にとっちゃ渡りに船といったものでしたから」
「……ですよね? この領地の貴族であれば、私を殺せば、相応の出世は間違いなしだと思います」
「そりゃあ、そうですよ。もちろん出世も悪くないし、仕事は仕事ですけど。でも、死ぬことはいつでもできますから。綺麗に部屋の中を整頓して、身綺麗にしてからでも遅くないでしょう?」
「……セイル殿。貴方、何がしたいんですか?」
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この青年は、その方がよほど残酷だという自覚がないのだろうか?
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