つめたい星の色は、青

小林 小鳩

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 手を伸ばせばいつでも触れられる程度の距離だが、本当に触れてしまえば、彼が纏っている静けさを乱してしまうことになるのだろう。
 そう思いながら、日野博久は隣の席で居眠りをしている水本慧の顔を横目で少し見る。その目を真っ直ぐに見るのはまだ怖いから、いつも寝顔ばかりを盗むように見ていた。
 高校二年のクラス替えで隣の席に、同じクラスになる前にも、日野は水本のことを見つけていた。しかしこんな風に、毎日窓際の席でヘッドフォンをして居眠りする姿を眺めていられるとは思ってもみなかった。
 いつも薄暗い空と、山と田んぼの蒸せ返るような緑に囲まれたこの田舎町には、不釣り合いなほどに美しく。ただただ真っ白で光に溶けるような肌も、ナイフで深く切り込みを入れたような二重まぶたも、ふさりとした睫毛の束も。全てが作り物のようだ。腕の良い職人が作った、あまりにも素晴らしい出来なので誰にも売らずに棚の上の方にひっそりと飾られている、そういう人形のよう。どんな風に出来ているのか細部まで触って確かめたい。
 誰も踏み入ったことがないまっさらな雪原に足跡をつけて汚したい。彼に触れたいという思いはそんな欲望にも似ていて、穏やかに降る雪のように日に日に積もっていく感情を、まだ持て余している。



 たとえば深い闇の中に輝く星のように、群青の制服の群れの中で浮き立って見え、もう目が離せなかった。それは日野にとって特別である証で、その他の人々にとっては彼が排除すべき異質な存在であることの証であった。
 君はなんでこんなところにいるんだろう。初めて水本を目にした瞬間、日野はそう感じた。去年のいつ頃だっただろうか、騒々しく乱雑な生徒たちの中をすり抜けるように一人歩く姿を、日野は今でもはっきりと思い起こせる。きゅっと口を結んで少し俯きがちで、華奢なくせにやたら早足で歩くから時折少しふらついて危なっかしく、でもうっかり触ってしまったら脆く壊れてしまいそうな。荒れ果てた野原を真っ白に染める雪のような、冷たさと美しさ。あの黒目がちで大きく鋭い目で真っ直ぐに見られてしまったら、どうなってしまうんだろう。こんなに綺麗なものがあるんだ、と日野はすっかり見惚れてしまった。
 それから日野は廊下で彼を見かける度に目で追った。その頃付き合っていた彼女、園田と廊下で話している横を彼が通った時に日野がつい振り向くと、「あ、水本」と園田がつぶやいた。
「知ってんの?」
「一組の水本でしょ。もうアイドルかってくらい美男子だし、むちゃくちゃ頭良いけど、性格最悪だって有名さね。だから女子の間では『観賞用』って呼ばれてるんよ」
「観賞用?」
「そう、観るだけ。下手に関わって痛い目遭った子いっぱいいるって話だよー」
 話したこともない人間に何故そこまで言われるのか。同じクラスになってから、皆が水本がそこに存在していないかのように扱っているのを目の当たりにして、その疑問は膨らんでいった。日野はそれを何かおかしいと思うのだが、そういう声を上げてはいけない雰囲気に圧され、理由もわからないまま水本を少し遠くから眺めるだけの日々を過ごした。
 夏休みに入る前、ちょうど水本が欠席した日に九月に行く修学旅行の班決めがあったが、誰も水本と同じ班になりたがらず押し付け合っていた。日野と同じ班の宮坂がそれを見かねて同じ班になると手を挙げて解決した。宮坂が言うには、どうせ絶対来ないだろうから大丈夫だと。
「俺、水本と小学校も中学も一緒なんだけどさ、中学の修学旅行にも来なかった奴が来るわけないがね。今日だってわざと休んだんじゃねえの」
 宮坂の言う通り、水本は修学旅行に来なかった。
 同級生たちが陰で口にする悪意から耳を塞ぐように、水本はいつもヘッドフォンをして、授業中はいつも居眠りしているか隠れて本を読んでいる。体育の時間もグループ実習も、勿論昼休みも一人で黙々とこなしていた。誰もが水本のことを避けるのが当たり前のように、そういう罰を与えて当然かのように振る舞う。水本のことが気になりだす前は、そんなことにも日野は気付かなかった。だから本当はどんな人なのかを確かめたいのだが、話しかける勇気がないまま、隣の席からその横顔を時々横目で盗み見るばかり。あまりにも彼が自分たちとは違うから、互いの人生が交わることなどないだろう。日野はそう考えていた。
 それは二学期の中間テストが終わった頃だった。
「おお、ちょうどよかった。日野、自然科学部に入んねえか」
 日野が職員室に日誌を提出しに行くと、担任の西谷から突然そう言われた。
「夏で三年が引退してさ、こいつしか残らねえんだ。来年の春までに五人いないと潰れるから人数合わせで、幽霊部員でもいいから。部活してると内申良くなるぞ」
 こいつ、と指差されたのは水本だった。先生の後ろで気怠そうに俯いて、紙の束と大きな本を抱え、生物室の鍵からぶら下がったプラスティック製のプレートを指で弄んでいる。
「部員じゃなくてもさ、文化祭の展示の製作、こいつ一人じゃ大変だから手伝ってやってくんねえか」
「別に一人で出来ますから、余計なこと……」
 ため息交じりの小さな声で水本が制しようとするのを、日野は大きな声で遮った。こんな風に答えたことはないと自分で驚くほどに、はっきりと。
「あの、じゃあ、入部します!」
「じゃあ、ってなんだいね。良かったな、水本。一人確保だ。とりあえず部室でも案内してやれ」
 能天気に笑いながら肩をたたく西谷にそう促されて、水本は怪訝そうに上目遣いで日野の顔を覗き込む。変な勢いを出してしまって、更にそれを水本に見られたことが恥ずかしく、顔が赤くなっていくのがわかる。しかし部活をやっていた、というのがあまりにも意外だ。本当にまだ彼のことを何も知らない。
 足跡ばかりが響く人気のない旧校舎の仄暗い廊下を、日野は水本の半歩後ろについて歩く。先に口を開いたのは水本だった。
「なんか西谷に言われて適当に入るって言ってたけどさ。活動なんて全然してないし、俺以外誰も来ないから今すぐ辞めた方がいいよ」
「うーん……ちょうど何か部活やりたいなって思ってたから。放課後とか暇でやることないし」
「また適当なこと言ってない?」
「いや、そんなことないさね。テレビとか漫画とかで見る高校生はみんな部活とかしてて楽しそうだからさ、高校生になったらそういうことやってみたかったんよ」
「だったら一年の時からどっか部活に入れば良かったじゃん」
「……何部に入りたいっていうのが特にないんよ。中学の時は強制だったから野球部入ってたけど、高校のはついていけなさそうで……元々友達に誘われてやってた程度のものだし」
「ふうん。そんなんだと簡単に他人にいいように利用されそうだな。まあ、気付かなそうだけど」
 今さらりと、とんでもないこと言われたような気がする。
「水本は中学の時、何部?」
「うちは強制じゃなかったから入ってない」
「宮ちゃんと同中だいね?」
「ああ、宮坂? そうだね」
 会話が途切れないように、と思うのだけど、普段から控えめな日野には上手く繋げられない。それでもこの沈黙は不思議と、緊張や焦りを伴うものではない。むしろ想像通りの潔さに感心している。
 クラスの誰かと水本が話しているのを、一度も見たことがなかった。こんな声でこんな喋り方をするなんて初めて知った。祖父母や親や近所の人たちよりもずっとマシだと感じていたので、日野自身はそんなに訛りはないと思っていた。木琴が鳴るような発音でテレビのアナウンサーのように整然と話す水本と比べると、恥ずかしくなるくらい差があって、自分とは全然違う生き物のように思えた。整った声音で真っ直ぐに言いたいことを言う。水本本人にはそんなつもりはないのだろうけど、彼が正しくて自分たちが間違っていると突きつけられているよう。こういうとこが人に避けられてる所以なのだろう。
 放課後の誰もいない生物室は薄暗いのに窓の外ばかりが眩しく、校庭の部活と吹奏楽部の音が遠くに聞こえる。うっすらと埃を被った蝶や昆虫の標本、色褪せた周期表、何も飼われてない空の水槽。なんだかここだけ隔離された世界のようだ。
「特にやることないんだよ。そもそも顧問の生物の西谷が何か部活でもやれとかうるさくて、部室の生物室を自由に使っていいって言うから、俺も入ったんだし。家だと色々邪魔が入るから本読んだり勉強出来ないのが嫌で、ここで放課後勉強してるだけだから」
「……でもせっかくだから色々見ていく」
「勝手に帰っても、別に気にしないから」
 水本は教室にいる時と同じようにヘッドフォンをして、紙の束を広げて何やら自分の作業を始めた。厚紙に貼られたコピー用紙にはぽつぽつとまばらに点が印刷されていて、それを一つずつ千枚通しで穴開けしている。
 何をやっているのか尋ねると、水本は手元にあった星座図鑑のページを開いて寄越した。『プラネタリウムを作りましょう』という見出しのついたそのページには、ペーパークラフトのプラネタリウムの作り方が載っていた。説明書きによると、緩やかにカーブのついた長細いパーツに星の位置に穴を開け、それをいくつも組み合わせてドームを作り、下側から懐中電灯などで光を当てる仕組みだ。
「文化祭の展示用にそれ作ってる。毎年毎年使い回しだったから、今年こそは真面目に人を呼べるものをやれって命令されて。西谷が簡易テントを貸してくれるって言うから、それを投影用のドームに使う」
「こんなん自分で作れるんだね。使い回しって何やってたん」
「去年は顕微鏡を並べて、プランクトンの標本を展示した」
「それ、人入ったん?」
「入るわけないだろう。これだって、小学生が夏休みの自由研究でやる工作みたいなもんだし」
 窓際の席には西日が差し込み、水本の睫毛にオレンジがかった光を落とす。瞬きする度に蝶が羽をはばたかせるようにゆっくりと揺れる。睫毛がそんなにあって重くないのだろうか。白い制服のシャツからのぞく血管の浮き出た青白い手首。日に透ける焦茶色の髪。星を作る細い指。あんまり光に当たると、そのまま透けて溶けこんでしまいそうだ。観賞用、と呼ばれる意味がよく分かる。日野が思わずじっと見つめてしまっていると、何? と水本は顔を上げた。急に恥ずかしくなって、顔が熱い。
「あの……水本って結構喋るんだなと思って」
「そりゃあ用があったり話しかけられれば喋るよ。当たり前だろ」
 だってみんな水本に話しかけたりしない。日野自身も今、こうして二人きりで話しているのは嘘みたいに思えている。
 千枚通しで厚紙を刺すたびに、下敷きに敷かれた発泡スチロールから手応えのない音がぽすぽすと鳴る。日野は身動きが取れず膝の上で手を握り、その音だけをじっと聞いている。
 水本が視線を感じて顔を上げると、日野は慌てて目を逸らす。顔を背ければまた眺め、目が合うと俯く。その繰り返し。真っ直ぐに人を刺すような瞳で見られることに、耐えられない。だけど目を離したくない。何もかも見逃したくない。
 いつも何聴いてるの、と日野が尋ねると、水本は黙ってヘッドフォンをはずしてこちらへ向ける。耳に当てるとヘッドフォンに残った体温が一瞬だけうつる。五時の下校のチャイムが鳴るまでの数十分、何の言葉も交わさずに向かいの席に座ってただじっと音楽を聴いてた。水本の好きな、日野の知らない音楽。彼の一部が自分の中に入り込んでいく。
 蝶の標本を作る人の気持ちが、日野にはなんとなくわかるような気がした。掴んだら壊れてしまう美しいものを、自分だけのものにしてずっと眺めていたいから。薬を注射して、ピンで留める。だけど、水本の美しさを狭い箱の中に閉じ込めておくなんて勿体ないと思う。
 水本と一緒にいると日野の胸の奥ではばたばたと、美しい蝶が羽ばたくような感じがする。


 教室にいる時の水本は相変わらずで人を寄せ付けず、日野は話しかけることが出来なかった。優秀さを自らアピールする優等生たちの方が、まだ近寄る隙を見せてくれている。彼らだって孤立はしたくないのだ。もし勇気を出して水本に話しかけたとしても、後で周囲から何話してたんだよと絡まれることがわかっている。隣の席なのに、あの生物室での距離よりずっと遠い。
 文化祭までの半月近く、放課後は各クラスの模擬店の準備期間となっており、部活をやっていない生徒は強制参加ということになっている。日野のクラスは、綿あめやヨーヨー釣りなどの縁日をやることになっていた。何かしらのイベントはいつも決まった人達ばかりが熱心に取り組んでいて、そこに混ざっていい人といけない人がいると、日野は思う。美術も技術も家庭科も苦手で、積極性も持ち合わせていないのでやることがない。だからと言ってこっそりと逃げ帰るのも後ろめたい。日野は寄る辺なく教室の隅で、邪魔にならないよう息を潜めている。そういう人間は他にも数人いて、隅っこに集まってだらだらと喋ったりスマートフォンを弄りながら、体良く帰るタイミングをうかがっている。
 宮坂もそういうことが別に得意でないと本人は言うのだけれど、一年生の時は推薦で学級委員長を任され、明るく誰とでもそつなく付き合えるタイプなので、イベントの時は自ら動いて役割を確保している。今回も積極的に大道具作りに参加しており、一緒にやろうと声をかけてくれたのだけれど、日野は役に立てる自信がなくて曖昧な返事で濁しながら、なんとなく手を添える程度の手伝いしか出来ていない。他に仲の良いあっちゃんも、思い出作りがしたいと立候補した実行委員の仕事へ行ってしまった。修学旅行の旅程も同じ班の人達が決めて、日野はただ頷いて後についていくだけだった。彼らを羨ましく思いながらも、いつも参加しているふりをするだけ。
 自己嫌悪でいたたまれなくなり、日野はこっそり教室を抜け出して生物室に向かった。
 今日も水本はプラネタリウムを作っていた。この間と同じ、星になるであろう穴をひとつひとつ開ける作業を続けている。水本が手元のパーツを窓から差す陽にかざすと、黒い机の天板に紙の穴から透けた小さな光の点が散らばる。
 きれいだね、と話しかけると水本は呆れたような顔をして日野を一瞬だけ見て。またすぐに作業に戻る。
「こんなとこ来てないで、クラス展示の手伝いしろよ。楽しい思い出作りに参加した方がいいんじゃないの」
「もうちょっと、ここにいる。いてもあんま手伝うことないさね。ああいうのは得意な人たちに任せた方がいいだろうし……」
「行った方がいいって。手伝わないで俺と一緒にここにいたこと知られると、あとで絶対なんか言われるよ。俺は厄介者だしさ」
「……僕がいてもいなくても同じだがね。どうせ足手まといになるだろうし」
 その言葉を聞いて、水本は作業の手を止めて向かいに座る日野の顔を真っ直ぐに見る。日野は思わず下を向いて目を逸らした。変なことを言ってしまった、と今更後悔した。
「僕は、あんま面白い人間じゃないから……」
「別に面白い人間である必要はないじゃん。誰かにそう言われた?」
「……去年付き合ってた彼女とか。同じクラスの女子から告白されて付き合ってみたんだけど、日野ってあんまり面白くないねって言われて、半年くらいで終わった。付き合ったらもっと楽しいのかと思ってたって。自分でもそう思うし」
 こんな話、言うつもりなかったのだけど。宮坂とあっちゃんにしか話していないことが、するっとこぼれた。
「それは別に、おまえが悪いってわけじゃないと思うけどな」
 少し顔を上げると、水本はまだ日野を真っ直ぐ見ていた。視線が、刺さりそうだ。
「あれじゃねえの、日野っていかにも人畜無害そうだから、理不尽に怒ったり自分の意見を否定されることがなさそうだし、彼氏がいるっていう自尊心も満たされるから、付き合ってって言われたんじゃねえの。別れた後も後腐れなさそうだし。この人と付き合いたいっていうより、誰かと付き合いたかったわけだろ」
「そうだね……そうかもしれない」
「怒っていいんだよ、俺が今言ったことに対して」
「うーん……でも、なんか言ってもらったら、すっきりした。ありがとう」
「なんだそれ」
 水本は呆れたように言って、また作業を続ける。
 日野がどういう言葉で表したらいいのかわからない気持ちを、水本がはっきり言葉にしてくれたような気がした。
 この人と付き合いたいというより、ただ誰かと付き合いたい。日野にはそういう気持ちが確かにあった。ただなんとなく、誰か恋人が出来ればそれだけで幸せな気持ちになれるのかと思っていた。実際はそんなことはなく一方的な相手の感情に圧されるままで、それに上手く応えることも出来ず、結局駄目になってしまった。日野は誰かと付き合うって人を好きになるってどういうことか、なんにもわかってない。園田に言われたその言葉に、心を握り潰されそうになった。もしかしたら自分は一生誰のことも好きになれないのかも知れない。みんな恋人が出来たら楽しそうにしてるのに、何故自分はみんなと同じように恋愛で騒いだり出来ないんだろう。どうしてみんながしてる普通の恋愛関係を作れないんだろう。自分は普通じゃないんだろうか。でもそんなこと、誰にも言えない。
 園田と別れた後、しばらくして他のクラスの男子と彼女が一緒にいる姿を見て、日野は正直安心した。もっとふさわしい相手を選べたんだろうと。宮坂もあっちゃんも深くは聞いてこなかったけれど、あんな女は忘れろと日野を励ます為に、ラーメンとハンバーガーを奢ってくれた。嬉しかったのだが、本当の胸の内は話せなかった。
 自分が普通じゃないから彼女を傷つけたんだと、自分が全部悪いんだと、ずっと自身を責めていた。そうじゃないと言ってもらえたような気がして、ようやく溜まっていた澱が消えていくような気がした。でもその嬉しさをどうやったら水本に上手く伝えられるのだろうか。


 それから毎日、日野はこっそり生物室に足を運ぶようになった。文化祭の準備は日に日に関わる人数が減っていった。たかが行事に本気になってと笑う人達と、なんでもっと真面目にやらないんだと非難する人達に分かれ、正直クラスのムードはあまり良いものではなくなっている。やる気のない奴は帰れよ、と怒鳴る人達をクスクスと笑う人達。中学の時もこんなことあったと思い出しつつ、日野はどうにも拠り所がなくて、クラス内の抗争とは全く無関係で一人マイペースな水本を羨ましく思った。それを自分だけは関係ないって顔してむかつくと批判する人達もいるけれど。誰も水本みたいにはなれない。
「いつまでもこんなとこにいると、さぼってるだの何だの影で色々言われるから、早く教室に戻れば。おまえは嫌だろ、そういうの」
 日野が生物室に行くと、水本はいつもこう言う。日野が手伝わずとも、プラネタリウムの星の穴はもうすぐ開け終わるようだ。
「水本はさ、休みの日とか、何してるん」
「……そんなこと、本当に知りたいと思ってんの?」
「思ってるよ」
「じゃあ、人に聞く前に自分が何してるか言えよ」
「えーと、家の手伝いしてる。うち、パン屋だから。外でバイトさせてくれないし。あとテレビ見たりゲームしたり」
「ふうん。パン屋継ぐの?」
「うん、長男だし」
「そっか、真面目だな。土日は大体家で寝てる。あと図書館。あんまり出歩くと親が良い顔しないから家にいる」
「うちもそう。遊び行って遅く帰ると、家の手伝いもしないでって」
「ふうん」
 二人でいるから何か喋った方が良いかと日野は思うのだけど。相変わらず思うように会話を続けられない。普段友達といる時のように笑ってごまかすというのは、水本には通用しないだろう。何故だかいつもよりもどかしく、喋ろうとすると舌がうまく回らない。
「……あのさ、修学旅行なんで休んだの?」
「行くだけ無駄だから」
「……それは斬新な考え方だね」
「俺がいない方がみんな楽しいだろ。どこの斑に入れるかとか、俺に気を使わなくて済んで。他人の楽しい思い出作りに水さすような野暮なことするかよ。猿の群れだって少しでも異質な個体がいたら徹底的に排除するんだよ。人間の遺伝子に刷り込まれてる習慣なんだから仕方ない」
 日野は何も言い返せなかった。そんなことないと取り繕う言葉は簡単に口に出来たはずなのに、あの作り物のように綺麗な目で見られてしまったら、不誠実なことは出来ないような気がして言えなかった。
「変なこと聞いてごめん」
「別に謝るようなことしてないんだから、謝るなよ。なんで謝んの?」
「……一応考えて喋ってるんだけど、いつも頭と口が追いつかないっていうか。面白いこと言えないし。そういうつもりはないんだけど、人を傷つけたりするんさ。だから出来るだけ喋んない方がいいのかなって思ってはいるんだけど……」
 日野の言い訳に、水本は大きなため息をついた。つまらないこと言った、また呆れられてる。何で僕はいつもこういうことを。日野は両手をぎゅっと握りしめ身体を強張らせた。
「無口なのは苦手っつうか、何考えてるのかわかんないから嫌だな、俺は。多少口が悪くても思ってること何でも話してくれる方がいい。少なくとも俺は傷ついてねえし」
 水本からの意外な言葉に安心して、握りしめていた手がほどけた。思わず笑うと、今度こそ呆れた顔で日野を見て言った。
「まあ、あけすけに自分のことを話すのが心を開いてるかどうかは別としてさ」
 正しいのだろうけど言わない方が良いようなことばかり言う。世の中の全てを見透かしているような目で人の顔を見る。年の割に幼い顔立ちなのに、同級生たちよりずっと大人びた雰囲気。みんなが水本のこういうところに臆してしまうのが、わかる。校内でも水本が近づくとみんな緊張して言葉を詰まらせる。彼のことを知れば知るほど、世界は揺れて色を変える。
 それでも日野には、水本といるこの瞬間が他の誰といる時間よりも特別に思えて、もっとこの時間を感じていたい。ただただ触れてみたいと焦がれてた頃より、彼を知るほどにその気持ちは膨らんでいく。こんな気持ちをなんと呼べばいいのだろう。
 日野が教室に戻ると既にみんな帰り支度を始めていて、宮坂と一緒に教室を出る。抜け出ていたことを誰にも咎められない。いっそ責めてくれた方が気が楽なのかもしれない。僕がいてもいなくても、どうせ。ついそう考えてしまう。
「他のクラスもさっき見たけど、結構どこも凄いんね」
「でもウチのクラスはさー……こんなだったら揃いのクラスTシャツ作らなくて良かったさ。打ち上げのカラオケとかは人が集まるくせに。何の労力なしに盛り上がれることしか盛り上がんないよな」
 宮坂は怒りを混ぜた口調で吐き捨てる。
 文化祭まであと一週間ほどになったが、手伝わずに帰ってしまう人たちは珍しくなくなった。宮坂の愚痴は日に日に増えていく。自分のことも他の誰かに愚痴ってるのかも、と日野は疑いそうになる。結束力のあるクラスが羨ましいが、それはそれで無能な自分はもっと居場所がないのだろう。
 自転車置き場から日野がふと旧校舎を見上げると、生物室の電気がまだ点いている。大通りの交差点で別方向の宮坂に手を振り、信号を待っている間どうしてもそれが引っかかってしまって。日野は自転車を飛ばして急いで学校へ戻った。生物室の明かりはもう消えている。一足遅かった。上がった息が落ち着くのを待っていたら、ちょうど玄関から出てくる水本の姿が見え、慌てて自転車を置いて駆け寄った。
「まだ残ってたんね」
「区切り良いとこまでやりたかったから」
 並んで歩いていたはずが、気付くと水本は日野の少し後ろにいる。振り返ると、水本は空を見上げているので、日野も同じようにすっかり日が落ちた空を見上げてみた。ほとんどの生徒が帰ってしまってがらんとした自転車置き場から、星がよく見える。
 あれが北極星? と日野が頭上に見える明るい星を差すと、全然違うと水本は首を振った。
「あれはこと座のベガ。夏の大三角形の一つだよ」
「もう秋だがね」
「秋でも見えんだよ。北極星は真北だからもっとあっち、下の方。さすがに北斗七星くらいはわかるだろ。あの先で光ってるのがそうだよ」
「じゃあ、あっちの凄い明るいのは何座の何?」
「宵の明星。金星は惑星だから星座とかじゃない」
 理科で習っただろ、と強い口調ながらも、きちんと説明してくれる。
 こんなこと誰も教えてくれなかった。日が暮れてから友達と帰ることは何度もあったけれど、星の名前の話なんてしたことはなかった。水本はいつでも日野が知らなかったことを教えてくれる。こんな彼を誰も知らない。
「水本は星が好きなん?」
「星が好きっていうか……見てると何にもなくなってく感じがするから。消えてなくなれそうだから」
 わかるようなわからないような答えに、日野はただ「そうなんだ」としか答えられなかった。
「そうだ、冬ってさ、ダブルの形の星座が見えるよね? 理科で習った」
「カシオペヤ座のこと? 北極星の近くをずっと回ってるから北の空に見えるよ」
「凄いね。僕には全部ただ星が光ってるだけにしか見えないけど、水本には全部名前がついて見えるんね。もっと教えて」
 水本は黙って俯いてしまった。もっと教えてなんて、急に距離を詰めすぎて迷惑だったかなと、日野は少し反省する。
「……日野は、こういうことを知ってるのを自慢してるとか思わない?」
「なんで? そんなこと思わんよ。ただ凄いなって……」
 ふうん、と小さく返事をするも、水本は俯いたままだ。
 その時、植え込みからがさがさと音がしたような気がして、誰かいるのかと日野が目をやると、野良らしい猫がにゃあと顔を出した。親猫とはぐれたのだろうか。日野が近づくと足元にまとわりついてきたので、間食用に持っていたパンの残りを少しちぎって猫に食べさせる。
「猫好きなんだ?」
「動物は結構好き。うちはパン屋だから飼えないけど」
「……自分で全部責任を持って面倒みれないことに、中途半端に手出しはするもんじゃないよ。どうせ憐れみや興味本位で一時的に優しくして、自分の都合で手放すんだろ。かえって残酷じゃないか」
 水本は抑えた低い声で、吐き捨てるように言った。
「同情なんかするなよ」
 その厳しい口調に、日野は猫を構う手を止めた。野良猫は日野の顔をちょっと見上げてから、もうこれ以上食べ物を貰えないことを理解したのか走り去っていった。子供の頃にも野良猫を無責任に拾って、結局親に怒られて手放したことがあった。水本はそんなこと知りもしないのに、なんだか責められているようだ。
 それから何も話しかけられないまま、水本の後を追うように自転車をゆっくり漕いで、そのまま交差点で無言で別れた。
 同情なんかするな。猫のことではなく、水本自身のことを言っているのだろうか。ずっと面倒見れないなら、構うな。悔しいけどその通りだ。でもこの気持ちはたぶん同情などではない。それだけは水本にわかってもらいたい。また一緒に星を、同じ景色を見たいのに。
 日野はそのまま家電量販店に寄り、イヤホンを買った。
 一緒に同じ音楽を共有したいと言ったら、水本は何て言うだろうか。


 遠くで雷が鳴っている。もうすぐ冬が来る合図。日が沈むのが随分早くなり、電気が消された旧校舎の廊下は心細い暗さだ。上の階から軽音楽部が鳴らすギターやドラムの練習音が聞こえるので、まだ他に人は残っているのだろう。
 日野が恐る恐る生物室に入ると、プラネタリウムはもう組み立て作業に入っていて、ドーム部分が完成したばかりだった。あとは下に懐中電灯を入れる土台を作るだけだという。一回試しにやってみようと部屋の電気を消して後ろから懐中電灯を当てると、柔らかな光が壁や天井に星を作る。もっと光量が強い電球に変えた方が良いな、と水本はプラネタリウムの出来に不満そうだが。きれいだねえ、こんなん作れるなんて凄いねえと日野は馬鹿みたいに繰り返し、ぼんやりした懐中電灯の明かりに照らされた水本の顔を見る。水本は一瞬上目遣いで日野の顔を覗き込んで、すぐに目を逸らした。
 なんで毎日来るの、と水本は日野の目も見ずに平坦な口調で言う。一応僕も自然科学部の部員だから。日野はそう答えたけれど返事はなかった。
 部屋の電気を点けて、日野はさりげなく水本の隣に座る。イヤホンのことどうやって言おう。なんだかそわそわして何度も水本の方を見るのだけれど、気恥ずかしくて言い出せない。黙って水本が作業をしているのを眺めていると、水本は手を止めて、触っていいよ、とつぶやいた。
「……触っていいんだよ」
 漏らすような声で水本はもう一度そう言う。
「……やりたいんだったら、いつでもいいよ。誰にも言わないし。カーテン閉めて鍵かけてくれれば、今ここでやっても構わないけど」
 一瞬、何を言われてるのかわからなかった。水本の白い細い指で腕をそっと掴まれ、日野は怖くなって振り払った。
「おまえも俺にそういうことしたくて近づいてきたんだろう、どうせ。やるならさっさと済ませろよ。手でも口でもしてやるけど、コンドームとかはそっちで用意して」
 ひどく落ち着いた様子で言い放つ。水本が一体どんな表情をしてるのか怖くて見れずに、足元にじっと視線を落としたまま、指先が強張っていくのを感じた。隣の席から少し近づいたつもりでいたのに。どうしてこんなことを、水本は平気で口に出来るんだ。違う、そんなつもりじゃない。とにかく否定したいのに、声を出そうとすればするほど喉が締まって言葉が出ない。
「俺なんかに構う理由、他にないだろ」
 感情を感じさせないその声は、更に日野の喉を締め付ける。
 水本の姿形に惹かれて近づいて来る人間が今までにもたくさんいて、少なからずそういう関係になっていたんだろうか。下心と呼べるほどのものなのかどうかまだわからないけど、そういう気持ちが日野自身の中に全くないわけじゃない。ただ彼に触れてみたい。だからといって水本にそんなことを、今ここで出来るわけない。
 頭の奥にざあっと突然雨が降って、目の前がどんどん真っ暗になり。日野はその場から逃げ出した。足が震えて自分の足じゃないみたいに上手く動かなくて、ひたすら必死に廊下を走った。
 教室に戻ってから、ようやく息が吐けた。そんなつもりじゃない、ただ仲良くなりたかっただけ。言えなかった言葉がどんどん膨らんで頭の中を占めていく。しかし戻って伝える勇気もない。他の誰とも顔を合わせたくなくて、日野は誰にも見つからない内に逃げるように帰った。
 いよいよ明日に迫った文化祭で、学校中が薄紙で作られた花やカラフルな風船で華やいで浮き足立ってる。隣の席はあの日から空席のまま。あのイヤホンは、まだ日野のポケットに入れられたままだ。


 文化祭が始まったが、水本の姿は当然のように教室にはない。持ち回りの店番シフトにも一応名前はあるが現れることなく、そもそもクラスの誰も水本が来るとは思っていなかった。せっかくの文化祭なのに、乗り気の生徒とそうじゃない生徒の温度差は当日になっても埋まらないままだった。結局日野たちのクラスは繁盛もせず、模擬店賞も貰えないことは目に見えている。両隣のクラスのお好み焼き屋とクレープ屋は客足が途切れず、それが余計にむなしい。
 あっちゃんにクイズ大会の司会をするから来いと言われ、日野は宮坂と参加したが早々に敗退した。祭と背中に書かれた法被を着たあっちゃんの、らしくないほどやたらテンションの高い司会ぶりを、体育館の壁にもたれて二人で眺めていると。ちょっと話がある、と宮坂に切り出された。
「あの水本と最近仲良くしてんの?」
 いきなりのことで日野は面食らった。
「少し前にさ、日野と水本が一緒にいるとこ見たって、クラスの奴が話してるの聞いたから」
「仲良くっていうほどでもないけど……それなりに」
 水本が言ってた通りだった。一緒にいたというだけで、何故わざわざそれが他人に広がるのだろう。誰が誰と一緒にいたって関係ないじゃないか。日野は手のひらに滲んだ汗を制服で拭った。
「そういや宮ちゃんは水本と小学校から一緒だって言ってたんね」
「あー……、小四から一緒だけど別に仲が良かったわけじゃないさね。東京から転校してきてさ、持ってるものとか雰囲気とか俺らと全然違うし、向こうも俺らを見下してるんだろうし。なんか気取ってるっていうか。それで上手くやれるはずないがね。あと六年の時の担任が水本のこと贔屓してるとかってみんな反発して結構酷いいじめとかあってさ……。で、中学上がってもあいつはいじめてもいいとかそういう雰囲気だったんよ」
 日野が知らない頃の水本の話。多少の想像はついていたけど、仲の良い人間からそれを聞かされるのはつらい。宮坂は何でもない風に頭の後ろを掻きながら話を続ける。
「中学上がる前だったかんね、親が再婚したらしくて。今思うとそういう事情もあったせいなんかなあ……小学校の頃はただひたすらやられっぱなしだったんけど、中学上がってからは殴り返して来るようになったし、目立つから先輩や先生とも大分揉めてたね。中一の夏休みだったかな。車にはねられて入院して、そのまま卒業までずっと学校来なくなったんよ。水本のせいで空気悪かったから、正直みんなほっとしてた。だからさ、同じ高校なのわかった時は驚いたわ。うちより上のランクの一高に行くか、進学出来ないかのどっちかだと思ってたから。でも結局高校入ってもあの調子だがね。はぶられても仕方ないさ」
 修学旅行に来なかった理由。自分といると日野が悪口を言われるのではないかと何度も気にしていたこと。日野が知ってる水本のことを話したかったが、上手く伝える自信がなくて口ごもってしまった。水本のことが絡んだ途端に、宮坂が全然知らない人みたいに見えた。足を踏み入れては行けない場所に入ってしまったようでなんだか怖い。
「……宮ちゃんが思ってるほど水本が悪い奴だとは、僕は思わんよ」
 日野が勇気を出してそれだけ言うと、宮坂は怪訝そうな顔をした。
「まあ、日野がいいなら、いいけど。おまえってさ、結構リアクション薄いっつーか、ぼやーっとしてるから俺にもよくわからんとこあるわ。まあ、気をつけろって話」
 宮坂は日野の肩をポンポンと叩いて笑った。彼女と別れた時と同じように。
 生物室での出来事を、日野はあれからずっと何度も頭の中で繰り返している。つららみたいに冷たくて鋭い目で人を見る。簡単には触れられない何かが水本の中にはあって、不用意に触ろうとすれば突き放す。
 体育館と本校舎を繋ぐ渡り廊下から旧校舎を見上げると、遮光カーテンが閉まった生物室の窓が見えた。もしかしたら、水本は学校に来てるのかもしれない。胸の奥でざわりと、蝶がゆっくり羽ばたく。ちょっと行かなきゃいけないとこがある、と宮坂と別れて、日野は旧校舎に向かった。冷静さを装いきれず、歩調は次第に速くなり、階段を思わず駆け上がった。
 生物室のドアには『自然科学部展示・プラネタリウム』とだけ印字されたA4サイズの紙が、申し訳なさそうに貼ってある。一瞬ためらって覚悟して開けると、暗い部屋の一角に暗幕を被せた小さなテントのようなものがあり、上履きが揃えておいてある。音を立てないようにそっと中を覗くと、淡く輝く星で満たされていた。想像以上の星の数で、この何百もあるであろう美しい星を水本がたった一人で作っていたんだ、と息を呑む。
 テント内でヘッドフォンをしてうずくまるように寝ていた水本が、日野の顔に懐中電灯を向ける。
「えっと……これは、本物の星空と同じ配置?」
「同じじゃなきゃプラネタリウムの意味ねえだろ」
「……そうさね。この間教えてくれた星はどれ」
「ないよ、ここには。これは真冬の空だから」
 テントの中央に置かれたプラネタリウムの装置を挟んで反対側に、日野も寝そべる。小さなテントからは、足が外へはみ出てしまう。
「やりに来たの?」
 水本は以前と同じような落ち着いた声で、そうつぶやいた。
「……友達だと思ってるから、そんなことしないよ。同情とかそういうんじゃなくて、僕は水本といると楽しいし。ただ単純に、一緒にいたいだけ。それじゃだめ?」
 ふうん、と水本は気のなさそうな返事をした。あと三十分で吹奏楽部のコンサートが始まると告げる校内放送。渡り廊下を挟んだ本校舎の騒ぎ声。全ての音が遠く、この場所だけ切り離されたようだ。水本の首にかかったヘッドフォンから小さな音が漏れ聞こえる。
「一緒に聴いていい?」
 日野がポケットの中のイヤホンを差し出すと、水本は黙ってそれを受け取り、片方のイヤホンを返した。イヤホンのコードは思ったより短く、少し近づいて顔を寄せる。互いの右耳と左耳を繋ぐ。ひとつの音を二人で分け合う。この気持ちも、こうして水本と分け合えたら。
 二人きりで何にも喋らず、冷たい床に寝転んで作り物の星明かりをただ見上げていた。カーテンを閉めた真っ暗な生物室の中で、紙に空けた穴から漏れる電球の光を眺めてるだけだ。でもたとえ作り物だとしても、真っ暗闇の中に一点でも光があれば。それは星だ。
 文化祭は二日目も同じように終わり、校内はあの喧噪を忘れてしまったかのようにいつもの雰囲気に戻った。きっと大人になってからも思い出すのは校内のお祭り騒ぎでも盛り上がらないクラス展示でもなく、友達と見た後夜祭の花火でもなく、二人で眺めたあの星空なのだろう。水本と作った誰にも秘密の思い出を、日野は誰にも気付かれないように胸の奥にしまう。
 憧れでも同情でもなく。この感情にふさわしい呼び名を、ずっと探している。
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