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#06
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「……あのさ、体育着貸してくんない?」
期末テストが終わりあとは夏休みを待つだけという頃、放課後日野が帰り支度をしていると、珍しく水本が二組の教室まで来た。いつもは日野が訪ねるばかりで、水本から来ることはないのに。
「ロッカーにあるはずだけど、どうした?」
「ずっと体育の授業休んでたら、体育の須藤に卒業させねえぞって言われて。球技大会の日も休んだし。本当は昨日の放課後にプールで泳がなきゃいけなかったんだけど、それもさぼったから、これから校庭十周しなきゃなんねえ……くそ暑いのに」
日野の体育着は水本には少し大きく、膝が出る丈のハーフパンツが膝が隠れるほどで、ウエストが緩いとぶつくさ言いながら履き口のゴムを折り返している。ちらりと見える脇腹まで色白で、身体全部がどこかしこも美しく作られている。体育着から伸びる人形みたいに完璧な白く細い手足。跪いて靴を脱がせて、指で頬で舌で撫で回したい。いっそその足で……。
「おまえ、なんか今やらしいこと考えてただろ」
水本がいたずらっぽく笑う。顔に出てたかな、と日野は反省した。あまりにも綺麗だから見とれてしまっていた。二人で昇降口に行くと体育の須藤先生が待ちかまえていた。いかにも運動が苦手だとわかる、だらんと重たそうなフォームで、水本は嫌々走り始めた。
購買で冷たいスポーツドリンクを二本買い、昇降口に戻ると、水本がこっちに向かってとぼとぼと歩いてくる。意外と早く終わったな……と眺めていると異変に気がついた。顔と手と、腕に伝う赤。途中で鼻血を出して帰されたらしい。
大丈夫? と声をかけると、水本は言葉が出ない様子で目を逸らす。あっ、と水本が声を上げたので見ると、Tシャツの裾に血が数滴滲んでいる。鼻を押さえる指の隙間からぱたぱたとこぼれ続ける血。日野が思わず手で直接鼻血を拭うと、水本は今まで見たことないほど怯えた顔をした。
「こんなん洗えばいいさね。気にしない。保健室行こ」
水本の手を引いて保健室まで連れて行くも、「先生は外出中です」の札がかかっていて入れない。仕方なく保健室の向かいのトイレに入り、水本を洗面台の縁に座らせ、血を拭くトイレットペーパーを渡す。なかなか止まらず、赤く染まった紙が便器の中に溜まっていく。汗と血が混ざり合って顎や肘から垂れ落ちる。腕についた血がTシャツに赤く滲み、水本は何度も、汚してごめんと震えがちな声でつぶやく。いつになくかなり動揺しているようで、大丈夫だからねと、涙目になっている水本の背中をさする。水本のことで、大丈夫と言って本当に大丈夫だった試しが一度もない。それでもそう言わないといけない気がする。
「こんなこと謝らんでいいさ。いつも水本自分で謝らなくてもいいこと謝んなって僕に言ってるがね」
頭を撫でると手が汗で濡れたので、日野は自分のリュックから汗拭き用のタオルを出して、水本の汗を拭いてやる。色が白い人ってこんなにはっきり静脈が見えるんだ、静脈って本当に青いんだな。いつの間にか日野は、白い腕に巻き付くように伸びる静脈に魅せられてしまっていた。
やっと血が止まった頃には、水本はなんだか酷く疲れきった様子でぼんやりした様子で、まるで小さな子供みたいに顔と手を洗ってあげた。スポーツドリンクを飲ませると少し落ち着いたようだ。こんな水本は珍しくて、日野まで少し混乱してる。
「ごめん……Tシャツとタオル、新しいの買って返す」
「いいさ、ぼろいタオルだし。体育着なんてあと半年も使わんし、替えがあるさね。家まで送ってくよ」
「大丈夫……一人で帰れる。ちょっとびっくりしただけだから、もうなんともない」
「宮ちゃん家の近所だから神明宮の方だいね? 大した距離じゃないさ。送るよ」
どんな時でも凛として気が強い水本だから、こんなに弱々しい姿を見てしまうと、一人にしたら悪いことが起きそうで怖くてたまらない。日野は自分の自転車の後ろに乗せようとしたが、水本に頑に拒否されてしまった。何にも喋らず、ひたすらゆっくりと二人並んで自転車を漕いだ。夏の蒸した風と、半袖から腕を伝って手首まで落ちる汗と、風を受けて膨らむ背中が濡れたシャツ。いつもは別れてしまう交差点を、初めて一緒に曲がった。こんな瞬間を、全部そのままどこかに埋めておければいいのに。
ここでいいから、と水本が途中で止まったので、日野は慌てて急ブレーキをかけた。
「誰かに見られたらまずいし、もう一人で大丈夫。迷惑かけたな」
「……迷惑だなんて全然思ってない。そんなんいくらかけたって構わんさ」
そういう問題じゃないよ、と水本は笑うけれど。何かの拍子に崩れ落ちてしまいそうな頼りない笑顔だった。もっと僕に甘えてもいい、その一言を呑み込んでしまう。そう言ったところで、水本には容易なことではないのだろう。
ハンドルを握る手が汗で滑り、ふと手を見ると、爪の間に血が入っていた。水本の血だ。白い肌に滲む赤。喘ぐように息を荒く吐きながら、目に涙を溜めて苦痛に顔を歪めている顔。それをとても綺麗だなと思ってしまった。何かに削がれるほど、ぞっとするほど美しく見える。あの顔を何度も何度も頭の中で繰り返し再生してる。あの細い手足を押さえつけて思うままにすれば、またあの顔を間近で見れる。あの美しいものを思いのままにして汚したい。他を圧倒する強く輝くものを壊してしまえば、僕だけのものになる。そんなことを考えてしまう。僕は君が思うよりもずっとずっと嫌な奴だ。君が思うような人間じゃない。日野は自分の欲望を押さえつけるように、ペダルを強く踏み込んだ。
水本を汚す全てのものが憎いのに。汚したいと願ってしまうのは、とても愚かな獣と同じだ。
夏休みの間、水本は毎日のように県立図書館で勉強していると聞き、日野は差し入れを持っていくことにした。陽を遮る物があまりない田舎道を自転車で走ると、焼かれるように暑く、あの凍える冬の日々は全部幻だったように思える。白い息を吐きながら二人で道に張った薄氷を割って歩いたことも、睫毛の先に落ちた雪を払ってやったことも、みんな夢の中の出来事のようだ。
「ずっと家にこもって一人で勉強してると気が滅入りそうで」
水本は少し目を伏せて、ゆっくりと息を吐く。それでも少し前よりは随分気持ちが落ち着いているようだ。
自習室の机は受験生であろう同じ年頃の人で埋め尽くされ、皆一様に同じ方向を向いて勉強している。きっとこの人たちの何割かも進学でこの町を出て、大事な誰かと離ればなれになるのだろう。水本が女の子のグループに声をかけられ、相変わらずの対応をしているところも、日野は何度か見かけた。そういう場面を見るとやはり、本当にこんな僕なんかで水本は満足出来てるんだろうかと、自信がなくて不安になる。水本に直接それを言えばきっと、くだらねえこと考えんな、などと言われることは目に見えている。
休憩室は人が多いからと館外へ出て、日陰のベンチに日野が持ってきた差し入れを広げると、なんか遠足みたいだねと水本は喜んだ。白あんパンとハムカツバーガーとクロックムッシュ、それからミルクフランスとソーセージロール、ジャーマンポテトパン。水本が好きなパンばかり持ってきた。みんな半分ずつに分けて食べる。日野が冷たい烏龍茶のペットボトルを日に灼けた肌に押し付けていると、水本は腕を日野の腕の横に並べて、色が全然違うと笑った。
水本が着ている半袖のチェックのシャツは、日野や自習室にいる人たちが着ているチェックとは、似ているようで全く違う柄に見える。ジーンズも雰囲気が違う。特別オシャレだというわけではないけれど。スニーカーもメッセンジャーバッグも、文房具もスマホカバーも。同じものを持ってる人を学校で見たことがない。全てのセンスがどこか都会っぽくて、頭からつま先まで洗練されている。水本の物はみんな本物で、自分が持ってる物は偽物のように思えてしまう。日野はここで生まれ育ったから違和感なくこの町に溶け込める。でも水本はそうではない。こんな田舎に留めておくのは気がひける。水本にとってこの田舎町は、サイズが合わない靴を無理矢理着履かされているようだ。靴擦れが出来て痛くてたまらないのに、脱げない靴。
日野にはもう一つ、ずっと違和感を感じていることがある。乳白色に透けるガラスのような肌も薄紅色のくちびるも、どこかしこも輝いて見えるのに。あの黒目がちな瞳には光を感じない。まるで見えない宝石の目を埋め込まれた人形のようだ。あの美しい目の奥はからっぽの闇が広がっているようで、中に閉じ込められたらきっと一生出られない。一緒にいるだけで心地好いのに、どうしてこんなにも希望を感じられないのだろう。
「日野、このあと暇?」
「うん、ずっと暇。帰ってもどうせ店の手伝いさせられるだけだし」
「今日はもう勉強はいいや。柳文堂行ってあの辺ぶらぶらして、ファストフードでソフトクリーム食べよう。俺が奢るからさ」
水本は伸びをして、肩が凝ったと肩を回す。日野が肩を揉んでやると、すぐにくすぐったがって身を捩らせた。触れる度笑う度に、安堵する。ふと目を離した隙に消えてしまって二度と逢えなくなるような不安が、胸の内側に膜のように貼り付いているから、つい水本に触れずにはいられない。
街の中心にある柳文堂書店は大学入試の専門コーナーが充実していて、センター試験まであと五ヶ月! と書いてある。まだ夏休みの宿題も終えていないのに。受験までの時間が迫るほど、取り残されていく気分。それでも自分も専門学校に入ったら毎日忙しくて、水本のことを想う時間が減っていくのだろうか。新しい場所で自分が変わってしまう日がいつか来るのではないかと、怖くなった。
参考書を探していた水本は突然振り返って、その先をこわばった表情でじっと見つめてる。
「どうしたん?」
「……いや、同じ小学校の奴がいたような気がして」
「ここは県で一番大きな本屋だがね、そういうことくらいあるよ。あんま気にせんさ」
いじめられてたことは、まだつらいのだろう。くしゃくしゃと頭を撫でてやると、水本は少し表情を緩める。
「そうだね。今は日野がいるから、大丈夫」
水本はまるで自身に言い聞かせるように、一言ずつ?み込むように言った。
市で一番大きなアーケード街を歩くと、熱帯魚屋の店先に、血みたいな赤や群青色の小さな魚が一匹ずつ瓶に入れられ、ブロックのように並べられている。小さな四角い瓶の中で、身体より大きなヒレをたなびかせるようにして泳いでる。
「これ知ってる、ベタだろ。ランブルフィッシュとも言うんだよ。昔観た映画に出てきて、ずっと飼いたいなって思ってんだ」
「水本、魚好きだねえ」
「コップの中でも飼えるんだって。一人暮らししたら飼おうかな」
闘争本能が強く二匹以上を同じ水槽で飼うとどちらかが死ぬまで闘い続けます。一匹だけで飼うことをお勧めします。ポップにはそう書かれている。他とは相容れず傷つけ合うことしか出来なくて、一匹だけじゃないと生きていけない魚。まるで水本のようだ。
「……また一緒に水族館行きたいんね」
「そうだな、いつか行こうな」
いつか、なんて約束はいつも果たされない。いつかまたみんなで一緒にとか、そんなことを言って果たされなかった約束を、いくつも知っている。水本は何の気なしに口にしたのだろうが、叶わないような気がして胸が痛む。もっと大人になりたい。些細なことで苛々したくない。
「こうやってまた逢いに行ってもいい?」
「……あたりまえだろ。何言ってんだ」
水本の言葉でもっと安心したい。でも自分の言葉は水本を安心させられているのだろうか。見守っているつもりなだけで、何の役にも立てていない。口には出せない漠然とした不安は晴れることがない。
帰り道、家の近くで後ろからクラクションを鳴らされ振り返ると、ひーちゃん、と懐かしいあだ名で呼びかけられた。運転席には小学校の同級生の佐藤が乗っていた。初心者マークを付けており、助手席には佐藤のおばちゃんが乗っている。
「さとちゃんもう免許取ったん? 早いね。うち在学中は免許禁止さね」
「そうなん? やっぱ進学校は違うんねえ。うちは免許ないと就職してから困るんで、取らせてくれるんよ。ひーちゃんは地元残るんだって?」
小学校の時の友達には高校に進学してから全く会うことがないのに、みんなが今の日野のことを知っている。
「こないだお店行った時にねえ、お母さんと話したんけど。いつ上の子みたく東京の学校行くって言い出したらって、ずっと気にしてたみたいなんよ。やっぱり地元に残って家を継ぐのが一番よねえ」
そう佐藤のおばちゃんが言う。うちの親が言いふらしてんのか……そういや誰のとこの息子はどこへ就職したとか、そういう話よくしてるな。いつも聞き流してたけど、自分が関わってくると急に面倒になる。わざわざそこに混ぜてくれなくてもいいのに。日野は突然疲れを感じてため息をついた。
「東京なんてうるさくてゴミゴミして、あんな汚い街行くことないさねえ」
「今はインターネットもあるんだし、わざわざ東京行くなんてむしろ負けだいね」
うるさい、おまえらになにがわかるんだよ。水本ならきっとそう言うだろう。そんな風に反論できる器を日野は持ってないので、ただそうですねと頷いて、にこにこ笑っているしかなかった。
車の免許取ったら、水本を隣に乗せたい。また一緒にあの海を見に行きたい。東京に行く日までに、間に合うだろうか。
夏休みが終わるまでの間、図書館へ水本に逢いに通った。誰もいない郷土資料室の本棚の陰で水本の身体を抱き寄せると、ずっと冷房の中にいたせいで冷えた肌と灼けた肌が触れ合って、気持ちが良い。お互いの体温が混ざり合ってちょうど良くなるまでぎゅっと抱く。キスの痕をつけてみたくて首筋を食むようにキスをしたけれど、上手くいかなかった。
「あんなに地元に残るのが正しい、わざわざ東京の大学に行くなんてってさんざん俺に言ってくるのに。郷土愛がないんだな」
いつ行っても自分たち以外誰も入って来る気配のない、郷土資料室の蔵書を眺めながら、水本が言う。
「俺がこっちに越してきた頃は、東京もんは早く東京に帰れって家にまで押し掛けてきたり嫌がらせの電話までかかってきたのに。今じゃ東京なんかに行くなって、よく知らない近所のおっさんに言われたよ。誰だあいつ」
確かにこの町ではほとんどの人が地元から出ない人生を選択するし、日野もその大多数の一人だ。宮坂にとっては、東京へ行くというのはかなり大きな決断だろう。そういう愚痴を吐くところを日野に見せたはことないが、色々周囲に言われているのかもしれない。
お盆には姉の麻衣子が東京から帰ってきた。母親に、早く戻ってこっちで結婚しなさい、中学の同級生に子供が生まれて、これから家を建てるらしいわよなどと言われ、帰省して一時間も経ってないのにもう喧嘩が始まっている。麻衣子が家を出てから、毎回こうだ。荷物と一緒に地元の菓子店の紙袋があったので、食べていいのかと思い開けようとすると、その勢いで制された。
「そのお菓子は職場で配るから手をつけちゃ駄目だよ。こっちじゃ食べ飽きてるけどさ、東京じゃデパートの期間限定出店で行列が出来るんだから」
「えー、いとこのなっちゃんの結婚式の引き出物もこれだったがね。こんなん珍しいかねえ」
「田舎じゃありふれてる物が、東京では珍しくて有り難い時もあるんよ」
「東京の人はこんなので行列作るんだ。変なの」
日野が自分で食べる用に買っておいたアイスを、麻衣子は躊躇なく冷凍庫から取り出して食べている。じっと見ていると、あとでお金あげるから好きなの買っといで、と返ってきた。この押しの強さが備わっていればな。
「そういやさ、ねーちゃんはなんで東京の学校行ったん?」
「なあに、やっぱ地元出たいの?」
「違うけど……友達が東京の大学行くから、なんでみんな出てっちゃうんかなと思って」
麻衣子はしばらくうーんと唸った後、もういいか、と話し始めた。
「……ひーちゃんが生まれた時ね、お父さんもお母さんも物凄い喜んだんよ。やっと男の子が出来た、跡継ぎが出来たって。私は最初から跡継ぎの頭数に入ってなかったんね。女だってパン職人になって店を継ぐかもしれないのに。勉強が出来てもここじゃ女に学があってもしょうがない、可愛げがないって言われるしさ。努力しても誰も期待してくれないなら、私を正当に評価してくれそうなところに行った方がいいと思って」
姉がこの家や土地のことをこんな風に考えていたなんて、知らなかった。みんなが自分を嫌いだから、必要としてくれる人のところへ行く。そういう人を知ってる。たとえその相手が自分の身を汚そうとする人でも。
「東京に出たいとか、他にやりたいことが見つかったら、いつでも言いなね。ひーちゃん一人家に置くぐらい、何とかなるよ。お姉ちゃんはどんな時でもひーちゃんの味方だから」
日野は誰かに愛されてると感じると、それを申し訳なく思ってしまう。もっと愛されるべき人がいるのに、なんで自分が。去年の自分ならそんな風には思わなかった。何も気付かないで、誰かから受ける愛情を当然のように消費していた。水本に逢うまでは。水本は僕に愛されてるとちゃんと感じてくれてるだろうか。決して見放さない、大事に思う人間がここにいると安心してくれているだろうか。
夜、コンビニへ行くと、軒に下げられた殺虫灯にたくさん虫が集まっていた。光に誘われて、近づきすぎると殺される。水本の放つ光は強すぎて、周りの人を思わぬ方向へ変えていく。あまりの眩しさで人を狂わせ、時に暴力や性欲に駆り立てる。東京に行けば自分みたいな人間はたくさんいる、普通の人間になれる。水本はそう信じているが。この先の人生で、水本以上に特別な人に出会えるとは思えない。
夜空を見上げると星が瞬いている。ベガ、デネブ、アルタイル。水本に教えてもらった夏の星。今日の深夜はペルセウス座流星群が見えるはず。また二人で流星群を観れるだろうか。今年が駄目でも、来年、いつか……。遠距離になったくらいで壊れる関係じゃないだろう。そう信じているけれど、水本はどうなのだろうか。あまりに違いすぎる二人だから、釣り合わないという不安は離れない。互いの繋がりを証明する、何か確かなものが欲しい。
夏休みの終わりに身体を触らせてもらった。
身体の隅々までどんな風なのか触って確かめたいと、ずっと願っていた。眩しい夏の光から隠れるように、カーテンを閉めた薄暗い自室で、日野はベッドに水本を横たわらせ、ジーンズと靴下を脱がせた。その柔らかな肌に指が触れる度、水本はくすぐったそうに小さく笑う。こんな荒れた指で触れるのは申し訳ないと少し思う。プレゼントの中味を早く見たくて、でも包装紙を破かないように丁寧に。そういう気持ちのせめぎ合いに似ている。ベルトのバックル、ジーンズのボタン、ファスナー。一つ一つを慎重に開けて剥いでいく。
Tシャツの裾から手を滑り込ませ胸の辺りまで捲り上げ、柔らかな肌をそうっと撫でると、水本は気怠げな様子で静かに息を吐いた。服の下はどこまでたどっても白い。一点の汚れもなく、みだらな気持ちさえも許されるような白さ。几帳面にきちんと並んだ足の指から足の甲へ舌を這わせる。すらりとした二の腕、肩甲骨。膝やくるぶしの骨の固い部分さえも。汗で少ししっとりとした肌はどこをなぞっても想像以上に完璧で、夢のようだった。美術室に飾られてる石膏像みたいにひんやりとしてなめらかで、でも指で押すと柔らかく沈む。廊下で隣の席でただ眺めていた頃に想像していた柔らかさより、もっと。ついにここまで触らせてくれた、という嬉しさが日野に胸に込み上げてくる。
膝を開いて内腿を舌先で舐めると、びくりと震えた。まるで蝶の標本を作るよう。動かない蝶の羽根を壊さないようにそっと広げて形を整え、ピンで固定する。そういう作業のようだ。指で舌で触れられてる間の、目を少し伏せたとろんとした表情も喉から漏らすような息づかいも、水本の全てが愛おしい。冷房なんて効いてないくらい、頭の芯まで痺れるように熱くなる。このままずっと触れていたい。手のひらから伝わるこの感触を、全身の血がざわめくような感覚をもっと。彼の色んなところに、もっと奥まで触れたい。
下着の上から下腹部を、手のひらでその形を確かめるように撫でていると、水本はそっと目を開け、冷たい手で日野の手首を掴んだ。
「そこはもう壊れてるから。触っても無駄だよ」
水本はゆっくりとした動作で上半身を起こし、日野の下半身に触れる。
「もう勃ってるね」
口でしてあげるよ。水本は息ばかりの声でささやいた。さっきまでとはまるで逆に、日野の上に水本が跨った。細く冷たい水本の指が日野の下着を下ろしながら肌の上を滑り、既に硬くなった膨らみにそっと触れる。先端を親指の腹で撫でられると、そこにぎゅうっと血がたまっていくように熱を感じた。日野の反応に構わず、水本は根元から先にかけてを舌先で線を引くように舐め上げる。こんなこと本当に水本にしてもらうなんて。驚きと恥ずかしさと罪悪感が混ざりながらも、濡れた舌が這い回る感触は抗えないほど気持ちが良く、思わず声が漏れそうになるのを日野は堪える。
でも心のどこかで、こういうの慣れているんだと感じた。どこをどう舐めれば相手が感じるのか全部知っているかのような器用さで、何の躊躇もなく咥える。このままだと自分も、水本を無理矢理犯している人間たちと同じになるのではないかという、不安がよぎる。自分はそうじゃない、でも。堪えようという気持ちは今行われている快楽に負け、聞いたこともないような声と共に、熱い欲望は外へと流れ出した。
日野が思わず吐射してしまったものさえも、水本は手慣れた作業のように何も言わず呑み込む。口を開けて舌を少し出し、それを確認させるように見せた。それから、猫が水を飲むような上品な仕草で、先を拭き取るように舐め上げた。そんなことまでしてくれなくても良かったのに。いや、こんなはずじゃなかった。さっきまで熱を帯びていた身体に急に冷たい水を注ぎ込まれたような感覚がした。水本は何事もなかったように口の端を上げて少し笑い、うつろな暗い目で日野を見上げる。その目線が、日野の胸を鈍く刺す。水本のことを汚いと思ってるわけではないのに。
「……ごめん。こんなことさせて。酷いことした」
こんな彼を見ていたくない。涎と体液で汚してしまった口元をティッシュで拭ってやると、目を逸らされた。
「……なんで、褒めてくれないの?」
水本から発せられた思ってもいなかった言葉に、絶句した。
「気持ち良くさせてあげられなかった? 俺が汚いから、気持ち悪かった?」
「違う、そんなわけない」
絶望の混じる言葉を否定しようと焦るが、うまく言葉が出てこない。やっとの思いで、水本の頭を撫でるけども、指の震えはきっと伝わってしまっただろう。額に滲んだ汗が冷たい。
「全然大丈夫だから。これくらいのこと、別に何でもないし……。謝られるようなこと、俺はしてないよ」
水本はぼんやりとした様子で少し咳き込んで、またベッドに横たわって目を閉じた。好きにしていいとでも言うのだろうか。日野は触れられないまま、黙って眺めているしかなかった。
自分以外の誰かに何度もこういうことをさせられてると、頭ではわかっているし、仕方がないと許してる。だけど、あんな目をあんな表情を向けられたことなかった。自分だけにはもっと幸せそうな顔を見せてくれてるはずだった。日野が知ってる彼はいつも、強く鋭い光で突き刺すように人を見るのに。
水本の身体をただ性欲の捌け口として求める奴等とは違う、ちゃんとお互い好きで求めあってる関係のはずだ。あんなに何度も日野になら何されてもいいって言ってたのに。君の心は僕だけのものだったはず、そういう自負が日野にはあった。けれども拭いきれない違和感がまとわりつく。……あいつらみたいに、気持ち良かったありがとうとでも言えば喜んだ?
互いの距離がなくなったと感じたのは錯覚だった。触れてはいけない領域の前に、今はなす術もない。日野はやり場のない怒りを込めて、ベッドに敷いたタオルの裾をぎゅっと掴んだ。
夕方五時を知らせるチャイムが鳴ると、水本は力なく起き上がった。
「図書館行ってることになってるから、もう帰らないと……」
ごめん、とまた謝りそうになる言葉を呑む。
バス停のベンチに並んで座るものの、何の言葉もかけられず、水本も何も言わずに自販機で買ったサイダーを飲む。ペットボトルの口から少し溢れたサイダーで濡れた指を舐める。日野は水本の手を握って、自身のTシャツの裾で拭いた。
「……汚いよ」
「いいよ、別に汚れたって構わないよ」
バスが来て、じゃあまた明日と緊張しながら声をかけると。
「おまえは何にも悪くないから」
水本は俯いてそうつぶやいた。
次の日からはまたいつもの水本で、昨日のことなどなかったように振る舞い、日野の持ってきたパンを笑顔で食べる。図書館の自習室で黙々と問題集を解いている。水本の瞳は夜空のように真っ暗なのに、星が見えない。
太陽が強く照らせば照らすほど、足元の影の色はいっそう濃くなっていく。
期末テストが終わりあとは夏休みを待つだけという頃、放課後日野が帰り支度をしていると、珍しく水本が二組の教室まで来た。いつもは日野が訪ねるばかりで、水本から来ることはないのに。
「ロッカーにあるはずだけど、どうした?」
「ずっと体育の授業休んでたら、体育の須藤に卒業させねえぞって言われて。球技大会の日も休んだし。本当は昨日の放課後にプールで泳がなきゃいけなかったんだけど、それもさぼったから、これから校庭十周しなきゃなんねえ……くそ暑いのに」
日野の体育着は水本には少し大きく、膝が出る丈のハーフパンツが膝が隠れるほどで、ウエストが緩いとぶつくさ言いながら履き口のゴムを折り返している。ちらりと見える脇腹まで色白で、身体全部がどこかしこも美しく作られている。体育着から伸びる人形みたいに完璧な白く細い手足。跪いて靴を脱がせて、指で頬で舌で撫で回したい。いっそその足で……。
「おまえ、なんか今やらしいこと考えてただろ」
水本がいたずらっぽく笑う。顔に出てたかな、と日野は反省した。あまりにも綺麗だから見とれてしまっていた。二人で昇降口に行くと体育の須藤先生が待ちかまえていた。いかにも運動が苦手だとわかる、だらんと重たそうなフォームで、水本は嫌々走り始めた。
購買で冷たいスポーツドリンクを二本買い、昇降口に戻ると、水本がこっちに向かってとぼとぼと歩いてくる。意外と早く終わったな……と眺めていると異変に気がついた。顔と手と、腕に伝う赤。途中で鼻血を出して帰されたらしい。
大丈夫? と声をかけると、水本は言葉が出ない様子で目を逸らす。あっ、と水本が声を上げたので見ると、Tシャツの裾に血が数滴滲んでいる。鼻を押さえる指の隙間からぱたぱたとこぼれ続ける血。日野が思わず手で直接鼻血を拭うと、水本は今まで見たことないほど怯えた顔をした。
「こんなん洗えばいいさね。気にしない。保健室行こ」
水本の手を引いて保健室まで連れて行くも、「先生は外出中です」の札がかかっていて入れない。仕方なく保健室の向かいのトイレに入り、水本を洗面台の縁に座らせ、血を拭くトイレットペーパーを渡す。なかなか止まらず、赤く染まった紙が便器の中に溜まっていく。汗と血が混ざり合って顎や肘から垂れ落ちる。腕についた血がTシャツに赤く滲み、水本は何度も、汚してごめんと震えがちな声でつぶやく。いつになくかなり動揺しているようで、大丈夫だからねと、涙目になっている水本の背中をさする。水本のことで、大丈夫と言って本当に大丈夫だった試しが一度もない。それでもそう言わないといけない気がする。
「こんなこと謝らんでいいさ。いつも水本自分で謝らなくてもいいこと謝んなって僕に言ってるがね」
頭を撫でると手が汗で濡れたので、日野は自分のリュックから汗拭き用のタオルを出して、水本の汗を拭いてやる。色が白い人ってこんなにはっきり静脈が見えるんだ、静脈って本当に青いんだな。いつの間にか日野は、白い腕に巻き付くように伸びる静脈に魅せられてしまっていた。
やっと血が止まった頃には、水本はなんだか酷く疲れきった様子でぼんやりした様子で、まるで小さな子供みたいに顔と手を洗ってあげた。スポーツドリンクを飲ませると少し落ち着いたようだ。こんな水本は珍しくて、日野まで少し混乱してる。
「ごめん……Tシャツとタオル、新しいの買って返す」
「いいさ、ぼろいタオルだし。体育着なんてあと半年も使わんし、替えがあるさね。家まで送ってくよ」
「大丈夫……一人で帰れる。ちょっとびっくりしただけだから、もうなんともない」
「宮ちゃん家の近所だから神明宮の方だいね? 大した距離じゃないさ。送るよ」
どんな時でも凛として気が強い水本だから、こんなに弱々しい姿を見てしまうと、一人にしたら悪いことが起きそうで怖くてたまらない。日野は自分の自転車の後ろに乗せようとしたが、水本に頑に拒否されてしまった。何にも喋らず、ひたすらゆっくりと二人並んで自転車を漕いだ。夏の蒸した風と、半袖から腕を伝って手首まで落ちる汗と、風を受けて膨らむ背中が濡れたシャツ。いつもは別れてしまう交差点を、初めて一緒に曲がった。こんな瞬間を、全部そのままどこかに埋めておければいいのに。
ここでいいから、と水本が途中で止まったので、日野は慌てて急ブレーキをかけた。
「誰かに見られたらまずいし、もう一人で大丈夫。迷惑かけたな」
「……迷惑だなんて全然思ってない。そんなんいくらかけたって構わんさ」
そういう問題じゃないよ、と水本は笑うけれど。何かの拍子に崩れ落ちてしまいそうな頼りない笑顔だった。もっと僕に甘えてもいい、その一言を呑み込んでしまう。そう言ったところで、水本には容易なことではないのだろう。
ハンドルを握る手が汗で滑り、ふと手を見ると、爪の間に血が入っていた。水本の血だ。白い肌に滲む赤。喘ぐように息を荒く吐きながら、目に涙を溜めて苦痛に顔を歪めている顔。それをとても綺麗だなと思ってしまった。何かに削がれるほど、ぞっとするほど美しく見える。あの顔を何度も何度も頭の中で繰り返し再生してる。あの細い手足を押さえつけて思うままにすれば、またあの顔を間近で見れる。あの美しいものを思いのままにして汚したい。他を圧倒する強く輝くものを壊してしまえば、僕だけのものになる。そんなことを考えてしまう。僕は君が思うよりもずっとずっと嫌な奴だ。君が思うような人間じゃない。日野は自分の欲望を押さえつけるように、ペダルを強く踏み込んだ。
水本を汚す全てのものが憎いのに。汚したいと願ってしまうのは、とても愚かな獣と同じだ。
夏休みの間、水本は毎日のように県立図書館で勉強していると聞き、日野は差し入れを持っていくことにした。陽を遮る物があまりない田舎道を自転車で走ると、焼かれるように暑く、あの凍える冬の日々は全部幻だったように思える。白い息を吐きながら二人で道に張った薄氷を割って歩いたことも、睫毛の先に落ちた雪を払ってやったことも、みんな夢の中の出来事のようだ。
「ずっと家にこもって一人で勉強してると気が滅入りそうで」
水本は少し目を伏せて、ゆっくりと息を吐く。それでも少し前よりは随分気持ちが落ち着いているようだ。
自習室の机は受験生であろう同じ年頃の人で埋め尽くされ、皆一様に同じ方向を向いて勉強している。きっとこの人たちの何割かも進学でこの町を出て、大事な誰かと離ればなれになるのだろう。水本が女の子のグループに声をかけられ、相変わらずの対応をしているところも、日野は何度か見かけた。そういう場面を見るとやはり、本当にこんな僕なんかで水本は満足出来てるんだろうかと、自信がなくて不安になる。水本に直接それを言えばきっと、くだらねえこと考えんな、などと言われることは目に見えている。
休憩室は人が多いからと館外へ出て、日陰のベンチに日野が持ってきた差し入れを広げると、なんか遠足みたいだねと水本は喜んだ。白あんパンとハムカツバーガーとクロックムッシュ、それからミルクフランスとソーセージロール、ジャーマンポテトパン。水本が好きなパンばかり持ってきた。みんな半分ずつに分けて食べる。日野が冷たい烏龍茶のペットボトルを日に灼けた肌に押し付けていると、水本は腕を日野の腕の横に並べて、色が全然違うと笑った。
水本が着ている半袖のチェックのシャツは、日野や自習室にいる人たちが着ているチェックとは、似ているようで全く違う柄に見える。ジーンズも雰囲気が違う。特別オシャレだというわけではないけれど。スニーカーもメッセンジャーバッグも、文房具もスマホカバーも。同じものを持ってる人を学校で見たことがない。全てのセンスがどこか都会っぽくて、頭からつま先まで洗練されている。水本の物はみんな本物で、自分が持ってる物は偽物のように思えてしまう。日野はここで生まれ育ったから違和感なくこの町に溶け込める。でも水本はそうではない。こんな田舎に留めておくのは気がひける。水本にとってこの田舎町は、サイズが合わない靴を無理矢理着履かされているようだ。靴擦れが出来て痛くてたまらないのに、脱げない靴。
日野にはもう一つ、ずっと違和感を感じていることがある。乳白色に透けるガラスのような肌も薄紅色のくちびるも、どこかしこも輝いて見えるのに。あの黒目がちな瞳には光を感じない。まるで見えない宝石の目を埋め込まれた人形のようだ。あの美しい目の奥はからっぽの闇が広がっているようで、中に閉じ込められたらきっと一生出られない。一緒にいるだけで心地好いのに、どうしてこんなにも希望を感じられないのだろう。
「日野、このあと暇?」
「うん、ずっと暇。帰ってもどうせ店の手伝いさせられるだけだし」
「今日はもう勉強はいいや。柳文堂行ってあの辺ぶらぶらして、ファストフードでソフトクリーム食べよう。俺が奢るからさ」
水本は伸びをして、肩が凝ったと肩を回す。日野が肩を揉んでやると、すぐにくすぐったがって身を捩らせた。触れる度笑う度に、安堵する。ふと目を離した隙に消えてしまって二度と逢えなくなるような不安が、胸の内側に膜のように貼り付いているから、つい水本に触れずにはいられない。
街の中心にある柳文堂書店は大学入試の専門コーナーが充実していて、センター試験まであと五ヶ月! と書いてある。まだ夏休みの宿題も終えていないのに。受験までの時間が迫るほど、取り残されていく気分。それでも自分も専門学校に入ったら毎日忙しくて、水本のことを想う時間が減っていくのだろうか。新しい場所で自分が変わってしまう日がいつか来るのではないかと、怖くなった。
参考書を探していた水本は突然振り返って、その先をこわばった表情でじっと見つめてる。
「どうしたん?」
「……いや、同じ小学校の奴がいたような気がして」
「ここは県で一番大きな本屋だがね、そういうことくらいあるよ。あんま気にせんさ」
いじめられてたことは、まだつらいのだろう。くしゃくしゃと頭を撫でてやると、水本は少し表情を緩める。
「そうだね。今は日野がいるから、大丈夫」
水本はまるで自身に言い聞かせるように、一言ずつ?み込むように言った。
市で一番大きなアーケード街を歩くと、熱帯魚屋の店先に、血みたいな赤や群青色の小さな魚が一匹ずつ瓶に入れられ、ブロックのように並べられている。小さな四角い瓶の中で、身体より大きなヒレをたなびかせるようにして泳いでる。
「これ知ってる、ベタだろ。ランブルフィッシュとも言うんだよ。昔観た映画に出てきて、ずっと飼いたいなって思ってんだ」
「水本、魚好きだねえ」
「コップの中でも飼えるんだって。一人暮らししたら飼おうかな」
闘争本能が強く二匹以上を同じ水槽で飼うとどちらかが死ぬまで闘い続けます。一匹だけで飼うことをお勧めします。ポップにはそう書かれている。他とは相容れず傷つけ合うことしか出来なくて、一匹だけじゃないと生きていけない魚。まるで水本のようだ。
「……また一緒に水族館行きたいんね」
「そうだな、いつか行こうな」
いつか、なんて約束はいつも果たされない。いつかまたみんなで一緒にとか、そんなことを言って果たされなかった約束を、いくつも知っている。水本は何の気なしに口にしたのだろうが、叶わないような気がして胸が痛む。もっと大人になりたい。些細なことで苛々したくない。
「こうやってまた逢いに行ってもいい?」
「……あたりまえだろ。何言ってんだ」
水本の言葉でもっと安心したい。でも自分の言葉は水本を安心させられているのだろうか。見守っているつもりなだけで、何の役にも立てていない。口には出せない漠然とした不安は晴れることがない。
帰り道、家の近くで後ろからクラクションを鳴らされ振り返ると、ひーちゃん、と懐かしいあだ名で呼びかけられた。運転席には小学校の同級生の佐藤が乗っていた。初心者マークを付けており、助手席には佐藤のおばちゃんが乗っている。
「さとちゃんもう免許取ったん? 早いね。うち在学中は免許禁止さね」
「そうなん? やっぱ進学校は違うんねえ。うちは免許ないと就職してから困るんで、取らせてくれるんよ。ひーちゃんは地元残るんだって?」
小学校の時の友達には高校に進学してから全く会うことがないのに、みんなが今の日野のことを知っている。
「こないだお店行った時にねえ、お母さんと話したんけど。いつ上の子みたく東京の学校行くって言い出したらって、ずっと気にしてたみたいなんよ。やっぱり地元に残って家を継ぐのが一番よねえ」
そう佐藤のおばちゃんが言う。うちの親が言いふらしてんのか……そういや誰のとこの息子はどこへ就職したとか、そういう話よくしてるな。いつも聞き流してたけど、自分が関わってくると急に面倒になる。わざわざそこに混ぜてくれなくてもいいのに。日野は突然疲れを感じてため息をついた。
「東京なんてうるさくてゴミゴミして、あんな汚い街行くことないさねえ」
「今はインターネットもあるんだし、わざわざ東京行くなんてむしろ負けだいね」
うるさい、おまえらになにがわかるんだよ。水本ならきっとそう言うだろう。そんな風に反論できる器を日野は持ってないので、ただそうですねと頷いて、にこにこ笑っているしかなかった。
車の免許取ったら、水本を隣に乗せたい。また一緒にあの海を見に行きたい。東京に行く日までに、間に合うだろうか。
夏休みが終わるまでの間、図書館へ水本に逢いに通った。誰もいない郷土資料室の本棚の陰で水本の身体を抱き寄せると、ずっと冷房の中にいたせいで冷えた肌と灼けた肌が触れ合って、気持ちが良い。お互いの体温が混ざり合ってちょうど良くなるまでぎゅっと抱く。キスの痕をつけてみたくて首筋を食むようにキスをしたけれど、上手くいかなかった。
「あんなに地元に残るのが正しい、わざわざ東京の大学に行くなんてってさんざん俺に言ってくるのに。郷土愛がないんだな」
いつ行っても自分たち以外誰も入って来る気配のない、郷土資料室の蔵書を眺めながら、水本が言う。
「俺がこっちに越してきた頃は、東京もんは早く東京に帰れって家にまで押し掛けてきたり嫌がらせの電話までかかってきたのに。今じゃ東京なんかに行くなって、よく知らない近所のおっさんに言われたよ。誰だあいつ」
確かにこの町ではほとんどの人が地元から出ない人生を選択するし、日野もその大多数の一人だ。宮坂にとっては、東京へ行くというのはかなり大きな決断だろう。そういう愚痴を吐くところを日野に見せたはことないが、色々周囲に言われているのかもしれない。
お盆には姉の麻衣子が東京から帰ってきた。母親に、早く戻ってこっちで結婚しなさい、中学の同級生に子供が生まれて、これから家を建てるらしいわよなどと言われ、帰省して一時間も経ってないのにもう喧嘩が始まっている。麻衣子が家を出てから、毎回こうだ。荷物と一緒に地元の菓子店の紙袋があったので、食べていいのかと思い開けようとすると、その勢いで制された。
「そのお菓子は職場で配るから手をつけちゃ駄目だよ。こっちじゃ食べ飽きてるけどさ、東京じゃデパートの期間限定出店で行列が出来るんだから」
「えー、いとこのなっちゃんの結婚式の引き出物もこれだったがね。こんなん珍しいかねえ」
「田舎じゃありふれてる物が、東京では珍しくて有り難い時もあるんよ」
「東京の人はこんなので行列作るんだ。変なの」
日野が自分で食べる用に買っておいたアイスを、麻衣子は躊躇なく冷凍庫から取り出して食べている。じっと見ていると、あとでお金あげるから好きなの買っといで、と返ってきた。この押しの強さが備わっていればな。
「そういやさ、ねーちゃんはなんで東京の学校行ったん?」
「なあに、やっぱ地元出たいの?」
「違うけど……友達が東京の大学行くから、なんでみんな出てっちゃうんかなと思って」
麻衣子はしばらくうーんと唸った後、もういいか、と話し始めた。
「……ひーちゃんが生まれた時ね、お父さんもお母さんも物凄い喜んだんよ。やっと男の子が出来た、跡継ぎが出来たって。私は最初から跡継ぎの頭数に入ってなかったんね。女だってパン職人になって店を継ぐかもしれないのに。勉強が出来てもここじゃ女に学があってもしょうがない、可愛げがないって言われるしさ。努力しても誰も期待してくれないなら、私を正当に評価してくれそうなところに行った方がいいと思って」
姉がこの家や土地のことをこんな風に考えていたなんて、知らなかった。みんなが自分を嫌いだから、必要としてくれる人のところへ行く。そういう人を知ってる。たとえその相手が自分の身を汚そうとする人でも。
「東京に出たいとか、他にやりたいことが見つかったら、いつでも言いなね。ひーちゃん一人家に置くぐらい、何とかなるよ。お姉ちゃんはどんな時でもひーちゃんの味方だから」
日野は誰かに愛されてると感じると、それを申し訳なく思ってしまう。もっと愛されるべき人がいるのに、なんで自分が。去年の自分ならそんな風には思わなかった。何も気付かないで、誰かから受ける愛情を当然のように消費していた。水本に逢うまでは。水本は僕に愛されてるとちゃんと感じてくれてるだろうか。決して見放さない、大事に思う人間がここにいると安心してくれているだろうか。
夜、コンビニへ行くと、軒に下げられた殺虫灯にたくさん虫が集まっていた。光に誘われて、近づきすぎると殺される。水本の放つ光は強すぎて、周りの人を思わぬ方向へ変えていく。あまりの眩しさで人を狂わせ、時に暴力や性欲に駆り立てる。東京に行けば自分みたいな人間はたくさんいる、普通の人間になれる。水本はそう信じているが。この先の人生で、水本以上に特別な人に出会えるとは思えない。
夜空を見上げると星が瞬いている。ベガ、デネブ、アルタイル。水本に教えてもらった夏の星。今日の深夜はペルセウス座流星群が見えるはず。また二人で流星群を観れるだろうか。今年が駄目でも、来年、いつか……。遠距離になったくらいで壊れる関係じゃないだろう。そう信じているけれど、水本はどうなのだろうか。あまりに違いすぎる二人だから、釣り合わないという不安は離れない。互いの繋がりを証明する、何か確かなものが欲しい。
夏休みの終わりに身体を触らせてもらった。
身体の隅々までどんな風なのか触って確かめたいと、ずっと願っていた。眩しい夏の光から隠れるように、カーテンを閉めた薄暗い自室で、日野はベッドに水本を横たわらせ、ジーンズと靴下を脱がせた。その柔らかな肌に指が触れる度、水本はくすぐったそうに小さく笑う。こんな荒れた指で触れるのは申し訳ないと少し思う。プレゼントの中味を早く見たくて、でも包装紙を破かないように丁寧に。そういう気持ちのせめぎ合いに似ている。ベルトのバックル、ジーンズのボタン、ファスナー。一つ一つを慎重に開けて剥いでいく。
Tシャツの裾から手を滑り込ませ胸の辺りまで捲り上げ、柔らかな肌をそうっと撫でると、水本は気怠げな様子で静かに息を吐いた。服の下はどこまでたどっても白い。一点の汚れもなく、みだらな気持ちさえも許されるような白さ。几帳面にきちんと並んだ足の指から足の甲へ舌を這わせる。すらりとした二の腕、肩甲骨。膝やくるぶしの骨の固い部分さえも。汗で少ししっとりとした肌はどこをなぞっても想像以上に完璧で、夢のようだった。美術室に飾られてる石膏像みたいにひんやりとしてなめらかで、でも指で押すと柔らかく沈む。廊下で隣の席でただ眺めていた頃に想像していた柔らかさより、もっと。ついにここまで触らせてくれた、という嬉しさが日野に胸に込み上げてくる。
膝を開いて内腿を舌先で舐めると、びくりと震えた。まるで蝶の標本を作るよう。動かない蝶の羽根を壊さないようにそっと広げて形を整え、ピンで固定する。そういう作業のようだ。指で舌で触れられてる間の、目を少し伏せたとろんとした表情も喉から漏らすような息づかいも、水本の全てが愛おしい。冷房なんて効いてないくらい、頭の芯まで痺れるように熱くなる。このままずっと触れていたい。手のひらから伝わるこの感触を、全身の血がざわめくような感覚をもっと。彼の色んなところに、もっと奥まで触れたい。
下着の上から下腹部を、手のひらでその形を確かめるように撫でていると、水本はそっと目を開け、冷たい手で日野の手首を掴んだ。
「そこはもう壊れてるから。触っても無駄だよ」
水本はゆっくりとした動作で上半身を起こし、日野の下半身に触れる。
「もう勃ってるね」
口でしてあげるよ。水本は息ばかりの声でささやいた。さっきまでとはまるで逆に、日野の上に水本が跨った。細く冷たい水本の指が日野の下着を下ろしながら肌の上を滑り、既に硬くなった膨らみにそっと触れる。先端を親指の腹で撫でられると、そこにぎゅうっと血がたまっていくように熱を感じた。日野の反応に構わず、水本は根元から先にかけてを舌先で線を引くように舐め上げる。こんなこと本当に水本にしてもらうなんて。驚きと恥ずかしさと罪悪感が混ざりながらも、濡れた舌が這い回る感触は抗えないほど気持ちが良く、思わず声が漏れそうになるのを日野は堪える。
でも心のどこかで、こういうの慣れているんだと感じた。どこをどう舐めれば相手が感じるのか全部知っているかのような器用さで、何の躊躇もなく咥える。このままだと自分も、水本を無理矢理犯している人間たちと同じになるのではないかという、不安がよぎる。自分はそうじゃない、でも。堪えようという気持ちは今行われている快楽に負け、聞いたこともないような声と共に、熱い欲望は外へと流れ出した。
日野が思わず吐射してしまったものさえも、水本は手慣れた作業のように何も言わず呑み込む。口を開けて舌を少し出し、それを確認させるように見せた。それから、猫が水を飲むような上品な仕草で、先を拭き取るように舐め上げた。そんなことまでしてくれなくても良かったのに。いや、こんなはずじゃなかった。さっきまで熱を帯びていた身体に急に冷たい水を注ぎ込まれたような感覚がした。水本は何事もなかったように口の端を上げて少し笑い、うつろな暗い目で日野を見上げる。その目線が、日野の胸を鈍く刺す。水本のことを汚いと思ってるわけではないのに。
「……ごめん。こんなことさせて。酷いことした」
こんな彼を見ていたくない。涎と体液で汚してしまった口元をティッシュで拭ってやると、目を逸らされた。
「……なんで、褒めてくれないの?」
水本から発せられた思ってもいなかった言葉に、絶句した。
「気持ち良くさせてあげられなかった? 俺が汚いから、気持ち悪かった?」
「違う、そんなわけない」
絶望の混じる言葉を否定しようと焦るが、うまく言葉が出てこない。やっとの思いで、水本の頭を撫でるけども、指の震えはきっと伝わってしまっただろう。額に滲んだ汗が冷たい。
「全然大丈夫だから。これくらいのこと、別に何でもないし……。謝られるようなこと、俺はしてないよ」
水本はぼんやりとした様子で少し咳き込んで、またベッドに横たわって目を閉じた。好きにしていいとでも言うのだろうか。日野は触れられないまま、黙って眺めているしかなかった。
自分以外の誰かに何度もこういうことをさせられてると、頭ではわかっているし、仕方がないと許してる。だけど、あんな目をあんな表情を向けられたことなかった。自分だけにはもっと幸せそうな顔を見せてくれてるはずだった。日野が知ってる彼はいつも、強く鋭い光で突き刺すように人を見るのに。
水本の身体をただ性欲の捌け口として求める奴等とは違う、ちゃんとお互い好きで求めあってる関係のはずだ。あんなに何度も日野になら何されてもいいって言ってたのに。君の心は僕だけのものだったはず、そういう自負が日野にはあった。けれども拭いきれない違和感がまとわりつく。……あいつらみたいに、気持ち良かったありがとうとでも言えば喜んだ?
互いの距離がなくなったと感じたのは錯覚だった。触れてはいけない領域の前に、今はなす術もない。日野はやり場のない怒りを込めて、ベッドに敷いたタオルの裾をぎゅっと掴んだ。
夕方五時を知らせるチャイムが鳴ると、水本は力なく起き上がった。
「図書館行ってることになってるから、もう帰らないと……」
ごめん、とまた謝りそうになる言葉を呑む。
バス停のベンチに並んで座るものの、何の言葉もかけられず、水本も何も言わずに自販機で買ったサイダーを飲む。ペットボトルの口から少し溢れたサイダーで濡れた指を舐める。日野は水本の手を握って、自身のTシャツの裾で拭いた。
「……汚いよ」
「いいよ、別に汚れたって構わないよ」
バスが来て、じゃあまた明日と緊張しながら声をかけると。
「おまえは何にも悪くないから」
水本は俯いてそうつぶやいた。
次の日からはまたいつもの水本で、昨日のことなどなかったように振る舞い、日野の持ってきたパンを笑顔で食べる。図書館の自習室で黙々と問題集を解いている。水本の瞳は夜空のように真っ暗なのに、星が見えない。
太陽が強く照らせば照らすほど、足元の影の色はいっそう濃くなっていく。
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