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第十一話
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柔らかい生肉に、包丁がすんなりと入る。どす黒い血が、まな板を濡らす。
油を敷いたフライパンで、あらかじめ刻んでおいたキャベツ、ピーマン、ニンジン、玉ねぎと一緒に、適当な大きさにカットした生肉を炒めていく。
今晩の夕食の野菜炒めは、彼女の好物だった。その彼女は今、奥の和室で一人、テレビ画面を眺めている。
笑いもしなければ泣くことも、怒ることもしない――何の番組を見ていようと、彼女は変わらず無表情だった。こちらから話しかけなければ、滅多に口も開かない。
だがそんなことは別段、構いはしない。彼女が自分のことをどう思い、いつもどのようなことを考えて過ごしているかなど、まったくといっていいほど気にはならない。そんなことは実に些末なことだった。
夕食の支度を終え、奥の和室に運ぶ。彼女は背を向けて夕方のニュースを見ている。こちらを振り返ることもしないで、瞬きもせずにテレビ画面を凝視し続けている。
ちょうどテレビは先日起きた、就寝中の妊婦が残忍な手段で殺害されたニュースを取り上げていた。見る限り、捜査に大した進展はなさそうだ。
指紋も残していない。毛髪だって一本も落としていないはずだ――捜査の手が自分に及ぶ心配はない。そう思ってはいても、どこかに落とし穴があるかも知れないという不安は完全に拭い去れるものではない。
すでに済んでしまったことについて、一度考え始めると際限がなくなってしまうため、あえてマイナス面に蓋をしているに過ぎない。これからのことを含めてもそれが最良であるが、必ずしも最善とは断言できないところが、自分の弱さなのだろう。
丸テーブルに食器類を定位置に並べ終えると、彼女はようやくこちらを向いた。
彼女の膨らんだ腹部が、目に入る。臨月だ――その胎内からは新たな生命がそう遠くない日に、この世に生まれ落ちてくる。
子の父親は、誰かは分からない――彼女は固く口を閉ざし、頑として語ろうとしない。自分も無理をして訊き出そうとは思わない。
たとえ《悪魔の子》だろうと関係ない――子どもが生まれるという一点だけが重要だった。子どもの産めない自分の代わって、きっと悪魔が彼女に授けてくれたのだと、そう思った。
この世に神はいない――かつて子どもが欲しいとあれほど祈った願いが叶わなかったのだから。だが悪魔の方は、どうやら本当にいるようだ。その証拠に彼女は、インキュバスとの子を事実として身籠っている。
彼女の妊娠が発覚したその日から、自分は心底、悪魔の実在を信じた。だからこの子が無事に生まれるためなら何を犠牲にし、何を捧げてもいいと決心をした。
そうして自分は、ついに実行に移した。
目の前で、彼女は黙々と野菜炒めを口に運んでいる――。
その野菜炒めの肉――それは胎児の肉だった。
人間の胎児を、《悪魔の子》のための生贄とする――彼の血肉はすべて《悪魔の子》の糧となり、その中で生き続ける――とても素晴らしいことだと、自分は思う。
それでも、まだ足りない――更にたくさんの胎児の血肉を、この子に捧げなければならない。
これから当分は、忙しい日々になりそうだった。
油を敷いたフライパンで、あらかじめ刻んでおいたキャベツ、ピーマン、ニンジン、玉ねぎと一緒に、適当な大きさにカットした生肉を炒めていく。
今晩の夕食の野菜炒めは、彼女の好物だった。その彼女は今、奥の和室で一人、テレビ画面を眺めている。
笑いもしなければ泣くことも、怒ることもしない――何の番組を見ていようと、彼女は変わらず無表情だった。こちらから話しかけなければ、滅多に口も開かない。
だがそんなことは別段、構いはしない。彼女が自分のことをどう思い、いつもどのようなことを考えて過ごしているかなど、まったくといっていいほど気にはならない。そんなことは実に些末なことだった。
夕食の支度を終え、奥の和室に運ぶ。彼女は背を向けて夕方のニュースを見ている。こちらを振り返ることもしないで、瞬きもせずにテレビ画面を凝視し続けている。
ちょうどテレビは先日起きた、就寝中の妊婦が残忍な手段で殺害されたニュースを取り上げていた。見る限り、捜査に大した進展はなさそうだ。
指紋も残していない。毛髪だって一本も落としていないはずだ――捜査の手が自分に及ぶ心配はない。そう思ってはいても、どこかに落とし穴があるかも知れないという不安は完全に拭い去れるものではない。
すでに済んでしまったことについて、一度考え始めると際限がなくなってしまうため、あえてマイナス面に蓋をしているに過ぎない。これからのことを含めてもそれが最良であるが、必ずしも最善とは断言できないところが、自分の弱さなのだろう。
丸テーブルに食器類を定位置に並べ終えると、彼女はようやくこちらを向いた。
彼女の膨らんだ腹部が、目に入る。臨月だ――その胎内からは新たな生命がそう遠くない日に、この世に生まれ落ちてくる。
子の父親は、誰かは分からない――彼女は固く口を閉ざし、頑として語ろうとしない。自分も無理をして訊き出そうとは思わない。
たとえ《悪魔の子》だろうと関係ない――子どもが生まれるという一点だけが重要だった。子どもの産めない自分の代わって、きっと悪魔が彼女に授けてくれたのだと、そう思った。
この世に神はいない――かつて子どもが欲しいとあれほど祈った願いが叶わなかったのだから。だが悪魔の方は、どうやら本当にいるようだ。その証拠に彼女は、インキュバスとの子を事実として身籠っている。
彼女の妊娠が発覚したその日から、自分は心底、悪魔の実在を信じた。だからこの子が無事に生まれるためなら何を犠牲にし、何を捧げてもいいと決心をした。
そうして自分は、ついに実行に移した。
目の前で、彼女は黙々と野菜炒めを口に運んでいる――。
その野菜炒めの肉――それは胎児の肉だった。
人間の胎児を、《悪魔の子》のための生贄とする――彼の血肉はすべて《悪魔の子》の糧となり、その中で生き続ける――とても素晴らしいことだと、自分は思う。
それでも、まだ足りない――更にたくさんの胎児の血肉を、この子に捧げなければならない。
これから当分は、忙しい日々になりそうだった。
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