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第十二話
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翌日、修平は再び鈴沢家の前に立っていた。彼はまだ美紀の親から話を訊く用事が残っていた。地元に逃げ帰った真紀が真っ先に向かう可能性のある場所といえば、彼女の実家くらいだろう。しばらく匿ってもらうにも、ここより都合のいいところは、少なくとも今の修平には思いつかない。
インターフォンを押してみると、今度はすぐに反応があった。スリッパの音が玄関に近づいてくる。癖なのか、それとも足が悪いのかは不明だが、かなりの摺り足だ。
「は、はい……何かご用でしょうか?」
やがて顔を見せたのは美紀の母親だった。娘に負けず劣らず陰気な顔をしている。充分な睡眠が取れていないのか、目の下にはくっきりと濃い隈があった。
修平は手短に自分の素性と、今日の来訪の目的を告げた。
「はぁ……」
溜息とも相槌ともとれる曖昧な声を、母親は漏らした。
「――それで、もしかしたら彼女はここに顔を見せているのではと……正直、藁にも縋る思いでやってきた次第です。些細なことでもいいんです。何か心当たりがあれば教えて頂けませんか?」
「はぁ……」
「あの、鈴沢さん?」
ちゃんと話を訊いてもらえたのだろうか――何とも心許ない母親の反応だった。
「……遠いところをわざわざ、足を運んで頂いて申し訳ありませんが……」
痺れを切らした修平が、また声をかける前に、母親ようやく喋った。
「……あの子は、ここにはいませんよ……どころか、高校を卒業して出て行ってから、ここには一度も帰ってきていません……」
「――本当に?」
仮にここで真紀を匿っているのであれば、彼女からある程度の事情を知らされているはずだ。なら余所から来た見ず知らずの男に、事実を話すわけがない。
「ええ……あの子とはもう、親子の縁を切ってますし」
「? それはまた、どうして?」
「だって……あの子はわたしたちを見捨てて、一人で家を出て行ったんですから。この町でわたしたち家族が、どれほど肩身の狭い思いをしているか知っていますか? あんな親不孝な子……もう娘とは思ってはいません。それは夫にしても同じです。それに――」
「……それに? 何でしょう?」
「――それにあの子、小学校の低学年になった辺りから……どうも様子がおかしくて。明るくて優しい良い子だったのに、急にわたしと夫を避け始めて……いえ、そうじゃない……あれは明らかに、わたしたちに怯えていたわ」
「原因は分からない?」
ほんの僅か首を上下させ、母親は肯定の意を示した。
「同じ年の暮れに美紀――あの子の妹を産んだから、よく覚えているのよ。でも、わたしたちにだけならともかく、あの子は……」
「――あの子は?」
「…………」
「鈴沢さん? どうしたんですか?」
気分を落ち着かせるためか、母親は静かに深呼吸した。
「ごめんなさい……あの子はね、産まれたばかりの美紀を……可愛がるどころか、まるで……化け物でも見るような目で……あんなの、自分の妹に向けるものじゃないわよ……」
鳥肌でも出たのか、母親は自分の両腕を摩った。
「そういうことだから、ごめんなさい……もうこの家はあの子と、何の関係もないの」
そうして母親は家の中に引っ込んでしまったが、修平には彼女を引き留める術がなかった。
肩を落とし、修平は踵を返す。
「…………?」
家の前から、高校の制服を着た少女が離れていく。
修平には少女が、先ほどからこちらをじっと見つめていたような気がしたが、すぐに勘違いだと思い直すことにした。
空いた時間を利用して、修平は町の図書館に向かった。手がかりはどんなところに転がっているか分からない。
真紀が小学校低学年のときに発行された、当時の新聞に片っ端から目を通していく――昼食をとることも忘れ、ひたすら新聞を漁り、どんな細かい記事も見逃さないように、小さな文字を目で追い続ける。
そうして修平の目が、ある記事で止まった。
『妊婦連続殺人事件――ついに四人目の犠牲者』
注意深く探す必要もないほど、その記事は扇情的な見出しとともに一面を飾っていた。
『犯人の手掛かりはおろか、いなくなった胎児たちの行方もいまだ判明せず、警察の捜査は難航を極めている――』
記事を読む修平は、次第に混乱してきた。
「何だこれ……まったく一緒じゃないか……」
記事に載っている事件は、今まさにこの町で起きているものと驚くほど酷似している――いや、現在の事件こそ、まるで十数年前のこの事件をなぞっているかのようだ。
殺害後に割かれた腹部――抜き取られた臓器と、奪い去られた胎児――すべてが完全といっていいほど一致している。
「偶然なわけ、ないよな……これは」
この事件が果たして、真紀が豹変した理由と関わりがあるのかどうか――この町で捜索を始めてからというもの、真紀の家における事情をいくつか知ることができたが、それらがどうにもまったく別々の問題のようで、それらがうまい具合に真紀の失踪と繋がってくれない。
真紀の失踪と彼女の避妊――《悪魔の子》――猟奇的な妊婦の殺人――。
これだけ異常なことが発生している町なのに、それぞれの関連性が見えてこない――考えようとすればするほど、頭痛がするばかりで何も浮かび上がってはこない。
共通することがあるなら、それは《妊娠》ぐらいだ。
それもこれもすべて、インキュバスの仕業にできればどれだけいいだろうか――半ば本気で、修平はそう思い始めていた。
インターフォンを押してみると、今度はすぐに反応があった。スリッパの音が玄関に近づいてくる。癖なのか、それとも足が悪いのかは不明だが、かなりの摺り足だ。
「は、はい……何かご用でしょうか?」
やがて顔を見せたのは美紀の母親だった。娘に負けず劣らず陰気な顔をしている。充分な睡眠が取れていないのか、目の下にはくっきりと濃い隈があった。
修平は手短に自分の素性と、今日の来訪の目的を告げた。
「はぁ……」
溜息とも相槌ともとれる曖昧な声を、母親は漏らした。
「――それで、もしかしたら彼女はここに顔を見せているのではと……正直、藁にも縋る思いでやってきた次第です。些細なことでもいいんです。何か心当たりがあれば教えて頂けませんか?」
「はぁ……」
「あの、鈴沢さん?」
ちゃんと話を訊いてもらえたのだろうか――何とも心許ない母親の反応だった。
「……遠いところをわざわざ、足を運んで頂いて申し訳ありませんが……」
痺れを切らした修平が、また声をかける前に、母親ようやく喋った。
「……あの子は、ここにはいませんよ……どころか、高校を卒業して出て行ってから、ここには一度も帰ってきていません……」
「――本当に?」
仮にここで真紀を匿っているのであれば、彼女からある程度の事情を知らされているはずだ。なら余所から来た見ず知らずの男に、事実を話すわけがない。
「ええ……あの子とはもう、親子の縁を切ってますし」
「? それはまた、どうして?」
「だって……あの子はわたしたちを見捨てて、一人で家を出て行ったんですから。この町でわたしたち家族が、どれほど肩身の狭い思いをしているか知っていますか? あんな親不孝な子……もう娘とは思ってはいません。それは夫にしても同じです。それに――」
「……それに? 何でしょう?」
「――それにあの子、小学校の低学年になった辺りから……どうも様子がおかしくて。明るくて優しい良い子だったのに、急にわたしと夫を避け始めて……いえ、そうじゃない……あれは明らかに、わたしたちに怯えていたわ」
「原因は分からない?」
ほんの僅か首を上下させ、母親は肯定の意を示した。
「同じ年の暮れに美紀――あの子の妹を産んだから、よく覚えているのよ。でも、わたしたちにだけならともかく、あの子は……」
「――あの子は?」
「…………」
「鈴沢さん? どうしたんですか?」
気分を落ち着かせるためか、母親は静かに深呼吸した。
「ごめんなさい……あの子はね、産まれたばかりの美紀を……可愛がるどころか、まるで……化け物でも見るような目で……あんなの、自分の妹に向けるものじゃないわよ……」
鳥肌でも出たのか、母親は自分の両腕を摩った。
「そういうことだから、ごめんなさい……もうこの家はあの子と、何の関係もないの」
そうして母親は家の中に引っ込んでしまったが、修平には彼女を引き留める術がなかった。
肩を落とし、修平は踵を返す。
「…………?」
家の前から、高校の制服を着た少女が離れていく。
修平には少女が、先ほどからこちらをじっと見つめていたような気がしたが、すぐに勘違いだと思い直すことにした。
空いた時間を利用して、修平は町の図書館に向かった。手がかりはどんなところに転がっているか分からない。
真紀が小学校低学年のときに発行された、当時の新聞に片っ端から目を通していく――昼食をとることも忘れ、ひたすら新聞を漁り、どんな細かい記事も見逃さないように、小さな文字を目で追い続ける。
そうして修平の目が、ある記事で止まった。
『妊婦連続殺人事件――ついに四人目の犠牲者』
注意深く探す必要もないほど、その記事は扇情的な見出しとともに一面を飾っていた。
『犯人の手掛かりはおろか、いなくなった胎児たちの行方もいまだ判明せず、警察の捜査は難航を極めている――』
記事を読む修平は、次第に混乱してきた。
「何だこれ……まったく一緒じゃないか……」
記事に載っている事件は、今まさにこの町で起きているものと驚くほど酷似している――いや、現在の事件こそ、まるで十数年前のこの事件をなぞっているかのようだ。
殺害後に割かれた腹部――抜き取られた臓器と、奪い去られた胎児――すべてが完全といっていいほど一致している。
「偶然なわけ、ないよな……これは」
この事件が果たして、真紀が豹変した理由と関わりがあるのかどうか――この町で捜索を始めてからというもの、真紀の家における事情をいくつか知ることができたが、それらがどうにもまったく別々の問題のようで、それらがうまい具合に真紀の失踪と繋がってくれない。
真紀の失踪と彼女の避妊――《悪魔の子》――猟奇的な妊婦の殺人――。
これだけ異常なことが発生している町なのに、それぞれの関連性が見えてこない――考えようとすればするほど、頭痛がするばかりで何も浮かび上がってはこない。
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