罪ノ贄

黒砂糖

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第十四話

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 東の空が明るくなり、修平は布団から上半身を起こした。寝癖で乱れた髪をかき回しながら部屋を見回す――利樹の姿はない。彼が修平より早く起きることも珍しいが、何より布団を敷きっぱなしにせずに片づけてあるらしいのが驚きだった。利樹らしくない行動だ。
こんな朝早くに起きて、いったいどこに行ったというのだろうか――桐村に訊けば、何か分かるだろうか。
 身支度を済ませ部屋を出て、ロビーにいる桐村に声をかけた。
 
 「あ……お客さん。本当にいつも早起きですね」
 
 笑顔の桐村に、修平は挨拶もそこそこに、利樹の行く先を知っているか訊ねた。
すると、桐村の表情からすっ――と笑みが消えた。
 
 「ちょっと、分かりませんね」
 
 桐村は修平から目を逸らした。答えを返すのも早すぎる気がした。まるで、あらかじめ訊かれることを予測していたかのようだ。
これは何かがある――修平はそう直感した。
 桐村の返答に納得したふりをして、修平はロビーから外に出た。駐車場に目をやると、当然ながら、利樹の車は無くなっている。
まだ、どこの店も開いていない時間帯だ。早起きが苦手なはずの利樹が、出かける理由はない。
 
 「――いや……そうじゃない……それは違う……」
 
 利樹が朝早くに車を使い、どこかに向かった――その前提自体が、まず間違っているのかも知れない。
 昨夜、修平は疲れていたために十時には就寝していた。そのとき、利樹はまだ起きていた。もしかすると彼は、自分が眠るのを見計らって外出したのではないか。
だとすると、布団が敷いたままになっていないことにも説明がつく――利樹はそもそも昨夜は眠っていないのだ。
 利樹が眠っていないということはつまり、彼は昨夜、出かけたまま民宿には戻っていないということになる。
 着替えの荷物はそのまま、部屋に残されていた――ということは、利樹は民宿に戻るつもりでいたことは確かだ――先ほどの桐村の不審な態度が、どうも引っかかってくる。
 携帯を取り出し、利樹に電話をかけてみる。単調な呼び出し音が何度も繰り返された後、留守電に切り替わった。苛立ちを覚えつつ、修平は諦めて携帯をしまう。
 真紀のときと、まったくといっていいほど似ている――急に行方をくらまし、連絡もとれない。二人の姿が消えた背景にも、同じ理由が存在するのだろうか。
これ以上、一人で頭を悩ませていたところで結論は出ない。利樹がどこにいるのかは気になるが、今は彼のことを考えることは後回しにする。
 三日続けて、修平は鈴沢家を訪れた。ここの家族から訊くべきことはもうなかったが、やはり少しでも美紀の様子を確認しておきたかった。高校に行っていないのなら、普段は家にいるはずだろう。
チャイムを鳴らして一、二分ほど待っても誰も出てこない。再度鳴らし、しばらく玄関の前に立っていても応答はなかった。
 居留守を使っているのかどうかは不明だが、いつまでもこんなところにいて、不審者と間違われるのも面倒だ。ただでさえ物騒な事件が起きているのだから、警察を呼ばれる可能性もある――とりあえずまた、修平は出直すことにした。
 
 「――あの」
 
 家の前から立ち去りかけたとき、背後から呼びかけられた。修平が振り向くと、そこには昨日も見かけた女子高生だった。
 
 「あの……ここの家に、何か用があるんですか?」
 
 「え?」
 
 「ええと……昨日も来ていて、美紀のお母さんと話してたんで……」
 
 「……美紀? 君はここの妹さんの知り合い?」
 
 「……は、はい。同じ学校に通って、ました……」
 
 少女は歯切れが悪く答える。落ち着きなく周りに目をやっているのは、美紀の家の近くにいるところを、誰かに目撃されることを心配しているからかも知れない。
それでも美紀が退学した後も、下校時にわざわざ彼女の家の近くまで来るということは、以前はそれほどまでに仲が良かったということだろう。目の前の少女からなら他の町民と違い、ちゃんと話を訊けそうだった。あわよくば姉の真紀について、何らかの情報も得られるかも知れないと修平は考えた。
 
 「もっと話しやすいところに、場所を変えようか?」
 
 気を回して修平が提案すると、少女はこくりと頷いた。

  
 少女の名前は、藤井茜と言った。想像通り、彼女と美紀は幼い頃からの親友だった。
  移動した喫茶店で、修平は茜にチーズケーキを奢った。彼は甘いものはそれほど好きではないので、熱いブラックコーヒーだけを頼み、ゆっくりと啜っていた。
  
 「――美紀のお姉さん、行方不明なんですか……」
  
 修平から一通りの事情を訊いた茜は一言、そう小さく呟いた。
  
 「君は、真紀さんのことで知っていることはないかな? どんなことでもいいんだ」
  
 「そうは言っても昔のことで……話だってお互いに、一度もしたことはないんです」
 
 「……ただの一度も?」

  「はい……あの頃のお姉さん、とても怖かったから」
 
 「怖い?」
 
 「美紀と遊んでいるときとか、気が付くと少し離れたところで、こっちをじろっと睨んでいることがよくあって……目が合うとすぐに逸らして、どこかに行くんですけど……そういうことばっかりだったんで、わたしもお姉さんのことはなるべく避けるようにしてたんです。美紀もお姉さんと会話がなくて……というより、お姉さんの方が美紀のことを無視してたみたいです」
 
 「真紀が……そんなことを?」
 
 茜の話に、修平は困惑していた。美紀の母親と茜から耳にした真紀と、自分の知っている彼女の人物像は大きな差異があるように思える。少なくとも修平は、真紀が妹にそんな態度をとるとは俄かに信じ難かった。
だが修平自身、真紀の人間性を把握できていたかというと、どうにも自信はない。彼の知らない側面が真紀にあったとしても、まったく不思議ではない。
 真紀のことを理解したいという思いこそ強いが、それでも修平の胸に残ったしこりのような違和感は、いかんともし難かった。
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