罪ノ贄

黒砂糖

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第十六話

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 その日は久しぶりに、美紀は外に出るはめになった。
 いつ誰が来ても、美紀は居留守を決め込むつもりだった。そうしてずっと部屋に籠り切りなっていたところに、彼女にとっては意外な人物の訪問を受けた。
 それは、藤井茜――かつてはよく一緒に遊んだ少女だった。だがそれも昔のことだ。高校を中退して以降、茜の顔はまったく見ていなかった。
 《悪魔の子》の噂が立ち始め――美紀が周囲の心ない言動に傷つけられていたときも、茜は彼女をかばってはくれなかった。美紀にはそのことが何よりもショックだった。親友だと思っていた茜も結局、自分を見捨てた。
 そんな茜がなぜ今頃になって家に来たのか――自分に何の用があるというのか。
 まさか、あのことなのか――そう思い至り、美紀の目の前は暗くなった。

  
 一昨日の夜、鈴沢家に見知らぬ男がやってきた。
  森下利樹――男は確か、そう名乗っていた。
  男は真紀を呼べ、いますぐ彼女を出せとしきりに怒鳴っていた。両親が真紀はいないとどれだけ説明しても、男は聞く耳を持たなかった。
  嘘を吐くな、お前たちはあの女を匿っているんだろう――その一点張りだった。ついに男は強引に上がり込み、真紀の名を叫びながら家中を荒らし回った。止めようとした母を突き飛ばし、父を殴りつけた。どうにも手をつけられなかった。
  美紀は部屋で震えていた。だがやがて、男は彼女の部屋に目をつけた。
  ドアノブが乱暴に回される――鍵がかかって開かないと分かると、今度はドアを拳で叩き始めた。
  やめて、そこは娘の部屋よ――母の叫びが聞こえた。
  うるせぇ、どうせここにいるんだろー―男が喚くのが聞こえた。
 両手で耳を塞ぎ、美紀はひたすら恐怖に耐えた――やがてドアを叩く音が、唐突に止んだ。
  代わりに聞こえたのは、男の呻き声だった。
  美紀はドアに近づき、恐る恐る開けて様子を見た。
  部屋の外では両親が、二人がかりで男を殺していた。
  父が男の首にネクタイを巻いて絞め上げ、母が男の両脚に抱きつき、引っ張っていた。男の充血し、飛び出さんばかりに見開かれた目が、美紀に向けられていた。
  ものの数分で、男は動かなくなった。失禁によるアンモニアの匂いが、立ちつくす美紀の鼻腔をついた。
  死んだ男の鬱血し、苦痛に醜く歪んだ顔は、美紀の網膜に焼き付いてしまって離れない。
  しばらくして両親は、男の死体を処分しに出かけて行った。死体を運ぶのに男の乗ってきた車を使ったようだったが、どれくらい遠くまで捨てにいったのかは分からない。

  美紀は、前を歩く茜を盗み見た。下校途中のため、彼女は高校の制服姿だ。
  本来なら自分もまだ同じ制服を着て、同じ高校で授業を受けていたはずだった――それなのに、自分には何の否もないにも関わらず、大勢の悪意が彼女の人生を滅茶苦茶にした。
  美紀にとっては、茜もそんな町民たちと同類だった。
  ずっと家にいると、美紀にとっても良くない――訪れた茜はそう言って、渋る美紀を連れ出した。自分が辛いときに手を差伸べてくれなったくせに、まだ友達面する茜に、美紀は怒り以外の感情を抱くことができなかった。
  二人はやがて、線路を跨ぐ陸橋に差し掛かった。
  茜が急に自分の家にやってきた理由――それはあの男のこと以外に考えられない。その他にどんな用事が、彼女は自分にあるというのか。あれはつい先日のことなのだ。
  恐らく茜は、美紀の両親があの男の死体を捨てに行くところを目撃したに違いない――それで今日はそのことを自分に伝えに来たのだ。美紀たちが何をしたかを、自分は知っているということを。茜の家は美紀の家のすぐ近くだ、偶然目にすることもありえる。
  茜は自分を脅す気かも知れない。もしあのことを他の町民に知れ渡れば、自分たち家族はやただでは済まない。どんな酷い目にあうか、想像することすら怖ろしい。
  そんなことを、させるわけにはいかない――美紀は部屋から持ち出したカッターナイフをこっそりと取り出す。
  もし見られたのが茜一人なら、自分がやるしかない。
  
 「――ねぇ、茜」
  
 陸橋を渡っている途中で、美紀は思い切って茜の後ろ姿に声をかけた。
  背中に隠したカッターの刃を気付かれないように、親指で押し出す。
 
 「え? 何――」
  
 足を止め、茜が振り向く。その顔を、美紀はカッターで切りつけた。
  短い悲鳴をあげ、茜が顔を抑える。指の間から血が滴り落ちた。よろめいた茜は、陸橋の手摺にぶつかった。
  カッターを投げ捨て、美紀は茜に近づき――そのまま彼女を突き飛ばした。手摺を乗り越えた茜は、線路の上へと落ちた。
  茜が落下した直後――電車が勢いよく通過した。肉がひしゃげる音とともに、おびただしい量の血が飛び散った。
  電車が通り過ぎたあとの線路上には、茜と思しき赤黒い残骸だけがあった。
  自分が起こしたことの結果を目の当たりにし、立っていることすらままならなくなり、美紀はその場で膝をついた。全身の激しい震えが止まらない。
  
 「これで……これでいい……」
  
 虚ろな視線で線路を見下ろしながら、美紀は憑かれたように呟き続けた。
  
 「これで、いい……わたしは間違ってない……仕方がなかった……わたしは悪くない……こうするしかなかった……」
  
 それでもなぜか、美紀の意志に反して――彼女の両目にはうっすらと涙が滲んでいた。
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