罪ノ贄

黒砂糖

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第二十話

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 羨ましかった。妬ましかった。悔しかった。
 それより何より、自分自身が許せなかった。
 世の中に、我が子を虐待、育児放棄をする親の何と多いことか――子を授かること自体が一つの奇跡に等しいということが、彼らはなぜ理解できないのか。もし自分なら、何を犠牲にしてでも我が子を守り、愛し、育てることができるというのに――。
 かつての夫の、まるで欠陥品を見るような目つきが忘れられない。今でも気が緩むと、自然と涙が零れる。
 子どもが欲しいのは自分も同じだった。あれからは自分が女であることを意識させられる度、自分には子どもを作ることができないという現実を自覚させられる。
 自分は女なのに、子を産むことができない――夫から植えつけられた劣等感は一生、自分につきまとうだろう。  

 そして自分は性転換手術を受け――女を捨て、男として生きる決意をした。

 
 男になれば、自分で子を産めないのは当然だと自分を慰めることができる――もう劣等感に苛まれることはない。
 そう思っていた――いや、そう思うことで現実から目を背けようとしていた。
 自分で誤魔化し続けた劣等感が再び顔を出したのは、妹夫婦に子供ができたことがきっかけだった。
 しかもその子どもは――こともあろうに双子だった。
 一人だけなら、あるいは自分を抑えられたかも知れない。だが自分がどれほど願っても手に入れることが叶わず、更には夫まで失い、女としての人生まで失うことになったにも関わらず――それなのに神は、彼らの元には一人ならず二人も授けたのだ。
 理不尽だった。心の底から神を憎み、妹夫婦を羨み、妬んだ。そして、捨てたはずの過去が、脳裏に一気に蘇った。
 やがて妹は無事に、双子を出産した。上辺だけの祝いの言葉を口にするのが、どうにも虚しかった。
 産後の妹を見舞ったある日、新生児室の硝子越しに、ベッドですやすやと眠っている双子の姿を眺めた。素直に、可愛い子たちだと思った。目元などは、母親によく似ている。
 瞬きをするのも忘れ、双子の寝顔を見つめ続けているうちに――妹夫婦への嫉妬が、すでに自分の内では留めておくことが困難なまでに、大きく成長していることを自覚した。
 そして自分は、最初の罪を犯した。
 看護師の目を盗み、新生児室の中に忍び込んだ。地方の個人病院であるため、セキュリティはそこまで厳重ではない。
 名前のタグはベッドに貼られるタイプだった。これがもし、新生児の体に直接つけられるものだったら、自分は完全に断念していただろう。
 あまり時間はなかった。双子の一人を急いで抱きかかえる――焦って起こし、泣かれたらそこで終わりだ。揺らさないように移動し、雰囲気が似ている他人の新生児と慎重にすり替える。事が済むと、足早に新生児室を後にした。
 我が子が他人の子に代わっていることに、妹はまるで気付かなかった。産後の肥立ちが悪く、子どもの顔を見る機会がなかったこともあるのだろう。
 それでも子どもが成長すれば――双子で容姿が似なければ、さすがに妙だと思うに違いない。
 だが双子の一人は、生まれてからたった二ヶ月で病死した。
 結局、今日に至るまで――桐村純のしたことは明るみにはならなかった。

 
 「……どうしたの? 食欲がないの?」
  
 気遣わしげに、桐村は卓袱台の対面にいる女に問いかける。女は白飯の盛られた碗を持ったまま固まってしまっている。他の料理も、ほとんど手つかずだった。
こくんと、女はわずかに頷く。
 
 「でも、多少は無理をしてでも食べないと……お腹の子に栄養がいかないよ?」
 
 女は同じように頷く。それでようやく緩慢ながら、箸を動かし始めた。
 桐村は、溜息を吐いた。女はなぜか自分に対して心を閉ざしている。必要なこと以外はほとんど喋ろうとしない。それが少し、桐村は寂しかった。
 夕飯の片づけを終え、携帯の着信履歴をチェックする。妹の夫――桐村の義理の弟から留守電にメッセージが吹き込んである。
 何の用件か怪訝に思いつつ、録音されたメッセージを聞く――桐村の顔色が、次第に青ざめていく。
 うるさいほどに早まる心臓の鼓動を無視し、桐村は玄関に向かう。靴を履いていると、いつの間にか背後に大きな腹部を抱えた女が立っていた。
 物問いたげな視線を受け――それでも正直に話すことを躊躇い、桐村は早口で女に言った。
 
 「すぐ戻るよ。心配しないで待ってて――真紀ちゃん」
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