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新しい世界。
しおりを挟むダンジョンアタッカーは過酷な仕事だ。
何より、まず安全性の保証が皆無だ。なにせ国が手網を投げ捨てちゃったから。
ダンジョンの外、つまり国の中で起きる問題に対してだけ急速な法整備を整えた各国政府は、ダンジョンで使う武器や覚醒者のスキルに対する法律だけを新しく作り、ダンジョンの中で起きる全ての事に対して責任をぶん投げた。
極論、ダンジョンの中で人を殺しても、罪にならない。
そもそもダンジョンは法的に異国の扱いで、異国で犯した罪は異国の法で裁かれる。そしてダンジョンに法は無い。
普通なら大問題になりそうだけど、幸いそうはならなかった。
それはDMの存在が人間のモラルに楔を打ち込んでいたから。
DMはダンジョンに潜ると無条件で、勝手に、全自動で、ライブ配信が行われる悪魔のサイトだ。
そうやってダンジョンの中で行う全ての行動は、丸っと、完全に、隅から隅まで、余すとこなく垂れ流しになる。
一応はDMも気を使ってるのか、ダンジョン内での入浴に類する行為や、排泄や、性的な行為等々……、プライベート過ぎるシーンにはライブ配信中でもリアルタイムで修正が入る仕様らしい。
だけど、それ以外は基本的にそのまま配信される。
だからダンジョンの中で殺人や性犯罪などを行うと、それはもうハッキリくっきり、家族や友人、知人も他人も関係無く全てが伝わってしまう。
そんな状況で凶事に及べる人間は元々そういった危ない性質を持った人間のみ。
例え法で裁かれなくても、ダンジョンを出れば犯罪者の烙印を押された生活が待っているのだ。裁かれないとしても、世間からは犯罪者として扱われる。
当然、その扱いに怒って何かをやらかせば、地上の法で裁かれる。
もっと言えば、そんな犯罪者が相手ならばダンジョン内で殺し返しても文句が出にくい。
つまりダンジョンでの犯罪は、まったく同じ事を見ず知らずの他人からも受ける危険性が必ず発生する。
要は、ダンジョン内殺人は自分の死も招くので、ほぼ自殺と変わらない風潮となっている。
やっぱりダンジョンアタッカーが職業として産まれたばかりの時は問題が起きたみたいだけど、今ではそんな理由で落ち着いてるらしい。
もちろん、ゼロでは無い。でも確実に減ったと言う。
「そして、ダンジョンから齎される数々のアイテムは、人類の文明を数段引き上げまして、優子さんが知る日本とは大分常識が違って来てるんですよ」
まずエネルギー問題が吹っ飛んだ。
モンスターを倒すと高確率でドロップするアイテム、『魔石』。
これを利用した高効率エネルギー抽出技術が確立すると、化石燃料や原子力発電の問題が一変。
今では超高効率発電システムと超高効率蓄電システムを利用した世界にシフトしていく最中らしい。
日本の各地にある原子力発電所もこの一年で解体が進み、魔石発電所の建設が進んで、化石燃料についての経済もなるべく問題が少なくなるように処理されて、どんどん魔石発電に移行してるそうだ。
「あ、ウチの車も魔石由来のEVになってるぞ」
「お家も魔石系オール電化なのよ。優ちゃんも早くお家に帰って来てね? 新しくなったお家を一緒に見ましょうね」
EV。電気自動車の事だっけ?
だめだ、知識が足りない。頭が良くなってる自覚はあるけど、前提に出来る知識が足りなくて持て余す感じが凄い。
今使ってる難しい言葉も、何となく大人たちが使ってた言葉をレベルアップで進化した脳で理解して使ってるだけで、私の頭に新しい知識が生えた訳じゃない。
新しく知識が生えたのは、ナイトが死んで私が覚醒して、蒼炎の使い方を何故か知った時だけだ。
「そんな訳でして、現在はダンジョンドロップに対する需要がとんでもないんですよ。ブチ上がった文明度にダンジョンドロップの供給が追い付いて無いので」
「…………私まだ自分のインベントリ見てないんですけど、六階層? より上のドロップって、今のところ世界で私しか持ってないんですよね?」
「ええ。なので優子さんがオークションでも開いたら、確実に経済が踊りますよ」
多分、まだ誰も到達出来てない階層のドロップを上手く捌けば、私はもう一生使い切れないかも知れないレベルのお金を稼げるんだと思う。
それにさっきチラッと聞いた配信活動で手に入るお金も考えれば、お父さんとお母さんが凄く楽できると思う。
迷宮事変前の、普通の子供だった時の私は確か、配信者に憧れてた気もする。たぶん、そんな子供だったはずだ。
動画の向こうで歌ったり踊ったりする綺麗なお姉さんたちに憧れて、毎日何かしらの企画で面白そうな事をするお兄さん達を笑って見てたはず。
ダンジョンアタッカーも、配信者も、どっちも悪くないと思う。
「そうだ。慌ててたから家に置いて来たが、優子の端末も買ってあるぞ」
「ふぇ、私の端末?」
私の端末。私のスマートフォンがお家にあるの?
「必要になるはずだしな。…………それに、迷宮事変の時に優子が端末を持ってれば、………………持たせていればっ」
お父さんはそう言って、震える手をギュッと握ってた。
私も同じ事を考えた。それさえあればナイトは死なずに済んだと。
でもそれは、絶対にお父さんのせいじゃない。悪いのはダンジョンで、ダンジョンを作った神様とやらだ。お父さんに責任なんて絶対にない。
「わんわんわん!」
ナイトも同じ事を思ったのか、抱き締める私の腕から抜け出してお父さんの握られた拳をぺろぺろする。ものすごくぺろぺろし始める。お父さんの手が一瞬でベタベタになる。
でも幽霊になったナイトには唾液なんて無くて、ベタベタになったお父さんの手は濡れてなかった。
「…………これは、なんだ?」
「……薄い、蒼炎だね」
濡れたように見えるのは、ごく薄く貼り付けられた蒼炎が、てらてらと光ってるからだった。
それも数秒後にはふわっと消えて、お父さんの手は舐められる前と変わらない状態に戻った。いつもなら冗談みたいに笑える事も、今は逆効果だった。
その消えた蒼炎が、ナイトが死んだ事実をより浮き彫りにする。
「わん!」
より深く落ち込みそうな私とお父さんを、それでもナイトは「気にするな!」と怒るのだ。
「…………そうだね。落ち込むのは違うよね。それはナイトの覚悟を踏み躙るのと一緒。私が笑わないと、ナイトも笑えないよね」
「わんわん!」
「ふふ、ありがとう。ナーくんはやっぱり私の騎士様だね」
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