37 / 153
情報端末の扱い。
しおりを挟む「ん、浅田さん。それは腕時計ですか?」
みんなからの歓迎を心から喜びながら、同時に凄まじい嫌悪感を乗り越えて臨む一年ぶりの授業。
教壇に経つのはこのクラスの担任の先生で、算数を受け持つ林太郎先生だ。
林先生はとても太っててお腹がポヨポヨだけど、その代わりに優しくて落ち着いてる、人気の男性教師だ。
先生は私を見付けると、ポヨポヨのお腹を揺らしながら私の無事を凄く喜んでくれた。
その後、『朝の会』とこの学校では呼んでいる、いわゆるHRで出席確認と伝達事項を伝えて、今日は一時間目からちょうど算数なので、このまま林先生が授業を行う。
しばしの十分程の準備時間を経て林先生の授業が始まったのだけど、暇だった入院期間中、アイズギアを使ってネットの教材を漁って多少の勉強をした今の私には、まぁ暇な時間である。
もう既に九九も覚えきってしまった。今更二桁の足し算引き算をノートに書くのも億劫で、少し流し気味に授業を受けてる。
そんな中、私は林先生にアイズギアの本体について言及された。
「あ、ごめんなさいっ。これ腕輪型の情報端末なんです。外すの忘れてました……。先生に預けた方が良いですよね?」
アイズギアの専用コンタクトレンズは魔力を利用した液晶のような物で、目に優しく涙を保持して網膜を保護する造りになっている。
一度装着したらつけっぱなしで過ごしても問題無い新技術が使われているので、付けたまま寝ても大丈夫なのだ。コンタクト用の目薬も要らない。
本体の腕時計に見える腕輪も軽くて着け心地が良く、しかも操作感がSF映画のホログラムチックなので、情報端末を持ちっぱなしだって言う意識が薄かった。
なので付けたままなのを忘れて授業を受けていたわけだけど、学校ではスマートフォンを初めとしたあらゆる情報端末の持ち込みは禁止だったはずで、私は怒られるかなと思いながら腕輪を外そうとした。
「あーいや、大丈夫だよ。そっか、浅田さんは一年ぶりだから、新しい校則は知らないのか。外さなくて良いから、そのまま付けてなさい」
「……ふぇ? えっ、付けたままで良いんですか?」
「うん。迷宮事変からこっち、特に浅田さん自身は端末を持ってなかったから凄まじい苦労をしただろう? だから今は、子供でも授業中でも、情報端末の所持を咎めない方針になってるんだよ」
なんと、ここにも私が影響を及ぼした新ルールが…………。
「え、でも、もうダンジョンは…………」
「浅田さん」
確かに端末無しでダンジョンに落とされるのは不幸に過ぎるけど、迷宮事変も終わってそんな危険もほとんど無くなったのに、いくらなんでも心配しすぎじゃないか、そう思って口を開いた私は、林先生に名前を呼ばれて遮られる。
「浅田さん。確かに迷宮事変から一年も経って、それ以降の新しいダンジョンは、浅田さんが発生させた銀級ダンジョン一つだけだ。それ以外には新しいダンジョンの発生は認められず、子供たちがダンジョン発生の崩落に巻き込まれる危険性はほとんどゼロだと言っていい」
そう、端末無しで迷宮に落ちる不幸は、迷宮が新しく生まれないと発生しえない事故なんだ。
だから、私がダンジョンの攻略をしまくる訳でもないなら、五層の突破に手こずってる今の人類では 、子供でも端末を持たせておく程の警戒が必要だとは思えない。
だけど、私のそんな浅い考えを指摘するように、林先生は少しの間授業を止めてお話しを聞かせてくれた。
「でもね、浅田さん。そもそも迷宮事変なんて災害その物が、予想の埒外にあるものなんだよ? 一体誰が二度目の迷宮事変が起こらないと保証してくれるんだい? もう一度、それこそ今この瞬間にでも、大量の銅級ダンジョンが新しく発生しないなんて、誰にも分からないんだよ?」
林先生にそう言われて、私はハッとした。
全くもってその通りだ。迷宮事変から一年、ダンジョン事情も安定してきて落ち着いたらしいから勘違いしてたけど、そもそも迷宮事変が意味不明なファンタジー災害だったんだ。
そのメカニズムも分かってない迷宮事変が、多くの死者を出した未曾有の災害が、どうして二度目が無いなんて言えるんだろうか。
超常的な存在が作り出したダンジョンとDM。人類はそれを推定『神』の仕業と断定してるのに、その神が気まぐれに二度目の迷宮事変を起こさないなんて、誰にも保証出来ない。
もしかしたら今この瞬間も、この教室の床が崩落してダンジョンに落とされる可能性だってゼロじゃない。
何から何まで、先生の言う通りである。
「…………目から鱗です」
「ふはっ、浅田さんは一年前とだいぶ変わってしまったね。少し大人びたよ。でも言葉のチョイスが微妙に下手かな?」
「あー、えっと、レベルアップの影響で、頭の性能も上がってまして……。この場合、目から鱗は間違いですかね?」
「いや、そう間違っても無いけどね」
私は一年ぶりの授業で、一発目から学ばされた。
ほら、やっぱりいくら頭が良くなったって、私はたかが八歳の子供なんだ。学校で学べる事なんて山ほどある。
二度目の迷宮事変を警戒して携帯端末の所持を禁止する校則を変える。その事に対して浅はかな考えを返した私は、間違いなくまだ子供だ。
よかった。まだ私は子供で居られる。林先生みたいに思慮深い大人になるために、まだまだ私は学校で学ぶことがあるんだ。
その事が嬉しくて、私は自然と笑顔になってしまう。
ニコニコ笑顔になりながら、私は先生にお礼を言った。
「先生、ありがとうございます」
「ん? いや、校則を教えただけだから、お礼は不要だよ?」
「いえ、やっぱりありがとうございます。一年ぶりに受ける最初の授業が、林先生で良かったです」
「そ、そうかい? いやぁ、ちょっと照れちゃうね」
私の心からのお礼と笑顔に照れた林先生は、ポヨポヨのお腹を揺らしながら教壇に戻って行った。
むふぅ。本当に最初の授業が林先生で良かった。モチベーションが爆上がりした。
まぁ、授業自体が退屈なのは変わりないけど、私がまだこの小学校に居ていいって太鼓判を押されたみたいで、すごく安心した。
授業が終わったらあのポヨポヨのお腹をポヨポヨしよう。
もし仮に、最初の授業が理科の影山だったら、私のことをなんかネチネチと突いてきたに違いない。
DMの再生数が凄くてお金稼げていいなぁとか、有名人になって調子に乗ってないかぁとか、それはもうネチネチしてきたはずだ。間違いない。一年前の記憶を漁ると、アイツはそんな教師だったはずだ。
一年前の私も影山が嫌いだったし、知性が上がった今の私が思い出してもやっぱり嫌いだ。普通に性格が悪い教師だ。うん、今日は理科の授業が無くてラッキーだったね。
0
あなたにおすすめの小説
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
勘当された少年と不思議な少女
レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。
理由は外れスキルを持ってるから…
眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。
そんな2人が出会って…
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました
白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。
そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。
王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。
しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。
突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。
スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。
王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。
そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。
Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。
スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが――
なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。
スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。
スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。
この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる