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娘の背中。
しおりを挟む「ルゥァアアッッ!」
裸同然でダンジョンに挑んで、もう何日が過ぎただろうか。情報端末も持ってないから時間経過が分からない。
ナイトに成りたくて、優子の苦しみを知りたくて、武器も防具も何もかもを放棄して始めたダンジョン攻略は、やはり苦渋にまみれていた。
現在四層。洞窟を抜けて草原へとやって来た俺は、マトモな食料が手に入るか否かを思考する。
優子はこのダンジョンで、生きる為に、食べたくも無い物を口にして生きながらえた。
ゴキブリだろうとミミズだろうと、栄養に出来る物ならなんでも食べた。
それはいったい、どれほどの苦しみだっただろうか?
分からない。分からないから、俺もやる。真似をする。その苦しみを分からないのに、「頑張ったな。大変だったな」なんて薄っぺらい言葉を娘に投げかけ続ける人生が嫌だった。
結果食べたゴキブリの味を俺は、生涯忘れる事が無いだろう。噛み締めたミミズ肉の食感や生臭さを、俺は死ぬまで忘れない。
ああ、優子はこんな経験をしたんだ。こうやって生きて、これだけの苦行を乗り越えて、それでも帰りたいと願ってくれた。
その娘の想いを誇らしく感じ、そしてそれだけ想われて何も出来なかった不甲斐なさに絶望する。
「来い、紅犬ッ!」
森に手を向け、スキルを使う。
「ガルゥァァアアアッ!」
すると、俺の手のひらから発生した濃密な紅い霧が犬の形を得て、吠え、森に走って行く。その様子を眺めながら、自分にピッタリの能力だと思った。
無いと思ってて、結局覚醒して得たスキルの名前は『紅犬』と言う。
もちろん娘達にちなんでそう呼んでるだけで、端末も破棄した今の俺にはDMへアクセスしてステータスを確認する事すら出来やしない。
効果は名前の通りに赤い犬を呼び出して使役するチカラで、所謂『召喚』に値する能力だろうと思う。
そして、このチカラは使い方が二種類あり、単純に犬を呼び出して戦力とする方法と、俺の体に犬を召喚する方法があった。
後者をあえて名付けるなら、憑依や降霊なんて呼べる技なんだろうと思う。実際、俺が紅犬を自分に使うと、俺の頭から犬の耳が、尻からは犬の尻尾が生える。
紅い毛並みの犬に成れる。あの時のナイトに、血塗れで戦ってたナイトに憧れた俺にはピッタリのスキルだ。
このチカラがあれば、俺も、ナイトのように優子を守ってやれるだろうか。助けてやれるだろうか。もう二度と、画面の前で嘆くだけの時間など経験せずに済むだろうか?
そんな想いから生まれたスキルだからか、俺が呼び出す犬は例外無く、ナイトにそっくりだ。色違いのナイトであり、吠え声もナイトにそっくりで、性格も仕草もナイトそっくりだ。
俺、ナイト好き過ぎるなぁ。知っていたが。
「…………行くか」
索敵の為に先行させた紅犬から反応が無いので、モンスターは近くに居ないと仮定して森へ入る。
「--へぁ!? え、獣人!?」
「うわっ、なんか居たぁ……!」
「……ん?」
森へと入れば、立派な装備に身を包んだアタッカー二人組と遭遇した。
どちらも男で、片方はショートソード、片方は戦斧を持ってる大学生くらいのコンビだ。今日まで何組かのアタッカーとは遭遇してるが、ここまで人数が少ないのは初めて見た。
「あの、大丈夫ですか!? ボロボロですけど!」
「て言うか言葉通じますよね!? 人間ですか!?」
「…………俺は日本人だが?」
「「きゃぁぁあしゃべったぁぁぁあああッッ!?」」
「……………………馬鹿にしているのか?」
と、そこで、俺は自分の姿を鑑みる。ボロボロの衣服に、犬の耳と尻尾を生やした人型の生物。
…………ああ、うん。モンスターに見えなくも無いな。
だが話し掛けて来たのは向こうで、俺が返事をしたら「喋ったぁぁ!?」は無いだろう。やはり失礼だ。
「はぁ……。紅犬には今度から人の気配も探らせようか」
俺のダンジョンアタックで、唯一これが良くないと思ってる。
優子はただ一人、孤独とも戦いながら進み続けた。しかし、まだ俺が攻略してる階層では一般のアタッカーも多く、孤独とは無縁だ。
なんなら、まだ五層が突破されてない現状だと四層がボリュームゾーンとなってる。一番人が多く、つまり人に遭遇する確率が一番高い階層だろう。
「えと、あのっ、端末の故障とかですか!?」
「一緒に帰還しますか!?」
「いや、結構だ」
俺の見た目がボロボロだからだろう。普通ならDMの帰還機能で帰ってる有様だ。こんな状態になってまでダンジョンに居るのは、端末が壊れて予備も無くなったようなアタッカーだけだろう。
「これは、自分で端末や装備を捨てて、望んでこうしてるんだ。だから君達は気にしなくて良い。善意は受け取っておくよ、ありがとう」
「自分で!?」
「…………あ、もしかして蒼乃式レベリングですか? いやでも流石にやり過ぎでは?」
身を案じてくれる二人を煩わしく思うのは、きっと俺に余裕が無いからなんだろう。
ちんたらしてたら、俺の蛮行に気が付いた娘が来てしまう。その時点で俺はこの追憶を止められるだろう。それじゃぁダメなんだ。せめて五層を超えて、誰も居ない過酷な場所で娘の苦しみを理解しなくちゃ、俺はもうあの子に親の顔を出来ない。
「さ、流石に帰還すら出来ない状態で蒼乃式はダメですよオジサン! 死んじゃいますって!」
「気にしなくて良い」
「いやいやいや気にしますって! そのやけにリアルな犬耳とかも気になりますし、一旦帰りましょうよ! 帰還出来ないって、もうそれ蒼乃フラムみたいに銅竜倒さないと帰れないじゃないですか」
優しい人達なのだろう。見ず知らずの、犬耳生やした不審なおっさんなんかを本気で心配してる。
こんな人達が、俺のアタックではなく、優子の三ヶ月に一人でも居てくれてたら…………。
「--ああ、良いんだ。そのつもりだから。娘の背中を追うために……」
思いを馳せながら喋り、そこでハッとした。要らないことまで言ってしまった。やはり人が居て気が緩んだか。
「…………娘?」
「銅竜を倒す予定で、娘の、背中……? 追う?」
「……まさか?」
迂闊だった。どうやら一回でバレたらしい。
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