農家の娘さん、〖百合結婚できないバグ〗解消のためコツコツ努力していたら、人類最強になっていた。

狭間こやた

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44,アンニュイな魔物。

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 しかし、いまのところ998階の魔物さんは、私を殺す気はないようだ。

 それにしても、魔物さんなのに絶世の美人さん(しかもアンニュイ路線とは)、なかなか油断がならないものだ。とりあえず、私の乙女心に直撃。ちなみにこの美人魔物さんは〈魔物図鑑:視覚版〉によると、〈倦怠艶女ミスティナ〉という名のようだ。

「あの、ひとつ聞いてもいいですかね?」

倦怠艶女ミスティナ〉さんは気だるそうに言う。

「う~ん。まぁ聞けばぁ?」

「念のため確認の意味もこめて、〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の体内で何を?」

「だからさ、お昼寝」

「えーと。なぜに〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の体内でお昼寝を?」

倦怠艶女ミスティナ〉さんは、まだ寝たりないという様子で、

「あったくて気持ちいいから」

 へぇ、魔物ならではの感覚だろうか。体内が気持ちいいとは。または〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の体内は特別なのか。
 ところで──大いに考えるべきことがある。
 私がはじめに遭遇した数秒間、〈牛頭人体(ミノタウロス)〉はちゃんと活動していた。苦しそうでもなく、体内になんかいます、という反応があるでもなく。
 ここで考えるべきは──その時点で、〈倦怠艶女ミスティナ〉さんはとっくのとうから、〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の体内で眠っていたはずということ。

〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の魔物的な特徴として、体内に別の生命体が入り込んでいても平気なのかもしれない。だって、そこは魔物だし。
 案外、〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の固有スキルが『上位魔物を体内で眠らせます』とかかもしれないし。

 しかし、もしもそうでなかったら? 〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の魔物的特徴とは無関係に、〈倦怠艶女ミスティナ〉さんがその体内で眠っていたのだとしたら? 
 そもそも、〈倦怠艶女ミスティナ〉さんは、どこから〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の体内に入ったというのだろう? 

 私は一歩後退した。
 瞬間、〈倦怠艶女ミスティナ〉に抱きしめられていた。〈倦怠艶女ミスティナ〉さんの身長は女性にしては高め(まぁ魔物さんだけど)。私は153cm。
 だから立ったまま抱きしめられると、ちょうど私の顔が、〈倦怠艶女ミスティナ〉さんの胸に埋もれる身長差。至福のとき。

 ……いや、まてまて。あまりに自然だったが、〈倦怠艶女ミスティナ〉さんはあまりに一瞬で、距離をつめてきた。空間転移とかではなく、ただ通常の動作からして、異常に速い。
 全速で動いた、とかではなく、われわれが半分眠りながら着替えるときのような、そういう日常動作の時点からして、神速。
 これで本気で動かれたら、どうなるのだろう。

 ところで──〈倦怠艶女ミスティナ〉さんは、私を抱きしめながら、後頭部を撫でてくる。

「君は、いい匂いがするねぇ。肌の感触もいいし」

「はぁ。どうもです」

「うんっ、君はさぁ、とっても

「え?」

 キスされた。甘酸っぱい、私の初キス。
 なんたることでしょう。

 ちょっとうっとりしていたら、〈倦怠艶女ミスティナ〉が輝いて──消えた。
 うん? 消えた? こんどこそ空間転移したのかな? 
 しかし、それにしても──静かだ。静かな998階の一角。しかし耳が静寂に馴れてくると、何かが聞こえてくる。
 聞こえてはいけないものが、私の体内から聞こえる。
 まったくの私の体内から、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。ああ、これは──あのアンニュイな魔物が、私の体内で昼寝をし始めたのだ。

「冗談じゃない、これは冗談じゃぁぁないよ」

 体内に入り込まれたけど、痛みもなければ重量もない。内臓が破壊された様子もない。呼吸も正常(心臓はバクバクいっているけど、これは寝息が聞こえてきたせい)。
 とにかく、それでも〈倦怠艶女ミスティナ〉さんは体内にいる。気持ちよそうな寝息が聞こえてくるもの(というか寝付くの早いな)。

 落ち着こう。別に体内で昼寝されても、異常がないのなら問題ない。
 問題──ない? 
 見ると、〈牛頭人体(ミノタウロス)〉の死体が、ゆっくりと魔素に還っていくところだった。そうだった。この魔物さん、昼寝するために体内に入るときは、傷つけないように注意するようだ。だって、新しいベッドだもの。破壊して寝心地悪くしたくないよね。
 だけど目覚めたら、もうそのベッドに用がなくなったら、体内から突き破って出てくるんだ。当然、そんなことをされたらベッドは、つまり私は死ぬ。

「あのー、〈倦怠艶女ミスティナ〉さん? 〈倦怠艶女ミスティナ〉さん?」

 いや、無事に取り出す方法を思いつくまで、へたに起こさないほうがいい。さっきの〈倦怠艶女ミスティナ〉の言葉が本当なら、いままで2千年は眠っていたらしい。今回も、長い昼寝かもしれない。それこそ私の寿命が尽きるまで(まてまて。それだと998階をいつまで経っても攻略できないじゃないか)。

 そこまで考えて、私はある可能性に行き当たる。【覇王魔窟】のルールとして、魔物は自分の担当する階より外には出られない。200階が998階になっていたのは階層のランダム化であり、〈倦怠艶女ミスティナ〉が違反したわけではない。
 ここで私が、この階より外へ、【覇王魔窟】外へと出たならば、〈倦怠艶女ミスティナ〉だけはこの階に残るのでは? 

 試してみよう。〈緊急脱出トンカチ〉で自分の頭を叩き、【覇王魔窟】の外へ空間転移で出る。
 晴天のもと、深呼吸。

 そして、体内から気持ちよさそうな寝息を聞く。〈倦怠艶女ミスティナ〉さんの寝息を。
 あー、〈攻略不可能体〉と思われる998階の魔物を、外の世界に連れて来ちゃった。はっはっはっ。

「困ったなぁ」
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