異世界勇者だったわたしの冒険─敗北した召喚勇者は転生して再び歩き出す─

コモド

文字の大きさ
46 / 57

蘇生

しおりを挟む
 教室の中に入ると、嗅ぎなれた血の匂いが充満していた。
 床には血の黒いしみがところどころにできていて、べっとりとした乾ききってない大きなしみも見える。
 ごつごつした床の上に布が敷かれ、その上に十人ほどのケガ人が寝かされていた。
 部屋の奥にいくつか積んである、布でくるまれた大きな物が何なのか、今は考えたくない。
 
 何人かの村人でケガ人を看ているようだけど、貴重な物資を死にゆく者に使う許可は出ていないらしく、あまり十分な治療ができているようには見えない。
 治癒の魔法が使える人がいたとしても、こちらには回ってこないだろうし、けが人の様子を見る限り、村の治療術師が一人二人いた程度でどうにかなる感じじゃなさそうに見えた。
 とりあえず切創を縛るか焼くかで、止血だけしてあるという感じだ。
 怪我のひどい人は、切断された患部に被せてある布が、血でぐじゅぐじゅになっているのが見える。
 横たわっている人たちに生気はなく、呼吸も弱々しい。
 たしかに誰かが言っていたという、ここに運ばれた人は助からないという話はその通りなのかもしれない。
 
 ただ死を待つのみの半死人と、死体処理の人員が数名いるだけ、そういうふうにも見えた。ここにいる人たちは、もしかしたらもうそのつもりなのかもしれない。

 扉を開け、足を踏み入れたところで立ち止まっていたわたしたちの方に、けが人の近くで座って世話をしていたおばさんが近寄ってきた。

「あんたたち、こんなところに入ってきちゃダメだよ。子供の見るもんじゃあ…………まぁでも、みんな遅かれ早かれ……いまさら何を見ようが……か……」

 途中から独り言みたいにつぶやいたおばさんは、諦めたように肩を落とすと、疲れ果てた様子で踵をかえし、もと来た方向にのそのそと歩き出した。
 その時、奥にいた一人が、手を挙げておばさんを呼んだ。

「ミッテさんこっち! 死んだよ! 息してない! 手伝って!」

 声に反応して奥に目をやると、疲れた様子の太ったおばさんが足元を指さし、床には微動だにしない男性が寝そべっていた。
 男性は乾いた血で汚れた服をまとっていて、胸に巻いてある布には赤い血が滲み、布の下の傷の大きさがはっきりわかる。皮膚の表面だけの傷じゃない、肋骨は袈裟懸けさがけに切断され、恐らくここに運ばれたときは、内臓が露出していたんじゃないかと思う。
 その顔面は蒼白で、見るからに瀕死といった感じだ。死体と言われても不思議に思わない。
 太った女性はその男性を指し「死んだよ!」と言っていた。

 ミッテさんと呼ばれた女性は奥に向かい、寝そべっている男性の横で屈むと、男性の口元に手を当てた。

「うん……死んでるね……」
「ついさっきまで息してたのに」
「ああ、まだ温かい、いま限界がきたんだねぇ……よし。運ぼう」

 ミッテさんがそう言うと、もう一人もうなずいて動き出し、下に敷いてある布で、教室の奥に積んでる物と同じように男性を包み始めた。
 
「待った!」

 それまでじっと見ていたわたしが大きな声を上げると、おばさん二人は動きを止め、こちらに顔を向ける。
 横にいて一緒に事の運びを見ていたテテスちゃんですら、死人を移動させるのを止めるわたしを、不思議そうな目で見た。

「あんたたちまだいたのかい? 見てて楽しいもんじゃないんだから、子供はあっちへ行っ――」

 ミッテさんがすべてを言い切る前に、わたしは男性のもとに歩いてしゃがみ込んだ。
 覆いかぶさった布をどかし、男性の首に手を当てて体温を確かめると、本当に心臓が止まってから数秒しか経っていないようで、まだ温かい体温が残っているのを感じた。

「うん。まだいける」
「いけるって、なんのことだい?」

 おばさんが怪訝けげんな顔でわたしに疑問を投げかける。

 時間が惜しかったわたしは説明を省き「見てて」と一言だけ告げて、男性の胸に両手を当てた。

 火! 水! 風! 雷!

 それぞれの精霊に心の中で声を掛けると、契約によってつながっているわたしの考えは、言葉にしなくても伝わる。
 火の精霊は男性の体温を保ち、水の精霊は血液を循環させる。
 風の精霊は呼吸器に酸素を送り、雷の精霊はわたしの手に雷を纏わせた。
 男性の胸にあてがっている両手に雷のエネルギーが集中し、わたしが「ふんっ!」と力を入れた瞬間「バチン」という音とともに、男性の上半身がビクンと跳ねた。

 わたしが尋ねるまでもなく、頭の中に風の精霊から「始まったよ」という、男性の自発呼吸の開始を知らせる言葉が聞こえた。

 これはこちらの世界の魔法で、あちらの世界の心肺蘇生法を再現した合成魔法『シンパイソセイホウ』だ。

 もともと医療の知識がないわたしでも、ただ魔法を当てるだけで治るような怪我であれば、無尽蔵の魔力のおかげでだいたい治せた。
しかし、知識や経験が必要な怪我の治療にてんで弱く、骨折の治療なんかに何度か失敗し、変な形でくっついた骨を折って治療し直すなんてこともあったくらいだ。

 前世で一緒に旅した治療術師の“先生”にはよく注意や指導を受けていて、下手な治療をしたわたしの頭を、微笑みながら容赦なくゴツゴツと杖で殴ってくる先生は、口調は穏やかでも、謎の怖さがあったのを思い出す。

 そんな先生に「4柱の精霊を同時になんて……こんな魔法とても真似できない」と言わせしめた自信作の魔法だ。
 まぁあちらからこちらに来る過程で使えるようになっただけなので、わたしの技術がすごいわけじゃないんだけど。

 合成魔法シンパイソセイホウをかけた男性の口元に手を当て、自発呼吸が戻っているのを確認すると、わたしは立ち上がり、いつの間にかわたしの隣に来ていたテテスちゃんと、もともと治療に当たっていた二人に向かってコクリとうなずき、「戻ったよ」と告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。 ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。 しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。 奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。 そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。

処理中です...