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飛翔
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「ほら、あんたたち! 邪魔になっちまうだろ? 放してやんな!」
ふたりに抱きしめられ、なすすべがなかったわたしにミッテさんが助け舟を出してくれた。
わたしからふたりを引きはがすと、ミッテさんはわたしに向かって話し始めた。
「悪かったね。最初、追い出すようなこと言って。まさかあんたみたいなちっこいのに、こんなことができるなんて思わなかったんだよ。お嬢ちゃん名前は?」
「レア」
「レアか。あたしとこのベラさんはただここに居合わせて、治療師のまねごとをやらざるを得なかっただけで、別にそういう職業ってわけじゃない。でも、次々とケガ人が運び込まれて、死んで……なんとかそれを防ごうと必死にやったんだ」
ミッテさんがギリっと唇をかんだ。
ごまかすように目元の涙を指で素早く拭うと、押し殺しきれない感情をのぞかせながら話をつづけた。
「もう人が死ぬのを見るのは嫌なんだよ。心の中で何かがすり減って、死体を見てもなんとも思わなくなっちまう。それがつらいんだ。レア…………あんたに甘えてもいいかい?」
取り繕おうとして不自然にゆがんだ表情が、ミッテさんの感情を言葉よりもはっきり物語る。
わたしはミッテさんをまっすぐ見すえて言葉をかけた。
「うん……わたしはそのために来たから。大丈夫。さっきも言ったけど、わたしにできることはやる」
わたしがそう言って頷くと、ミッテさんは片手で両目を覆い、うつむきながら震える声で「ありがとう」とつぶやいた。
泣いてる顔を隠そうとしないベラさんが、うんうんと頷きながら背中をたたいてなだめている。
「しかし実際、この人数……貴殿なら治せると?」
兜を脱いでわきに抱えたバルトゥさんが、興味ありげに訪ねてきた。
「貴殿なんて、そんな仰々しく呼ばないでレアでいいです」
「し……しかし……」
バルトゥさんがわたしの扱いに困っているようだけど、聖女なんて呼び始めた人がいる以上、話が大きくなるような事は避けたい。王国の兵隊の隊長さんに敬われる子供なんて、噂の種にしかならない。
わたしは戸惑うバルトゥさんにジトっと視線を向けた。
「で……では、レア。改めて聞くが、この人数の治療が可能なのか?」
部屋にはまだ十人近くの重傷者がいて、苦しそうな呼吸音やうめき声があちらこちらで聞こえている。
「うん。問題ないよ。魔力の量のことだったら、村まるまる一つ分治療してもまだ全然余裕あるから。この人たちが生きるか死ぬかは、それぞれの生命力次第だと思う」
それを聞くとバルトゥさんは、何か考え込むようにあごに手を当てた。
「うむ……レア。治療を終え、もし無事にこの戦いを切り抜けることが出来たら、その後で少し話がしたい。悪いが時間を作ってくれ」
眉間にしわを寄せ、いかにも困ったという様子のバルトゥさん。
意図は分からないけど、なんだか今までにない空気を感じ取り、思わず頷いて返事をする。
「う……うん」
「たのむ」
短く言葉を交わすと、バルトゥさんは理由も告げずに一目散に駆けて行ってしまった。
何だったんだろう……気になる……。
でもまぁ優先すべきは死人を出さないこと。
すぐに治療を済ませて、魔物を始末しにいく。
わたしはおばさん達を促し、その案内の元、残ったケガ人の治療に取りかかった。
* * * * *
「本当に全員治しちまうなんてね……」
治療を手伝ってくれたミッテさんが、額を拭いながらそうつぶやいた。
「おつかれさま。テテスちゃんもありがとう」
手伝いをしてくれたみんなに労いの言葉を贈る。
治療が済んだ人の中には、すでに動き出せる人もいて、何人かは自分の回復に驚いたり喜んだりしていた。
幸いわたしが見た中には治療が不可能なほどの者はおらず、全員に治療を施すことができた。部屋の隅に積んである包まれた亡骸を見るに、そういう人はすでに亡くなっていたということかもしれないけど……。
積まれた死体に向かい手を合わせていると、わたしが最善の行動をすれば、この中の何人が死なずに済んだだろうか……なんて思考が頭をよぎり、思わず眉間にしわが寄る。
合わせた手を下すと、ミッテさんが話しかけてきた。
「あんたの祈り方かい?」
「うん……助けられなかった人たちに……」
「そうかい…………でもあんたのせいじゃない……気に病むんじゃないよ。いくらあんたがすごくても、出来ることと出来ないことってのはあるんだよ。出来なかったこと全部背負っていったんじゃ、いつかあんたがつぶれちまうよ……」
「うん……」
とりあえずの同意はしたけど、そんなに簡単に割り切れるものじゃない。ミッテさんもそれをわかった上で言ってるんだろうけど。
わたしは弱い。昔はこんなに心が乱されることなんてなかった。
悲しかったり、嫌な気分になったりすることはあったけど、いまわたしが感じている気持ちは、かつてわたしが勇者だった頃よりずっしりと重くわたしにのしかかる。
自分で言うのもなんだけど、やっぱりかつてのわたし“勇者マサト”は勇気ある者だったんだと思う。
半分がただの子供であるわたしにはつらい。
わたしはまたちゃんとした勇者に戻れるかな……。
頭の中でもやもやと考えが渦巻き、上を向いて腕組みをしていると、なんだか部屋の外がざわついていることに気づいた。
わたしのほかにも外の騒がしさに気づいた人がいるようで、何人かが扉の方に顔を向けて様子を見ている。
扉の方に駆け寄ったミッテさんが部屋の外にいる人に声をかけた。
「ちょっとあんた。なにかあったのかい?」
「あぁ。三階の見張りの奴が、こっちに向かって逃げて来る二人組の生存者を発見したらしいんだが、片方が怪我をしてて、魔物に追いつかれそうになってるらしい。助けに行くのも難しいし、見ていることしかできないんだと」
二人組の生存者と聞いて心がざわついた。くすぶった不安が再燃し、エレナちゃんとパパの顔が脳裏をよぎる。
もしかしたら……そう思うと、いてもたってもいられず、わたしは扉をぬけて駆けだした。
「痛て!」
「ごめんなさい!」
横たわる人の足を踏んずけながら階段を駆け上り、三階の大窓の前に到着した。
物見の為、塞がずに残されていた窓の前には、すでに何人かの見物人が集まっており、わたしはその間にもぐりこむ。
人の間をかき分け、外を見るため、窓のふちから身を乗り出したその時だった。
「レアァァァァァァァァァ!」
遠くからわたしを呼ぶ声がここまで届き、その瞬間わたしは窓枠を蹴って、三階の窓から飛び出した。
ふたりに抱きしめられ、なすすべがなかったわたしにミッテさんが助け舟を出してくれた。
わたしからふたりを引きはがすと、ミッテさんはわたしに向かって話し始めた。
「悪かったね。最初、追い出すようなこと言って。まさかあんたみたいなちっこいのに、こんなことができるなんて思わなかったんだよ。お嬢ちゃん名前は?」
「レア」
「レアか。あたしとこのベラさんはただここに居合わせて、治療師のまねごとをやらざるを得なかっただけで、別にそういう職業ってわけじゃない。でも、次々とケガ人が運び込まれて、死んで……なんとかそれを防ごうと必死にやったんだ」
ミッテさんがギリっと唇をかんだ。
ごまかすように目元の涙を指で素早く拭うと、押し殺しきれない感情をのぞかせながら話をつづけた。
「もう人が死ぬのを見るのは嫌なんだよ。心の中で何かがすり減って、死体を見てもなんとも思わなくなっちまう。それがつらいんだ。レア…………あんたに甘えてもいいかい?」
取り繕おうとして不自然にゆがんだ表情が、ミッテさんの感情を言葉よりもはっきり物語る。
わたしはミッテさんをまっすぐ見すえて言葉をかけた。
「うん……わたしはそのために来たから。大丈夫。さっきも言ったけど、わたしにできることはやる」
わたしがそう言って頷くと、ミッテさんは片手で両目を覆い、うつむきながら震える声で「ありがとう」とつぶやいた。
泣いてる顔を隠そうとしないベラさんが、うんうんと頷きながら背中をたたいてなだめている。
「しかし実際、この人数……貴殿なら治せると?」
兜を脱いでわきに抱えたバルトゥさんが、興味ありげに訪ねてきた。
「貴殿なんて、そんな仰々しく呼ばないでレアでいいです」
「し……しかし……」
バルトゥさんがわたしの扱いに困っているようだけど、聖女なんて呼び始めた人がいる以上、話が大きくなるような事は避けたい。王国の兵隊の隊長さんに敬われる子供なんて、噂の種にしかならない。
わたしは戸惑うバルトゥさんにジトっと視線を向けた。
「で……では、レア。改めて聞くが、この人数の治療が可能なのか?」
部屋にはまだ十人近くの重傷者がいて、苦しそうな呼吸音やうめき声があちらこちらで聞こえている。
「うん。問題ないよ。魔力の量のことだったら、村まるまる一つ分治療してもまだ全然余裕あるから。この人たちが生きるか死ぬかは、それぞれの生命力次第だと思う」
それを聞くとバルトゥさんは、何か考え込むようにあごに手を当てた。
「うむ……レア。治療を終え、もし無事にこの戦いを切り抜けることが出来たら、その後で少し話がしたい。悪いが時間を作ってくれ」
眉間にしわを寄せ、いかにも困ったという様子のバルトゥさん。
意図は分からないけど、なんだか今までにない空気を感じ取り、思わず頷いて返事をする。
「う……うん」
「たのむ」
短く言葉を交わすと、バルトゥさんは理由も告げずに一目散に駆けて行ってしまった。
何だったんだろう……気になる……。
でもまぁ優先すべきは死人を出さないこと。
すぐに治療を済ませて、魔物を始末しにいく。
わたしはおばさん達を促し、その案内の元、残ったケガ人の治療に取りかかった。
* * * * *
「本当に全員治しちまうなんてね……」
治療を手伝ってくれたミッテさんが、額を拭いながらそうつぶやいた。
「おつかれさま。テテスちゃんもありがとう」
手伝いをしてくれたみんなに労いの言葉を贈る。
治療が済んだ人の中には、すでに動き出せる人もいて、何人かは自分の回復に驚いたり喜んだりしていた。
幸いわたしが見た中には治療が不可能なほどの者はおらず、全員に治療を施すことができた。部屋の隅に積んである包まれた亡骸を見るに、そういう人はすでに亡くなっていたということかもしれないけど……。
積まれた死体に向かい手を合わせていると、わたしが最善の行動をすれば、この中の何人が死なずに済んだだろうか……なんて思考が頭をよぎり、思わず眉間にしわが寄る。
合わせた手を下すと、ミッテさんが話しかけてきた。
「あんたの祈り方かい?」
「うん……助けられなかった人たちに……」
「そうかい…………でもあんたのせいじゃない……気に病むんじゃないよ。いくらあんたがすごくても、出来ることと出来ないことってのはあるんだよ。出来なかったこと全部背負っていったんじゃ、いつかあんたがつぶれちまうよ……」
「うん……」
とりあえずの同意はしたけど、そんなに簡単に割り切れるものじゃない。ミッテさんもそれをわかった上で言ってるんだろうけど。
わたしは弱い。昔はこんなに心が乱されることなんてなかった。
悲しかったり、嫌な気分になったりすることはあったけど、いまわたしが感じている気持ちは、かつてわたしが勇者だった頃よりずっしりと重くわたしにのしかかる。
自分で言うのもなんだけど、やっぱりかつてのわたし“勇者マサト”は勇気ある者だったんだと思う。
半分がただの子供であるわたしにはつらい。
わたしはまたちゃんとした勇者に戻れるかな……。
頭の中でもやもやと考えが渦巻き、上を向いて腕組みをしていると、なんだか部屋の外がざわついていることに気づいた。
わたしのほかにも外の騒がしさに気づいた人がいるようで、何人かが扉の方に顔を向けて様子を見ている。
扉の方に駆け寄ったミッテさんが部屋の外にいる人に声をかけた。
「ちょっとあんた。なにかあったのかい?」
「あぁ。三階の見張りの奴が、こっちに向かって逃げて来る二人組の生存者を発見したらしいんだが、片方が怪我をしてて、魔物に追いつかれそうになってるらしい。助けに行くのも難しいし、見ていることしかできないんだと」
二人組の生存者と聞いて心がざわついた。くすぶった不安が再燃し、エレナちゃんとパパの顔が脳裏をよぎる。
もしかしたら……そう思うと、いてもたってもいられず、わたしは扉をぬけて駆けだした。
「痛て!」
「ごめんなさい!」
横たわる人の足を踏んずけながら階段を駆け上り、三階の大窓の前に到着した。
物見の為、塞がずに残されていた窓の前には、すでに何人かの見物人が集まっており、わたしはその間にもぐりこむ。
人の間をかき分け、外を見るため、窓のふちから身を乗り出したその時だった。
「レアァァァァァァァァァ!」
遠くからわたしを呼ぶ声がここまで届き、その瞬間わたしは窓枠を蹴って、三階の窓から飛び出した。
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