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第1章

Ⅰ―XⅩI

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 柳川 理人。
 

 それが僕の名前だ。
 

 学校では一度たりとも下の名前で呼ばれたことなんか無い。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「リヒトか!良い名前だな!!」
 
 

 
 
 魔王は思いも寄らない笑顔で僕の名前を褒めてくれた。
 
 
 
 
 …………結構、嬉しい。
 
 

 「魔王の名前はなんていうの?」
 
 
 少しの胸の高鳴りを感じながら、今度は僕が名前を聞く。
 
 きっと、カッコよくて無駄に長い名前なんだろうな。
 
 
 「…………………」
 
 
 ?
 
 どうしたのか、魔王が急に黙り込んでしまった。
 
 調子に乗って何か地雷でも踏んじゃったか…?
 
 
 「魔王?」
 
 
 沈黙が怖くて、僕は目の前の彼に答えを促すようにしてみる。
 
 
 「………無いんだ」
 
 
 ………………え?
 
 無いって…どういう…。
 
 
 「昔、つけられた名前を捨ててしまってな………今は名前を持っていない」
 
 
 名前が……無い。
 
 それって、つまり………
 
 
 誰からも名前で呼ばれたりしないという事。
 

 僕は確かに、学校では名字でしか呼ばれないけども、家では名前で呼んでくれる家族がいる。
 
 
 でも、魔王は…………。
 
 
 「だから、これからも変わらず魔王と呼んでくれて構わない」
 
 

 笑う魔王。
 

 でも、いつもより目元が笑っていない気がする。
 
 
 「ねぇ…あのさ」
 
 
 僕は咄嗟に魔王に言葉をかけていた。
 
 
 「新しい名前を考えたりしないの?」
 
 
 何でこういう言葉が出たのか分からなかったけど、理由は沢山あるはずだ。
 
 
 「新しい……名前?」
 
 
 魔王はキョトンとしている。そんな顔を見るのは初めてで少し笑みが溢れる。
 
 
 「良ければ…だけどさ…」
 
 
 思い上がりかもしれないけど、自分の名前を褒めてくれた彼に……諦めて欲しくなかった。
 
 
 「僕が名前を考えても…良いかな?」
 
 
 風が吹く、僕達の髪を大げさに揺らし、先にある門の方へと木の葉を連れて向かっていった。
 

 魔王は僕の言葉を聞いて、何度も目を瞬かせた。驚いているんだろう。
 
 僕だって驚いている。
 

 まさか自分が、こんなに積極的に魔王に提案するなんて。
 
 
 「………頼んでも良いのか?」
 
 
 さっき大声で叫ばれた時に、耳が聞こえづらくなったからかもしれないけど、魔王は泣きそうな声でそう言った気がした。
 
 あくまで気がするだけだけども。
 
 
 「うん、任せて」
 
 
 僕は魔王程にはいかないけど、精一杯の笑顔でそう言ってみせた。

 
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