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第1章『名もなき奇跡の始まり』
3.共に在る為に-2
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眼前に広がっていたのは、真っ白で清潔感のある空間だった。
(何も言わなくて良かった。灰色コンクリートの四角い空間とは違うみたい)
少なくとも、彼女らにとっての風呂は『裸で立たされて洗剤を掛けられ、乱雑にホースで水を掛けられる行為』では無さそうだ。これを平然と口にしていたら、今後こそ泣かれたかもしれない……何も言わないという判断をした自分自身を、褒めたい気持ちになった。
風呂場にあった椅子に座らされ、少し待機する。
身体のすぐ傍にあるシャワーからは、暖かいお湯が流れている。最初は水だったようだが、お湯が出るまで待っていたようだ。
「ここ回したらシャワーが出て、こっち回したら温度調整できるから。熱すぎたら触って」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、頭から行こうか。レヴィのシャンプーとリンスを貰おうかね」
頭にお湯を掛けられて、髪をわしゃわしゃと洗われる。だが髪にシャンプーをつけて、洗って流して、を繰り返しているようだ。どうやら泡立たないらしい。
最後に洗われてからしばらく経っているし、かなり汚れているのだろう……申し訳ない。
「あ、良かった。ちゃんと泡立ったな。じゃあ流してリンスだ」
何度目かの洗髪でようやく出てきた白い泡がお湯で流れていき、今度はリンスをつけられる。肌に張りついた髪が、つやつやと光を反射している。
「次は身体洗おうな。流石に嫌だろうし、前の方はあんたが自分で洗おうか。背中の方とか、羽根なんかはこっちでやるから」
よく泡立てられたスポンジを渡され、タオルをずらして身体を洗うようにと指示された。柔らかなスポンジが肌を撫でる。汚れが落ちていくのが分かって、少し気持ちいい。ふわふわとした泡が、身体を包んでいく。
「確か、羽根はあんまり強く洗いすぎない方が良いんだっけな。尻尾と背中を重点的にやるかー……」
背後からエスメライの声がする。ぶつぶつ呟きながらも随分と優しく擦ってくるものだから、ちょっとくすぐったい。特に尻尾が動かないように、神経を集中させる羽目になってしまった。
とはいえ、全身ずぶ濡れになりながらも自分のためを思ってやってくれているのは分かっているから、文句を言う気にはなれなかった。
「えへへ、お風呂って良いですね」
「んー……諸々が落ち着いたら湯船にも入ったら良いよ。支部の人間に頼んどくね」
(支部……?)
ここではない、別の場所に行かされるのだろうか?
それは嫌だと声を上げそうになったが、このタイミングで洗い終わってしまった。乾いたタオルで包まれ、わしゃわしゃと髪を拭かれている最中にはちょっと言いづらい。
「髪なぁ……割と綺麗なんだけど長さが不揃いなとこあったし、軽く切り揃えてやりたいんだけど……あー、いや、レヴィいない時にやって失敗したら悪いから、それはやめとこうか」
とりあえず“レヴィ”という名前の、髪に詳しそうな人がいるらしいことは分かった。
さっきのシャンプーとリンスもきっと良いやつだ。結構使ってしまった気がする。申し訳ない。
「ほい。とりあえず服着ような」
先程まで身につけていたものではなく、新しい下着と服を渡される。ワンピースのようにも見えるひらひらとした黒い上着と、対照的に短いズボンの組み合わせだ。
「そういうの、“ミリタリーロリィタ”って言うんだっけな。レヴィの趣味全開だけど、似合いそうではあるな」
(髪だけじゃないんだな、レヴィさんはこの手のことに詳しい人っぽい)
寝ている間に測られたのか、それとも偶然なのかは分からないが、寸法はピッタリだった。
それにしても、可愛い……なんとなく嬉しくなり、くるりとその場で回ってしまった。
「……」
——じっとこちらを見ているエスメライの顔を見て、ロゼッタはハッとして肩を縮める。ちょっと恥ずかしい。
「す、すみません……」
「良いよ良いよ。可愛い服着て嬉しくなってくれたなら、こっちとしても本望だ。
じゃ、髪乾かすか。乾いたら簡単に結ってやるよ」
小さい機械を片手に持ったエスメライが手招きしている。ロゼッタが指示に従えば、髪に温風を当てられた。大きな音が響いている。
「ドライヤーっていうんだ。髪を乾かすだけの機械だから、怖がる必要はないぞ。音はデカいけどな」
「はい、大丈夫です。それに、エスラさん達は酷いことしなさそうですし……信頼してます」
「……そか」
エスメライが何かを言ったような気がするが、大きな音に掻き消されて何も聞こえない。
「……」
目の前を見ると、大きな鏡があった。
綺麗な薔薇色だと言ってもらった鮮やかな赤い髪が、風になびいている。
(ホント、変な容姿)
欲を言えば赤い髪は赤い髪でも、エスメライのような落ち着いた色合いに憧れる。だが、それ以上に火竜種らしくない容姿が気になってしまった。
(耳も、どうせならルーシオさんみたいに上に生えてたら良かったのにな)
黒い毛に覆われた耳も、頭の横にあるせいで目立つのだ。
無いものねだりをしながら、それが表情に出ないように最新の注意を払いながら。ロゼッタは乾いていく髪を見つめている。
「よし、乾いたな。そうだな……2つ結びにするか。服とお揃いの髪飾りもあるしな」
乾いた髪が、櫛で優しくとかれていく。少したどたどしい手つきで2つに分けられた髪に、服と同じ色をしたリボンが巻かれた。
「……。潜入調査行かせたのはあたし達だけど、なーんでレヴィいないかなぁ。ごめんな、こういうの慣れてなくて……」
「い、いえ! やってもらえて、嬉しいです!」
「年頃の女の子だし、どうせなら色々経験させてやりたいんだけどなぁ。レヴィが……微妙に間に合わない……!」
「レヴィさんのことは良いですから! でも、あの、その……」
絶対に困らせると分かっているからこそ、言い淀んでしまった。エスメライが首を傾げている。覚悟を決めて、ロゼッタは口を開いた。
「あの! わ、わたし、ここじゃないどこかに行くんですか……?」
やっとの思いでそう問えば、エスメライは困ったように笑みを浮かべた。
「……。あんたの場合は高度な治療が必須だったから仕方なかった。
とはいえ、あたしらが被害者と交流持つのは……やっぱり良くないね」
笑みは崩さないままで、彼女はぽつりと呟く。
「だからこそ、このまま、ってわけにはいかないんだよ」
「えっと……」
「懐いてくれて、信頼してくれて、ありがとね。嬉しいよ。
でも、あんたみたいな純粋な子は特に、あたしらと一緒にはいない方が良い。
……大丈夫。人身売買なんてやってない、安全な場所に送ってやるから。そこで幸せに暮らしな」
「い、いやです、その……っ」
理由は分からない。『不安』と言えばいいのだろうか。あまり良くはない感情で、胸がいっぱいだった。
そして脳裏を過ぎるのは、何故かラザラスの姿だ——彼から、彼らから。離れたくない。とにかく不安だった。
「大丈夫だってば……ああ、そっか。あんた。初めて誰かに大事にされたんだね。
これからはこういうこと、いっぱい経験できるよ。
なんたって、あたしが信頼してる仲間のとこに送るんだからね!」
「……」
——何を言っても、無駄なのかもしれない。
意地悪でも何でもなく、完全に善意での行動なのは分かっている。
もう決まってしまったことなのだろう。ここで自分の意思は、関係ないのだろう。
「……分かり、ました」
「ん、良い子。出たらもう一度だけ『透識』使わせてもらおうかな。
属性とかその辺、見ときたいからねぇ……まあ、あんたが強いことは分かってんだけどさ」
ロゼッタが納得していないことは分かっているのだろう。エスメライはロゼッタの頭を軽く撫で、彼女の手を引いて脱衣所を後にした。
(何も言わなくて良かった。灰色コンクリートの四角い空間とは違うみたい)
少なくとも、彼女らにとっての風呂は『裸で立たされて洗剤を掛けられ、乱雑にホースで水を掛けられる行為』では無さそうだ。これを平然と口にしていたら、今後こそ泣かれたかもしれない……何も言わないという判断をした自分自身を、褒めたい気持ちになった。
風呂場にあった椅子に座らされ、少し待機する。
身体のすぐ傍にあるシャワーからは、暖かいお湯が流れている。最初は水だったようだが、お湯が出るまで待っていたようだ。
「ここ回したらシャワーが出て、こっち回したら温度調整できるから。熱すぎたら触って」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、頭から行こうか。レヴィのシャンプーとリンスを貰おうかね」
頭にお湯を掛けられて、髪をわしゃわしゃと洗われる。だが髪にシャンプーをつけて、洗って流して、を繰り返しているようだ。どうやら泡立たないらしい。
最後に洗われてからしばらく経っているし、かなり汚れているのだろう……申し訳ない。
「あ、良かった。ちゃんと泡立ったな。じゃあ流してリンスだ」
何度目かの洗髪でようやく出てきた白い泡がお湯で流れていき、今度はリンスをつけられる。肌に張りついた髪が、つやつやと光を反射している。
「次は身体洗おうな。流石に嫌だろうし、前の方はあんたが自分で洗おうか。背中の方とか、羽根なんかはこっちでやるから」
よく泡立てられたスポンジを渡され、タオルをずらして身体を洗うようにと指示された。柔らかなスポンジが肌を撫でる。汚れが落ちていくのが分かって、少し気持ちいい。ふわふわとした泡が、身体を包んでいく。
「確か、羽根はあんまり強く洗いすぎない方が良いんだっけな。尻尾と背中を重点的にやるかー……」
背後からエスメライの声がする。ぶつぶつ呟きながらも随分と優しく擦ってくるものだから、ちょっとくすぐったい。特に尻尾が動かないように、神経を集中させる羽目になってしまった。
とはいえ、全身ずぶ濡れになりながらも自分のためを思ってやってくれているのは分かっているから、文句を言う気にはなれなかった。
「えへへ、お風呂って良いですね」
「んー……諸々が落ち着いたら湯船にも入ったら良いよ。支部の人間に頼んどくね」
(支部……?)
ここではない、別の場所に行かされるのだろうか?
それは嫌だと声を上げそうになったが、このタイミングで洗い終わってしまった。乾いたタオルで包まれ、わしゃわしゃと髪を拭かれている最中にはちょっと言いづらい。
「髪なぁ……割と綺麗なんだけど長さが不揃いなとこあったし、軽く切り揃えてやりたいんだけど……あー、いや、レヴィいない時にやって失敗したら悪いから、それはやめとこうか」
とりあえず“レヴィ”という名前の、髪に詳しそうな人がいるらしいことは分かった。
さっきのシャンプーとリンスもきっと良いやつだ。結構使ってしまった気がする。申し訳ない。
「ほい。とりあえず服着ような」
先程まで身につけていたものではなく、新しい下着と服を渡される。ワンピースのようにも見えるひらひらとした黒い上着と、対照的に短いズボンの組み合わせだ。
「そういうの、“ミリタリーロリィタ”って言うんだっけな。レヴィの趣味全開だけど、似合いそうではあるな」
(髪だけじゃないんだな、レヴィさんはこの手のことに詳しい人っぽい)
寝ている間に測られたのか、それとも偶然なのかは分からないが、寸法はピッタリだった。
それにしても、可愛い……なんとなく嬉しくなり、くるりとその場で回ってしまった。
「……」
——じっとこちらを見ているエスメライの顔を見て、ロゼッタはハッとして肩を縮める。ちょっと恥ずかしい。
「す、すみません……」
「良いよ良いよ。可愛い服着て嬉しくなってくれたなら、こっちとしても本望だ。
じゃ、髪乾かすか。乾いたら簡単に結ってやるよ」
小さい機械を片手に持ったエスメライが手招きしている。ロゼッタが指示に従えば、髪に温風を当てられた。大きな音が響いている。
「ドライヤーっていうんだ。髪を乾かすだけの機械だから、怖がる必要はないぞ。音はデカいけどな」
「はい、大丈夫です。それに、エスラさん達は酷いことしなさそうですし……信頼してます」
「……そか」
エスメライが何かを言ったような気がするが、大きな音に掻き消されて何も聞こえない。
「……」
目の前を見ると、大きな鏡があった。
綺麗な薔薇色だと言ってもらった鮮やかな赤い髪が、風になびいている。
(ホント、変な容姿)
欲を言えば赤い髪は赤い髪でも、エスメライのような落ち着いた色合いに憧れる。だが、それ以上に火竜種らしくない容姿が気になってしまった。
(耳も、どうせならルーシオさんみたいに上に生えてたら良かったのにな)
黒い毛に覆われた耳も、頭の横にあるせいで目立つのだ。
無いものねだりをしながら、それが表情に出ないように最新の注意を払いながら。ロゼッタは乾いていく髪を見つめている。
「よし、乾いたな。そうだな……2つ結びにするか。服とお揃いの髪飾りもあるしな」
乾いた髪が、櫛で優しくとかれていく。少したどたどしい手つきで2つに分けられた髪に、服と同じ色をしたリボンが巻かれた。
「……。潜入調査行かせたのはあたし達だけど、なーんでレヴィいないかなぁ。ごめんな、こういうの慣れてなくて……」
「い、いえ! やってもらえて、嬉しいです!」
「年頃の女の子だし、どうせなら色々経験させてやりたいんだけどなぁ。レヴィが……微妙に間に合わない……!」
「レヴィさんのことは良いですから! でも、あの、その……」
絶対に困らせると分かっているからこそ、言い淀んでしまった。エスメライが首を傾げている。覚悟を決めて、ロゼッタは口を開いた。
「あの! わ、わたし、ここじゃないどこかに行くんですか……?」
やっとの思いでそう問えば、エスメライは困ったように笑みを浮かべた。
「……。あんたの場合は高度な治療が必須だったから仕方なかった。
とはいえ、あたしらが被害者と交流持つのは……やっぱり良くないね」
笑みは崩さないままで、彼女はぽつりと呟く。
「だからこそ、このまま、ってわけにはいかないんだよ」
「えっと……」
「懐いてくれて、信頼してくれて、ありがとね。嬉しいよ。
でも、あんたみたいな純粋な子は特に、あたしらと一緒にはいない方が良い。
……大丈夫。人身売買なんてやってない、安全な場所に送ってやるから。そこで幸せに暮らしな」
「い、いやです、その……っ」
理由は分からない。『不安』と言えばいいのだろうか。あまり良くはない感情で、胸がいっぱいだった。
そして脳裏を過ぎるのは、何故かラザラスの姿だ——彼から、彼らから。離れたくない。とにかく不安だった。
「大丈夫だってば……ああ、そっか。あんた。初めて誰かに大事にされたんだね。
これからはこういうこと、いっぱい経験できるよ。
なんたって、あたしが信頼してる仲間のとこに送るんだからね!」
「……」
——何を言っても、無駄なのかもしれない。
意地悪でも何でもなく、完全に善意での行動なのは分かっている。
もう決まってしまったことなのだろう。ここで自分の意思は、関係ないのだろう。
「……分かり、ました」
「ん、良い子。出たらもう一度だけ『透識』使わせてもらおうかな。
属性とかその辺、見ときたいからねぇ……まあ、あんたが強いことは分かってんだけどさ」
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