ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様 ―今、あなたの後ろにいるの―

逢月 悠希

文字の大きさ
22 / 83
第1章『名もなき奇跡の始まり』

11.希うもの-1

しおりを挟む
「はい、これ。着替えです」

 脱衣所に辿り着くと同時にレヴィから真新しいパジャマと下着を一式で渡された。

「……。な、なんで着替えがあるんですか……?」

 ロゼッタは気まずさのあまり、視線を泳がせる……何となく、回答は予測できているのだ。その問いに、レヴィは苦笑しながら答える。

「ボク、ちゃんと用意してたんですよ? ロゼッタさんの、2週間分くらいのお洋服。スピネル王国行きの船で、困らないように」

——そう、自分は本来であれば今、はずで。

 渡されたものを見つめつつ、ロゼッタはぺこりと頭を下げる。

「あの、その、ほんと、すみません……」

「……。謝るなら、やらなきゃ良いのに……」

「仰るとおりとしか、言えません……」

 どストレートな正論を返されてしまい、ロゼッタは顔を上げられない。
 だが、彼女は別に怒ってはいないようだった。くすくすと、可愛らしい笑い声が聞こえてくる。

「今日はあなたが居てくれなきゃ、少なくとも、死人がひとりは出てましたから……だから、助かりました。ありがとうございます」

「え、えっと……」

 今日だけで何度もお礼を言われたが、改めて言われてしまうと少し、気恥ずかしい。

……というより、なんだかいたたまれない気分だった。

「お礼ってわけじゃないんですけど、あとで他の服も渡します。『空間収納アーカイブ』の中にでも入れといてください。
 いつでも着替えられるようにしときましょう。パジャマと、さっきまで着てた服だけじゃ困るでしょうしね」

「た、助かります……!」

「いえいえ、持ちつ持たれつってやつですよ……あ、空間収納の使い方分かんなかったら、あとで教えますね~」

 よく考えると、「ありがとう」なんて言葉を掛けてもらえること自体が初めてだ。そもそも、慣れの問題だった。

(……なんか、人として扱われてる気分)

 居てくれて、助かった。
 ありがとう。

 その言葉に、ロゼッタ自身も何故か、救われたような気持ちになる。

「あの、レヴィさ……」

 ロゼッタは改めてレヴィに向き直ろうとするが——彼女は、変な姿勢で停止していた。

「え……?」

 下から捲り上げられた長袖の服は完全に裏返っている。服は、ほぼほぼ脱げている。
 なのに、反転した布袋のような空間に頭と両腕だけが収まったまま、レヴィは固まっていた。

「……」

 明らかに変な状態で停止しているレヴィを見て、ロゼッタも思考が止まってしまった。
 恐らく、レヴィは困っている。このまま放置するわけにもいかないだろう。

「あ、あの、何、してるんですか……?」

 問い掛ければ、首の無い“生き物”がモゾモゾと動き出す。

「ごめんなさい、ボク、うっかり伝えるの忘れてて……その、結構……ひどいんですよね」

「傷跡、的なものでしょうか……?」

「……そうですね」

 ロゼッタはレヴィの身体に、目を向ける。
 確かに、露出した白い肌には大小さまざまな、痛々しい傷跡があった。
 彼女は後衛型とはいえ、戦闘員だ。向かった先で負傷するのも、珍しいことではないのかもしれない——だが、彼女が変な状態で固まっている時点で、“ひどい”のは現在見えている部分ではないのだろう。

「……」

 とはいえ、このままの状態ではいられない。
 何も、意味をなさない。

 服の下で、レヴィが困ったように笑ったような気がした。

「とりあえず、脱ぎます。ロゼッタさん、びっくりしないでくださいね……?」

 そう言って、レヴィは上の服を脱ぐ。
 彼女の発言の意図は、すぐに理解できた。

(う、うわ……)

 視線を、落とす。
 レヴィの両腕にはびっしりと、火傷痕や裂傷といった様々な傷が刻まれていた。
 もはや、人の肌の色をしている部分の方が少ないように見える……それは、明らかに“他害”の痕跡だった。

 あまり、じっと見るものではない。
 そう思って顔を上げると、予想した通りの顔をして笑うレヴィと目が合った。

「ここに来る前に変な人達に捕まっちゃって、その時に腕を集中攻撃されちゃいました。
 ボクは銃火器を使うので……殺す前の嫌がらせというか、拷問みたいなものですね。ひどいでしょ?」

 レヴィは「えへへ」と軽く笑っているが、決してそれは、笑い事ではない。

「ボクの場合、すぐにエスラさんに処置してもらえたのが大きくて……切断とか、そういう話にはならなかったんです。本当に助かりました」

 幸いにも、少し皮膚が引っ張られる感覚があるだけで、動作にそこまで大きな支障は出ていないらしい。とにかく、見た目が酷いことになっているだけなのだという。

 確かに、レヴィの腕をいきなり見ていた場合は悲鳴を上げてしまったかもしれない……だが、

「……」

 レヴィなりの優しい配慮に、何を返せば良いのか分からない。
 黙り込んでしまったロゼッタの手を引き、レヴィは微笑む。

「お風呂、入りましょっか!」

 お風呂は命の洗濯だと、さっきレヴィが言っていた。
 沈みそうな気持ちを切り替えるのに、ちょうど良いかもしれない。

「そうですね!」

 そう考えたロゼッタはレヴィに甘え、手を引かれることにした。


 ◯


 風呂場に入ってすぐ、レヴィは浴槽を指差した。

「ボク、血とか埃とか、結構色々被ってますし、普通に汗もかきましたしね。
 先に身体洗わせて貰うんで、ロゼッタさんは湯船入っちゃってください」

 よくよく考えると、レヴィは戦場帰りだ。汚れていて当然だ。
 彼女が言うように、以前、来た時には空だった広い浴槽には湯が溜められている。

 ほんのりと緑色に染まっており、良い香りが漂っている——のは良いとして、“入り方”が分からない!

(……。入るってことは……ここに沈んだら良いのかな? えーと、頭から?)

 シャワーは頭から被っていたし、多分同じだろう。
 息を止めて潜れば、数分は耐えられるかな?

 ロゼッタは何度か深呼吸し、息を吸い、止める……これで、行けるはずだ。頑張ろう。

「はーい、ロゼッタさん? ちょっとこっち来てくださいねー」

 ロゼッタが盛大な勘違いをしていることに気づいたレヴィは、ロゼッタの身体を軽くシャワーで流しながら口を開く。

「えっと、湯船って……」

「足から入るんですよ、足から。そして肩まで浸かって、あったかしてください」

「あったか」

「頭は沈めなくて良いんです。うっかり溺死されたら困るんで、あったかしながら大人しくしててくださいね?」

「は、はぁい……」

 とりあえず、頭からでは無いらしい。
 言われた通り、ゆらゆらと揺れる水面に足先をつけ、沈めていく。その動作に合わせて、波紋が浴槽全体に広がっていった。

(わ……)

 レヴィの言うように、そのまま肩まで浸かる。暖かい。

「これ、気持ちいいですね……」

 ロゼッタは湯船とやらを満喫しながら、レヴィに視線を移す……そして、彼女の右足の太ももに刻まれたタトゥーを見て、ギョッとした。

「ど、どこにタトゥー入れてるんですか!?」

「え? 太もも、ですけど……」

 それは、エスメライが左胸の上に入れていたものと同じタトゥーだ。
 どうやら入れる場所は決まっていないらしい——それなら!

「いや、そんな際どい場所に入れなくても!」

「際どい? あー、そういえば、そうですよねぇ」

 そう言って、レヴィは髪を泡立てながらくすくすと笑っている。

「知ってましたか? 太ももって太い血管が通ってるので、人体の急所のひとつなんですよ?」

「急所」

「……まあ、太腿だと即死させられないので、ボクはわざわざ狙いませんが」

 何やら怖いことを言い始めた。確かに彼女、基本的には背後からでも前からでも頭部を狙い撃ちしており、脚に銃弾を放ったことは一度も無かった。

 とはいえ、タトゥーに関しては狙うかどうかはさておき、急所だから“そこ”に入れたらしい。
 思うところはあるが、それこそが彼女の覚悟の現れなのかも知れない……思うところは、あるが。

 レヴィは「んー」と悩み、首を傾げている。

「エスラさんの左胸上とか、ルーシオさんの右脇腹とか、ヴェルさんの腰の左下なんかも大概にアレだと思います」

「わぁ……」

「まあ、ボクらは普段は見えない場所を選んだって言うのもありますよ。その結果、際どくなっちゃいました」

 普段は服で隠れる場所なら、肩や背中といった普通の選択肢もあるだろうに。

 そしてしれっとルーシオとヴェルのタトゥー位置も暴露されている……その情報は正直いらなかった。

 ふたりとも、場所が個性的すぎる。
 次に会う時、ちょっと気まずいじゃないか!

「クロウさんはあまり隠す気がないみたいなので、会ったら探してみてください。たぶん、すぐ見つかりますから」

「そんな、間違い探しみたいな……」

——これで万が一、“顔”に彫られていたらどうしよう。

 正直、吹き出すかもしれない。本当に勘弁して欲しい。
 ただし「あまり隠す気がない」と言うことは顔では無さそうだ。そうであってくれ。

 とはいえ顔にタトゥーがあれば、流石に覚えているような気がする。
 ラザラスにしか目が向かなかった間抜けな自分でも、いくらなんでも覚えている気がする!

(そういえば、ラズさんってどこに入れてるんだろ……目立つとこに入れてたら、わたし、どっかのタイミングで見てる気がするんだけど……)

 割と堂々と着替えを覗き見るようになっていたロゼッタは、ラザラスの身体を思い浮かべる。

(う……ちょっと考えるの、恥ずかしいかも……)

 そんな自身の思考回路に若干の恥じらいを覚えたが、そもそも“そういう問題”ではない。

 だが恥じらいゆえにロゼッタは言葉として発さなかったため、レヴィがそれを指摘することはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

一匹狼と、たったひとりのラナ

揺木しっぽ
恋愛
絶滅危惧種となった「人間」のラナ。 その希少さゆえに、あらゆる種族から欲望の対象として狙われる日々に、彼女は心を擦り減らしていた。 そんな彼女を救ったのは、一人の狼男・リゲル。 他の男たちとは違う、彼の大きくて温かな手に、ラナは初めて希望を抱くが――。 獣の本能と、孤独な少女。 密やかに育まれる、甘く濃密な執着の物語。 ※本作には一部、経血に関する執着描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。 毎日21時頃、全12話完結まで更新いたします。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

処理中です...