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第2章『黙した傷の在処、語らぬ想い』
34.夢の余燼
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ロゼッタの声かけにより、一瞬開きかけた余計な扉はしっかりと閉ざされたようだ。
ラザラスは頭を振るい、話題をALIAの話に戻す。
「あー……えっと、ALIAのふたりはオスカーさんに見出されたのですか?」
「そうそう。あの時はねぇ、風邪引いて病院行って、何となく屋上に行ってみたんだわ。
屋上の扉の先で、こそっと歌ってる子達がいたんだわ……いやー、あれは俗にいう“天使”って奴だったね。見た瞬間、雷が落ちたかと思った」
うんうん、とオスカーはひとりで勝手に納得して頷いている。
(まあ、分からなくもないかも……まだ子どもだっただろうしね……)
どっちも綺麗な顔立ちだし、しかもどっちも翼生えてるし。天使っぽいかもしれない。
ロゼッタも一緒になって納得してしまった。ラザラスも分からなくはなかったのだろう、彼はくすくすと笑っている。
「そんなの、事務所経営者としては、もう拾うしかなくない? それで勧誘しようと思って『やあ、天使ちゃん』って言った瞬間、天使から毛を逆立てた子猫みたいになったふたりの姿が忘れられないね」
(言葉選びのセンス!!)
気持ちよく歌っていたところを不審者感満載な感じで邪魔されたわけだ。
毛を逆立てた猫のようになるのも無理はない。それは天使ちゃんから子猫ちゃんにもなる。
「……っ」
それはそれとして、アンジェリアがさっきからそわそわしている。
無理はない。彼女からすれば、限りなく黒歴史に近いだろうから。
そんな彼女を包帯越しに一瞥しつつ、ラザラスは口を開く。
「えーと、失礼ながらオスカーさん。それ、不審者扱いされてませんか……?」
「うん。ふたりとも芸能関係全く知らない子だったんだよねぇ。最初は俺と、呼び出したにーちゃんも明らかに詐欺師か何かだと思われてたね。
病院の人を間に挟んで、俺が俳優兼芸能事務所社長って伝えてもらって、それでやっと信用してもらったんだわ~」
(あー、なるほど……そりゃそうだよね……)
アンジェリアとジュリアスからしてみれば、唐突に“知らないおじさんA”と“知らないおじさんAに召喚された知らないおじさんB”が現れたということになる。これで警戒しない方がおかしい。
そしてオスカーは、何ならカミーユも有名人ゆえに、まさか警戒されるとは思わなかったのだろう。
(つまり危うく通報されてたってことじゃん! 気をつけないとダメだよ、破天荒おじさん!!)
当のロゼッタもラザラスおよび感性が盛大に麻痺し始めている関係者各位がおかしいだけであって、大概に通報案件だ。
しかし彼女は自分のことを無意識に棚に上げて、純粋にオスカーを心配していた。
「ホント言うと、歌える俳優枠で『Obelisk Agency』に引っ張りたかったんだよね。
どっちも顔出したくないって言うから、両方にーちゃんとこ行ったんだけど、名付け親は俺だよ。リアンくんはふたりの本名知ってるよね? 割と良いセンスしてるっしょ?」
「そうですね……正直、知人がユリアさんだって知った瞬間の衝撃はすごかったです。
アリスさんに関しては、ちょっと複雑だったんじゃないかなって思いますけど……」
「あの顔なら許されるくな~い?」
「はは、そう思います。彼はアリスを背負える顔してます」
(さっき、アンジェさんが『ジュリーは童顔を気にしてる』って言ってたのに……!)
でも確かに、男性でありながら童話に出てくるような女性名を背負える顔だとは思う。
ジュリアスが女の子と見間違えるレベルで可愛らしいのが悪い。
そんなことを考えていると、オスカーはラザラスの顔をまじまじと見ながら口を開いた。
「リアンくんはどこに落ちてたの? 君はにーちゃんが自分で拾ってきたんだろ?」
「落ちて……あー、ええと、アリスさんとユリアさんの近く、ですかね……?」
「ああ、そこで繋がってたんだ。そりゃそっか、ユリアさんが人見知りしない相手連れてこないといけなかったんだろうしねぇ」
オスカーは「ね~?」とアンジェリアに話し掛ける。
アンジェリアはオロオロしながらも、頑張って口を開いた。
「リアンなら……アリス経由でそれなりに交流があったの、で……」
「ああ、まずそこが仲良しだったのか。なるほどね~!」
オスカー相手なら辿々しくはあれど、普通に話せている。
しかし彼女の場合は“そもそも喋るのが苦手”な時点で辛い。彼らを雇う社長のカミーユも、苦肉の策で落ちてた一般人を拾ってきたというわけだ。
オスカーは放送画面を一瞥し、流れているコメントを確認する。大体の話題を察知し、彼は何も考えてなさそうな能天気な表情のまま、口を開いた。
「そうそう、ユリアさんね、めっっっちゃ人見知りすんのよ。最悪、人語喋れなくなる……というか、マイクの前以外はどうにもならないんだよねぇ。何故かマイク持つと豹変するんだけどさ」
アンジェリアがまたしてもオロオロしている……可哀想に。
オスカーの「人語喋れなくなる」発言にコメントも大盛り上がりだ。
しかし弁解しようにも、下手に口を開こうものなら本当に人語でないものを発するのだから、何も言えないのである。
アンジェリアの黙り込みが発生しかけていたため、慌ててラザラスが間に入った。
「あっ、あの、オスカーさん!」
オスカーはケラケラと笑い、彼に視線を戻す。
「そうねぇ、『基本的に弄るのはリアンくんだけにして』って言われたし、君の話に戻ろっかな」
「は、はい……」
それはそれで困る。だがアンジェリアを標的にされるのはもっと困る——やむを得ず、ラザラスはオスカーの標的になる覚悟を決めた。
「君は、グランディディエ育ち? アズラの血が入ってそうだけど、こっちの文明に慣れてそう」
「そうですね。グランディディエ育ちで、アズラのハーフです」
「なるほどねぇ……なら、ご両親のどっちかがグランディディエ人か。綺麗にアズラの方だけ出てる感じだけどね」
「えーと、それは……」
この質問に対し、ラザラスは少し悩みつつも口を開いた。
「アズラ人とスピネル人の、ハーフなんです……だから、色素はどう足掻いても薄めになるというか……」
なるほど、スピネル人も色素が薄めの人が多い国なのか、とロゼッタは考える。
例えばエスメライとヴェルシエラはあまりグランディディエ人らしくはないと思っていたが、彼女らはスピネル人なのかもしれない。だからこそ、助けた商品達はスピネル王国に亡命しているのかもしれない、と。
(でもラズさん、“それ”言うと間違いなくダメな質問が来ちゃう……)
グランディディエ人の血が入っていない。だから色素が薄い。それは良いとして、そんなことを言おうものなら、当然飛んでくるであろう厄介な質問が存在する。
オスカーは流石に少し困惑した様子で、ラザラスの顔を覗き込むようにして問いかけた。
「……。なんでこの国で育ってんの?」
(ほ、ほら~!!)
これが来るのは、もはや当たり前だ。
ラザラスは顔を背けつつ、口を開く。
「なんか……変な縁が、あったらしく……」
——謎国籍の話なんて、当然できるはずがなく。
包帯で隠れているだけで、ラザラスの場合は瞳の色の話も相当にしづらいはずだ。
海のような青色をしていることが露見してしまえば、本当に身バレしてしまう。聞かれると、まずい。
ラザラスが話を濁し始めたことに気づいたオスカーはマイクが音を拾わない程度の音量でコンコン、と机を叩いてみせる。
「しかし、まぁ……顔面事故ってて良かったかも。昨日は晒しちゃってごめんよぉ」
話を変えるよ、という合図だったようだ。
ラザラスはアバターが反応しない程度に軽く頭を下げつつ、言葉を返す。
「いえいえ、お気になさらず。放送局来る時は、その……いくらでも、まあ……誤魔化せるんで」
ロゼッタの力を、借りれば。
そんな言葉が、彼の発言から滲み出ている。
(わたしのことは適当に使ってくれて良いんだけどな……)
そうは思うが、ラザラスは真面目だ。頼りっぱなしになることを気にしているのだろう。
彼がどうにかこうにか話を変えようと足掻いていると、オスカーは彼を値踏みするように見つめ、ニヤリと笑う。
「とりあえずさ、君は俳優やらない?」
「へっ?」
ラザラスが停止する。だが、オスカーは止まらない。
「俺ねー、3年くらい前にアニメ出てて。主役の声優やってたアリス君とちょっとだけ共演したことあんのよ。でね、俺の勘が君だって言ってるの」
「は、話の流れが、見えません……?」
「リアンくん、あの子に演技指導したことあるっしょ? 具体的に言えば、『Traveling Game』の3話だね。
昨日も言ったけど、君の独特の間の取り方。周りを見て、タイミングをガッツリ計算してから出る感じ。
今は分かんないけど、たぶん君は目つきも相当に変わるタイプなんじゃないかなって思うんだけど……そういうのが、3話以降のアリスくんに出てたんだよ。2話までは全然そんな感じしなかったのに、急に」
「いやいや、そんな、まさか……」
「あの子、俳優じゃなくて、“声優”なのにさ。アリスくんの交友関係って意外と狭いってのは把握してるし……そうなると、思いつくのは君しかいないんだよねぇ?」
謎国籍の話には踏み込まないようにしていたが、これに関しては「逃がさない」という意図が感じられる。
観念したラザラスは、深く息を吐き出した。
「……。はは、もう、否定できませんね」
「だよね~!」
ロゼッタには何のことだかさっぱりなのだが、ラザラスには大いに覚えがあったらしい——というか、本当に『そう』なのだろう。コメント欄も大盛り上がりだ。
(へえ、名作アニメって奴なんだ。ていうか、ジュリーさんって声優もやってたんだ……オスカーさんもだけど。多分、この人なんでもできるんだな)
視聴者の皆様曰く、『Traveling Game』、通称『TG』はバスケットボール選手の青春を描いた作品で、当時は賞を沢山取った有名な作品らしい。
声優としてのアリスの代表作であり、現時点では最後の出演作なんだとか。2期や映画化の話も出ていたらしいが、アリスの活動休止と共にどちらも既に製作中止が発表されているそうだ。それを勿体ないと叫ぶファンのコメントで、画面が埋まっていく。
「今でこそアリスくんの代表作って言えばTGのキサラだけどさ。あの役、実はぶっちゃけ監督の嫌がらせ指名配役だったんだよね。
諸事情でアリスくん向きじゃないというか……そもそも、ヤンキーだよ? 清純派で売ってるアリスくんに遊び人ヤンキー役だよ?」
(確かに、あのピュア男子に遊び人ヤンキーぶつけるってすごいね……)
とはいえ、元は嫌がらせだったとはいえ、それを最後まで演じ切った上に代表作へ昇華させた時点で、ジュリアスの大勝利だ。
どうせ「若いのに売れっ子なのが腹立つ」とかそういう理由で嫌がらせを吹っかけたのだろうが、盛大に下克上をぶちかまされた監督はさぞかし悔しかったことだろう。
ラザラスは急に息を吸い、吐き出す。明らかに何らかの感情を抑え込んでから、口を開く。
「今、その監督は何してますか? 4話で監督変わったのは知っていますが」
「消えたねぇ。まあ、元々ぽっと出系で有名どころじゃなかったし……って、はは! 君、この件には結構怒ってたんだね!」
「まあ……」
「そりゃそうだよね。アリスくん、声優一挙集合形式のアテレコだってのに、全然上手くできなくてさ。監督には好き放題言われるし。
……もうさ、気分悪くて。俺が収録1回解散させたんだよねぇ。多分その後だね? 君が入り込んだのは」
オスカーは椅子の背もたれに寄りかかって、ゆらゆらと揺らした。
「あれ、俺が下手に口出したら後々、いやーな形で響いただろうしさぁ。だから、何もできなくて……助かったよ、ほんと」
オスカーに感謝されること。それは、ラザラスにとって本当に嬉しいことだろうに。
それ以上に、彼は別の感情を抱いている様子だった。
もう踏み込まないで欲しい。
この件には、触れないで欲しい。
(……)
ロゼッタは影の中からラザラスの頬を見つめる。
今は適当にガーゼで隠しているのだが、あの下には酷い傷跡がある。
6年前に付けられた——あまりにも惨い、傷が。
(指導もできたんだな……俳優の卵としては、本当にすごい人だったんだろうな。
ラズさんの将来を潰したくなかったレヴィさんたちの気持ち、すごく分かる……)
指導ができるのであれば、その道に進むという選択肢もあっただろう。
しかし今のラザラスを見ている限り、その選択肢すらも相当に厳しい。
彼は、人に見られること自体を強く恐れているのだから。
「まあ、そんなこんなで、アリスくんは華々しく活躍してた訳だよ」
オスカーは、ラザラスの話題に踏み込むことをやめた。
「だから、いい加減。ちゃんと話した方が良い……君らの、事情をね」
「!」
だが、その代わりに彼は……現ALIAの2人の闇に、踏み込んできた。
ラザラスは頭を振るい、話題をALIAの話に戻す。
「あー……えっと、ALIAのふたりはオスカーさんに見出されたのですか?」
「そうそう。あの時はねぇ、風邪引いて病院行って、何となく屋上に行ってみたんだわ。
屋上の扉の先で、こそっと歌ってる子達がいたんだわ……いやー、あれは俗にいう“天使”って奴だったね。見た瞬間、雷が落ちたかと思った」
うんうん、とオスカーはひとりで勝手に納得して頷いている。
(まあ、分からなくもないかも……まだ子どもだっただろうしね……)
どっちも綺麗な顔立ちだし、しかもどっちも翼生えてるし。天使っぽいかもしれない。
ロゼッタも一緒になって納得してしまった。ラザラスも分からなくはなかったのだろう、彼はくすくすと笑っている。
「そんなの、事務所経営者としては、もう拾うしかなくない? それで勧誘しようと思って『やあ、天使ちゃん』って言った瞬間、天使から毛を逆立てた子猫みたいになったふたりの姿が忘れられないね」
(言葉選びのセンス!!)
気持ちよく歌っていたところを不審者感満載な感じで邪魔されたわけだ。
毛を逆立てた猫のようになるのも無理はない。それは天使ちゃんから子猫ちゃんにもなる。
「……っ」
それはそれとして、アンジェリアがさっきからそわそわしている。
無理はない。彼女からすれば、限りなく黒歴史に近いだろうから。
そんな彼女を包帯越しに一瞥しつつ、ラザラスは口を開く。
「えーと、失礼ながらオスカーさん。それ、不審者扱いされてませんか……?」
「うん。ふたりとも芸能関係全く知らない子だったんだよねぇ。最初は俺と、呼び出したにーちゃんも明らかに詐欺師か何かだと思われてたね。
病院の人を間に挟んで、俺が俳優兼芸能事務所社長って伝えてもらって、それでやっと信用してもらったんだわ~」
(あー、なるほど……そりゃそうだよね……)
アンジェリアとジュリアスからしてみれば、唐突に“知らないおじさんA”と“知らないおじさんAに召喚された知らないおじさんB”が現れたということになる。これで警戒しない方がおかしい。
そしてオスカーは、何ならカミーユも有名人ゆえに、まさか警戒されるとは思わなかったのだろう。
(つまり危うく通報されてたってことじゃん! 気をつけないとダメだよ、破天荒おじさん!!)
当のロゼッタもラザラスおよび感性が盛大に麻痺し始めている関係者各位がおかしいだけであって、大概に通報案件だ。
しかし彼女は自分のことを無意識に棚に上げて、純粋にオスカーを心配していた。
「ホント言うと、歌える俳優枠で『Obelisk Agency』に引っ張りたかったんだよね。
どっちも顔出したくないって言うから、両方にーちゃんとこ行ったんだけど、名付け親は俺だよ。リアンくんはふたりの本名知ってるよね? 割と良いセンスしてるっしょ?」
「そうですね……正直、知人がユリアさんだって知った瞬間の衝撃はすごかったです。
アリスさんに関しては、ちょっと複雑だったんじゃないかなって思いますけど……」
「あの顔なら許されるくな~い?」
「はは、そう思います。彼はアリスを背負える顔してます」
(さっき、アンジェさんが『ジュリーは童顔を気にしてる』って言ってたのに……!)
でも確かに、男性でありながら童話に出てくるような女性名を背負える顔だとは思う。
ジュリアスが女の子と見間違えるレベルで可愛らしいのが悪い。
そんなことを考えていると、オスカーはラザラスの顔をまじまじと見ながら口を開いた。
「リアンくんはどこに落ちてたの? 君はにーちゃんが自分で拾ってきたんだろ?」
「落ちて……あー、ええと、アリスさんとユリアさんの近く、ですかね……?」
「ああ、そこで繋がってたんだ。そりゃそっか、ユリアさんが人見知りしない相手連れてこないといけなかったんだろうしねぇ」
オスカーは「ね~?」とアンジェリアに話し掛ける。
アンジェリアはオロオロしながらも、頑張って口を開いた。
「リアンなら……アリス経由でそれなりに交流があったの、で……」
「ああ、まずそこが仲良しだったのか。なるほどね~!」
オスカー相手なら辿々しくはあれど、普通に話せている。
しかし彼女の場合は“そもそも喋るのが苦手”な時点で辛い。彼らを雇う社長のカミーユも、苦肉の策で落ちてた一般人を拾ってきたというわけだ。
オスカーは放送画面を一瞥し、流れているコメントを確認する。大体の話題を察知し、彼は何も考えてなさそうな能天気な表情のまま、口を開いた。
「そうそう、ユリアさんね、めっっっちゃ人見知りすんのよ。最悪、人語喋れなくなる……というか、マイクの前以外はどうにもならないんだよねぇ。何故かマイク持つと豹変するんだけどさ」
アンジェリアがまたしてもオロオロしている……可哀想に。
オスカーの「人語喋れなくなる」発言にコメントも大盛り上がりだ。
しかし弁解しようにも、下手に口を開こうものなら本当に人語でないものを発するのだから、何も言えないのである。
アンジェリアの黙り込みが発生しかけていたため、慌ててラザラスが間に入った。
「あっ、あの、オスカーさん!」
オスカーはケラケラと笑い、彼に視線を戻す。
「そうねぇ、『基本的に弄るのはリアンくんだけにして』って言われたし、君の話に戻ろっかな」
「は、はい……」
それはそれで困る。だがアンジェリアを標的にされるのはもっと困る——やむを得ず、ラザラスはオスカーの標的になる覚悟を決めた。
「君は、グランディディエ育ち? アズラの血が入ってそうだけど、こっちの文明に慣れてそう」
「そうですね。グランディディエ育ちで、アズラのハーフです」
「なるほどねぇ……なら、ご両親のどっちかがグランディディエ人か。綺麗にアズラの方だけ出てる感じだけどね」
「えーと、それは……」
この質問に対し、ラザラスは少し悩みつつも口を開いた。
「アズラ人とスピネル人の、ハーフなんです……だから、色素はどう足掻いても薄めになるというか……」
なるほど、スピネル人も色素が薄めの人が多い国なのか、とロゼッタは考える。
例えばエスメライとヴェルシエラはあまりグランディディエ人らしくはないと思っていたが、彼女らはスピネル人なのかもしれない。だからこそ、助けた商品達はスピネル王国に亡命しているのかもしれない、と。
(でもラズさん、“それ”言うと間違いなくダメな質問が来ちゃう……)
グランディディエ人の血が入っていない。だから色素が薄い。それは良いとして、そんなことを言おうものなら、当然飛んでくるであろう厄介な質問が存在する。
オスカーは流石に少し困惑した様子で、ラザラスの顔を覗き込むようにして問いかけた。
「……。なんでこの国で育ってんの?」
(ほ、ほら~!!)
これが来るのは、もはや当たり前だ。
ラザラスは顔を背けつつ、口を開く。
「なんか……変な縁が、あったらしく……」
——謎国籍の話なんて、当然できるはずがなく。
包帯で隠れているだけで、ラザラスの場合は瞳の色の話も相当にしづらいはずだ。
海のような青色をしていることが露見してしまえば、本当に身バレしてしまう。聞かれると、まずい。
ラザラスが話を濁し始めたことに気づいたオスカーはマイクが音を拾わない程度の音量でコンコン、と机を叩いてみせる。
「しかし、まぁ……顔面事故ってて良かったかも。昨日は晒しちゃってごめんよぉ」
話を変えるよ、という合図だったようだ。
ラザラスはアバターが反応しない程度に軽く頭を下げつつ、言葉を返す。
「いえいえ、お気になさらず。放送局来る時は、その……いくらでも、まあ……誤魔化せるんで」
ロゼッタの力を、借りれば。
そんな言葉が、彼の発言から滲み出ている。
(わたしのことは適当に使ってくれて良いんだけどな……)
そうは思うが、ラザラスは真面目だ。頼りっぱなしになることを気にしているのだろう。
彼がどうにかこうにか話を変えようと足掻いていると、オスカーは彼を値踏みするように見つめ、ニヤリと笑う。
「とりあえずさ、君は俳優やらない?」
「へっ?」
ラザラスが停止する。だが、オスカーは止まらない。
「俺ねー、3年くらい前にアニメ出てて。主役の声優やってたアリス君とちょっとだけ共演したことあんのよ。でね、俺の勘が君だって言ってるの」
「は、話の流れが、見えません……?」
「リアンくん、あの子に演技指導したことあるっしょ? 具体的に言えば、『Traveling Game』の3話だね。
昨日も言ったけど、君の独特の間の取り方。周りを見て、タイミングをガッツリ計算してから出る感じ。
今は分かんないけど、たぶん君は目つきも相当に変わるタイプなんじゃないかなって思うんだけど……そういうのが、3話以降のアリスくんに出てたんだよ。2話までは全然そんな感じしなかったのに、急に」
「いやいや、そんな、まさか……」
「あの子、俳優じゃなくて、“声優”なのにさ。アリスくんの交友関係って意外と狭いってのは把握してるし……そうなると、思いつくのは君しかいないんだよねぇ?」
謎国籍の話には踏み込まないようにしていたが、これに関しては「逃がさない」という意図が感じられる。
観念したラザラスは、深く息を吐き出した。
「……。はは、もう、否定できませんね」
「だよね~!」
ロゼッタには何のことだかさっぱりなのだが、ラザラスには大いに覚えがあったらしい——というか、本当に『そう』なのだろう。コメント欄も大盛り上がりだ。
(へえ、名作アニメって奴なんだ。ていうか、ジュリーさんって声優もやってたんだ……オスカーさんもだけど。多分、この人なんでもできるんだな)
視聴者の皆様曰く、『Traveling Game』、通称『TG』はバスケットボール選手の青春を描いた作品で、当時は賞を沢山取った有名な作品らしい。
声優としてのアリスの代表作であり、現時点では最後の出演作なんだとか。2期や映画化の話も出ていたらしいが、アリスの活動休止と共にどちらも既に製作中止が発表されているそうだ。それを勿体ないと叫ぶファンのコメントで、画面が埋まっていく。
「今でこそアリスくんの代表作って言えばTGのキサラだけどさ。あの役、実はぶっちゃけ監督の嫌がらせ指名配役だったんだよね。
諸事情でアリスくん向きじゃないというか……そもそも、ヤンキーだよ? 清純派で売ってるアリスくんに遊び人ヤンキー役だよ?」
(確かに、あのピュア男子に遊び人ヤンキーぶつけるってすごいね……)
とはいえ、元は嫌がらせだったとはいえ、それを最後まで演じ切った上に代表作へ昇華させた時点で、ジュリアスの大勝利だ。
どうせ「若いのに売れっ子なのが腹立つ」とかそういう理由で嫌がらせを吹っかけたのだろうが、盛大に下克上をぶちかまされた監督はさぞかし悔しかったことだろう。
ラザラスは急に息を吸い、吐き出す。明らかに何らかの感情を抑え込んでから、口を開く。
「今、その監督は何してますか? 4話で監督変わったのは知っていますが」
「消えたねぇ。まあ、元々ぽっと出系で有名どころじゃなかったし……って、はは! 君、この件には結構怒ってたんだね!」
「まあ……」
「そりゃそうだよね。アリスくん、声優一挙集合形式のアテレコだってのに、全然上手くできなくてさ。監督には好き放題言われるし。
……もうさ、気分悪くて。俺が収録1回解散させたんだよねぇ。多分その後だね? 君が入り込んだのは」
オスカーは椅子の背もたれに寄りかかって、ゆらゆらと揺らした。
「あれ、俺が下手に口出したら後々、いやーな形で響いただろうしさぁ。だから、何もできなくて……助かったよ、ほんと」
オスカーに感謝されること。それは、ラザラスにとって本当に嬉しいことだろうに。
それ以上に、彼は別の感情を抱いている様子だった。
もう踏み込まないで欲しい。
この件には、触れないで欲しい。
(……)
ロゼッタは影の中からラザラスの頬を見つめる。
今は適当にガーゼで隠しているのだが、あの下には酷い傷跡がある。
6年前に付けられた——あまりにも惨い、傷が。
(指導もできたんだな……俳優の卵としては、本当にすごい人だったんだろうな。
ラズさんの将来を潰したくなかったレヴィさんたちの気持ち、すごく分かる……)
指導ができるのであれば、その道に進むという選択肢もあっただろう。
しかし今のラザラスを見ている限り、その選択肢すらも相当に厳しい。
彼は、人に見られること自体を強く恐れているのだから。
「まあ、そんなこんなで、アリスくんは華々しく活躍してた訳だよ」
オスカーは、ラザラスの話題に踏み込むことをやめた。
「だから、いい加減。ちゃんと話した方が良い……君らの、事情をね」
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