星に命を託す令嬢【完】

午前3時の雨音

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第7話 夜会の終焉と運命の改変

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煌びやかな楽の音が、緩やかに空間を包んでいた。
絹の裾が舞い、宝石が揺れ、笑みと優雅が交差する社交の宴。

――けれど、私の世界だけが少し、色を変えていた。

視えてしまったのだ。
血の香りを帯びた、赤い未来。
燃える空間。割れる窓。喉を押さえて崩れ落ちる青年。
騒然とする人々の輪の中――王子、リオネルの姿。

(毒……? 違う、それだけじゃない。誰かが、この場所に“火”を――)

あまりにも鮮明で、抗えぬ未来の一片。
視た瞬間、右腕が熱を帯びた。
淡い光が走り、数字がひとつ、減る。
《361》

私は静かに、扇を閉じると、隣の侍女の腕を軽く取った。
「すぐに、あの給仕の銀盆の列を外して。右から三番目のグラスを下げて」
「えっ……?」
「いいから。あとで説明するわ」

混乱を最小限に抑えるために必要なのは、“冷静さ”と“権威”だ。
名門セファール家の名を冠した令嬢の一言は、何よりも早く人を動かす。

数分後。予定されていた献酒は中止され、給仕たちは急遽配置を換えた。
周囲の貴族たちは眉をひそめつつも、すぐに他の話題へと移った。

未遂。
それは、誰の口からも語られなかった。
けれど私は知っている。
今、ひとつの“死”が防がれたことを。
代わりに、私の中の何かが削られたことも。

「……随分と顔色が悪いわね」
母の声は、変わらぬ静けさをまとっていた。
その視線の奥には、心配でも驚きでもない――冷ややかな計算があった。

「立っていられるの?」
「ええ、大丈夫です」

私はそう答えた。いつものように、微笑んで。
腕がかすかに痛む。それでも、誰にも気づかせてはならない。

この力が何であるか、母はきっともう理解している。
それでもなお、私を“使える娘”と判断している限り、何も言ってはこないだろう。

宴は、何事もなかったかのように続いていた。
グラスは音を立てて重なり、足音と衣擦れが床に響き、笑い声が夜会の帳を飾る。

――けれど、その視線は感じていた。

人ごみの向こう。
柱の陰からこちらを見つめる金の瞳。

王子、リオネル。

その視線は、冷たく光っていた。
驚きでも、礼でもない。
そこにあったのは、ただの“興味”だった。

(なるほど、使えるかもしれない)

そんな内心の声が聞こえる気がした。
私の名も、素性も、すでに把握しているのだろう。
けれど、それ以上を知るには、彼自身が“動く”必要がある。

この日、私は一つの未来を回避し、数字を一つ削った。
そして、王子リオネルの瞳が、初めて私を“意識した”夜でもあった。

それが、この国の運命を、大きく揺らしていくことになるとは知らずに――。
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