公爵令嬢、過保護な父と毒舌な弟に結婚を妨害されています~誰かこの家の男どもを止めてください~【完】

午前3時の雨音

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第31話『私は、王妃になります』

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「王妃候補、正式任命。――ラクリエル公爵令嬢、リアーナ・フォン・ラクリエル」

その報が王宮に発せられた朝、
王都は凛とした緊張に包まれていた。

宮廷内に新たな風が吹いたと、人々は囁いた。
それは時に期待であり、時に畏怖であり、ある者にとっては疑念でもあった。

けれど、当の本人――リアーナは、書類の山に囲まれて、ひとつ息を吐いていた。

「……公文書って、こんなに面白味のない文章ばかりなのかしら」

「リアーナ様……あまり本音をおっしゃると、側近が泣きます」

秘書役の侍女が苦笑しながら追加の書類を差し出す。

王妃候補としての任命からすぐ、
リアーナには個室と事務官が与えられ、政務訓練・外交対応・式典準備など、山のような任務が降りかかっていた。

だが、彼女は動じなかった。

「“微笑んで刺す”技術は、母に。
“静かに無言で追い込む”技術は、父に。
そして、“皮肉で黙らせる”技術は、弟で鍛えられましたもの」

「……リアーナ様のお育ちが想像以上に戦場です……」


---

数日後――王妃候補としての初式典が開かれた。

王宮・正殿。
身分ある者たちが集う中、リアーナは王家の徽章を刻んだ正装を纏い、ゆっくりと歩みを進める。

ドレスは、銀と藍を基調とした刺繍が施された凛とした一着。
その配色は、王族である父と、貴族である母の“中間”を象徴しているようだった。

壇上に立った彼女に、ざわめきが走る。

「これが……あの、ラクリエル家の令嬢……?」

「黒髪じゃない。……クラリス様似、か」

「だが、まるで……“雪の中の炎”のような気迫だ」

リアーナは軽く会釈し、言葉を口にした。

「本日、この場に立たせていただけたことを、光栄に存じます」

その声は高くはない。だが澄みきっていて、空気を打つ。

「私は、この国の未来を託される存在となることを――怖れてなどおりません」

その言葉だけで、場の空気は一段、締まった。

誰もが、気づきはじめていた。
この少女は、“王妃の器”であると。


---

式典の終了後。

控室の一角で、リアーナは鏡の前に立っていた。

その姿を、ひとりの青年が静かに見つめていた。

「……堂々としてたな。まるで、ずっとそこにいたみたいだった」

「慣れているわけではありませんのよ。
でも、“立つべき場所”に立つ覚悟くらいは、できています」

「……本当に、すごいな」

そう言ったリセルの声音は、どこか柔らかかった。

「政略結婚でも、政治の駒でもない。
それでも、僕が“君”を選んだ理由を、今日、改めて思い知ったよ」

「王族の言葉は、重いのですから。
うっかり“惚れました”なんて言ったら、明日には新聞に載りますわ」

「そこまで言ってないってば……」

ふっと、ふたりは笑い合った。

それはほんの短い時間。けれど、
確実に“隣にいる空気”は変わっていた。


---

その日の夕刻。王宮の回廊。

葡萄の皿を片手に、いつものように柱に寄りかかっているレオンを見つけて、リアーナは歩み寄る。

「……さっきの式典、見てた?」

「当然。姉上が“どうやって圧倒するのか”を見届けるのは、弟としての務めですから」

「圧倒……したかしら?」

「もちろん。貴族数名、あの後心を病んだ可能性があります。
姉上の“あの視線”は、相手の魂ごと削ぎ落としますからね」

「……あら、そんな自覚はなかったのだけれど」

「やはり天然か……末恐ろしい……」

レオンは深いため息をつきつつも、どこか安心しているようだった。

「……でもまあ、正直ホッとしてます」

「ホッと?」

「姉上が誰に何を言われても、全然揺らがないこと。
王妃候補になっても、“姉上は姉上”でいてくれてること。
……すっごく、安心しました」

リアーナは目を細め、軽く肩を竦めた。

「ええ。“私らしさ”は、母の教育で相当鍛えられてますもの」

「うん。じゃあリセル殿下も、もう少しで慣れるでしょう。姉上の“手綱”に」

「ふふ……あなたにだけは言われたくありませんわね」

ふたりの会話は、王宮の風の中に、やわらかく溶けていった。


---

その夜。
執務室で報告書を読みながら、クラリスはそっと微笑んだ。

「……ずいぶん立派に“笑って刺す”ようになったわね、あの子」

セシルは紅茶を飲みながら静かに頷く。

「クラリスに似たよ。どこまでも」

「……いいえ。私にはない“強さ”も、持っているわ」

「たしかに。……もう、私たちが守らなくても大丈夫かもしれないな」

「でも、守るのでしょう?」

「……ああ。あの子が“王妃になった”あとも、ずっと」

ふたりの静かな眼差しが交差する。

それは、誰よりも遠く、誰よりも近く――
“王妃”となる娘の未来を、確かに見つめていた。
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