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朧月夜の章
朧月夜の章④
しおりを挟む翌日もディアゴは朧月夜の元に通った。鏡の池には既に他の候補者がいたようで、ディアゴは終わるまで長椅子に座って待つことにした。時折聞こえる朧月夜の笑い声と、自分以外の男の声。
嫉妬などしないと思っていたが、彼女が関わると恥ずかしくなるほど小さな男に成り下がってしまう。今すぐ駆け寄って引き離したい衝動を理性で抑えつける。慎重な性格で本当に良かった。彼女の前で醜態を晒したくない。
・・・見栄を張るのが男だと、母の言葉を思い出した。
ディアゴは南方にあるフォルクバングの領主であった父と、父が三番目に迎えた妻から生まれた待望の嫡男だ。
ただ、当時は決して裕福ではなく寧ろ貧しい暮らしを送っていた。原因は父の見栄による散財だ。
『フォルクバングの領主ならこれ位は必要だろう』
『今買っておかないと明日には無いと言われてな』
『私にだけ特別に、と販売してくれたんだ。ディアゴ!立派だろう!』
・・・残念ながら、父は領主の器ではなかった。領民が重い税を課せられ、食べるのもやっとな日々を送る中でディアゴの家だけは立派になる。
領民が襤褸を着ているのに、自分だけオーダーで仕立てたスーツを着ては毎晩飲み歩く。当然だが領民の不満は溜る一方だった。
その尻拭いをするのは何時も母だった。
『ディアゴ、仕方ないの。見栄を張るのが男なの。お父様も、ああ見えて本当は気が小さいの。だからお金を持っているってアピールする事でしか自分を保てないの。可哀想な人なのよ』
可哀想とはこれっぽっちも思えなかった。食べ物がなく、痩せた子どもを見るのが何より辛かった。
ディアゴは自分が領主を引き継いだら、まずは痩せた子どもをお腹いっぱいにしたかった。その為に何を為べきか自分は知らない。
ディアゴはその日から良き領主になるために、必死に勉学に励んだ。
そんな中、父の代わりに領地の運営を担っていた母が倒れた。急いで医師を呼び寄せたが、懸命な治療も虚しく母は帰らぬ人となった。
過労死だ。使用人を使って呼び出したが、父は帰ってこなかった。怒ったディアゴが町中を探し回ると、父は友人に酒を振る舞って大笑いしていた。
その金も全て、領民が必死に納めた税から出たものだ。母がこれ以上領地を荒れさせないために、必死で働いたから得られたものだ。ブチッと堪忍袋の緒が切れた音がした。
――ディアゴは気が付いたら馬乗りになって父を殴り続けていた。周りが必死になって止めた頃には父の顔はボコボコになって原形を留めていなかった。
ざまぁみろ!それだけしか頭に浮かばなかった。
妻を亡くした上、息子からも見放された父親は引退して別荘に引き籠もってしまった。
不規則な生活が祟ったのか、父親は数年前に亡くなった。肝臓癌だ。余命僅かと言われてもディアゴは会う気が起きず、手紙も全て燃やしていた。領主を引き継いだからこそ分かる。母がどれだけ苦労していたか。あの男がどれだけ好き勝手に生きていたのか。
・・・死に際になって後悔しているのか知れないが、知ったことではない。
ディアゴは父親の見舞いより領地の立て直しを優先した。
フォルクバング産の麦は早く金を手にしたい父親の足下を見られ、相場よりも安く買いたたかれていた。ディアゴが先ず着手したのが、適正価格の見直しと販売ルートの新規開拓だ。そして以前から考えていた、農家による直接販売に着手した。
ディアゴは自らネット通販を立ち上げ、フォルクバングの民達が大切に育てた農作物を販売していった。
自分が作った農作物を、希望価格で販売できる。オーガニック、有機栽培などの付加価値を付ければ驚くほど買い手が付いた。
最初は乗り気で無かった者達も、次第にディアゴに協力するようになっていった。
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