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朧月夜の章
それからの二人
しおりを挟む~それからの二人~
「母さま!新作のパンを作ってみたの!味見して!」
三つ編みの少女は良い匂いと共に部屋に入ってきた。
利発そうな娘はディアゴと朧月夜の間に生まれた長女、アンナだ。今年十三になる。
アンナは笑顔で母に籠を差し出した。中に入っているのは焼きたてのパンだ。アンナ渾身の新作、パン・ヲ・ショコラを朧月夜は早速試食した。
サクッとしたクロワッサン生地に、ほろ苦いチョコレート。焼きたてでチョコレートがトロッと蕩けているのが堪らない。これは冷めても絶対に美味しい!
朧月夜は頬に手を当てて幸せそうな笑みを浮かべた。
「美味しい!アンナは本当に上手ね。天才だと思う」
「えへへ。私もそう思う!新作でお店に出しても良い?」
「勿論!じゃあ次は売値の計算ね。出来る?」
「出来る!」
丸い耳に縞々の尻尾をピンと立て、アンナは部屋から出て行った。
籠に入ったパンは全部で三つ。朧月夜はその内一つを、向かいに座る長男のエルナンドに差し出した。
「お姉様のパンは美味しいわよ」
「はい。いただきます!」
十一歳になるエルナンドは朧月夜に似た美少年の虎だ。その美しさを誰もが讃える。フォルクバングの女の子は皆エルナンドに夢中だ。
ただ、エルナンドはやや天然で警戒心が薄い。ディアゴがとても心配し、ありとあらゆる護身術を仕込んでいる。
護身術の師匠は玻璃だ。玻璃は天界に帰還せず、朧月夜を生涯支えると決めた。
今は朧月夜の側仕え兼子ども達の教育係も兼ねている。子ども達からはすっかりじいや扱いの玻璃だが、まんざらでもないようだ。
エルナンドは護身術よりも占いの勉強に夢中で、母と研究に没頭する日々。占いの筋も良く、朧月夜はエルナンドの将来が楽しみだった。
「ルイスも食べましょう?」
「はい、いただきます」
エルナンドの隣に座り、ドリルを夢中で解いているのは次男のルイスだ。
ルイスはディアゴによく似た黒狐だ。ただ、視線は鋭くないので優しい顔をしている。朧月夜はマイルドなチビディアゴが可愛くて堪らない。
年齢は八歳。性格は照れ屋で恥ずかしがり。率先して表に出るタイプでは無いが、頭の出来は姉弟一だ。
ディアゴと朧月夜は三人の子宝に恵まれ、毎日幸せに暮らしていた。
朧月夜がオーナーを務めるカフェの経営も順調で、実家から呼び寄せた内弟子達もよく働いてくれる。
中にはフォルクバングの民と結ばれる内弟子もいた。朧月夜の存在もあり、フォルクバングでは黒狐族との共生が上手くいっていた。
幸せになり、気持ちに区切りがついた朧月夜は内弟子達から実家があれからどうなったか聞いた。
長女の須磨が後を継いだようだが、婚約は破棄されたそうだ。
この業界は想像以上に狭い。噂は尾ひれが付きに付き、須磨と初音は嫉妬に狂った悪女として孤立した。初音も心療内科に通っているそうだが、回復の見通しがつかないらしい。
・・・このまま跡継ぎが出来なければ、朧月夜の子が狙われる可能性は十分にある。
誰が渡すか。愛しい夫との間に出来た三人の子は、朧月夜の宝物。何としても守らなければならない存在だ。
「どうした?難しい顔をして」
「あなた」
「「父さま!!」」
農作業を終えたディアゴが朧月夜の顔を覗き込んでいた。
「エルナンド、ルイス、勉強はどうだ?」
「楽しいです!」
「もっともっと学びたいです!」
「そうか。では今度、新しい参考書を買ってこよう」
「「やった!」」
エルナンドとルイスの頭を撫でるディアゴは幸せそうだ。
子ども達も、格好良くて頼りになるパパが大好きだ。
「俺達の宝物だ。朧月夜」
ディアゴは真っ直ぐ朧月夜の顔を見た。
「誰にも渡さない。だから安心しろ」
「凄い、あなたは本当に何でもお見通しなのね」
「君を一番に考えているからだ」
「もう!子ども達の前よ!」
「構うもんか」
朧月夜は真っ赤な顔を隠す様に両手で顔を覆った。
仲睦まじい両親を、エルナンドとルイスはにこやかな顔で見ていたのだった。
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