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浮舟の章
浮舟の章⑫
しおりを挟む深夜、浮舟は一人で絵の部屋にいた。
灰簾は部屋の外で控えている。浮舟自身もこの絵を見るのは久し振りだ。
誰にも理解されず、評価もされず、血を吐くように描かれた絵。
見るだけで気分が悪いのに、どうしても処分できなかった。
この絵がきっかけで浮舟の才能は本当の意味で開花した。
美しさの中に秘めた狂気。
どうしようもない破壊衝動を絵にぶつけた。
絵を出品すれば大賞を受賞し、高値が付いて買い取られていく。
数々の賞を総なめにした浮舟は遂に天界で一番の賞、天帝賞を受賞した。史上最年少十五での快挙だった。
新聞やニュースでも大々的に取り上げられた結果、馬鹿女が再び現れた。
『浮舟!凄いじゃない』
『どちら様ですか?』
浮舟は冷え切った目で元母親を見た。
拒絶は想定していたがまさか他人扱いされるとは。詩桜は必死に笑顔を浮かべた。
『い、嫌だわ浮舟。お母さんよ』
『私に母親はいません』
取り付く島もない。
浮舟の表情は無だった。
その瞳に宿した狂気を見て詩桜は震えたが、彼女には引き下がれない事情があった。
『ごめんなさい・・・お母さんも限界だったの。お金がなくて苦しかった。金策で悩んでいたときに今の夫が助けてくれたの。相談している内に恋人関係になって・・・。不倫なんかじゃない!夫とは純愛の末に結ばれたの!』
浮舟は無視した。心底どうでも良かったからだ。
『貴方には悪いと思ったわよ?でもお父さんがどうしても浮舟だけは手放さないって・・・』
『嘘』
浮舟は断じた。
この女は何の話し合いもなく父と自分を捨てた。
不倫相手が用意した弁護士は離婚届だけを置いて行った。
父は本来請求できるはずだった慰謝料も養育費も貰えなかった。
この馬鹿女は一人娘の親権などこれっぽっちも頭になかった。
欲に駆られ、男に走った色ボケブス女。狂った父を思い出した浮舟の怒りは静かに爆発した。
『汚い女。この世で一番醜い馬鹿女。腐った色ボケババアが父さんを陥れるな!!』
浮舟は油絵の具を落とす筆洗油を母親にぶちまけた。
缶の中の筆洗油は様々な色が混ざり、かなり汚れていた。
強烈な油臭さが詩桜を遅う。詩桜は悲鳴を上げた。
『ははっ!お似合いだわ』
浮舟は笑いながらライターの火を付けた。
青く灯った炎を見た詩桜は血の気が引いた。
『う・・・浮舟?』
『私が何も知らないと思っているの?』
母と再婚した男はとっくの昔に心変わりしていた。
ミューズは他の女に奪われた。
今は正妻の座にしがみついているだけの哀れな女。
自由に使える金も減らされ、困窮した馬鹿女はいつか絶対自分の前に現れるだろうと思っていた。
誰がお前なんか受け入れるか!!死ぬその瞬間まで苦しめ!!
『惨めね。家族を捨ててまで一緒になったのに幸せになれなくて。せめてもの情けで私が楽にしてあげるわ。どんなに醜くても炎の中で踊れば見栄えが良くなるんじゃない?』
そのまま何の躊躇もなくライターを落とした。詩桜は血相を変えて走り去った。
『二度と顔を見せるな!!今度会ったら絶対殺してやるからな!!』
走り去る背中に叫んだ。
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