水底の記憶

ユウ6109

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第8章 記憶を喰らう者

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世界に記憶が広がり始めてから、三人の旅は新たな段階に入っていた。アレン、セラ、リュカは「語り部」として各地を巡り、人々に過去を語り、未来を選ぶ力を伝えていた。多くの者が耳を傾け、涙を流し、そして立ち上がった。
だが、すべてが受け入れられたわけではなかった。
ある日、三人は南方の都市「ヴァルメリア」に招かれた。そこでは記憶の解放によって、かつての支配者層が失墜し、新たな秩序が生まれようとしていた。だが、都市の空気はどこか重く、冷たいものが漂っていた。
「ここ……何かがおかしい」とセラが言った。
「記憶が歪んでいる。誰かが、記憶を操作している」とアレンは水晶の残滓を感じ取っていた。
その夜、三人は都市の地下にある古い神殿へと案内された。そこには、かつて水の民が封じた禁忌の記憶が眠っているとされていた。
神殿の奥で、彼らは“それ”と出会った。
黒い霧のような存在。形はなく、声もない。ただ、近づく者の記憶を喰らい、空虚に変えてしまう存在——「記憶を喰らう者」。
「これは……記憶の副産物。人々が過去を拒み、痛みを恐れた結果、生まれたものだ」とリュカが呟いた。
「記憶を拒むことで、記憶そのものが歪み、闇となった……」とアレンは理解した。
その存在は、語り部である三人に強く反応した。彼らの記憶は濃密で、深く、そして甘美だった。喰らう者は、彼らの記憶を奪おうと襲いかかってきた。
神殿の空間が歪み、過去の幻影が現れた。アレンが湖に沈む場面、セラが家族を失った夜、リュカがアレンの記憶を封じた瞬間——すべてが再現され、三人の心を揺さぶった。
「記憶は、痛みだ。だから忘れろ。忘れれば、楽になれる」
喰らう者の声が、心に直接響いた。
だが、アレンは水晶の欠片を握りしめ、叫んだ。
「痛みがあるから、僕たちは選べる! 忘れることは、逃げることじゃない!」
セラもまた、涙を流しながら言った。
「私は、悲しみを知ったからこそ、誰かを守りたいと思えた!」
リュカは静かに立ち上がり、手を差し伸べた。
「記憶を封じた僕が言う。忘却は安らぎじゃない。それは、命の否定だ」
三人の記憶が共鳴し、水晶の光が神殿を満たした。喰らう者は叫び、霧が裂け、空間が崩れた。
そして——静寂が訪れた。
神殿の奥には、かつて水の民が刻んだ言葉が残されていた。
「記憶は、命の証。忘却は、命の終焉。語れ、記憶を。生きよ、記憶と共に」
三人は、記憶を喰らう者を封じた。だが、それは終わりではなかった。世界にはまだ、記憶を拒む者がいる。痛みを恐れ、過去を否定する者がいる。
だからこそ、語り部は歩み続ける。
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