水底の記憶

ユウ6109

文字の大きさ
7 / 11

第7章 記憶の波、世界の目覚め

しおりを挟む
アクレアの祭壇に記憶を刻んだその日から、世界は静かに変わり始めた。水の民が守ってきた記憶は、風に乗り、川に流れ、雨となって人々の心に染み渡っていった。誰もが知らずに忘れていた過去——戦争、裏切り、そして希望——が、少しずつ蘇っていった。
アレン、セラ、リュカの三人は、祭壇の近くに留まりながら、世界の反応を見守っていた。最初に変化が現れたのは、かつて訪れた沈黙の都・ネフィルだった。音を失っていた都市に、風の音が戻ったのだ。
「記憶が戻ったことで、音も戻った……?」とセラが驚いたように言った。
「記憶は感覚と繋がっている。音も、言葉も、感情も。すべてが記憶の一部なんだ」とアレンは答えた。
次に変化が起きたのは、涙を集める塔だった。塔の水槽に蓄えられていた涙が、静かに蒸発し始めた。悲しみが浄化され、記憶が昇華されていくようだった。
「人々が、自分の悲しみを受け入れ始めた証かもしれない」とリュカは言った。
だが、すべてが穏やかに進んだわけではなかった。世界の一部では、記憶の解放に混乱が生じていた。かつての支配者たちが隠していた事実が明るみに出たことで、民衆の怒りが噴き出したのだ。
「これは……避けられないことだった」とアレンは呟いた。
「でも、真実を知ることは、痛みを伴う。それでも、知らなければ変われない」とセラは静かに言った。
三人は、記憶の波が広がる中で、次なる役割を果たすべく動き始めた。彼らは各地を巡り、記憶の意味を語り、過去と向き合う方法を伝えていった。
ある日、アレンは一人の少年と出会った。彼は、自分の父がかつて戦争に加担していたことを知り、苦しんでいた。
「僕は、そんな人の子どもなんだ……」
アレンは少年の手を取り、静かに言った。
「記憶は、罪を暴くためだけにあるんじゃない。過去を知ることで、未来を選ぶためにある。君は、父の記憶を受け継いだ。だからこそ、君は違う道を選べる」
少年は涙を流しながら、頷いた。
その夜、アレンは湖のほとりでひとり佇んでいた。水面には、彼自身の姿が映っていた。かつて記憶を封じた自分、そして今、記憶を解き放った自分。
「僕は……変わったのかな」
背後から、セラがそっと寄り添った。
「変わったよ。でも、あなたの本質は変わってない。誰かを守りたいっていう気持ちは、ずっと同じ」
リュカもまた、少し離れた場所で空を見上げていた。
「水の民はもういない。でも、君たちがその意志を継いでくれるなら、記憶は生き続ける」
アレンは静かに頷いた。
「僕たちは、記憶の語り部になる。過去を語り、未来を紡ぐ者として」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

聖女は聞いてしまった

夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」 父である国王に、そう言われて育った聖女。 彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。 聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。 そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。 旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。 しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。 ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー! ※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され…… ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

処理中です...