Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

文字の大きさ
3 / 41

第2章 剣の兄弟、火の誓い

しおりを挟む
朝の光がまだ淡い港道を抜け、HarunとMikは山道へと向かっていた。Mikは道草と小さな悪戯の種を探しているらしく、石垣の裏や茂みに目を光らせる。Harunは背負い袋の重さを確かめながら、断片の紋章を考え続けていた。彼の胸には期待と不安が交互に波打っている。
「なあ、Harun」
Mikが肩越しに囁く。「あんた、本当に大陸の端っこにあるっていう“光の断片”を見つけるつもりか?」
「分からない。ただ、手がかりがある。行かなきゃ確かめられない」
Harunは素直に答えた。Mikは鼻で笑いながらも、妙に真剣な表情をする。
茂みの先に、ぽつんと立つ一軒の宿屋が見えた。外には数人の旅人がたむろし、陽気な声が石畳にこだまする。Harunはそこに立ち寄るつもりはなかったが、Mikが「腹が減った」「世間話の種がほしい」と言うので、二人は扉を押した。
中は思ったより広く、煤けた梁と古い暖炉の匂いが混ざる。長机には酒と食事の跡が残り、片隅では怪しげな賭け事が続いていた。HarunとMikが入ると、視線がいくつかこちらに向いたが、すぐにいつもの風景へ戻る。だが片隅にいた一人の男だけは、静かに二人を観察しているようだった。
高い背格好、乱れた暗髪、肩に巻かれた赤い布。彼は剣を一本帯び、笑いを含んだ低い声で誰かと話していた。声の主はKadeだった。酒場に漂う空気は、彼の存在だけで少し明るくなった。Kadeの笑い声がHarunの耳に響くと、なぜか胸の奥がざわついた。
「お前んとこの新顔か?」
Kadeが立ち上がり、二人に近づいてくる。大柄だが風格ある身のこなしで、剣士特有の落ち着きがあった。Mikは早速口を開く。
「俺はMik。こいつはHarun。食い物がうまけりゃ長居するって言ってた」
Kadeはにやりと笑い、テーブルの上から一切れのパンをつまむと、豪快に二人へ差し出した。
「パンで仲良くなるのは簡単だ。だが旅の価値は、どれだけ危険を笑い飛ばせるかにある」
Harunはその言葉に不意に刺激される。彼の中の冒険心が再びうずき、腰にかけた短剣に手が触れる。
酒と話題が混ざる中、宿屋の扉が乱暴に開いた。冷たい風とともに、数人の荒くれ者が入ってきて、場の空気が一変した。顔を赤らめた一人が腕を振り上げ、床の酒瓶を蹴り飛ばす。
「ここは俺らの場所だ。払えねえなら出てけ」
挑発の言葉に、賭け事の輪がざわつく。Kadeは眉を上げると、静かに剣の柄に手をかけた。Harunは思わず立ち上がるが、Mikは薄笑いを浮かべて座を崩す。
「ここで騒ぐのは得意だが、相手は選んだ方がいいぜ」
Kadeの声は冷たく、荒くれ者の一人が怒りに駆られて剣を抜く。瞬間、宿屋の中は剣と剣の金属音で満たされた。Kadeは一歩も引かず、鋭い一閃で相手の刀先を弾き返す。その動きは筋肉だけでなく、長年の経験が刻んだ芸術のようだった。
だが乱闘は終わらなかった。別の男が調子に乗ってKadeに組みつこうとし、床が悲鳴のような音を立てる。Harunは恐怖と興奮が混ざった感情に襲われ、咄嗟に動いた。彼は短剣を構え、未熟ながらも相手の膝を狙って突いた。鋭い痛みとともに男はよろめき、Kadeの投げた一撃が止めを刺した。
騒ぎが収まると、宿屋の者たちが二人とKadeを見つめる。荒くれ者たちは悔しげに床に座り込み、しばらくして外へ連れ出されていった。Kadeは微笑みながらHarunを見下ろした。
「お前、無茶をするな」
「でも、助けたかった」
Harunの言葉には迷いが混じっていた。Kadeはそのまま席に戻り、再びパンをかじる。
「旅はな、無茶が美談になる時代もあった。しかし無茶はいつか誰かの首を取る。仲間を増やす気があるなら、それぞれの命を預かる責任を学べ」
Kadeの声は柔らかくも厳しい。Harunは目を伏せ、胸の奥で何かが引き締まるのを感じた。
その夜、宿屋の外で三人は月明かりに照らされながら談笑し、火の暖かさに惹かれてそれぞれの過去の欠片を少しだけ語り合った。Kadeはかつての戦場の話を冗談交じりにして笑わせ、Mikは盗みの失敗譚を大げさに演じて場を和ます。Harunは小さな断片を見せるに留め、だが胸の内にある「失ったもの」の影は消えなかった。
夜が更けると、Kadeは真剣な顔で二人を見つめた。
「俺はお前の年の頃に似た奴を何人も見てきた。気高い奴、無鉄砲な奴、裏切る奴、去る奴。だがな、ここまで来て後悔した者は少なかった。だが、それは仲間を守る覚悟があったからだ」
Harunは息を呑む。「仲間……だって、まだ二人じゃないか」
Kadeは肩越しに夜空を見上げ、小さく笑った。「仲間は数じゃない。誓いだ。火を囲んで誓えるか?」
Harunはためらいなく頷いた。Mikは軽く鼻を鳴らしてから、満足げに笑った。三人は掌を中央に合わせ、かすかな焚火の火花が舞う。
「俺たち、めんどくさいけどいい連中になろうぜ」
小さな声が夜に溶けて、誰にも知られぬ誓いがそこで交わされた。
翌朝、Kadeは静かに剣を見直し、旅の加わる意思を示した。Harunは心の奥底で新しい安堵を覚えた。仲間はまだ少ない。だがその一歩は確かに踏み出されたのだ。
宿屋を出ると、港へ向かう道は昨日よりも鮮明に見えた。海風は少しだけ強く、Harunの赤いスカーフをはためかせる。Mikは相変わらず喋り続け、Kadeは時折笑いを返す。三人の影が石畳に伸び、朝日は新しい一日の始まりを告げていた。
そしてHarunは心の中で小さくつぶやいた。仲間が増えるごとに、彼の旅は色を帯びていく。だが同時に、その色はやがて傷と代償をも含むだろうことも、どこかで感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました

菱沼あゆ
ファンタジー
 妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。  残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。  何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。  後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。 (小説家になろうでも掲載しています)

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

処理中です...