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第2章 剣の兄弟、火の誓い
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朝の光がまだ淡い港道を抜け、HarunとMikは山道へと向かっていた。Mikは道草と小さな悪戯の種を探しているらしく、石垣の裏や茂みに目を光らせる。Harunは背負い袋の重さを確かめながら、断片の紋章を考え続けていた。彼の胸には期待と不安が交互に波打っている。
「なあ、Harun」
Mikが肩越しに囁く。「あんた、本当に大陸の端っこにあるっていう“光の断片”を見つけるつもりか?」
「分からない。ただ、手がかりがある。行かなきゃ確かめられない」
Harunは素直に答えた。Mikは鼻で笑いながらも、妙に真剣な表情をする。
茂みの先に、ぽつんと立つ一軒の宿屋が見えた。外には数人の旅人がたむろし、陽気な声が石畳にこだまする。Harunはそこに立ち寄るつもりはなかったが、Mikが「腹が減った」「世間話の種がほしい」と言うので、二人は扉を押した。
中は思ったより広く、煤けた梁と古い暖炉の匂いが混ざる。長机には酒と食事の跡が残り、片隅では怪しげな賭け事が続いていた。HarunとMikが入ると、視線がいくつかこちらに向いたが、すぐにいつもの風景へ戻る。だが片隅にいた一人の男だけは、静かに二人を観察しているようだった。
高い背格好、乱れた暗髪、肩に巻かれた赤い布。彼は剣を一本帯び、笑いを含んだ低い声で誰かと話していた。声の主はKadeだった。酒場に漂う空気は、彼の存在だけで少し明るくなった。Kadeの笑い声がHarunの耳に響くと、なぜか胸の奥がざわついた。
「お前んとこの新顔か?」
Kadeが立ち上がり、二人に近づいてくる。大柄だが風格ある身のこなしで、剣士特有の落ち着きがあった。Mikは早速口を開く。
「俺はMik。こいつはHarun。食い物がうまけりゃ長居するって言ってた」
Kadeはにやりと笑い、テーブルの上から一切れのパンをつまむと、豪快に二人へ差し出した。
「パンで仲良くなるのは簡単だ。だが旅の価値は、どれだけ危険を笑い飛ばせるかにある」
Harunはその言葉に不意に刺激される。彼の中の冒険心が再びうずき、腰にかけた短剣に手が触れる。
酒と話題が混ざる中、宿屋の扉が乱暴に開いた。冷たい風とともに、数人の荒くれ者が入ってきて、場の空気が一変した。顔を赤らめた一人が腕を振り上げ、床の酒瓶を蹴り飛ばす。
「ここは俺らの場所だ。払えねえなら出てけ」
挑発の言葉に、賭け事の輪がざわつく。Kadeは眉を上げると、静かに剣の柄に手をかけた。Harunは思わず立ち上がるが、Mikは薄笑いを浮かべて座を崩す。
「ここで騒ぐのは得意だが、相手は選んだ方がいいぜ」
Kadeの声は冷たく、荒くれ者の一人が怒りに駆られて剣を抜く。瞬間、宿屋の中は剣と剣の金属音で満たされた。Kadeは一歩も引かず、鋭い一閃で相手の刀先を弾き返す。その動きは筋肉だけでなく、長年の経験が刻んだ芸術のようだった。
だが乱闘は終わらなかった。別の男が調子に乗ってKadeに組みつこうとし、床が悲鳴のような音を立てる。Harunは恐怖と興奮が混ざった感情に襲われ、咄嗟に動いた。彼は短剣を構え、未熟ながらも相手の膝を狙って突いた。鋭い痛みとともに男はよろめき、Kadeの投げた一撃が止めを刺した。
騒ぎが収まると、宿屋の者たちが二人とKadeを見つめる。荒くれ者たちは悔しげに床に座り込み、しばらくして外へ連れ出されていった。Kadeは微笑みながらHarunを見下ろした。
「お前、無茶をするな」
「でも、助けたかった」
Harunの言葉には迷いが混じっていた。Kadeはそのまま席に戻り、再びパンをかじる。
「旅はな、無茶が美談になる時代もあった。しかし無茶はいつか誰かの首を取る。仲間を増やす気があるなら、それぞれの命を預かる責任を学べ」
Kadeの声は柔らかくも厳しい。Harunは目を伏せ、胸の奥で何かが引き締まるのを感じた。
その夜、宿屋の外で三人は月明かりに照らされながら談笑し、火の暖かさに惹かれてそれぞれの過去の欠片を少しだけ語り合った。Kadeはかつての戦場の話を冗談交じりにして笑わせ、Mikは盗みの失敗譚を大げさに演じて場を和ます。Harunは小さな断片を見せるに留め、だが胸の内にある「失ったもの」の影は消えなかった。
夜が更けると、Kadeは真剣な顔で二人を見つめた。
「俺はお前の年の頃に似た奴を何人も見てきた。気高い奴、無鉄砲な奴、裏切る奴、去る奴。だがな、ここまで来て後悔した者は少なかった。だが、それは仲間を守る覚悟があったからだ」
Harunは息を呑む。「仲間……だって、まだ二人じゃないか」
Kadeは肩越しに夜空を見上げ、小さく笑った。「仲間は数じゃない。誓いだ。火を囲んで誓えるか?」
Harunはためらいなく頷いた。Mikは軽く鼻を鳴らしてから、満足げに笑った。三人は掌を中央に合わせ、かすかな焚火の火花が舞う。
「俺たち、めんどくさいけどいい連中になろうぜ」
小さな声が夜に溶けて、誰にも知られぬ誓いがそこで交わされた。
翌朝、Kadeは静かに剣を見直し、旅の加わる意思を示した。Harunは心の奥底で新しい安堵を覚えた。仲間はまだ少ない。だがその一歩は確かに踏み出されたのだ。
宿屋を出ると、港へ向かう道は昨日よりも鮮明に見えた。海風は少しだけ強く、Harunの赤いスカーフをはためかせる。Mikは相変わらず喋り続け、Kadeは時折笑いを返す。三人の影が石畳に伸び、朝日は新しい一日の始まりを告げていた。
そしてHarunは心の中で小さくつぶやいた。仲間が増えるごとに、彼の旅は色を帯びていく。だが同時に、その色はやがて傷と代償をも含むだろうことも、どこかで感じていた。
「なあ、Harun」
Mikが肩越しに囁く。「あんた、本当に大陸の端っこにあるっていう“光の断片”を見つけるつもりか?」
「分からない。ただ、手がかりがある。行かなきゃ確かめられない」
Harunは素直に答えた。Mikは鼻で笑いながらも、妙に真剣な表情をする。
茂みの先に、ぽつんと立つ一軒の宿屋が見えた。外には数人の旅人がたむろし、陽気な声が石畳にこだまする。Harunはそこに立ち寄るつもりはなかったが、Mikが「腹が減った」「世間話の種がほしい」と言うので、二人は扉を押した。
中は思ったより広く、煤けた梁と古い暖炉の匂いが混ざる。長机には酒と食事の跡が残り、片隅では怪しげな賭け事が続いていた。HarunとMikが入ると、視線がいくつかこちらに向いたが、すぐにいつもの風景へ戻る。だが片隅にいた一人の男だけは、静かに二人を観察しているようだった。
高い背格好、乱れた暗髪、肩に巻かれた赤い布。彼は剣を一本帯び、笑いを含んだ低い声で誰かと話していた。声の主はKadeだった。酒場に漂う空気は、彼の存在だけで少し明るくなった。Kadeの笑い声がHarunの耳に響くと、なぜか胸の奥がざわついた。
「お前んとこの新顔か?」
Kadeが立ち上がり、二人に近づいてくる。大柄だが風格ある身のこなしで、剣士特有の落ち着きがあった。Mikは早速口を開く。
「俺はMik。こいつはHarun。食い物がうまけりゃ長居するって言ってた」
Kadeはにやりと笑い、テーブルの上から一切れのパンをつまむと、豪快に二人へ差し出した。
「パンで仲良くなるのは簡単だ。だが旅の価値は、どれだけ危険を笑い飛ばせるかにある」
Harunはその言葉に不意に刺激される。彼の中の冒険心が再びうずき、腰にかけた短剣に手が触れる。
酒と話題が混ざる中、宿屋の扉が乱暴に開いた。冷たい風とともに、数人の荒くれ者が入ってきて、場の空気が一変した。顔を赤らめた一人が腕を振り上げ、床の酒瓶を蹴り飛ばす。
「ここは俺らの場所だ。払えねえなら出てけ」
挑発の言葉に、賭け事の輪がざわつく。Kadeは眉を上げると、静かに剣の柄に手をかけた。Harunは思わず立ち上がるが、Mikは薄笑いを浮かべて座を崩す。
「ここで騒ぐのは得意だが、相手は選んだ方がいいぜ」
Kadeの声は冷たく、荒くれ者の一人が怒りに駆られて剣を抜く。瞬間、宿屋の中は剣と剣の金属音で満たされた。Kadeは一歩も引かず、鋭い一閃で相手の刀先を弾き返す。その動きは筋肉だけでなく、長年の経験が刻んだ芸術のようだった。
だが乱闘は終わらなかった。別の男が調子に乗ってKadeに組みつこうとし、床が悲鳴のような音を立てる。Harunは恐怖と興奮が混ざった感情に襲われ、咄嗟に動いた。彼は短剣を構え、未熟ながらも相手の膝を狙って突いた。鋭い痛みとともに男はよろめき、Kadeの投げた一撃が止めを刺した。
騒ぎが収まると、宿屋の者たちが二人とKadeを見つめる。荒くれ者たちは悔しげに床に座り込み、しばらくして外へ連れ出されていった。Kadeは微笑みながらHarunを見下ろした。
「お前、無茶をするな」
「でも、助けたかった」
Harunの言葉には迷いが混じっていた。Kadeはそのまま席に戻り、再びパンをかじる。
「旅はな、無茶が美談になる時代もあった。しかし無茶はいつか誰かの首を取る。仲間を増やす気があるなら、それぞれの命を預かる責任を学べ」
Kadeの声は柔らかくも厳しい。Harunは目を伏せ、胸の奥で何かが引き締まるのを感じた。
その夜、宿屋の外で三人は月明かりに照らされながら談笑し、火の暖かさに惹かれてそれぞれの過去の欠片を少しだけ語り合った。Kadeはかつての戦場の話を冗談交じりにして笑わせ、Mikは盗みの失敗譚を大げさに演じて場を和ます。Harunは小さな断片を見せるに留め、だが胸の内にある「失ったもの」の影は消えなかった。
夜が更けると、Kadeは真剣な顔で二人を見つめた。
「俺はお前の年の頃に似た奴を何人も見てきた。気高い奴、無鉄砲な奴、裏切る奴、去る奴。だがな、ここまで来て後悔した者は少なかった。だが、それは仲間を守る覚悟があったからだ」
Harunは息を呑む。「仲間……だって、まだ二人じゃないか」
Kadeは肩越しに夜空を見上げ、小さく笑った。「仲間は数じゃない。誓いだ。火を囲んで誓えるか?」
Harunはためらいなく頷いた。Mikは軽く鼻を鳴らしてから、満足げに笑った。三人は掌を中央に合わせ、かすかな焚火の火花が舞う。
「俺たち、めんどくさいけどいい連中になろうぜ」
小さな声が夜に溶けて、誰にも知られぬ誓いがそこで交わされた。
翌朝、Kadeは静かに剣を見直し、旅の加わる意思を示した。Harunは心の奥底で新しい安堵を覚えた。仲間はまだ少ない。だがその一歩は確かに踏み出されたのだ。
宿屋を出ると、港へ向かう道は昨日よりも鮮明に見えた。海風は少しだけ強く、Harunの赤いスカーフをはためかせる。Mikは相変わらず喋り続け、Kadeは時折笑いを返す。三人の影が石畳に伸び、朝日は新しい一日の始まりを告げていた。
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