Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第22章 収束と分岐

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城壁の影はまだ長く、王都は夜明けの静けさを切り裂くように新たな律動を始めた。公開された証拠は市井の怒りを呼び、事務官側は形ばかりの謝罪と遅滞戦術で時間稼ぎを図ったが、公的監査の成立は不可逆的な変化をもたらしていた。Harunたちは広場での勝利をかみしめる間もなく、別の仕事――断片の安全と分配の現実的な手当て――へと取りかかった。今日の成果を、「制度の転換」に結びつけるための具体策を急がねばならなかった。
王都の露店や宿屋には、本来なら見過ごされるような細部の記憶が持ち出され、会話の種となった。ある者は過去に忘却された名誉を取り戻し、ある者は失われた土地や契約に関する新たな請求を明らかにし始める。情報の波は同時に混乱も生み、旧い利権を守ろうとする勢力は従来の同盟網を巻き直し、報復や買収をちらつかせて静かな抵抗を始めた。王都は二重の動きを見せる。市民は真実を求める一方で、日常の秩序を保とうとする力も強く働く。
Harunはその両面を胸に呑み込む。彼が望んだのは単純な告発ではなく、長く続く害悪を抜本的に変えることだった。だが変化は必ず混乱を伴う。Rheaは公開後の情報整理に追われ、代理はかつての取引先に走り、PhilとFerreは断片を委託した先の安全確認に奔走する。Bhelmは炊き出しを続け、民衆の緊張を和らげる役目を担った。誰もが疲弊と覚悟の間を行き来していた。
公式に設置された監査委員会は名目上、公平を謳ったが、その裏では密室の駆け引きが激化していた。王都の上層は自らの権威を守るため、見えない圧力と妥協案を同時に用意する。事務官は形式的な協力を約束しつつ、旧来の同盟者を通じて審査の焦点をそらす工作を進める。対してHarunたちは公開によって得た民衆の支持を盾に、委員会の場で具体的な査定と暫定措置を要求した。
Rheaは法律と儀式の交差点を考察して資料を整理し、代理は各地の同盟者に圧力をかけて監査に講義者を送り込ませた。PhilとFerreは倉庫の流通記録から不自然な転送ルートを洗い出し、証拠として委員会に提示する準備を行った。Harunは表に立ち、会合で市民の声を代弁しつつ、同時に盟友たちと地下で折衝を続けた。政治は言葉と権力の綾であり、勝ち筋は一度に複数の盤面で作らねばならない。
分散させた断片の一部は安全に受け入れ先へと届き、別のいくつかは途中で狙われ、追跡と回収が必要になった。PhilとFerreの網は有効だが完全ではない。Terrosの倉庫群から送った小包の一つが黒帆側の傭兵に見つかり、MikとBhelmが危機対応で夜通し奔走して一つを奪還した。だがその奪還の過程で、小包の一部が損傷を受け、詠唱の輪郭が一時的に失われる危機もあった。
この経験が示したのは、断片の「物理的安全」だけでなく、「情報的安全」も重要であるということだ。ある断片がどのような影響を持つかを知られるだけで、勢力は動く。Harunは分散の方法を見直し、物理的分散だけでなく、保管者に対する相互監督と秘密分割のルールを提案することを決めた。Rheaは古い封印技術を応用し、断片の部分的な無効化手順を開発。代理は信頼できる修道院や地方自治体と秘密の協定を結び、PhilとFerreは偽装ルートを強化した。
勝利の後にも不協和音は生じる。王都の利害関係者は買収や脅迫で揺さぶりをかけ、断片の保管者の中に動揺を見せる者が現れた。小さな村の守り手が突然、報酬と引き換えに一部分を差し出すという連絡が入り、Harunたちは急遽その保管地へ向かわねばならなくなる。到着したとき、保管者は恐怖に囚われ、脅迫者の影に怯えていた。Bhelmの顔は怒りで紅潮し、Mikは冷や汗を流しながらも持ち前の機転で状況を打開した。
裏切りは金だけで片付くほど単純ではない。多くの場合、それは家族や土地を守るための選択であり、単純な正義論で糾弾できない事情が伴う。Harunは怒りと同情の間で苦しみながらも、断片の移動と保管ルールを厳格にし、保管者への支援と逃避経路を同時に整備することを命じた。だが彼の中に芽生えた疑念は消えない。信じることと守ることの間にある亀裂は、これから先、何度も試されるだろう。
一連の混乱を経て、Harunは夜、仲間を集めて最終的な方針を宣言した。公開の成功は市民の関心を得たが、断片を単に分散するだけでは持続性がない。Harunは次の三点を提案した。
断片の分割保管と相互監督を行い、信頼できる複数の保管先に断片を分割して保管し、互いに監督する仕組みを整えること。
地方自治体と修道院を巻き込む共同体管理を推し進め、中央への一極集中を避けること。
公開と教育の両輪で断片の意味と危険性を市民に説明し、透明な議論を通じて合意を形成すること。
提案は理想的であり、実行には妥協と労力を要する。だがHarunはCelenの死が示した教訓を忘れていなかった。力を一手に握らせれば、また同じ悲劇が繰り返される。彼は仲間に向けて穏やかに、しかし断固として告げた。「我々は守るだけでなく、教えるべきだ。権力を分かち合うための制度を作る。誰もが被害者にならないように。」
その夜、Rheaと代理は既に遠方の修道院と手紙のやり取りを始め、PhilとFerreは物流網を再構築した。Kadeは地域の民兵と接触し、BhelmはTerrosでの炊き出しを続けながら評判を広げ、Mikは諜報網の補修に没頭した。Harunは仲間の働きを見守り、胸の中で新しい構造の輪郭を確かに描いた。王都の空は薄く明るみ、波はゆっくりと町を洗っていた。変革は一夜に生まれない。だがHarunたちの行動は確実に道を作り始めた。
断片をめぐる争いは続くだろう。だが今は、彼らが選んだ道――共有と教育、相互監督の理念――を根付かせるための時間だった。Harunは掌のコインをポケットに戻し、仲間と共に新たな護送隊を編成するための指示を出した。旅は続く。道は分かたれたが、中心には一つの約束があった。誰も一人で権力を握らないこと。誰もが忘れられぬようにすること。
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