Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

文字の大きさ
24 / 41

第24章 結びの輪

しおりを挟む
護送が終わり、断片は各地の修道院や自治体の地下庫に分割して安置された。Harunは受入先での封印と監査手続きが確かに施されたことを確認し、仲間と短い静かな酒を交わした。歓談は軽く、笑い声はあっても心の奥には新しい責務の深さが残っている。Celenの墓前で交わした誓いは、いまや複数の共同体に引き継がれつつあった。
だが平穏は完全ではない。王都での公開がもたらした余波は広く、忘却を利用してきた旧勢力は表向きの謝罪と裏の算盤を同時に続けている。交易者や有力家門は細い糸で新たな取り引きを作り、断片を巡る価値は市場で換算され始めた。Harunはそれを見て、正義の実行とその代償が同じ硬貨の両面であることを改めて思う。
修道院の会合で、Rheaは新たな提案を示した。断片の扱いを巡る「共同議会」を正式に立ち上げ、代表が定期的に集まって監査・教育・救済を行う制度化を目指すという。代理はその外郭組織を広域に結ぶ交渉を進め、PhilとFerreは経費と補償の仕組みを作るために各地域の財政状況を洗い直した。Kadeは共同警備隊の編成に着手し、Bhelmは庇護と食のインフラを整備するための寄付網を呼びかけた。Mikは伝承者や語り部を通じて、断片の危険性と倫理を民衆に伝える役割を担った。
制度化は希望を孕むが、同時に争いを生む種でもある。誰が代表に選ばれるのか、決定権の比重はどう配分されるのか、破損や悪用が疑われた場合の再検証はどう行うのか。Harunは会合の席で何度も沈黙し、時に強く意見を述べ、時に黙って他者の言葉を受け止めた。彼の経験は、正しさを押し付けることが正義を守る最短距離ではないと教えていた。
ある夜、修道院に届いた密書が場を凍らせた。それはTerrosの双子、PhilとFerreの片方が以前に手配した倉庫の一部が不審な形で再起動されたという知らせだった。具体的な被害は報告されていないが、封印された断片の一部が短時間だけ外界の影響に晒された可能性が示唆されていた。Harunはその知らせを受け、即座に代表たちを集めることを決めた。
現地へ向かうと、倉庫は確かに扉がわずかに開いており、中の施錠は形式的に破られていなかったが、古い導管が僅かに稼働した痕跡が残っていた。Rheaの顔が曇る。詠唱の輪郭が僅かに歪み、封印の外縁で小さな「記憶の波」が揺れた跡が観測された。外部に流出した情報は断片の影響を最小限に留めたが、それでも被害を受けた保管者の心には不安の種が残る。
調査の過程で、Harunと仲間は新たな事実に触れる。単なる傭兵団や交易者の所業ではなく、王都の一部に残る旧制度支持者と深く繋がる秘密結社が、断片の断続的な操作を続けているらしい。彼らは制度の「秩序」を守るため、極端な手段を辞さない者たちであり、必要ならば断片を一時的に暴露して世論を動かし、自らの主張を再定着させようとする。Harunはその冷徹な計画性に、言葉にならない怒りと恐れを覚えた。
反撃は慎重に組まれた。まずは被害を受けた倉庫の封印を完全に再構築し、外縁に残った痕跡を洗浄するための儀式を行った。Rheaと修道院の術者たちは徹夜で詠唱を繰り返し、破断した符号を暫定的に繋ぎ直す。並行してPhilとFerreは流通記録の改竄痕を洗い出し、交易者の動きを追跡して手掛かりを掴む。代理は内外の連絡網を駆使して、秘密結社の潜伏先を絞り込み、Kadeは見張りと護衛の再配置を指揮した。
追跡の果てに見えてきたのは、新旧の利害が錯綜する影の地図だった。王都の古老、幾つかの商会、そして離反した元官吏らが複雑に手を組み、断片の断続的な操作を通じて自らの立場を取り戻そうとしていた。Harunはその中心にいる人物の一人を想像し、かつて修道院で語られた名前が頭をよぎった。彼らは単なる強欲な者ではなく、古い秩序の「必要性」を真剣に信じる者たちだった。
対峙の日、Harunたちは慎重に戦略を練り、秘密結社の一拠点を突き止める。夜陰に紛れて潜入し、証拠を押さえ、内部の会合を妨げる。だが結社側も容易に屈しなかった。交渉の場では古い論理――忘却は安寧を守るための痛ましい選択だという主張――が唱えられ、Harunは言葉で相手と争うことを余儀なくされる。彼はCelenの死、村の喪失、仲間の血を具体的な事実として提示し、思考実験のような理屈を砕こうとした。
争いは長引き、最終的に結社の一部は公に追及され、幾つかの資料は押収された。だがHarunは完全な勝利とは言えないことを知っていた。古い信念や恐怖は紙一枚で消えるものではなく、断片の価値を利用しようとする新たな勢力は別の仮面を被って蘇るだろう。制度の変革は押し広げられたが、その周縁ではまだ戦いが続いている。
数週間後、共同議会の初会合が王都で開かれた。代表には修道院、地方自治体、商人、労働者の代表が含まれており、Harunは議長に招かれることで一同の信頼を得た。会合は堅苦しくも意味深い議論を重ね、監査の手続き、公開の基準、断片の修復と破壊の判断基準、違反者への罰則、そして何より市民教育のプログラム設計が話し合われた。全てを完璧に決めることはできなかったが、合意の種は撒かれ、運用の枠組みが定まっていく。
議会の閉会後、Harunは薄暗い回廊で一人、夜風に当たりながら考え込んだ。彼の胸にはまだ不安が残る。道は開けたが、守るための労力は続く。権力を分かち合うことは理想であり、同時に不断の監視と倫理教育を必要とする。彼はポケットに入れたコインに触れ、小さく呟いた。「これで良いのか、という問いは消えない。だが問い続けることが、唯一の免罪符かもしれない」
遠く波間に、かつて黒帆を飾った影が薄く見えた。消えたわけではない。だが今そこにいるのは以前とは違う共同体の連なりであり、断片をめぐる決定権は一人の掌に戻ることを許さない輪郭を帯び始めていた。夜は深いが、Harunは仲間の名を思い、また新たな旅路の地図を胸に描いた。道は続く。忘却の代償は安くない。しかし記憶を共有することは、人々にとってより良い未来を育む最初の一歩になり得ると、彼は信じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました

菱沼あゆ
ファンタジー
 妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。  残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。  何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。  後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。 (小説家になろうでも掲載しています)

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

処理中です...