24 / 41
第24章 結びの輪
しおりを挟む
護送が終わり、断片は各地の修道院や自治体の地下庫に分割して安置された。Harunは受入先での封印と監査手続きが確かに施されたことを確認し、仲間と短い静かな酒を交わした。歓談は軽く、笑い声はあっても心の奥には新しい責務の深さが残っている。Celenの墓前で交わした誓いは、いまや複数の共同体に引き継がれつつあった。
だが平穏は完全ではない。王都での公開がもたらした余波は広く、忘却を利用してきた旧勢力は表向きの謝罪と裏の算盤を同時に続けている。交易者や有力家門は細い糸で新たな取り引きを作り、断片を巡る価値は市場で換算され始めた。Harunはそれを見て、正義の実行とその代償が同じ硬貨の両面であることを改めて思う。
修道院の会合で、Rheaは新たな提案を示した。断片の扱いを巡る「共同議会」を正式に立ち上げ、代表が定期的に集まって監査・教育・救済を行う制度化を目指すという。代理はその外郭組織を広域に結ぶ交渉を進め、PhilとFerreは経費と補償の仕組みを作るために各地域の財政状況を洗い直した。Kadeは共同警備隊の編成に着手し、Bhelmは庇護と食のインフラを整備するための寄付網を呼びかけた。Mikは伝承者や語り部を通じて、断片の危険性と倫理を民衆に伝える役割を担った。
制度化は希望を孕むが、同時に争いを生む種でもある。誰が代表に選ばれるのか、決定権の比重はどう配分されるのか、破損や悪用が疑われた場合の再検証はどう行うのか。Harunは会合の席で何度も沈黙し、時に強く意見を述べ、時に黙って他者の言葉を受け止めた。彼の経験は、正しさを押し付けることが正義を守る最短距離ではないと教えていた。
ある夜、修道院に届いた密書が場を凍らせた。それはTerrosの双子、PhilとFerreの片方が以前に手配した倉庫の一部が不審な形で再起動されたという知らせだった。具体的な被害は報告されていないが、封印された断片の一部が短時間だけ外界の影響に晒された可能性が示唆されていた。Harunはその知らせを受け、即座に代表たちを集めることを決めた。
現地へ向かうと、倉庫は確かに扉がわずかに開いており、中の施錠は形式的に破られていなかったが、古い導管が僅かに稼働した痕跡が残っていた。Rheaの顔が曇る。詠唱の輪郭が僅かに歪み、封印の外縁で小さな「記憶の波」が揺れた跡が観測された。外部に流出した情報は断片の影響を最小限に留めたが、それでも被害を受けた保管者の心には不安の種が残る。
調査の過程で、Harunと仲間は新たな事実に触れる。単なる傭兵団や交易者の所業ではなく、王都の一部に残る旧制度支持者と深く繋がる秘密結社が、断片の断続的な操作を続けているらしい。彼らは制度の「秩序」を守るため、極端な手段を辞さない者たちであり、必要ならば断片を一時的に暴露して世論を動かし、自らの主張を再定着させようとする。Harunはその冷徹な計画性に、言葉にならない怒りと恐れを覚えた。
反撃は慎重に組まれた。まずは被害を受けた倉庫の封印を完全に再構築し、外縁に残った痕跡を洗浄するための儀式を行った。Rheaと修道院の術者たちは徹夜で詠唱を繰り返し、破断した符号を暫定的に繋ぎ直す。並行してPhilとFerreは流通記録の改竄痕を洗い出し、交易者の動きを追跡して手掛かりを掴む。代理は内外の連絡網を駆使して、秘密結社の潜伏先を絞り込み、Kadeは見張りと護衛の再配置を指揮した。
追跡の果てに見えてきたのは、新旧の利害が錯綜する影の地図だった。王都の古老、幾つかの商会、そして離反した元官吏らが複雑に手を組み、断片の断続的な操作を通じて自らの立場を取り戻そうとしていた。Harunはその中心にいる人物の一人を想像し、かつて修道院で語られた名前が頭をよぎった。彼らは単なる強欲な者ではなく、古い秩序の「必要性」を真剣に信じる者たちだった。
対峙の日、Harunたちは慎重に戦略を練り、秘密結社の一拠点を突き止める。夜陰に紛れて潜入し、証拠を押さえ、内部の会合を妨げる。だが結社側も容易に屈しなかった。交渉の場では古い論理――忘却は安寧を守るための痛ましい選択だという主張――が唱えられ、Harunは言葉で相手と争うことを余儀なくされる。彼はCelenの死、村の喪失、仲間の血を具体的な事実として提示し、思考実験のような理屈を砕こうとした。
争いは長引き、最終的に結社の一部は公に追及され、幾つかの資料は押収された。だがHarunは完全な勝利とは言えないことを知っていた。古い信念や恐怖は紙一枚で消えるものではなく、断片の価値を利用しようとする新たな勢力は別の仮面を被って蘇るだろう。制度の変革は押し広げられたが、その周縁ではまだ戦いが続いている。
数週間後、共同議会の初会合が王都で開かれた。代表には修道院、地方自治体、商人、労働者の代表が含まれており、Harunは議長に招かれることで一同の信頼を得た。会合は堅苦しくも意味深い議論を重ね、監査の手続き、公開の基準、断片の修復と破壊の判断基準、違反者への罰則、そして何より市民教育のプログラム設計が話し合われた。全てを完璧に決めることはできなかったが、合意の種は撒かれ、運用の枠組みが定まっていく。
議会の閉会後、Harunは薄暗い回廊で一人、夜風に当たりながら考え込んだ。彼の胸にはまだ不安が残る。道は開けたが、守るための労力は続く。権力を分かち合うことは理想であり、同時に不断の監視と倫理教育を必要とする。彼はポケットに入れたコインに触れ、小さく呟いた。「これで良いのか、という問いは消えない。だが問い続けることが、唯一の免罪符かもしれない」
遠く波間に、かつて黒帆を飾った影が薄く見えた。消えたわけではない。だが今そこにいるのは以前とは違う共同体の連なりであり、断片をめぐる決定権は一人の掌に戻ることを許さない輪郭を帯び始めていた。夜は深いが、Harunは仲間の名を思い、また新たな旅路の地図を胸に描いた。道は続く。忘却の代償は安くない。しかし記憶を共有することは、人々にとってより良い未来を育む最初の一歩になり得ると、彼は信じていた。
だが平穏は完全ではない。王都での公開がもたらした余波は広く、忘却を利用してきた旧勢力は表向きの謝罪と裏の算盤を同時に続けている。交易者や有力家門は細い糸で新たな取り引きを作り、断片を巡る価値は市場で換算され始めた。Harunはそれを見て、正義の実行とその代償が同じ硬貨の両面であることを改めて思う。
修道院の会合で、Rheaは新たな提案を示した。断片の扱いを巡る「共同議会」を正式に立ち上げ、代表が定期的に集まって監査・教育・救済を行う制度化を目指すという。代理はその外郭組織を広域に結ぶ交渉を進め、PhilとFerreは経費と補償の仕組みを作るために各地域の財政状況を洗い直した。Kadeは共同警備隊の編成に着手し、Bhelmは庇護と食のインフラを整備するための寄付網を呼びかけた。Mikは伝承者や語り部を通じて、断片の危険性と倫理を民衆に伝える役割を担った。
制度化は希望を孕むが、同時に争いを生む種でもある。誰が代表に選ばれるのか、決定権の比重はどう配分されるのか、破損や悪用が疑われた場合の再検証はどう行うのか。Harunは会合の席で何度も沈黙し、時に強く意見を述べ、時に黙って他者の言葉を受け止めた。彼の経験は、正しさを押し付けることが正義を守る最短距離ではないと教えていた。
ある夜、修道院に届いた密書が場を凍らせた。それはTerrosの双子、PhilとFerreの片方が以前に手配した倉庫の一部が不審な形で再起動されたという知らせだった。具体的な被害は報告されていないが、封印された断片の一部が短時間だけ外界の影響に晒された可能性が示唆されていた。Harunはその知らせを受け、即座に代表たちを集めることを決めた。
現地へ向かうと、倉庫は確かに扉がわずかに開いており、中の施錠は形式的に破られていなかったが、古い導管が僅かに稼働した痕跡が残っていた。Rheaの顔が曇る。詠唱の輪郭が僅かに歪み、封印の外縁で小さな「記憶の波」が揺れた跡が観測された。外部に流出した情報は断片の影響を最小限に留めたが、それでも被害を受けた保管者の心には不安の種が残る。
調査の過程で、Harunと仲間は新たな事実に触れる。単なる傭兵団や交易者の所業ではなく、王都の一部に残る旧制度支持者と深く繋がる秘密結社が、断片の断続的な操作を続けているらしい。彼らは制度の「秩序」を守るため、極端な手段を辞さない者たちであり、必要ならば断片を一時的に暴露して世論を動かし、自らの主張を再定着させようとする。Harunはその冷徹な計画性に、言葉にならない怒りと恐れを覚えた。
反撃は慎重に組まれた。まずは被害を受けた倉庫の封印を完全に再構築し、外縁に残った痕跡を洗浄するための儀式を行った。Rheaと修道院の術者たちは徹夜で詠唱を繰り返し、破断した符号を暫定的に繋ぎ直す。並行してPhilとFerreは流通記録の改竄痕を洗い出し、交易者の動きを追跡して手掛かりを掴む。代理は内外の連絡網を駆使して、秘密結社の潜伏先を絞り込み、Kadeは見張りと護衛の再配置を指揮した。
追跡の果てに見えてきたのは、新旧の利害が錯綜する影の地図だった。王都の古老、幾つかの商会、そして離反した元官吏らが複雑に手を組み、断片の断続的な操作を通じて自らの立場を取り戻そうとしていた。Harunはその中心にいる人物の一人を想像し、かつて修道院で語られた名前が頭をよぎった。彼らは単なる強欲な者ではなく、古い秩序の「必要性」を真剣に信じる者たちだった。
対峙の日、Harunたちは慎重に戦略を練り、秘密結社の一拠点を突き止める。夜陰に紛れて潜入し、証拠を押さえ、内部の会合を妨げる。だが結社側も容易に屈しなかった。交渉の場では古い論理――忘却は安寧を守るための痛ましい選択だという主張――が唱えられ、Harunは言葉で相手と争うことを余儀なくされる。彼はCelenの死、村の喪失、仲間の血を具体的な事実として提示し、思考実験のような理屈を砕こうとした。
争いは長引き、最終的に結社の一部は公に追及され、幾つかの資料は押収された。だがHarunは完全な勝利とは言えないことを知っていた。古い信念や恐怖は紙一枚で消えるものではなく、断片の価値を利用しようとする新たな勢力は別の仮面を被って蘇るだろう。制度の変革は押し広げられたが、その周縁ではまだ戦いが続いている。
数週間後、共同議会の初会合が王都で開かれた。代表には修道院、地方自治体、商人、労働者の代表が含まれており、Harunは議長に招かれることで一同の信頼を得た。会合は堅苦しくも意味深い議論を重ね、監査の手続き、公開の基準、断片の修復と破壊の判断基準、違反者への罰則、そして何より市民教育のプログラム設計が話し合われた。全てを完璧に決めることはできなかったが、合意の種は撒かれ、運用の枠組みが定まっていく。
議会の閉会後、Harunは薄暗い回廊で一人、夜風に当たりながら考え込んだ。彼の胸にはまだ不安が残る。道は開けたが、守るための労力は続く。権力を分かち合うことは理想であり、同時に不断の監視と倫理教育を必要とする。彼はポケットに入れたコインに触れ、小さく呟いた。「これで良いのか、という問いは消えない。だが問い続けることが、唯一の免罪符かもしれない」
遠く波間に、かつて黒帆を飾った影が薄く見えた。消えたわけではない。だが今そこにいるのは以前とは違う共同体の連なりであり、断片をめぐる決定権は一人の掌に戻ることを許さない輪郭を帯び始めていた。夜は深いが、Harunは仲間の名を思い、また新たな旅路の地図を胸に描いた。道は続く。忘却の代償は安くない。しかし記憶を共有することは、人々にとってより良い未来を育む最初の一歩になり得ると、彼は信じていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる