Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第26章 波の先の協議

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護送の旅路が再び海路へと向かう頃、Harunの心は静かながらも引き締まっていた。修道院で整えられた監査の枠組みは一歩を進めたが、実務の重さは現地で日々試されていた。彼らの隊列は沿岸の町々で説明会を開き、共同議会の理念と監督手続きの意義を伝え、断片を預ける側と受け取る側の双方に具体的な約束を交わしていった。
沿岸の市場には好意的な反応と不安が混在した。労働者たちは記憶の回復がもたらす正義を求めたが、商人は運賃や補償に関する現実的な負担を懸念した。Harunは額に刻まれた疲労を見せずに、個々の問題に耳を傾けた。Rheaは地域の術師たちを集めて技術的な講習を行い、封印の基礎を伝える資料を配布した。代理は外部の支援を募り、PhilとFerreは運送契約の標準書式を整えた。共同体の反応は段階的に変わり、最初の戸惑いはやがて責任を分担する方向へと傾き始めた。
だが旅が続く中で、別種の火種が浮かび上がった。王都の上層は監査の形骸化を狙い、形式的な妥協と見返りを用意して静かに影響力を保持しようとする動きを強めた。旧勢力の幾人かは公の場で謝罪を繕いつつ、私的には交渉を進め、地方の有力者を抱き込もうとした。Harunはその狡猾さを見抜き、代理を通じて連絡網を広げる一方で、Rheaと共に証跡を確かな形で記録する作業を急いだ。
ある夜、甲板に吹く潮風の中でRheaが小さな声で告げた。
「封印の安定化には、単なる詠唱の反復以上のものが必要です。文脈と合意の符号が要る。技術だけではなく、共同体の記憶が合致して初めて長期保存が可能になります」
Harunは返す言葉を探したが、問いに答えるよりも先に行動が必要だと感じた。書庫と封印は人の心と地続きであると彼は理解していた。制度の仕組みを文書化するだけでは人々の生活を守れない。日々の相談窓口、補償基金、地域間の信頼を編む時間が必要なのだ。
途中、護送隊は海賊の残党とも遭遇した。今回の衝突は以前より小規模に収まり、民兵と修道院の術師が連携して迅速に対処した。だが戦いが終わった後、Harunは隊列の中で顔色を失っている若い保管者に出会った。彼女は渡した断片が実際にどのような記憶を呼び覚ますかを恐れて、眠れぬ夜を過ごしているという。Harunはその恐怖を否定せず、ゆっくりと話を聴いた。守ることは同時に重荷を背負わせることになる。彼は共同議会が守るべきものは物理的な断片だけでなく、人々の心の平穏でもあると改めて思った。
やがて護送隊は次の拠点へ到着し、そこで予定されていた公開説明会が行われた。会場には民衆の代表、地方の長、修道院の代理人が集まり、RheaとHarunが中心になって断片の性質と監督手続きについて語った。質疑は鋭く、時に感情的だったが、公開の場で真摯に向き合うことで多くの不安は一つずつ小さくなっていった。説明会の最後、Harunは短く言った。
「記憶は単に戻すものではない。共有し、学び、誰もが責任を持つための糧とするものだ。怖れは理解するが、変化は放置よりもはるかに人々を救う」
聴衆の一部は静かに頷き、別の一部はなお疑念を抱き続けた。だがその場で合意されたのは実務の小さな一歩だった。保管の手順を明確に定め、異議申し立てのための地域審査組織を設立すること。Harunたちはその約束を文書化し、双方の代表が署名する場を設けた。署名は華やかなものではないが、制度を日常に落とし込むための現実的な合意だった。
護送の合間、夜毎にHarunは仲間と短い話を交わした。Celenの死とその意味、共同議会の苦闘、そして自分の中で高まる小さな疲弊。Philは帳面を閉じると冗談で場を和ませ、Ferreは次の航路図を無言で作り直す。Bhelmは食事を配りながら新たな訓練を提案し、Kadeは各地の民兵長と夜遅くまで訓練計画を詰めていた。Mikは噂を通じて現地の雰囲気を探り、代理は諸侯や修道院の上層と密かに交渉を続ける。仲間たちの疲労は確かだが、共同体の輪は少しずつ強くなっていた。
やがて小さな港町で、Harunは旧知の交易者と再会する。交易者はかつて彼らに冷ややかだったが、今は少し様子が違った。交易者は鍵の管理に一定の期待を寄せるようになり、業務に協力を申し出た。ただしその代わりに取引の条件と安全保証を求める。Harunは取引者の提案を拒否せず、むしろ共同議会を通した透明な契約として再設計することで合意した。古い利害を市場のルールへと転化する作業は小さな妥協と大きな手間を要するが、Harunはそれを積み重ねることで旧勢力の暴走を抑えられると確信した。
波は穏やかに彼らの小舟を運び、空には薄雲が流れている。Harunは欄干にもたれ、海を見つめながら掌のコインを転がした。問いは尽きない。だが彼は今、確かなものを持っていた。それは仲間と共同体の連帯だ。記憶を巡る争いはすぐには終わらないが、少なくともこれまでよりも多くの人が決定に関与する道を開いた。船は次の港へ向かい、Harunは新しい護送隊を整えるための指示を静かに仲間へ伝えた。道は続く。彼らの仕事はまだ終わらない。
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