Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

文字の大きさ
33 / 41

第33章 潮汐の審問

しおりを挟む
出帆の翌日、海は穏やかに帆を押し、Harunたちは新たな護送の細部を確かめながら進んだ。今回は単なる物資と断片の移動に留まらず、各地での「実務検証」と「参加型講習」の連続である。Harunは甲板で書類を広げ、Rheaが用意した講義ノートを点検し、PhilとFerreは各停泊地での資金移動表を改めて突き合わせた。Kadeは護衛ルートの裏取りを行い、Bhelmは現地の食材調達リストを再構成した。Mikは港ごとの気風と有力者の顔ぶれをメモに落とし、代理は既存の同盟者に予定と合意書を通知した。全員の動きが静かな輪となって機能する。
最初の寄港地は漁村の名残を強く残す小さな入江だった。Harunたちが上陸すると、村の人々は戸外に出て彼らを迎え、集会場に人が集まる。村では封印の技術を受け入れる準備ができておらず、初日は不安と疑念が強かった。若い漁師は「記憶が戻っても魚場が戻らなければ意味がない」と声を荒げ、年配の女は「昔の争いを蒸し返すな」と眉をひそめる。Harunは静かに会場の中央に立ち、詩的な言葉や思想ではなく、具体的な生活保障と修復の手順を繰り返し示した。Rheaが詠唱の倫理と手順を分かりやすく語り、Philが補償の支払いスケジュールを示すと、少しずつ不安が言葉に変わり、質問に変わる。
講習は午前と午後に分けられ、Rheaが封印の基礎理論を伝え、地域の有力者と若者たちが実際に手を動かす実技を試みる。最初はぎこちなかった詠唱も、共同で声を合わせるうちにリズムを得て、場に静かな一致感が生まれる。Harunはその瞬間を静かに見守り、封印が単なる儀礼でなく、共同で担う仕事であることを人々が直感的に理解する姿を確かめた。夕刻、村の長老がHarunに近づき、掠れた声で言った。「お前たちが持ってきたものは重い。それを共に担うと言ってくれるのか」。Harunは深く頷き、言葉少なに約束した。「一歩ずつ、共に」。
次の港へ向かう航海で、Harunは夜の甲板でRheaと改めて議論した。Rheaは詠唱と封印の文脈化が進めば進むほど、意外な問題が表れると指摘する。ある断片は地域固有の物語により強く結びついており、別地域で同じように扱うと文化的摩擦を生む可能性があるのだ。Harunはそれを聞き、改めて地域ごとの「物語集」の重要性を確認した。技術は普遍化できても、語りは土着に根ざしたものだ。制度はそれを許容し、活かすように設計されねばならない。
航海中、Mikが小さな紙片を手渡してきた。そこには北方の港で新たに結成された「復興連盟」の動向に関する断片的な情報が記されていた。連盟は表向きは公共インフラ整備を掲げているが、実際には保管場所への関与を強め、地元の役職に影響力のある人物を送り込んでいるという。Harunはこれを重大視し、PhilとFerreに詳細な資金追跡を命じる。情報戦は海の上でも続く。夜明け前、Philが甲板に駆け出し、小声で報告する。連盟の資金源は一部匿名の信託を通じており、その受益者リストに王都の影響下にあった旧商会の名前が部分的に見えるという。
Harunは冷静に判断を下す。即座の武力行使や断定的な公開は事態を煽る危険がある。まずは連盟の実態を逆探知し、民心を確保するための具体的な支援を現地で先に提示する方針を採る。代理は現地修道院を通じて、連盟の提供する「援助」と同等以上の透明な支援を先に出すよう手配し、PhilとFerreは連盟の資金流入経路を外部会計士と協力して解明する。Kadeは同時に地元の中立的な見張り網を強化し、暴力に訴える隙を潰す準備を整えた。
だが事は単純ではない。現地では連盟に救済を期待する声もあり、特に飢饉や疫病で困窮する民衆は「目先の支援」を求める。Harunはその窮状を目の当たりにし、選択の苛烈さを痛感する。理想的手順を待つ余裕など彼らにはないのだ。Harunは自ら現地で声を上げ、共同議会の補償基金から即時の小口支援を認める書類に署名した。支援は条件付きであり、監査と公開を必須としたが、即効性を持たせるために手続きの簡略化を行う。Philは帳簿をつけ、Ferreは受領者のリストを整え、Bhelmは配給を実行するために人手を派遣した。
支援が配られると、短期的には民心は安堵する。ただし連盟側の影響力は根深く、単発の支援だけで消えるものではない。Harunは長期戦を覚悟し、現地の自治組織を強化するための研修と資材供給を並行して進めることを決める。Rheaは文化的調整を行うための「物語翻訳」プロジェクトを提案し、詩人や語り部を集めて地域ごとの物語集を編む計画が動き出す。物語翻訳は単なる言葉の変換ではなく、記憶をどう共有の財産に変えるかという実践そのものだ。
数週間の駆け引きと支援の後、連盟は一部の地域で影響力を削がれ、外部からの監査の網に捕らえられる。連盟の黒い資金の流れが徐々に明らかになり、一部の有力者は公的な説明を求められる立場に追い込まれた。だが外圧が弱まるとともに、新たな問題が生まれる。民衆の間で「誰が何を知っているか」「どの記憶が公開されるか」に対する不安が再燃し、プライバシーと公開の線引きが議論されるようになる。Harunはその議論を歓迎した。透明性は単に情報を曝すことではなく、公開の基準と被害者の尊厳を同時に守る複雑な均衡である。
夜、Harunは甲板で仲間と共に小さな杯を交わした。疲労は深いが、成功の実感もまた確かにある。封印は単なる技術ではなく、人々が互いに合意し、語り、補償し合うことで安定するという発見は、彼らの理念を裏付けていた。だが海の先にはまだ多くの試練が横たわる。Harunは掌のコインを撫で、静かに誓いを新たにする。記憶を巡る仕事は終わらない。だが彼らは以前よりも確かな方法を持ち、より広い共同体と共に歩んでいる。道は続く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...