Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第33章 潮汐の審問

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出帆の翌日、海は穏やかに帆を押し、Harunたちは新たな護送の細部を確かめながら進んだ。今回は単なる物資と断片の移動に留まらず、各地での「実務検証」と「参加型講習」の連続である。Harunは甲板で書類を広げ、Rheaが用意した講義ノートを点検し、PhilとFerreは各停泊地での資金移動表を改めて突き合わせた。Kadeは護衛ルートの裏取りを行い、Bhelmは現地の食材調達リストを再構成した。Mikは港ごとの気風と有力者の顔ぶれをメモに落とし、代理は既存の同盟者に予定と合意書を通知した。全員の動きが静かな輪となって機能する。
最初の寄港地は漁村の名残を強く残す小さな入江だった。Harunたちが上陸すると、村の人々は戸外に出て彼らを迎え、集会場に人が集まる。村では封印の技術を受け入れる準備ができておらず、初日は不安と疑念が強かった。若い漁師は「記憶が戻っても魚場が戻らなければ意味がない」と声を荒げ、年配の女は「昔の争いを蒸し返すな」と眉をひそめる。Harunは静かに会場の中央に立ち、詩的な言葉や思想ではなく、具体的な生活保障と修復の手順を繰り返し示した。Rheaが詠唱の倫理と手順を分かりやすく語り、Philが補償の支払いスケジュールを示すと、少しずつ不安が言葉に変わり、質問に変わる。
講習は午前と午後に分けられ、Rheaが封印の基礎理論を伝え、地域の有力者と若者たちが実際に手を動かす実技を試みる。最初はぎこちなかった詠唱も、共同で声を合わせるうちにリズムを得て、場に静かな一致感が生まれる。Harunはその瞬間を静かに見守り、封印が単なる儀礼でなく、共同で担う仕事であることを人々が直感的に理解する姿を確かめた。夕刻、村の長老がHarunに近づき、掠れた声で言った。「お前たちが持ってきたものは重い。それを共に担うと言ってくれるのか」。Harunは深く頷き、言葉少なに約束した。「一歩ずつ、共に」。
次の港へ向かう航海で、Harunは夜の甲板でRheaと改めて議論した。Rheaは詠唱と封印の文脈化が進めば進むほど、意外な問題が表れると指摘する。ある断片は地域固有の物語により強く結びついており、別地域で同じように扱うと文化的摩擦を生む可能性があるのだ。Harunはそれを聞き、改めて地域ごとの「物語集」の重要性を確認した。技術は普遍化できても、語りは土着に根ざしたものだ。制度はそれを許容し、活かすように設計されねばならない。
航海中、Mikが小さな紙片を手渡してきた。そこには北方の港で新たに結成された「復興連盟」の動向に関する断片的な情報が記されていた。連盟は表向きは公共インフラ整備を掲げているが、実際には保管場所への関与を強め、地元の役職に影響力のある人物を送り込んでいるという。Harunはこれを重大視し、PhilとFerreに詳細な資金追跡を命じる。情報戦は海の上でも続く。夜明け前、Philが甲板に駆け出し、小声で報告する。連盟の資金源は一部匿名の信託を通じており、その受益者リストに王都の影響下にあった旧商会の名前が部分的に見えるという。
Harunは冷静に判断を下す。即座の武力行使や断定的な公開は事態を煽る危険がある。まずは連盟の実態を逆探知し、民心を確保するための具体的な支援を現地で先に提示する方針を採る。代理は現地修道院を通じて、連盟の提供する「援助」と同等以上の透明な支援を先に出すよう手配し、PhilとFerreは連盟の資金流入経路を外部会計士と協力して解明する。Kadeは同時に地元の中立的な見張り網を強化し、暴力に訴える隙を潰す準備を整えた。
だが事は単純ではない。現地では連盟に救済を期待する声もあり、特に飢饉や疫病で困窮する民衆は「目先の支援」を求める。Harunはその窮状を目の当たりにし、選択の苛烈さを痛感する。理想的手順を待つ余裕など彼らにはないのだ。Harunは自ら現地で声を上げ、共同議会の補償基金から即時の小口支援を認める書類に署名した。支援は条件付きであり、監査と公開を必須としたが、即効性を持たせるために手続きの簡略化を行う。Philは帳簿をつけ、Ferreは受領者のリストを整え、Bhelmは配給を実行するために人手を派遣した。
支援が配られると、短期的には民心は安堵する。ただし連盟側の影響力は根深く、単発の支援だけで消えるものではない。Harunは長期戦を覚悟し、現地の自治組織を強化するための研修と資材供給を並行して進めることを決める。Rheaは文化的調整を行うための「物語翻訳」プロジェクトを提案し、詩人や語り部を集めて地域ごとの物語集を編む計画が動き出す。物語翻訳は単なる言葉の変換ではなく、記憶をどう共有の財産に変えるかという実践そのものだ。
数週間の駆け引きと支援の後、連盟は一部の地域で影響力を削がれ、外部からの監査の網に捕らえられる。連盟の黒い資金の流れが徐々に明らかになり、一部の有力者は公的な説明を求められる立場に追い込まれた。だが外圧が弱まるとともに、新たな問題が生まれる。民衆の間で「誰が何を知っているか」「どの記憶が公開されるか」に対する不安が再燃し、プライバシーと公開の線引きが議論されるようになる。Harunはその議論を歓迎した。透明性は単に情報を曝すことではなく、公開の基準と被害者の尊厳を同時に守る複雑な均衡である。
夜、Harunは甲板で仲間と共に小さな杯を交わした。疲労は深いが、成功の実感もまた確かにある。封印は単なる技術ではなく、人々が互いに合意し、語り、補償し合うことで安定するという発見は、彼らの理念を裏付けていた。だが海の先にはまだ多くの試練が横たわる。Harunは掌のコインを撫で、静かに誓いを新たにする。記憶を巡る仕事は終わらない。だが彼らは以前よりも確かな方法を持ち、より広い共同体と共に歩んでいる。道は続く。
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