Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

文字の大きさ
34 / 41

第34章 潜む潮流

しおりを挟む
港を離れて幾日かが過ぎ、海は穏やかに見えたが、Harunの感覚は鋭く研ぎ澄まされていた。外圧は小康を得たものの、その裏で新たな潮流が静かに動き始めている。表面的な支援や公開の論理を装い、別の価値観を押し通そうとする者たちの戦術は一貫して巧妙だった。彼らは制度の穴を見つけ、そこへ金と恩恵を注ぎ込んで根を張ろうとしている。Harunはそれを「潮流」と呼んだ。潮は目に見えぬ流れで岸を変え、気づけば地形を変えている。
護送の途上、Harunたちは小さな入江町で予期せぬ接触を受けた。町をまとめる古老の一人が近づき、Harunを静かな場所へと誘った。古老の表情は沈み、握られた指先には緊張があった。彼は低い声で告げた。「先刻、君たちの活動を妨げる動きが内部から出た。だがそれだけではない。ある記憶の断片が、保管中に異常発光を示したという」。言葉は重く、Harunは胸が引き締まるのを感じた。
現場へ向かうと、保管庫の扉は厳重に閉ざされ、修道院の術師たちが詠唱を繰り返していた。Rheaは既に詳しい検査を始めており、詠唱の中で顔色が変わる。断片の一つが近接保管の効果を超えて、微弱ながら自己増幅する振る舞いを示している。通常の疲労現象とは質が違い、断片が周囲の情報と「交信」しているかのような痕跡が残る。Harunは不穏な予感を押し隠せなかった。記憶を扱う装置が外部と積極的に「語り合う」ならば、その影響は予測を越えて広がり得る。
調査は慎重に進められた。断片は厳重に隔離され、複数の封印が積み上げられた。Rheaは古い詠唱を組み合わせて新たな符号を編み、代理は外縁の修道院からさらなる術者を呼び寄せた。PhilとFerreは封印の周囲にある流通記録や接触履歴を洗い直し、誰がいつどのように管理に関わったかを徹底的に追跡した。結果、奇妙な接触ログが浮かび上がる。断片に近づいた形跡のある人物の一部は外部から送られた「援助者」に含まれていた。表向きは善意の支援者だが、その足跡は連盟の外郭組織と奇妙に接続している。
Harunは冷静に問いを重ねる。誰がこの断片の共振を誘発したのか。偶発か、意図的か。Rheaは慎重に答える。「意図的な操作だとしても、その方向性はまだ判然としない。ある種のシグナルが送られ、断片がそれに応答している。しかし誰がそのシグナルを投げているのかを突き止めるためには、もっと深い解析が要る」Harunは思う。敵はもはや単純な買収者や傭兵ではなく、記憶の動きそのものを弄ぶ技術者を抱えている可能性がある。
夜が深まると、Harunは港町の灯りを背にして一人歩いた。波音はいつもより低く、潮の匂いは冷たかった。途中で出会ったのは、かつてHarunが幼い頃に世話になった女だった。彼女の顔は歳を取り、目元に深い皺が刻まれていたが、懐かしさはすぐに二人の間を満たした。女は穏やかに言った。「君が戻ると聞いて町の者は安心した。だが皆、最近の出来事に怯えている。忘却の代償を受けるのはいつも民だ」。Harunは胸が締め付けられるような感覚を覚え、幼い日の記憶が岸辺の石のように重なっていくのを感じた。彼は約束する。「守る。だが守るためには、汝らの協力も必要だ」。
翌朝、Philが一通の手紙を持って来る。封は王都のものではなく、古い商会の印が薄く押されていた。開くと、そこには短い一節があった――「記憶は貨幣だ。価値は裏で換算される」。その言葉はHarunの胸で冷たい火花のように散った。記憶を商品化する者たちが見えなかったわけではないが、彼らの言語は時に慎重に隠される。Harunはますます確信する。自らの戦いは単なる制度構築を超えて、記憶と価値の定義そのものを含めた争いだ。
調査の過程で、Rheaはある古い符号の読み替えに成功する。断片の共振パターンが、特定のリズムで送られる「合図」に応答しているのを検出したのだ。その合図は単純な魔術的電文のように繰り返され、ある種の同調を引き起こす。PhilとFerreはその送信源を追うべく資金と通信の流れを精査し、Mikは人の動きから不審な接触を逆探知した。手がかりは徐々に収束し、Harunたちはやがて一つの結論に達する――外部からの「信号」を用いて断片を刺激し、影響力を取り戻そうとする試みが本格化している。
対策は二段構成となった。第一段は即時的封鎖と被害拡大の防止だ。Rheaの全術者が結界を強化し、保管庫周辺の情報をシャットダウンした。第二段は根源の追及で、信号の発信源を突き止め、誰がどのような目的でそれを用いているかを暴くことだ。代理は既存の情報網を最大限に活用し、PhilとFerreは不正資金の絡みを法的に差し止める方法を模索した。Harunは心の中で覚悟を固める。相手はただの傭兵団や交易者ではない。彼らは知識と資本を持ち、記憶の技術を悪用する者たちだ。
数日後、Mikからの報告が届く。北方の一隻の小舟に不審な通信具が搭載され、近海で断片に共振を誘発するようなパルスを発していたという。座標はおぼろげだが追跡可能だ。Harunは即座に行動を起こす決心を固めた。彼は仲間に告げる。「我々は海に出る。直接確認し、もし可能ならその機器を奪取する。だが準備は万全に」。戦術はもはや後方支援の域を逸脱する。知識の掌握はもはや戦略的資源であり、相手の発信源を断つことは、単に武力ではなく情報戦の勝利でもあった。
夜明け前、船は静かに波を切った。仲間の顔には緊張と決意が交錯する。Rheaは呪具を胸に抱え、Kadeは剣を点検し、PhilとFerreは航路と補給を確認した。Harunはコインをポケットに押し込み、幼い日の浜辺に浮かぶ約束を思い出す。波は冷たく、空はまだ薄暗い。だが彼らは進む。記憶を守るため、そして記憶を商品に変えようとする影を断つために。道は深海へと伸び、そこで彼らは新たな審判と対峙する覚悟を固めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...