Dawn of the Lost Sea

ユウ6109

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第35章 深海の截断

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夜明けの薄光が海面を白く引く頃、Harunたちは小舟を毅然と進めていた。波は冷たく、空気は鉄のように引き締まる。追跡の座標は粗く、だがMikの嗅覚とPhilの会計痕跡、Ferreの航路推定が一つに重なり、目標は徐々に輪郭を得ていく。Kadeは櫂のたてる小さな水音に耳を澄ませ、Rheaは掌の中で細い符号を巡らせ、必要なら即座に封鎖を張れる態勢を整えている。誰もが言葉少なに、それぞれの役割を自覚していた。
沖合にまず見えたのは、古い漁船のように見える小さな船影だった。近づくと船体には外見を偽るための帆と網がかかり、甲面には樹脂で固めた機器らしき突起が幾つか取り付けられている。Philは顎を引き、窓越しに書かれた一連の刻印を指差した。「あの刻印は古い信託のマークだ。匿名の資金が絡んでいる」Ferreは無言で舵を細かく操作し、風と潮を計って接近の角度を決める。港で見た「慈善団体」の船影が、いまここに集約された一隻として現れたのだ。
接近の瞬間、遠方から微かなリズムが甲板の空気を震わせた。Rheaは顔色が変わり、即座に術符を周囲に走らせる。「あれはシグナルだ。周波が不規則だが、断片の同調トリガーに似ている」彼女の声に含まれる冷静さが、皆の背筋を引き締める。Kadeは短く息をつき、Harunに視線を送った。Harunは頷き、合図を出す。小舟は静かに相手の側面へ回り込み、奇襲の準備を整えた。
接舷と同時に、相手の乗員が動いた。鹵獲作業に長けた小隊が鋭く繰り出し、甲板で短い乱闘が始まる。鉄と木の音、短い呻き声と甲高い掛け声が夜の海に散る。Kadeの剣が一閃し、Mikは素早く相手の通信具をたたき落とす。だが機器は堅牢で、海に落ちた瞬間でも微かなシグナルを放ち続ける。Rheaは素早く周囲に結界を張り、パルスの拡散を遅らせる。Ferreは甲板を飛び越え、通信装置の本体へと向かう。Philは動きを記録し、後で使える証拠を確保するために刻印と帳簿を掴んだ。
収奪は短期決戦で終わった。Harunたちは相手の通信具と帳簿を確保し、幾人かの傭兵を捕縛した。だが機器の一つは既に不完全ながら稼働しており、そこから発せられる微かな波形は確かに「誘引」を示していた。Rheaはそれを手に取り、冷たい視線で解析する。「これは単純な干渉機ではない。記憶の共振に応答するために調整された送信器だ。周波は封印の一部に同調し、応答を引き起こすよう計算されている」Harunは深く息を吸った。相手は単に資金で買った傭兵団ではなく、専門の設計者と通信網を伴っていた。
捕縛した者たちを尋問する中で見えてきた構図は、より深く、より複雑だった。彼らは連盟に属する小さな傭兵団であり、資金は匿名信託を通じて流れていた。だが傭兵たちが示す証言の鍵は、設計者の名ではなく「誰が発注したか」だった。傭兵の一人は震える声で言った。「我々はただ金に動いただけだ。だが送信の指示は上から来た。『特定の反応を誘導し、地域の信頼を揺さぶれ』と。そしてその上の者は、彼らに言われたと我々に言っただけだ」。連鎖は匿名を覆い隠すために巧妙に組まれていた。
Harunは捕縛者の一人を見つめ、冷静に言った。「設計者の名と資金の源を吐け。我々はただ罰を与えるために来たのではない。これ以上、無辜が苦しむのを止めたい」。だが答えは途切れ途切れで、全貌は深い霧の中にあった。PhilとFerreは帳簿を精査し、匿名口座の契約とその間に挟まれた中間者の名を掘り出す。そこに浮かび上がった名前の一部は、驚くほど近しいところに繋がっていた――旧勢力の有力な連絡役、あるいは王都の影響力を維持しようとする者たちの秘密口座だ。
船上での短いやり取りの後、Harunたちは船をとめ、捕縛者たちと機器、文書を王都へ引き渡す決断をする。直接の処罰と公開の両方が必要だと判断したのだ。だがその帰路のなかで、彼らはより深刻な兆候を見つける。複数の保管庫に届いていたはずの小規模なリクエストが改竄され、特定の断片群が非公開の状態で「再配備」されていた痕跡があった。誰かが情報に手を入れ、複数箇所で同時に誘発がおこるように仕組んでいたのだ。
王都での公的発表は慎重に行われた。共同議会は傭兵団の捕縛と通信機の押収を正式に報告し、同時に資金の流れを公開することで外部勢力の介入の形を明示した。Rheaは技術的所見を示し、Philは帳簿の改竄痕を説明、代理は法的手続きを提示した。公開は波紋を呼び、民衆の憤りは再び怒りとなって声を上げる。王都の一部では旧勢力の支持者が糾合し、抗議と弁明が交錯したが、今回の暴露は共同議会の正当性を補強し、外圧の正体を明らかにする効果があった。
だが勝利は完全ではなかった。押収された通信機の設計図には、もっと大きなネットワークの痕跡が示されていた。設計図の背後には高次の同調アルゴリズムの発想と、それを運用するための資本回路――匿名信託、海外の銀行、複数の商会――が透けて見える。Harunは集められた証拠を前にして、戦いはここで終わらないと感じた。敵はより広く、より資本的であり、記憶を商品化するシステムを制度ごと塗り替えようとしていた。
夜、Harunは仲間とともに静かに酒を酌み交わした。捕縛と暴露は一時の勝利をもたらしたが、彼らが切り取ったのはつま先に過ぎない。相手の長い手は深海の底へと伸びており、そこに繋がる資本回路と思想を断ち切るには、時間と同盟、そして市民の広い支持が必要だ。Rheaは呟いた。「知識を武器化する者たちがいる。だが私たちは知識を共有することで解毒できる」。Harunは掌のコインを握りしめ、遠くの海面に反射する月光を見つめながら、自分たちの次の一手を思い描いた。記憶を巡る戦いは単なる物理の争奪ではなく、価値と意味を巡る深い闘争なのだと、彼は改めて確信した。道は深く、先はまだ見えない。だが彼らは離れず、問い続け、守り続ける決意を固めていた。
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