38 / 41
第38章 再編される記憶
しおりを挟む
港に残る灰の匂いが夜風に溶ける頃、Harunは仲間を集めて次の方針を定めた。焼失した記録の問題は単なる物的損失ではなく、共同議会が築こうとする「記憶の公共圏」そのものへの挑戦である。複製と口承の二重保存を急ぐ一方で、犯行の背後にある意図と資源を暴き、再発防止のための制度的抑止を強化する必要がある。Philは資金の流れを再調査し、Ferreは輸送経路の安全策を再設計し、Rheaは語り部ネットワークを現場に再配置する段取りを進めた。
捜索と逆探知
Mikが暗がりの市場を駆け回り、夜の噂と往来を追う。彼は焼却の手口に使われた薬品と器具の供給元を辿り、小さな交易所の一角に行き当たる。そこは表向きは繊維や香料を扱う店だが、裏口で古道具と「特別な溶剤」を扱う者がいた。問い詰めると供給者は口を割り、指示は王都の近郊にあるある有力者の屋敷から出ていると告白する。Harunは耳を硬くし、そこで得た名は共同議会の内部で信頼されていた人物の連絡名簿に繋がっていた。敵は表面的には公の顔を使いつつ、旧ネットワークの信頼関係を逆手に取っている。
追跡行は即座に手配される。Kadeは数名の精鋭を連れて夜陰に乗じ、屋敷の周辺を探索した。屋敷は慎重に守られており、外からは慈善の集まりが開かれているように見える。だが窓の影には怪しい往来の痕跡があり、庭の古箱には改竄された監査文書の端切れが見つかる。そこに残された紙片は、焼かれる前に誰かが持ち出そうとした記録だった。Harunは手に取ると、そこに刻まれた署名が微かに残っているのを見つけ、胸が冷たくなる。署名は過去に共同議会と密に協働した人物のものだった。
背信と弁明
屋敷の主人は初めは否認したが、証拠と目撃の重なりにより追及を免れなかった。彼は声を震わせ、言葉を紡ぐ。「我々は混乱を恐れた。公開は秩序を壊す。だが秩序なき混乱は人々を飢えさせる。だから…誰かが静かに介入し、過激な暴走を抑えようとした」。弁明は道理に見える部分を持ち、王都の保守層に共感を呼ぶだろう。だがHarunは冷徹に応じる。秩序を守る手段が、公共の記憶を破壊する権利を与えることはない。彼は静かに告げる。「あなたの恐れは理解するが、恐れを理由に真実を消すことは許されない」。共同議会は屋敷の主人を暫時拘束し、証言と記録の回復を進めることを決定する。
記録の再建と口承の輪
物的記録を失った地域では、人々が集まって夜通し語りを始める。Rheaは語り部たちを率いて被害地へ向かい、壊れた記録の「口承復元」を指揮する。古い歌、断片の断片、個人の証言――それらは写しのない時代には民族の記憶を支えてきた資産だ。語り部は詠唱と物語を組み合わせ、公式の台本と民間の記憶を照合しながら、壊れた頁の内容を可能な限り再構築する。Harunはその作業を見守り、被害者たちが語る声に耳を傾ける。語りは痛みを伴ったが、同時に共同体の再生力を示していた。
PhilとFerreは並行して、保存の複製を各地に分散させる計画を実行に移す。写しは修道院の金庫だけでなく、港町の倉、山間の寺院、地方の集会所へと配られ、監査官の目が届くように多元的な保存網を構築する。デジタル化に近い保存法はないものの、符号化された写しとそれを解くための詠唱コードを別途保管することで、物理的破壊に対する免疫を強める。Harunは資源の配分を指示し、地域代表と交渉して写しの保全責任を共有させた。
絡む利害と公開裁定
屋敷の主人の拘束は波紋を呼ぶ。保守派の一部は共同議会を「独裁的」と非難し、彼らの動きを「自由な支援の抑圧」として糾弾する。Harunは議会内外で説明責任を果たす必要に迫られる。彼は公開の場で焼却事件の証拠とその社会的危険性を示し、秘密裏の「秩序維持」が実際には権力の再編成を狙った行為であった可能性を明らかにする。だが反対派はハルンたちの説明を「過剰な政治的演出」と切って捨て、世論は揺れる。
共同議会は国民裁定の場を設けることを決める。公開の審問は透明性を高めるための試みであり、同時に正当な手続きを経ることで長老や有力者の正義感と地域の痛みを共に扱おうという意図があった。唐突な裁定は逆効果を招くが、隠蔽を許せば制度自体が腐蝕する。Harunはその難しい均衡を理解していた。公開審問の準備では、被害者の証言と技術的証拠、屋敷から出た改竄文書の写しと口承復元された内容が慎重に整理された。
亀裂と和解の兆し
公開審問は激しい場になった。屋敷の主人はかつての善意を主張する一方、焼却の直接的な命令を下したことは否認した。被害者たちは涙ながらに語り、失われた家族の記憶を声に乗せる。語り部たちが口承で補った記録は、焼失前の台帳とほぼ符合する箇所があり、公開は多くの真実を浮かび上がらせる。判決は即時の禁錮と復元費用の負担、そして共同議会が監督する公開の補償プログラムの実施という形で下された。処罰は軽くはないが、最終的には地域の和解のための条件を含んでいた。
判決の後、屋敷の主人は公開の場で謝罪の言葉を述べた。彼の言葉はぎこちなかったが、被害者たちの一部はそれを受け止め、共同の再建計画に参加する意志を示す者も現れた。全てが元通りになるわけではないが、公開の手続きと補償の実行は、共同議会の信頼を回復する一助になった。Harunは判決文を手に取り、胸の中に小さな安堵を感じる。だが同時に、敵のネットワークはまだ根深く残ることを忘れてはならないと自分に言い聞かせる。
次の布石
事件を経て、Harunたちはさらなる対策を講じる。まずは記録の分散保存を恒常化し、各地の保管所に対して定期的な相互巡回と共同修復の義務を課す。次に外部資金の受け入れ条件を厳格化し、監査外部委員の参入を制度化して匿名の資金操作を困難にする。さらに語りの保護を法律の枠組みへと組み込み、口承と文書の二重証拠を公的手続きの中心に据えることで、物的破壊があっても記憶の継続性を担保する考えだ。
夜、船は再び海へ漕ぎ出す。Harunは甲板で月を見上げ、疲労と決意が混じる表情を浮かべた。彼らが切り開いた道はまだ砂利道だが、そこに足跡は確かに刻まれている。道を守るためには、記憶を売る者、壊す者、語りを歪める者たちと常に対峙しなければならない。だがHarunは信じていた。語りが生き、人々が手を取り合う限り、断層は埋められてゆく。道は続く。
捜索と逆探知
Mikが暗がりの市場を駆け回り、夜の噂と往来を追う。彼は焼却の手口に使われた薬品と器具の供給元を辿り、小さな交易所の一角に行き当たる。そこは表向きは繊維や香料を扱う店だが、裏口で古道具と「特別な溶剤」を扱う者がいた。問い詰めると供給者は口を割り、指示は王都の近郊にあるある有力者の屋敷から出ていると告白する。Harunは耳を硬くし、そこで得た名は共同議会の内部で信頼されていた人物の連絡名簿に繋がっていた。敵は表面的には公の顔を使いつつ、旧ネットワークの信頼関係を逆手に取っている。
追跡行は即座に手配される。Kadeは数名の精鋭を連れて夜陰に乗じ、屋敷の周辺を探索した。屋敷は慎重に守られており、外からは慈善の集まりが開かれているように見える。だが窓の影には怪しい往来の痕跡があり、庭の古箱には改竄された監査文書の端切れが見つかる。そこに残された紙片は、焼かれる前に誰かが持ち出そうとした記録だった。Harunは手に取ると、そこに刻まれた署名が微かに残っているのを見つけ、胸が冷たくなる。署名は過去に共同議会と密に協働した人物のものだった。
背信と弁明
屋敷の主人は初めは否認したが、証拠と目撃の重なりにより追及を免れなかった。彼は声を震わせ、言葉を紡ぐ。「我々は混乱を恐れた。公開は秩序を壊す。だが秩序なき混乱は人々を飢えさせる。だから…誰かが静かに介入し、過激な暴走を抑えようとした」。弁明は道理に見える部分を持ち、王都の保守層に共感を呼ぶだろう。だがHarunは冷徹に応じる。秩序を守る手段が、公共の記憶を破壊する権利を与えることはない。彼は静かに告げる。「あなたの恐れは理解するが、恐れを理由に真実を消すことは許されない」。共同議会は屋敷の主人を暫時拘束し、証言と記録の回復を進めることを決定する。
記録の再建と口承の輪
物的記録を失った地域では、人々が集まって夜通し語りを始める。Rheaは語り部たちを率いて被害地へ向かい、壊れた記録の「口承復元」を指揮する。古い歌、断片の断片、個人の証言――それらは写しのない時代には民族の記憶を支えてきた資産だ。語り部は詠唱と物語を組み合わせ、公式の台本と民間の記憶を照合しながら、壊れた頁の内容を可能な限り再構築する。Harunはその作業を見守り、被害者たちが語る声に耳を傾ける。語りは痛みを伴ったが、同時に共同体の再生力を示していた。
PhilとFerreは並行して、保存の複製を各地に分散させる計画を実行に移す。写しは修道院の金庫だけでなく、港町の倉、山間の寺院、地方の集会所へと配られ、監査官の目が届くように多元的な保存網を構築する。デジタル化に近い保存法はないものの、符号化された写しとそれを解くための詠唱コードを別途保管することで、物理的破壊に対する免疫を強める。Harunは資源の配分を指示し、地域代表と交渉して写しの保全責任を共有させた。
絡む利害と公開裁定
屋敷の主人の拘束は波紋を呼ぶ。保守派の一部は共同議会を「独裁的」と非難し、彼らの動きを「自由な支援の抑圧」として糾弾する。Harunは議会内外で説明責任を果たす必要に迫られる。彼は公開の場で焼却事件の証拠とその社会的危険性を示し、秘密裏の「秩序維持」が実際には権力の再編成を狙った行為であった可能性を明らかにする。だが反対派はハルンたちの説明を「過剰な政治的演出」と切って捨て、世論は揺れる。
共同議会は国民裁定の場を設けることを決める。公開の審問は透明性を高めるための試みであり、同時に正当な手続きを経ることで長老や有力者の正義感と地域の痛みを共に扱おうという意図があった。唐突な裁定は逆効果を招くが、隠蔽を許せば制度自体が腐蝕する。Harunはその難しい均衡を理解していた。公開審問の準備では、被害者の証言と技術的証拠、屋敷から出た改竄文書の写しと口承復元された内容が慎重に整理された。
亀裂と和解の兆し
公開審問は激しい場になった。屋敷の主人はかつての善意を主張する一方、焼却の直接的な命令を下したことは否認した。被害者たちは涙ながらに語り、失われた家族の記憶を声に乗せる。語り部たちが口承で補った記録は、焼失前の台帳とほぼ符合する箇所があり、公開は多くの真実を浮かび上がらせる。判決は即時の禁錮と復元費用の負担、そして共同議会が監督する公開の補償プログラムの実施という形で下された。処罰は軽くはないが、最終的には地域の和解のための条件を含んでいた。
判決の後、屋敷の主人は公開の場で謝罪の言葉を述べた。彼の言葉はぎこちなかったが、被害者たちの一部はそれを受け止め、共同の再建計画に参加する意志を示す者も現れた。全てが元通りになるわけではないが、公開の手続きと補償の実行は、共同議会の信頼を回復する一助になった。Harunは判決文を手に取り、胸の中に小さな安堵を感じる。だが同時に、敵のネットワークはまだ根深く残ることを忘れてはならないと自分に言い聞かせる。
次の布石
事件を経て、Harunたちはさらなる対策を講じる。まずは記録の分散保存を恒常化し、各地の保管所に対して定期的な相互巡回と共同修復の義務を課す。次に外部資金の受け入れ条件を厳格化し、監査外部委員の参入を制度化して匿名の資金操作を困難にする。さらに語りの保護を法律の枠組みへと組み込み、口承と文書の二重証拠を公的手続きの中心に据えることで、物的破壊があっても記憶の継続性を担保する考えだ。
夜、船は再び海へ漕ぎ出す。Harunは甲板で月を見上げ、疲労と決意が混じる表情を浮かべた。彼らが切り開いた道はまだ砂利道だが、そこに足跡は確かに刻まれている。道を守るためには、記憶を売る者、壊す者、語りを歪める者たちと常に対峙しなければならない。だがHarunは信じていた。語りが生き、人々が手を取り合う限り、断層は埋められてゆく。道は続く。
0
あなたにおすすめの小説
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました
菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる