あるクズ人間の奇譚

ひいらぎ

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大学生編 Part.2 (叫びの手記)

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  このご時世のお陰で実家に帰ることになり、ゲームにふけって、あるはずの映像授業もすべてすっぽかしていたとある夜。熱が出たと聞かされたその数時間後に僕は彼女に別れを切り出された。意外にも思考停止などしなかった。自分でも驚くほど冷静で驚くほど胸が高鳴っていた。ゲームをやめ、テレビを消し、外に飛び出したい気持ちを抑えて僕は弟があがったばかりのお風呂へ急いだ。

 お風呂場の電気をつけず、洗面所の電気だけをつけることによって少し暗くすることにした。明るいお風呂に入りたくはない。とりあえず好きなアーティストの曲を流し、メモのアプリを開いて返信を考える。こんなときに限って流れてほしい失恋ソングが一向にこない。僕はまず彼女に理由などを洗いざらい聞くことはしないと伝えようと思った。さらに「うん。」と答えつつ、誤解を招きかねないので簡単に「はい。」などと言えないこと、まだ好きだということを伝えた。今考えると最後の最後まで自分のスタイルを貫いたことに違和感さえ覚える。「なんで?!」と威圧的に聞き返しても良かったのではないか。「いやだ!」とはっきりと自分の気持ちを伝えても良かったのではないか。僕が演じ続けた僕は自分から見ても違和感がある。

 次に思い浮かんだのは今後の連絡についてだ。こうして冷静に話の内容が浮かんでしまうのに、自分でも本当に驚かざるを得ない。ほんの少しの可能性でもあるならと、相談にだけでも乗りたいということをほのめかした後に、いつものように彼女に判断を委ねる文章をつくる。そうして推敲した二つの無機質な文章を何の躊躇いもなくコピペして送信した。

 ほんの少ししてバイブレーションがなる。梨子からだった。別れ話を切り出されたと相談しても良かった。それを悟たちにしようかとも思った。だがやめた。事態はまだ終息したわけではない。全てが終わってから報告をしようとそう思う。梨子には申し訳ないが、もし悪い方向に終息したとて、梨子と付き合うなど言語道断だと確信する。 

 ステータスメッセージに書いてある彼女への応援の言葉を消そうとして手を止める。ここでこの言葉を消すのは間違いだと。こういうときだからこそステータスメッセージを変えることなどしないのだと。あくまで僕は彼女のことがまだ大好きなんだと。さりげなくそう伝えるようにその応援の言葉を残す。BGMだけ変えておこうとどれにしようかと吟味する。今の気持ちをどう表現しようか。がピッタリの曲がない。僕は目に止まった一番思い出深い曲を選択した。一仕事を終えたかのようにLINEのタスクを切りくつろぐ体勢に入る。

 二、三曲が流れたがやはりこんなときに限ってアップテンポな曲しかこない。泣けない。やはり僕は泣けない人間なのだろうかと思う。恋愛に対してなら本気になれると思っていたが。前に別れ話になったときに、泣いて抱き合い仲直りをしたのを思い出す。少しして弟が来て変顔で顔を出す。「なんだその顔」と突っ込むとそそくさとドライヤーで髪を乾かしにいく。彼の目に自分がどう写っているのかを少しでも考えてしまう。

 弟が帰り際に「11時半までにはあがってくれない?」と言ってきたので、その心中を察して「分かった」と返事をする。おそらく疲れているお父さんを早くお風呂に入れてあげたいのだろう。僕はお風呂が長い。好きな曲を聴きながらひたすら考えごとをしようと考えていたがやめることにした。ただそれだけで、父親思いだと思われたいと思っているのではないかと、自分の心の中で呟かれているのを聞き、そんなことを考えたわけではないとすぐさま否定する。いつものことだ。

 11時半まではもうほとんど時間がない。頭や体をまだ洗っていなかったためそうしようと考える。曲を聴くことをやめたらおかしくなってしまいそうだったため、いつもは追加する熱いお湯を曲が聴きづらくなってしまうからという理由で追加するのをやめた。前によくやっていたように窓のところにスマホをたてかける。そしていつもと同じルーティーンで頭や体を洗っていく。冷静な心とは裏腹に、脳は既に停止していた。今思うと時間差で停止したのだろう。何も考えられなかった。

 英語の曲が流れてきて内心ため息をつきながら、次の曲まで聴こうと考える。しかし時間が迫っているのではないかと考え、途中で歯を磨き始める。そして磨き終わると同時にお風呂から上がりタオルを手に取る。立てかけていたスマホをとり、そういえばこうすれば接続部分が劣化するんだったと心の中で呟く。スマホを一通り拭き洗濯機の上に置くと、思いの外流れていた曲は小さく感じたためそのまま流しておく。

 少し経って体を軽く拭き終わり曲を止める。と同時にあの画面を開き、一縷の望みを懸けて追加の文章を送る。考えていないようで考えていた。そのことに今さら気づく。「僕への迷惑とか受験への支障とかとは関係ないんだよね?」とあからさまにやり直したい雰囲気の出ている文章を送る。彼女は気づかないだろうが。それと同時に悟が彼女と別れた話をしたときに、彼女が「受験と恋愛は別物」と言っていたことを思い出し、履歴を遡っていく。その文章をすぐさまに見つけ、事実確認をしたうえで送信する。

 そのときふと思っていた。やり直してどうするのだろうか。やり直したらそのまま前と変わらずやっていけるのだろうか。またスマホを洗濯機の上に置く。ふたたび前に別れ話になったときのことを思い出す。もうあのときのように修復することはできないのではないか。そう思うと同時に、また思い出話にできるかもしれないと自分を励ます。現実は目に見えている。

 望みを懸けた文章を送ってからほんの少ししてハッとする。僕は彼女から借りた本を返していない。本の名前を思い出せない。途中まで見て最後まで見ていなかった。こんなことを言えるような僕ではないが、「おれがどれだけ君に尽くしてきたと思ってるんだ」と少しでも言おうとした自分が情けない。「これ以上何も言わないと言ったのにあれこれ言ってごめん」と最後に付け加えたうえで文章を送信する。今回も本の件は彼女に判断を任せる。我ながら隙がなく完璧な文面だと感心する。さらに彼女が熱を出していたことを思い出し、ダメ押しでいつものように優しい言葉をかける。本当に僕のスタイルは完璧だ。気遣いがあちこちに散りばめられている。

 自分の本性を暴露してやろうかとも思ったがやめた。次に好きな人ができてその人と付き合ったときに僕がどれだけ優しかったのか、どれだけ気遣いができたのか、それを思い出せばいい。どれだけ僕が頑張っていたか、どれだけ僕に優しくされていたのかそのときにやっと気づくのだ。まったくどこまでも無知で理解力のない女だ。そう心でうずく悪の心を大切にしまい、表向きは綺麗に終わるが、自分から見れば悪の心が剥き出しなやり方を僕は選択した。何より彼女のことがまだ好きだから、最後の最後に傷つけるようなことはしたくないのだ。僕という人間は本当に正解で、それでいて本当に不正解なのである。

 頭を乾かすとそそくさと二階に上がりこの文を書き始めた。心の整理にはやはり文章を書くのが一番である。明日以降に待つ展開はやはり悪い方向に進むのか、それとも小さな小さな光をこの手で掴むのか。僕には分からない。だが本格的に傷つくことになっても、辛い現実を受け止めなければならなくなっても、僕は最後まで笑ったままでいてやる。こんなに尽くしてやったのになんて哀れな女なんだと心で嘲笑しながら、表向きもしっかりと晴れやかな笑顔で終えてやる。彼女は最後の最後まで何も知らない。僕は最後の最後まで全てを知っていて、全てを見透かしている。そして最後の最後まで偽善を貫き通すのだ。僕が始めた物語は僕が一番よく知っていて、何があっても僕が自由に操っていて、僕が終止符を打てるのだ。そのことを僕自身に、何よりも彼女に教えてやるのだ。
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