あるクズ人間の奇譚

ひいらぎ

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大学生編 Part.7

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 大学で健康診断があった。新学期の幕開けだった。友達の一人すらいる訳もない中、構内を回って何事もなく一通りの診断が終わった。

 前の僕だったらこれでさえサボっていたのかもしれない。気持ちが変わりつつあるのは間違いなかった。

 新学期の授業への出席は母がスマホから確認をしていた。学生証をかざさなければ出席にならないなか、学生証を紛失し先生に伝え出席扱いにしてもらう授業もあった。

 嘘一つなく出席していたが、母の目に映る欠席の文字。心配で増えるLINEに、まるで嘘を吐くように返す。

 ここまで嘘ばかり吐いてきた彼の言い訳は、普通はもう通用しない。何度も何度も失望させてきて、オオカミ少年どころの話ではない。だがそれでも母は信じてくれていた。

 実際出席している訳だから、嘘はついていない。申し訳なさと頑張ろうという気持ちがこの時間違いなくあった。

 授業は滞りなく出席できていた。単位を落としすぎたせいで、年下の子と受ける授業もいくつかあったが、それも頑張れていた。

 顔見知りが増え、やっと大学生活に馴染んできたと思われたその頃だった。頑張ろうという気持ちが、一瞬で水の泡になってしまうのだった。

 これまでひたすらに心配をしてくれて、欠席の文字を見るたび仕事が手につかなくなり焦って不安でLINEをしてきた母。大丈夫だよと、自信を持って返せるようにやっとなってきたのに。また、何度目か分からない裏切りを母にも父にもすることになってしまうのだった。

 とある英語の授業の日だった。教室への到着がギリギリになってしまった。理由など覚えていないが、寝坊などきっと些細なことだったと思うのだ。急いで教室に向かって、教室の目の前になった瞬間に始業のチャイムが鳴ってしまった。

 しかし、今入れば問題なく間に合うだろう。教室の扉は閉まってはいるが、開けて中に入って席に着けばいい。

 ただそれだけだ。

 ただそれだけなのに。

 それだけのことができなかった。体が動かなくなってしまったのだ。

 前も同じようなことがあった。確か高校1年生の時。周りの視線を気にして、教室に登校できなくなったあの時と全く同じだった。

 体が動かない。閉まっている教室の扉を開けることができない。この扉を開けたら、みんなが自分に注目する。遅れてしまったという、自分に非がある状態で注目を浴びるのが、恐ろしくて仕方がなかった。

 いくら深呼吸をしても、早くなり続ける心臓の鼓動に動かない体。後々知ることになる、回避性パーソナリティ障害の末端だった。

 常人からすると、何を怖がる必要があるのか。誰もお前になんて興味はない。注目を浴びたから何なんだ。と思うに決まっている。

 体が動かないなどとふざけたことを言っている場合ではない。両親の期待。今までかけてきた心配や迷惑。今がんばらないでいつがんばるのか。そんなことは分かっていた。

 他の人なんてお前に全く興味ない。周りの人の目を気にする必要なんてない。だからそんなことは分かっている。

 理屈ではどうにもならない。いくら自分を励ましても、鞭を打っても、両親の為でも体を動かすことはできなかった。

 少しでも頑張ろうと思ったその気持ちは、いとも簡単に壊されてしまったのだった。

 そこからはほんの少しずつ積み上げてきた努力が崩壊して無駄になっていくだけだった。あの高校の時と同じように、一度授業に行けないともう二度と行けなくなってしまった。悪循環が再び目を覚ました。

 学校に登校はできるものの、授業に出席ができない。先日休んでしまったことを周りにどう思われているだろうか。周りの目を気にして授業に出れなくなる。授業に出ないと、次の授業はもっと出にくくなる。それを繰り返していつしか去年の自分に戻っていた。

 大体これを聞いた人は、周りの人なんて何とも思ってないよ、と言う。何度も言うがそんなことは分かっている。そんな理屈は関係ない。そんな理屈で解決できるのならとっくに解決している。周りの人なんて何とも思っていない、なんてことは分かりきっている。

 自分の立場になって考えてみれば、先日欠席した他の人のことなどどうでもいいと思う。でもこれは理屈では解決しない。結論、周りの人がどう思っているかどうかは関係ないのだ。周りの人が何かを思っていたとしても、思っていなかったとしても、自分に悪い意味で注目してしまうのではないかと、脳と体が決め付け理屈が通用しなくなってしまうのだ。自分でも何故かよく分からない。

 いつどこでこんな自分になってしまったのだろうか。いくら過去を振り返っても見つからなかった。

 こうして高校の時の地獄の輪廻は繰り返されることとなった。

 学校に登校だけをして、学校の写真を撮り母を安心させる。母から電話が来たとき、学校にいないと疑われてしまう。だから、登校をして、本来授業中の時間に学校のトイレで時間を潰す。そして出席したと言い、帰る。そんな意味のないことをまた繰り返すようになった。

 一体何がしたいんだ。

 何故こんなことをしていたのか。また母に叱られ、失望されるのを恐れていた。今ここで、行けていないことを正直に伝えても、行けるようになる訳ではない。ならば、その場しのぎで嘘をつき、8月の成績発表の時まで気楽に過ごしたい。ただそれだけのことだった。ずっと変わらない。自己中心的な刹那主義の成れの果てだった。

 あの時期を乗り越えて、両親の為に頑張ろうと心を入れ替えて挑んだ筈だった新学期。わずか2ヶ月で、その気持ちは粉々になった。

 もっともっと強い志を持てていればこんなことには。覚悟が足りなすぎる。それに尽きる。

 気づけば8月だった。ひとまとめにしてしまうのは、はばかられることではあるが、昨年末にあんなことがあってから例の通話アプリの使用頻度は高まっていた。色々な女の子とLINEで話したり、通話をしたり、通話しながらそういったことをしたり、一度も会っていないのに付き合ったり。そんなこともたくさんあった。だが一度に何人もの子と会話をしすぎて、何度も誤爆するようになった。この時に気づき始めた。自分はこうゆう付き合い方、遊び方はできないと。

 この時期に出会った中で、唯一実際に会った子がいた。志穂だった。LINEでよくそういったことをするようになり、どうゆう風の吹き回しだったか、僕のアパートに遊びに来ることになったのだった。会える距離だったからだろうか。

 正直この日のことをあまり僕は覚えていない。思い出したい。思い出せたらどれだけいいか。というか覚えていないなどあり得ない出来事が起こっている。

 ちょうど1年前の夏のあの時と同じように、駅まで迎えにいってアパートで二人でゆっくりしていたはずだ。

 相変わらず僕の恋愛体質と惚れやすさは変わっていない。彼女はとてもかわいらしかった。僕のアパートに着いた時点でもう彼女のことを好きになっていたと思う。近い距離でのんびりしながら、彼女の髪を褒めながらひたすら撫でていた。今思うと、彼女とそうゆう雰囲気になりたかったのが見え見えである。そして気づけばそうゆう雰囲気になり、行為に及ぶことになった。

 帰りに駅に送る際に、少しだけ気まずい雰囲気の中、付き合おうって言ったらどうする?と探りを入れていた。この時もう既にかなりと言っていいほど好きになっていたに違いない。だが、それだとしたらダサすぎる。付き合おうとストレートに伝えればいいものを、探りを入れている辺りが自信の無さを体現しているように見える。

 嫌いじゃないけど今の自分には付き合えない。そんなニュアンスを受け取って、二人は別れた。悲しみと、寂しさと、悔しさが押し寄せた。自分に足りないことばかりだったように思う。

 ここから彼女からのLINEはだんだん返ってこなくなる。つまりこれ以降もう二度と会うこともなくなった。

 顔も覚えていない。彼女に会って謝りたい。責任を取りたい。もう一度やり直せたらやはりどんなにいいか。彼女と歩んでいく道はあったのだろうか。いやあったと信じたい。彼女の当時の気持ちを確かめたい。

 その次の日から、急性咽頭炎でかなりの高熱を出した。感染症を疑い、駆けつけてきてくれた母に連れられ病院に行った。このときどんな気持ちでこいつはいたのか。もう少しでまた裏切ることになるというのに。

 その日はあっという間に来た。夏休みで実家に帰っていた。成績発表を目の当たりにした母は、「一生信じない」と失望していた。

 心配してくれて、一番に応援してくれて、愛してくれた母に、嘘ばかり吐き、期待を裏切り、失望させた。

 これも一生背負っていかなければならない罪。たくさんの恩を全て仇で返したことは、許されない。人でなしだ。

 こんなロクでもない息子で本当に本当にごめんなさい。待っていてください。いつかきっと。

 それから少しして、単位の関係上、浪人をしないと卒業は難しいということが分かったとある日。僕は大学生ではなくなった。


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