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二度目の世界
シルワの聖なる魔の森
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領地に到着した翌日から、叔父様の研究の手伝いが始まった。
そしてそれから、早くも一年が過ぎていた。
とは言っても、何が出来るのか自分でも分からない。色々なことを少しずつ始めてみて、何が自分に向いているのか探る毎日だった。
私に出来ること。
あの子のために出来ること。
我ながら意外だったのは、フィールドワークに適正があったことだ。
叔父様の後を追うように魔の森に足を踏み入れると、何故か体が軽くなる気がするのだ。これならずっと歩いていけそう。
でもこの森はシルワの民の聖地。あまり堂々と歩いて荒らしまわってはいけない。
私は、木の枝に引っかからないよう髪を結い上げ、帽子を目深に被り、ほとんど叔父様と変わらない格好で森に入る。
そして二時間ほど経ったら、全ての作業を中止して森を出る。
それがフィールドワークのルールだ。
そのルールのせいで調査は遅々として進まないけれど、アンリ叔父様は研究以上に保護を意識してらっしゃるから成果を焦らない。
そんな叔父様の姿勢こそを、私は学ばねばならないと強く思う。
そして一年が経った今では、私一人でも森に入ることが許されている。
それは、何故か私は森の動物たちに異様なほど好かれるからだ。
近くに行っただけで小鳥たちは私の肩や頭に止まりたがり、ウリ坊たちが並んで先導してくれる。
森の中に入れば、リスが木の実を持ってきてくれる。私のことは、餌を見つけるのが下手な後輩と思っているのかもしれない。
立ち止まって水分補給をしていれば、シカと目が合い、ウサギが撫でろと言わんばかりに地面に長く伸びてチラチラこちらを見てくる。
仕方がないと撫でていれば、その隣にタヌキが寝そべっていたりする。
帰り道では、オオカミたちが付かず離れずの距離でついてきて、森の出口まで見送ってくれる。
「いやあ、見事な送りオオカミだね!」
初めてその光景を見た叔父様は、ゲラゲラ笑っていた。そして、クマが歩くのに邪魔な倒木を張り手で退かしてくれたのを見て、目を点にしていた。
そんなこんなで、私は一人行動を許可された訳だ。
「さて、今日の調査範囲も……」
先月から、森の植生を集中的に調べている。
今は初夏だからどの植物もぐんぐん伸びてきていて、毎日来ていても見る景色は違う。それとなく動物たちが教えてくれなかったら、毎回迷子になっているかも知れない。
この森の緑は色が深くて鮮やかだ。そして魔力が多く観測される場所には大抵虹色を帯びた植物が生えている。虹色は花弁とは限らない。葉だったり茎だったりする場合もあるから、注意深く観察しないといけない。
そしてその様子を、スケッチブックに描く。
ここに来るまで自覚していなかったけれど、どうやら私には画才があるみたいだ。創作は苦手だけど、見た物を正確に描き写すのが得意なのだ。
だから実物を採取することは極力避け、その場でじっくり観察しながらスケッチする。そうしていると、森の様子がじんわりと自分の中に染入ってくる感じがする。
「カサンドルは変わった子……いや、不思議な子だねぇ」
叔父様は時折、思い出したように言う。
彼によると、私は森と相性が良すぎるのだそう。
「普通は、長時間この森にいると、具合が悪くなったりするんだけどね」
「叔父様。それは多分、私に魔力がないからだと思うわ。変わってなんかいません」
ジロリと睨んでみせると、叔父様は大袈裟に謝ってくる。
「ごめんごめん。ちょっと言い間違えただけだよ」
でも謝っても、すぐにまた言うのだ。
「でも本当にカサンドルって変だよねぇ」
「もっと失礼ですっ!」
そんな失礼な叔父様は、最近は家で作業することが多い。私が持ち帰ったサンプルや散文的なレポートを、もっと体系的にまとめているのだ。
そして地図も作っている。地形だけではなく、魔力の分布図もそこに載せていくらしい。
「これで、いずれ森がなぜ魔の森と呼ばれているかが分かるようになるよ」
叔父様は満足げだけれど、同時に複雑そうな表情になる。
「でも、これを発表するのは問題がありそうだ。これをガイドにして人間がこの森に押し寄せたら良くないからね……」
シルワの民は、外の人間とほとんど交流を持たない。かつては、いや今も差別の対象になっているからだ。彼らは私たちを信用していない。
毎日森に入る私たちのことを、彼らはきっと知っている。知っているけれど関わりたくないから近付いてこない。
森に悪さをしてしまったら、現れるだろう。罪を裁く断罪者として。
彼らの断罪はどんなものだろう? もちろん味わいたくないが、彼らの使う魔法などに興味があるのだ。
お伽話のような古い伝承では、シルワの民が魔法を使う時、必ず周囲がキラキラ光るという。
ちょっと見てみたい気もする。きっと綺麗だろう。
「絶対に無理だろうけど……」
ふと、珍しく強い風が吹いた。大抵は密集した木々が風避けになって森の中では吹かないのだけれど、その風は親にイタズラを叱られる前に逃げ出す子どものように、木々の間を吹き抜けていく。
「あ……」
愛用している帽子が飛ばされてしまった。
舞い上がって、高い枝に引っかかった。やだ。あれ、叔父様からプレゼントされた大事なものなのに。
帽子が引っかかっている木の下まで行ってみたけれど、全く手の届かない場所だと確認できただけ。
私は周囲を見回した。リスがいたら、取ってもらえるかも知れない。
何かが、頭上を横切った。リス? いいえ、あの影の大きさを考えると、サルの方が近い。
帽子は影のおかげで、私の手元に落ちてきた。
「有難う、おサルさん!」
姿は確認出来なかったけれどきっとサルだと思って、頭上に声を掛けた。
すると。
「誰がサルだ!?」
何故か抗議の声が返ってきた。
あら?
そしてそれから、早くも一年が過ぎていた。
とは言っても、何が出来るのか自分でも分からない。色々なことを少しずつ始めてみて、何が自分に向いているのか探る毎日だった。
私に出来ること。
あの子のために出来ること。
我ながら意外だったのは、フィールドワークに適正があったことだ。
叔父様の後を追うように魔の森に足を踏み入れると、何故か体が軽くなる気がするのだ。これならずっと歩いていけそう。
でもこの森はシルワの民の聖地。あまり堂々と歩いて荒らしまわってはいけない。
私は、木の枝に引っかからないよう髪を結い上げ、帽子を目深に被り、ほとんど叔父様と変わらない格好で森に入る。
そして二時間ほど経ったら、全ての作業を中止して森を出る。
それがフィールドワークのルールだ。
そのルールのせいで調査は遅々として進まないけれど、アンリ叔父様は研究以上に保護を意識してらっしゃるから成果を焦らない。
そんな叔父様の姿勢こそを、私は学ばねばならないと強く思う。
そして一年が経った今では、私一人でも森に入ることが許されている。
それは、何故か私は森の動物たちに異様なほど好かれるからだ。
近くに行っただけで小鳥たちは私の肩や頭に止まりたがり、ウリ坊たちが並んで先導してくれる。
森の中に入れば、リスが木の実を持ってきてくれる。私のことは、餌を見つけるのが下手な後輩と思っているのかもしれない。
立ち止まって水分補給をしていれば、シカと目が合い、ウサギが撫でろと言わんばかりに地面に長く伸びてチラチラこちらを見てくる。
仕方がないと撫でていれば、その隣にタヌキが寝そべっていたりする。
帰り道では、オオカミたちが付かず離れずの距離でついてきて、森の出口まで見送ってくれる。
「いやあ、見事な送りオオカミだね!」
初めてその光景を見た叔父様は、ゲラゲラ笑っていた。そして、クマが歩くのに邪魔な倒木を張り手で退かしてくれたのを見て、目を点にしていた。
そんなこんなで、私は一人行動を許可された訳だ。
「さて、今日の調査範囲も……」
先月から、森の植生を集中的に調べている。
今は初夏だからどの植物もぐんぐん伸びてきていて、毎日来ていても見る景色は違う。それとなく動物たちが教えてくれなかったら、毎回迷子になっているかも知れない。
この森の緑は色が深くて鮮やかだ。そして魔力が多く観測される場所には大抵虹色を帯びた植物が生えている。虹色は花弁とは限らない。葉だったり茎だったりする場合もあるから、注意深く観察しないといけない。
そしてその様子を、スケッチブックに描く。
ここに来るまで自覚していなかったけれど、どうやら私には画才があるみたいだ。創作は苦手だけど、見た物を正確に描き写すのが得意なのだ。
だから実物を採取することは極力避け、その場でじっくり観察しながらスケッチする。そうしていると、森の様子がじんわりと自分の中に染入ってくる感じがする。
「カサンドルは変わった子……いや、不思議な子だねぇ」
叔父様は時折、思い出したように言う。
彼によると、私は森と相性が良すぎるのだそう。
「普通は、長時間この森にいると、具合が悪くなったりするんだけどね」
「叔父様。それは多分、私に魔力がないからだと思うわ。変わってなんかいません」
ジロリと睨んでみせると、叔父様は大袈裟に謝ってくる。
「ごめんごめん。ちょっと言い間違えただけだよ」
でも謝っても、すぐにまた言うのだ。
「でも本当にカサンドルって変だよねぇ」
「もっと失礼ですっ!」
そんな失礼な叔父様は、最近は家で作業することが多い。私が持ち帰ったサンプルや散文的なレポートを、もっと体系的にまとめているのだ。
そして地図も作っている。地形だけではなく、魔力の分布図もそこに載せていくらしい。
「これで、いずれ森がなぜ魔の森と呼ばれているかが分かるようになるよ」
叔父様は満足げだけれど、同時に複雑そうな表情になる。
「でも、これを発表するのは問題がありそうだ。これをガイドにして人間がこの森に押し寄せたら良くないからね……」
シルワの民は、外の人間とほとんど交流を持たない。かつては、いや今も差別の対象になっているからだ。彼らは私たちを信用していない。
毎日森に入る私たちのことを、彼らはきっと知っている。知っているけれど関わりたくないから近付いてこない。
森に悪さをしてしまったら、現れるだろう。罪を裁く断罪者として。
彼らの断罪はどんなものだろう? もちろん味わいたくないが、彼らの使う魔法などに興味があるのだ。
お伽話のような古い伝承では、シルワの民が魔法を使う時、必ず周囲がキラキラ光るという。
ちょっと見てみたい気もする。きっと綺麗だろう。
「絶対に無理だろうけど……」
ふと、珍しく強い風が吹いた。大抵は密集した木々が風避けになって森の中では吹かないのだけれど、その風は親にイタズラを叱られる前に逃げ出す子どものように、木々の間を吹き抜けていく。
「あ……」
愛用している帽子が飛ばされてしまった。
舞い上がって、高い枝に引っかかった。やだ。あれ、叔父様からプレゼントされた大事なものなのに。
帽子が引っかかっている木の下まで行ってみたけれど、全く手の届かない場所だと確認できただけ。
私は周囲を見回した。リスがいたら、取ってもらえるかも知れない。
何かが、頭上を横切った。リス? いいえ、あの影の大きさを考えると、サルの方が近い。
帽子は影のおかげで、私の手元に落ちてきた。
「有難う、おサルさん!」
姿は確認出来なかったけれどきっとサルだと思って、頭上に声を掛けた。
すると。
「誰がサルだ!?」
何故か抗議の声が返ってきた。
あら?
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