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二度目の世界
お礼はクッキーで
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「あ、やべっ」
抗議の声の主は、うっかり屋さんのようだ。
少し離れた木の上で、ガサガサと枝を揺らしているのが、その主だろう。
もしかして。
私は期待に逸る心を押さえつけた。
直接、会いたい。顔を見て話したい。でも駄目。彼らは人間と交流したいと思っていないのだから。
私は一度唾を呑み込み、改めて声を掛けた。
「有難う、シルワの優しい人。……私、明日またここに来るの。その時、お礼をお持ちします。よろしければ、受け取ってください」
返事はない。
でも、きっと聞いてくれているはず。
そろそろ時間だし、私は頭を下げて森を後にした。
家に帰り、叔父様に報告だ。
案の定、叔父様は大興奮に陥った。
「凄い! 凄いよ、カサンドル! 明日はボクも行くからね!」
「駄目ですよ。彼らは人間が嫌いなんですよね? 人数ご増えたら絶対に警戒されて、二度と接点が持てなくなりますよ」
「そう……そうだよね……」
「そうです。こっそり着いてきても駄目ですからね? すぐバレますし」
すっかり萎れてしまった姿は哀れを誘ったけれど、ここは心を鬼にしないと。
私は決然と叔父様に釘を刺したのだった。
それにしても、お礼の品は何にしよう?
悩みに悩んで、手作りお菓子にすることにした。
……手作りと言っても、叔父様の手作りなのだけど。
手柄を奪ってしまうようで本当に申し訳ないけれど、仕方がないのだ。私の料理全般のスキルは、壊滅しているから……
叔父様は嬉々として作ってくださった。お菓子作りは趣味だし、気に入ってもらったら、自分も会えるかも知れないという期待もあるからだそう。
お菓子はクッキーになった。彼らの好みが分からないから、シルワの森にあるような木の実入りの、素朴なものにすることになった。馴染みのある食材が使われていた方がとっつきやすいだろうという叔父様の気遣いだ。さすがです。
「……凄く、見られてる……」
クッキーの包みをリュックに入れて森の入口まで行くと、動物たちの視線が全身に突き刺さる。特にクマの視線が強かった。
けれどクマはリュックに張り付いてしまう視線をなんとか引き剥がし、悲しそうに首をフリフリ去っていった。
そんなクマの様子を見て、リスたちや小鳥などもすごすご下がっていく。
……なんか、ごめんなさい……
罪悪感に苛まれながら、私は昨日の場所へと向かった。
そこは静まり返っていた。ちょっと不自然なくらい静かだ。
まるで私の行動を、固唾をのんで見つめているようだ。
昨日の人が見ているのだろう。
どんな人なのだろう? 声が高くて雑な話し方。もしかしたら私と同じくらいの年齢の子かも知れない。
私はドキドキしながらしゃがみ込み、落ちていた大振りの葉っぱの土を払って、そこにリュックから出したクッキーの包みを乗せた。
「これは、昨日のお礼です。クッキーです。えっと、木の実を入れた、小麦粉の焼き菓子なの。よろしければ、受け取ってください」
もしかしたらいないかも知れないけれど、いるかも知れない。いえ、いて欲しいと願いながら、私は周囲を見回した。
あ、見ていたらいけない。彼らは人間に姿を見られたくないだろう。
私は立ち上がり、お辞儀をした。とりあえずここから立ち去ろう。
そう考えた時だった。
「ーー!」
ガサガサっ! と木の枝を激しく揺らし、上から人が降ってきた。そしてドテっと尻餅をついている。
あんまり驚いてしまって、私は悲鳴すらあげられなかった。
そんな硬直する私の前に現れたのは、長いプラチナブロンドを背中に流した、ほっそりとした少年だった。
……少年よね? とても美しい子だ。服装はシンプルな麻のチュニック。膝までの短パン。腰の帯だけはとても凝った織り方の綺麗なものだ。そこから何個もドングリがぶら下がっているのは、彼のオシャレなのだろうか?
新緑の色をした瞳がとても綺麗……目が合ってしまったけれど、いいのかしら?
しばしそのまま見つめあい、そして少年は急に顔を真っ赤にして、明らかに「ヤバい!」という表情になった。
「おい、お前!」
「はい!」
つい背筋を伸ばして返事してしまった。こんな風に大きな声を同世代の子から掛けられたことがなかったから。
ピシリと気を付け状態で固まる私の前で、少年はしきりにエヘンオホンと空咳を繰り返す。
物凄く綺麗な子だけど、ちょっと変わっているかも知れない。
少し緊張を緩めて、少年の様子を眺める。
彼はチラチラとクッキーの包みを見て、そして私の顔を見る。いえ、私の頭を見ているのかしら?
「お前……」
「はい」
少年は真顔になったけれど、まだその頬は真っ赤だ。
これは一体、どういうことなのだろう。私はもうどうしたらいいのかわからなくなって、異文化コミュニケーションの難しさを痛感していた。
「これは、食い物……だよな?」
「はい。お口に合うかどうか分からないけれど……」
「破廉恥だぞ!」
はい?
急に怒鳴られて、さすがに私もムッとした。
「帽子を取ってもらって嬉しかったからお礼と思って持ってきただけよ。破廉恥なんて意味が分からないわ」
言い返すと、今度は目に見えて狼狽えている。なんなの、この子?
「だって……食べ物を贈るなんて……」
叱られた幼児のように口を尖らせ、まだ彼はブツブツ言っている。
「……いらないなら、無理に食べなくていいわ。悪かったわね」
何がいけないのか分からないけれど、無理に渡しても良くない。そう思ってクッキーを回収しようしたら、少年は「ああっ!」と悲痛な声をあげる。
「そんな良い匂いのするものを……」
「もう! いるの、いらないの!?」
睨む私に、少年はおずおずと言った。
「だってお前……コキンシャ? じゃない、えっと、誰かの嫁だよな?」
「はいぃ!?」
まだ八歳ですけど私!?
抗議の声の主は、うっかり屋さんのようだ。
少し離れた木の上で、ガサガサと枝を揺らしているのが、その主だろう。
もしかして。
私は期待に逸る心を押さえつけた。
直接、会いたい。顔を見て話したい。でも駄目。彼らは人間と交流したいと思っていないのだから。
私は一度唾を呑み込み、改めて声を掛けた。
「有難う、シルワの優しい人。……私、明日またここに来るの。その時、お礼をお持ちします。よろしければ、受け取ってください」
返事はない。
でも、きっと聞いてくれているはず。
そろそろ時間だし、私は頭を下げて森を後にした。
家に帰り、叔父様に報告だ。
案の定、叔父様は大興奮に陥った。
「凄い! 凄いよ、カサンドル! 明日はボクも行くからね!」
「駄目ですよ。彼らは人間が嫌いなんですよね? 人数ご増えたら絶対に警戒されて、二度と接点が持てなくなりますよ」
「そう……そうだよね……」
「そうです。こっそり着いてきても駄目ですからね? すぐバレますし」
すっかり萎れてしまった姿は哀れを誘ったけれど、ここは心を鬼にしないと。
私は決然と叔父様に釘を刺したのだった。
それにしても、お礼の品は何にしよう?
悩みに悩んで、手作りお菓子にすることにした。
……手作りと言っても、叔父様の手作りなのだけど。
手柄を奪ってしまうようで本当に申し訳ないけれど、仕方がないのだ。私の料理全般のスキルは、壊滅しているから……
叔父様は嬉々として作ってくださった。お菓子作りは趣味だし、気に入ってもらったら、自分も会えるかも知れないという期待もあるからだそう。
お菓子はクッキーになった。彼らの好みが分からないから、シルワの森にあるような木の実入りの、素朴なものにすることになった。馴染みのある食材が使われていた方がとっつきやすいだろうという叔父様の気遣いだ。さすがです。
「……凄く、見られてる……」
クッキーの包みをリュックに入れて森の入口まで行くと、動物たちの視線が全身に突き刺さる。特にクマの視線が強かった。
けれどクマはリュックに張り付いてしまう視線をなんとか引き剥がし、悲しそうに首をフリフリ去っていった。
そんなクマの様子を見て、リスたちや小鳥などもすごすご下がっていく。
……なんか、ごめんなさい……
罪悪感に苛まれながら、私は昨日の場所へと向かった。
そこは静まり返っていた。ちょっと不自然なくらい静かだ。
まるで私の行動を、固唾をのんで見つめているようだ。
昨日の人が見ているのだろう。
どんな人なのだろう? 声が高くて雑な話し方。もしかしたら私と同じくらいの年齢の子かも知れない。
私はドキドキしながらしゃがみ込み、落ちていた大振りの葉っぱの土を払って、そこにリュックから出したクッキーの包みを乗せた。
「これは、昨日のお礼です。クッキーです。えっと、木の実を入れた、小麦粉の焼き菓子なの。よろしければ、受け取ってください」
もしかしたらいないかも知れないけれど、いるかも知れない。いえ、いて欲しいと願いながら、私は周囲を見回した。
あ、見ていたらいけない。彼らは人間に姿を見られたくないだろう。
私は立ち上がり、お辞儀をした。とりあえずここから立ち去ろう。
そう考えた時だった。
「ーー!」
ガサガサっ! と木の枝を激しく揺らし、上から人が降ってきた。そしてドテっと尻餅をついている。
あんまり驚いてしまって、私は悲鳴すらあげられなかった。
そんな硬直する私の前に現れたのは、長いプラチナブロンドを背中に流した、ほっそりとした少年だった。
……少年よね? とても美しい子だ。服装はシンプルな麻のチュニック。膝までの短パン。腰の帯だけはとても凝った織り方の綺麗なものだ。そこから何個もドングリがぶら下がっているのは、彼のオシャレなのだろうか?
新緑の色をした瞳がとても綺麗……目が合ってしまったけれど、いいのかしら?
しばしそのまま見つめあい、そして少年は急に顔を真っ赤にして、明らかに「ヤバい!」という表情になった。
「おい、お前!」
「はい!」
つい背筋を伸ばして返事してしまった。こんな風に大きな声を同世代の子から掛けられたことがなかったから。
ピシリと気を付け状態で固まる私の前で、少年はしきりにエヘンオホンと空咳を繰り返す。
物凄く綺麗な子だけど、ちょっと変わっているかも知れない。
少し緊張を緩めて、少年の様子を眺める。
彼はチラチラとクッキーの包みを見て、そして私の顔を見る。いえ、私の頭を見ているのかしら?
「お前……」
「はい」
少年は真顔になったけれど、まだその頬は真っ赤だ。
これは一体、どういうことなのだろう。私はもうどうしたらいいのかわからなくなって、異文化コミュニケーションの難しさを痛感していた。
「これは、食い物……だよな?」
「はい。お口に合うかどうか分からないけれど……」
「破廉恥だぞ!」
はい?
急に怒鳴られて、さすがに私もムッとした。
「帽子を取ってもらって嬉しかったからお礼と思って持ってきただけよ。破廉恥なんて意味が分からないわ」
言い返すと、今度は目に見えて狼狽えている。なんなの、この子?
「だって……食べ物を贈るなんて……」
叱られた幼児のように口を尖らせ、まだ彼はブツブツ言っている。
「……いらないなら、無理に食べなくていいわ。悪かったわね」
何がいけないのか分からないけれど、無理に渡しても良くない。そう思ってクッキーを回収しようしたら、少年は「ああっ!」と悲痛な声をあげる。
「そんな良い匂いのするものを……」
「もう! いるの、いらないの!?」
睨む私に、少年はおずおずと言った。
「だってお前……コキンシャ? じゃない、えっと、誰かの嫁だよな?」
「はいぃ!?」
まだ八歳ですけど私!?
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