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二度目の世界
竜の目覚めと私の目標
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「ドラゴンの野郎どもが目覚めたんだよ! わはは! 真っ向から戦ってぶちのめしてやる!!」
ゲオルグさんは叫んで駆出そうとして……その場に転がった。
あれからずっと、ドラゴンは活発に動いているようだ。
竜鳴りとシルワの人が呼ぶドラゴンの咆哮は、一日一回は聞こえるようになった。
活動期とはよく言ったものだと、感心してしまう。
そしてそう命名した?ゲオルグさんは足繁く森に通い、その度にシルワの人々にこっぴどく追い返されている。
「ったく、いつまでも昔のことを根に持ちやがって」
追い返されるとそのまま叔父様と私の住む家にやってきて管を巻くのが、ゲオルグさんの日課になっている。
「それだけ十年前のことがショックだったのでしょう。シルワの民にとってドラゴンは守り神のようなものだと聞きますよ?」
「ちっ、俺だってこの脚の怪我さえなけりゃあな……」
ゲオルグさんは悔しそうに自分の右脚を叩いた。見た目では分からないけれど、その脚は十年前に大怪我をしたせいで激しい動きが出来なくなったのだそう。
それなのに学校で騎士の卵相手に実戦訓練したり森に入り込んだりするのたから、なんとも凄い人だ。
ドラゴンを狙うのは絶対に許せないけれど。
またドラゴンが吼えている。
そのお腹に響く轟音は相変わらず凄まじいけれど、なんとなく慣れてきた気がする。
そしてふと思う。前回の生では、ドラゴンたちはどうしていただろうか、と。
前回の私は殿下の心を独占したくて一生懸命で、他のことなんて目に入っていなかった。
そもそも、侯爵家の領地に近づいていなかった。
「……どうして近づかなかったのだったかしら……」
いくら妃教育などで忙しかったとはいえ、今回と違って前回は殿下の婚約者となってから表面上は家族とそれなりに上手くやっていたはずだ。
『あそこは嫌ですわ。いつも恐ろしい音がして、よく揺れるのですもの』
そう言えば、前回はこんなことを殿下に話していたことがあった。
そうだ。前回の私は、領地を嫌って……というより恐れていた。
おぞましい、いやらしい魔獣。
やめて側に寄らないで。
そう強く思ったのはいつだっただろうか。
* * * *
辺り一面真っ白だ。
凍てつく氷原。死んだような木々。
私は一人、ただ立ち尽くす。
キュイキュイと、小鳥に似た高い鳴き声がする。
あの子かしら。楽しそうな声だわ。
声の方に行きたいのに、足が進まない。どうしてなのかと焦ってジタバタすると、滑って転びそうになる。
そんな私の手を掴んで助けてくれたのは、キーリだ。
女の子のように細くて綺麗で、ちょっと口が悪い。
私より背が低いことを気にしていてーー
「……あれ? もう抜かれたわよね?」
声に出して気がついた。
「夢、ね……」
起きた私は、素早く身支度をする。今日も朝から森に行くのだ。
私はこの夏、十六歳になった。
魔力を調べる聖別儀式は受けず、王都の貴族子女が通う学校にも行かず、ずっとブットヴィルの領地で過ごしている。
レオン殿下は王都で儀式を受けて王家の庇護下に入れと言ってきたみたいだけど、叔父様が頑張って固辞してくれた。侯爵家にも報告して、お父様からも辞退する旨を王家に伝えてくださったという。
お父様が断ってくださったのは正直意外だった。王家からの命令ならば何でも従う人だと思っていたから。
どうやら私が絡むとマリーが癇癪を起こすため、問題の種になりそうだと判断されたらしい。
殿下の婚約者で有難うマリー。
色々な意味で本人には言えないから、そっと心の中で祈っておこう。
「よっ、カサンドル」
森に入ってすぐ、キーリが現れた。
「……やっぱり、抜かれてる」
私はキーリの頭に目をやった。
いつの間にか、私の身長はキーリに追い越されていた。
ここ一年くらいだろうか。急に背が伸び、体つきもだいぶたくましくなってきたキーリだ。顔立ちも凛々しく、綺麗だけれどもう女の子と間違えられることはないだろう。
「何が抜かれたって?」
キーリが首を傾げると、金髪がサラサラと流れる。新緑色の瞳といい、お伽話の精霊のような美しさで、何となくしゃくに触る。
「何でもないわ。さあ、行きましょう!」
ようやく、私もドラゴンの側である聖地の岩山の麓まで足を踏み入れることが出来るようになった。
キーリや叔父様を通じて、ドラゴンへの思いをシルワの長老様にずっと伝えてもらっていたのだ。
領地に聖地があるのにドラゴンの生態など全く知らない。本当にそれでいいのかと。
ちゃんと知り、良き隣人として向き合うべきではないかという、考えを。
そして、長老様は頷いてくださったのだ。
竜の巣に入ることは無理だろうけれど、側に行くことをシルワは止めないと。
ただし、条件がつけられた。
必ずキーリと一緒に行動すること、という条件だ。
だからこうして、キーリと共に岩山に向かっている。
「森と違うから気をつけろよ。聖地に近い方が揺れるしな」
そう言って、キーリは手を取って導いてくれる。
華奢に見えるキーリも、こうして触れ合うと手も大きくて骨張っていて、すっかり大人の男性なのだと思い知らされる。
彼の言う通り、岩山近くはかなり揺れることが多い。
でもキーリの足取りは揺るぎなくて、とても頼もしくて心強い。一緒に来てもらって良かった。
「カサンドルは、ドラゴンをどう調査するつもりなんだ?」
不安定な石を踏んでしまってよろけた私を軽く手を引いて助けてくれながら、キーリは言った。
シルワの人々はドラゴンと共生しているけれど、調べようという発想はないという。
「実は考えていないの。出たとこ勝負?」
「なんだそりゃ!?」
「だって、ドラゴンのこと何も知らないんだもの。大人はどれくらいの大きさなのかってことも、はっきり分からないわ」
「そういやお前は、まともに見たこともないんだもんな……」
そうなのだ。前回もあの子以外は全く見たことがないし、今回もそうだ。はっきり言って、ドラゴンと縁のない生活をしている。それなのに、どうしてか気になる。何となく呼ばれてさえいる気さえするのだ。
どうしてなのか、自分でも分からない。
ゲオルグさんは叫んで駆出そうとして……その場に転がった。
あれからずっと、ドラゴンは活発に動いているようだ。
竜鳴りとシルワの人が呼ぶドラゴンの咆哮は、一日一回は聞こえるようになった。
活動期とはよく言ったものだと、感心してしまう。
そしてそう命名した?ゲオルグさんは足繁く森に通い、その度にシルワの人々にこっぴどく追い返されている。
「ったく、いつまでも昔のことを根に持ちやがって」
追い返されるとそのまま叔父様と私の住む家にやってきて管を巻くのが、ゲオルグさんの日課になっている。
「それだけ十年前のことがショックだったのでしょう。シルワの民にとってドラゴンは守り神のようなものだと聞きますよ?」
「ちっ、俺だってこの脚の怪我さえなけりゃあな……」
ゲオルグさんは悔しそうに自分の右脚を叩いた。見た目では分からないけれど、その脚は十年前に大怪我をしたせいで激しい動きが出来なくなったのだそう。
それなのに学校で騎士の卵相手に実戦訓練したり森に入り込んだりするのたから、なんとも凄い人だ。
ドラゴンを狙うのは絶対に許せないけれど。
またドラゴンが吼えている。
そのお腹に響く轟音は相変わらず凄まじいけれど、なんとなく慣れてきた気がする。
そしてふと思う。前回の生では、ドラゴンたちはどうしていただろうか、と。
前回の私は殿下の心を独占したくて一生懸命で、他のことなんて目に入っていなかった。
そもそも、侯爵家の領地に近づいていなかった。
「……どうして近づかなかったのだったかしら……」
いくら妃教育などで忙しかったとはいえ、今回と違って前回は殿下の婚約者となってから表面上は家族とそれなりに上手くやっていたはずだ。
『あそこは嫌ですわ。いつも恐ろしい音がして、よく揺れるのですもの』
そう言えば、前回はこんなことを殿下に話していたことがあった。
そうだ。前回の私は、領地を嫌って……というより恐れていた。
おぞましい、いやらしい魔獣。
やめて側に寄らないで。
そう強く思ったのはいつだっただろうか。
* * * *
辺り一面真っ白だ。
凍てつく氷原。死んだような木々。
私は一人、ただ立ち尽くす。
キュイキュイと、小鳥に似た高い鳴き声がする。
あの子かしら。楽しそうな声だわ。
声の方に行きたいのに、足が進まない。どうしてなのかと焦ってジタバタすると、滑って転びそうになる。
そんな私の手を掴んで助けてくれたのは、キーリだ。
女の子のように細くて綺麗で、ちょっと口が悪い。
私より背が低いことを気にしていてーー
「……あれ? もう抜かれたわよね?」
声に出して気がついた。
「夢、ね……」
起きた私は、素早く身支度をする。今日も朝から森に行くのだ。
私はこの夏、十六歳になった。
魔力を調べる聖別儀式は受けず、王都の貴族子女が通う学校にも行かず、ずっとブットヴィルの領地で過ごしている。
レオン殿下は王都で儀式を受けて王家の庇護下に入れと言ってきたみたいだけど、叔父様が頑張って固辞してくれた。侯爵家にも報告して、お父様からも辞退する旨を王家に伝えてくださったという。
お父様が断ってくださったのは正直意外だった。王家からの命令ならば何でも従う人だと思っていたから。
どうやら私が絡むとマリーが癇癪を起こすため、問題の種になりそうだと判断されたらしい。
殿下の婚約者で有難うマリー。
色々な意味で本人には言えないから、そっと心の中で祈っておこう。
「よっ、カサンドル」
森に入ってすぐ、キーリが現れた。
「……やっぱり、抜かれてる」
私はキーリの頭に目をやった。
いつの間にか、私の身長はキーリに追い越されていた。
ここ一年くらいだろうか。急に背が伸び、体つきもだいぶたくましくなってきたキーリだ。顔立ちも凛々しく、綺麗だけれどもう女の子と間違えられることはないだろう。
「何が抜かれたって?」
キーリが首を傾げると、金髪がサラサラと流れる。新緑色の瞳といい、お伽話の精霊のような美しさで、何となくしゃくに触る。
「何でもないわ。さあ、行きましょう!」
ようやく、私もドラゴンの側である聖地の岩山の麓まで足を踏み入れることが出来るようになった。
キーリや叔父様を通じて、ドラゴンへの思いをシルワの長老様にずっと伝えてもらっていたのだ。
領地に聖地があるのにドラゴンの生態など全く知らない。本当にそれでいいのかと。
ちゃんと知り、良き隣人として向き合うべきではないかという、考えを。
そして、長老様は頷いてくださったのだ。
竜の巣に入ることは無理だろうけれど、側に行くことをシルワは止めないと。
ただし、条件がつけられた。
必ずキーリと一緒に行動すること、という条件だ。
だからこうして、キーリと共に岩山に向かっている。
「森と違うから気をつけろよ。聖地に近い方が揺れるしな」
そう言って、キーリは手を取って導いてくれる。
華奢に見えるキーリも、こうして触れ合うと手も大きくて骨張っていて、すっかり大人の男性なのだと思い知らされる。
彼の言う通り、岩山近くはかなり揺れることが多い。
でもキーリの足取りは揺るぎなくて、とても頼もしくて心強い。一緒に来てもらって良かった。
「カサンドルは、ドラゴンをどう調査するつもりなんだ?」
不安定な石を踏んでしまってよろけた私を軽く手を引いて助けてくれながら、キーリは言った。
シルワの人々はドラゴンと共生しているけれど、調べようという発想はないという。
「実は考えていないの。出たとこ勝負?」
「なんだそりゃ!?」
「だって、ドラゴンのこと何も知らないんだもの。大人はどれくらいの大きさなのかってことも、はっきり分からないわ」
「そういやお前は、まともに見たこともないんだもんな……」
そうなのだ。前回もあの子以外は全く見たことがないし、今回もそうだ。はっきり言って、ドラゴンと縁のない生活をしている。それなのに、どうしてか気になる。何となく呼ばれてさえいる気さえするのだ。
どうしてなのか、自分でも分からない。
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