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二度目の世界
聖地に行く
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森が切れ、岩山が目の前まで迫ってきた時だった。
チラチラと視界の隅で何かが動き、私は思わず立ち止まった。
キーリは空いた手を軽く振っている。
「仲間だよ」
聖地を守っているシルワの人たちだった。ほとんどが若い男性で、弓を手にしている。キーリと同じく長い金髪を結わずに流しているから、みんな独身なのだろう。
そんな中でもひときわ目を惹く淡い金髪の主は、驚くことに女性だった。体つきは引き締まっていて力強いけれど、私より小柄だ。それなのに、危険の大きい場所で仕事をしているなんて。
「キーリ、そのお嬢ちゃんが?」
女性が私をジロジロ見ながら声を掛けてきた。可愛らしい声。私より年下かも知れない。
「よ、ミーア。そうさ。長老が認めた人間の姫様だ」
キーリが言う。
その言葉に胸の奥がチクリと痛む。
ミーアと呼ばれた彼女は、身軽に岩肌を横切り私たちの前までやってきた。
「アタシはミーア。キーリの幼馴染だ。よろしくね、人間の姫様」
ミーアも綺麗な人だ。キリッと眉が太くて、生き生きとした翡翠色の大きな目がとても魅力的。
「私はカサンドルよ。アンリ叔父様の姪なの」
「お菓子のアンリさんね! アタシもお菓子大好きだわ!」
「こいつ、この小ささで誰よりも大食いなんだよな。カサンドルのお上品さを見習えっての」
「姫様と比べんな馬鹿! だいたいあんただってこの間までチビだったじゃん!」
「いてっ! ドツクなよ、凶暴だな」
ミーアがキーリの腕をバシバシ叩いて、キーリがシッシッとミーアを追い払う。
なんだか息もぴったりでお似合いね……
いつの間にか手も放されていたから、私はそっと二人から距離を取る。
他のシルワの人たちがハラハラした様子でこちらを見ているのは何故だろう。
「お前に構ってる暇は無いんだよ! さっさと見張りに戻れっての」
「言われなくとも戻るよ! じゃあね、お上品な姫様!」
ミーアは元気良く手を振って、跳ねるように走り去っていった。突風みたいな子だった。
「元気な子ね。シルワの女の子ってみんなあんな感じなの?」
「あいつは特別。ドリュアドというより山猿の末裔だな」
憎まれ口を叩きながらも、キーリの目は優しい。私に向けるそれとは違った、包み込むような温かみのある眼差しでミーアを見ている。
ここにきて、私はキーリのことを何も知らないことに気がついた。
ついこの間まで背が伸びないことを気にしていて、叔父様のお菓子が大好きで、口は悪いけれどいつも親切にしてくれるキーリ。
おしゃべりだけど、私がスケッチに集中していると、黙って側で待っていてくれる。
目がとても良くて、聖地の岩山で垣間見えたドラゴンの様子を教えてくれる。
そしてわざわざ長老様に掛け合ってくれて、こうして聖地まで連れてきてくれる。
キーリはその日何があったとか面白おかしく話してくれるけれど、自分のことはあまり教えてくれない。
私もあえて聞かなかった。それでいいと思っていた。
今日この瞬間まで。
でも今は知りたいと思ってしまう。
村ではミーアといつも一緒なの?
ミーアのこと……好きなの?
私はグッと唇を噛む。
そうしないと、キーリを問い詰めてしまいそうだから。
でも、これだけは言わせて欲しい。
「私、姫様なんかじゃないわ」
子爵家の養子になったとは言っても、やっていることは研究者の助手だし、森を歩き回るフィールドワーク。姫様どころか貴族の令嬢らしさすら欠片もない。
「……それに、お上品でもないわ」
森の中でお菓子とか立食いしているし。
私だって、ミーアと変わらないわ。シルワの民ではないけれど。そこはもう、どうにもならないし。
キーリの顔を見れなくて、視線を足元に落とす。それでもキーリが私の横顔をジッと見ているのが分かる。
「……なんか、ゴメン」
「え?」
しょんぼりした声に、思わず顔を上げた。
「俺、なんか変なこと言ったんだな。注意してるつもりだけど、俺って無神経だから……」
気落ちして、目を伏せているキーリ。長い睫毛が頬に影を落としている。
そんな彼なんて見たことなくて、私は慌てて両手を振った。
「変なことではないわ! ただちょっと、私は貴方たちとなんら変わりないつもりだったのに、違うみたいに言われたから」
私はシルワでもないから、少し寂しかったの。
話しているうちにだんだん恥ずかしくなって、最後はボソボソと独り言に近いトーンに、なってしまった。
「カサンドルのことは……初めて会った時から、変な奴だって思ってたけど」
「はあ?」
キーリの無情な返事に、私は眉を吊り上げた。
今度はキーリが慌てて首を振った。
「違う! あ、いや、違わない? ともかく、シルワとか人間とか、そんなの関係ないんだ。カサンドルがシルワだったとしても、きっと変な奴だって思う。俺たちと違うとかそういう問題じゃない」
「貴方の言う事は難しいわね……」
これは喜んでいいのかどうか、悩ましい。
「それと、姫様ってのは、長老の受け売りなんだ」
「長老様が?」
どういうことなのだろう?
「ああ。その意味は、聖地に行けば分かるだろうってさ」
聖地に……
もしかして立ち入るのを許されたのも、そのため?
長老様がおっしゃりたいことは何なのか。
とりあえず、まずは聖地に出来るだけ近づいてみないといけないわね。
チラチラと視界の隅で何かが動き、私は思わず立ち止まった。
キーリは空いた手を軽く振っている。
「仲間だよ」
聖地を守っているシルワの人たちだった。ほとんどが若い男性で、弓を手にしている。キーリと同じく長い金髪を結わずに流しているから、みんな独身なのだろう。
そんな中でもひときわ目を惹く淡い金髪の主は、驚くことに女性だった。体つきは引き締まっていて力強いけれど、私より小柄だ。それなのに、危険の大きい場所で仕事をしているなんて。
「キーリ、そのお嬢ちゃんが?」
女性が私をジロジロ見ながら声を掛けてきた。可愛らしい声。私より年下かも知れない。
「よ、ミーア。そうさ。長老が認めた人間の姫様だ」
キーリが言う。
その言葉に胸の奥がチクリと痛む。
ミーアと呼ばれた彼女は、身軽に岩肌を横切り私たちの前までやってきた。
「アタシはミーア。キーリの幼馴染だ。よろしくね、人間の姫様」
ミーアも綺麗な人だ。キリッと眉が太くて、生き生きとした翡翠色の大きな目がとても魅力的。
「私はカサンドルよ。アンリ叔父様の姪なの」
「お菓子のアンリさんね! アタシもお菓子大好きだわ!」
「こいつ、この小ささで誰よりも大食いなんだよな。カサンドルのお上品さを見習えっての」
「姫様と比べんな馬鹿! だいたいあんただってこの間までチビだったじゃん!」
「いてっ! ドツクなよ、凶暴だな」
ミーアがキーリの腕をバシバシ叩いて、キーリがシッシッとミーアを追い払う。
なんだか息もぴったりでお似合いね……
いつの間にか手も放されていたから、私はそっと二人から距離を取る。
他のシルワの人たちがハラハラした様子でこちらを見ているのは何故だろう。
「お前に構ってる暇は無いんだよ! さっさと見張りに戻れっての」
「言われなくとも戻るよ! じゃあね、お上品な姫様!」
ミーアは元気良く手を振って、跳ねるように走り去っていった。突風みたいな子だった。
「元気な子ね。シルワの女の子ってみんなあんな感じなの?」
「あいつは特別。ドリュアドというより山猿の末裔だな」
憎まれ口を叩きながらも、キーリの目は優しい。私に向けるそれとは違った、包み込むような温かみのある眼差しでミーアを見ている。
ここにきて、私はキーリのことを何も知らないことに気がついた。
ついこの間まで背が伸びないことを気にしていて、叔父様のお菓子が大好きで、口は悪いけれどいつも親切にしてくれるキーリ。
おしゃべりだけど、私がスケッチに集中していると、黙って側で待っていてくれる。
目がとても良くて、聖地の岩山で垣間見えたドラゴンの様子を教えてくれる。
そしてわざわざ長老様に掛け合ってくれて、こうして聖地まで連れてきてくれる。
キーリはその日何があったとか面白おかしく話してくれるけれど、自分のことはあまり教えてくれない。
私もあえて聞かなかった。それでいいと思っていた。
今日この瞬間まで。
でも今は知りたいと思ってしまう。
村ではミーアといつも一緒なの?
ミーアのこと……好きなの?
私はグッと唇を噛む。
そうしないと、キーリを問い詰めてしまいそうだから。
でも、これだけは言わせて欲しい。
「私、姫様なんかじゃないわ」
子爵家の養子になったとは言っても、やっていることは研究者の助手だし、森を歩き回るフィールドワーク。姫様どころか貴族の令嬢らしさすら欠片もない。
「……それに、お上品でもないわ」
森の中でお菓子とか立食いしているし。
私だって、ミーアと変わらないわ。シルワの民ではないけれど。そこはもう、どうにもならないし。
キーリの顔を見れなくて、視線を足元に落とす。それでもキーリが私の横顔をジッと見ているのが分かる。
「……なんか、ゴメン」
「え?」
しょんぼりした声に、思わず顔を上げた。
「俺、なんか変なこと言ったんだな。注意してるつもりだけど、俺って無神経だから……」
気落ちして、目を伏せているキーリ。長い睫毛が頬に影を落としている。
そんな彼なんて見たことなくて、私は慌てて両手を振った。
「変なことではないわ! ただちょっと、私は貴方たちとなんら変わりないつもりだったのに、違うみたいに言われたから」
私はシルワでもないから、少し寂しかったの。
話しているうちにだんだん恥ずかしくなって、最後はボソボソと独り言に近いトーンに、なってしまった。
「カサンドルのことは……初めて会った時から、変な奴だって思ってたけど」
「はあ?」
キーリの無情な返事に、私は眉を吊り上げた。
今度はキーリが慌てて首を振った。
「違う! あ、いや、違わない? ともかく、シルワとか人間とか、そんなの関係ないんだ。カサンドルがシルワだったとしても、きっと変な奴だって思う。俺たちと違うとかそういう問題じゃない」
「貴方の言う事は難しいわね……」
これは喜んでいいのかどうか、悩ましい。
「それと、姫様ってのは、長老の受け売りなんだ」
「長老様が?」
どういうことなのだろう?
「ああ。その意味は、聖地に行けば分かるだろうってさ」
聖地に……
もしかして立ち入るのを許されたのも、そのため?
長老様がおっしゃりたいことは何なのか。
とりあえず、まずは聖地に出来るだけ近づいてみないといけないわね。
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