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8.女同士は波乱含み
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アルトゥロは焦れていた。
聖女マリアの教育が、思ったより進んでいないのだ。
マリアは別にサボっている訳ではない。むしろ必死に頑張っているように見える。しかし。
「ゴホゴホっ!!」
魔力を浄化へと変換させる術を使おうとすると、マリアの体は拒絶反応を起こしたようになってしまう。
マリアは苦しそうに咳をし続け、ゼエゼエと喉を鳴らしている。
ソファーに倒れ込み涙をポロポロ流すその姿は、哀れとしか言いようがない。
「おい、聖女様は大丈夫なのか? どんどん痩せていっているぞ!」
アルトゥロは魔導士長ディマスにくってかかる。ディマスは肩を竦めた。
「私は医師ではないのでわかりかねます」
「使えん奴だ……!」
アルトゥロはディマスの胸倉を掴み上げた。
しかし王子を止めたのは、苦しそうにしている当の聖女マリアだった。
「アルトゥロさん、彼を責めないで……ゴホッ……私が悪いのよ」
必死にソファーから起き上がり、アルトゥロの服の裾を掴む。
「私の体が弱いから……ごめんなさい……」
「マリア……」
アルトゥロは慌ててマリアに寄り添い、その背中を優しく擦る。
ディマスはフードの上から頭を掻いていたが、仕方がないと溜息を落とす。
「少し聖女様には休んでいただきましょう。このままでは倒れてしまうでしょう」
無理をして余計に浄化が遅れてもマズい。そして必要以上に聖女が辛そうなのを国民に見られたら、王家が虐待しているのではないかと疑われてしまいそうだ。それは避けたい。
「休んでいて下さい、聖女様。医師を手配しますので」
「お医者様は呼ばなくて大丈夫よ。少し休めばそれでいいわ。私の為に、有難う……」
「相変わらず謙虚過ぎですよ、聖女様。私はこれから行くところがあるので離れますが、代わりに護衛の者を置いておきます。ご安心を」
「分かったわ、アルトゥロさん。護衛の方って、クルスさん?」
「え、ええ。そうです」
「良かったです。クルスさん強いし優しいし」
アルトゥロはわずかに口の端を引きつらせた。しかし優しく「ゆっくり休んでください」と言って部屋から出た。
「……うまくいかないな……。何とかせねば……」
廊下で一人、アルトゥロは呟いた。
最近、侍女たちの視線が刺々しい。
マリアは素知らぬ顔をしてお茶を飲みながら、内心でせせら笑っていた。
能力のない女たちが自分を妬んでいる。
無理もない。アルトゥロ王子をはじめとした若き貴公子たちがこぞってマリアに侍っているのだ。
中でも近衛騎士のクルスは、銀髪が見事な見目麗しくかつ高位貴族の出身で、貴族階級出身の侍女たちの憧れの的。そんなクルスが仕事とは言え熱心にマリアの護衛をしているのだから、面白いはずがないのは分かっている。
(でも、しょうがないよね。だって私は聖女なんだもん)
女神に認められた優れた魔力で《瘴気》を浄化する存在なのだから、優秀な人間に守ってもらうのは当然だ。
「――まだ魔力を制御すら出来ないくせに……」
侍女たちの方から声が聞こえてきた。きっとマリアに聞こえるように言ったのだろう。
マリアはゆっくりと顔を上げ、侍女たちの方に目をやる。
そんなマリアの動きに、壁際で控えていたクルスが反応した。
「どうかなさいましたか、聖女様?」
どうやら彼のところにまで侍女の声は届かなかったようだ。彼の藍色の瞳が、気づかわしげにマリアの顔を映している。
マリアは瞳を潤ませた。この程度のことなら自由自在にやれるマリアである。
「ごめんなさい……私が能無しの聖女だから、皆さん不安に思ってるのね……」
マリアの発言に、侍女たちはギョッとした。彼女らは、マリアが恥じて口をつぐむと思っていたようだが、その程度で恥じ入るような性格ではない。
せっかく馬脚を現したんだから、利用してあげないとね。などと考えながら涙を流すマリアだ。
「どういうことですか?」
クルスの問いかけに直接答えず、ちらりと侍女たちに視線を送る。ほんの一瞬の動きだが、クルスは目敏かった。
「彼女らが、何か言ったのですね?」
優しげなクルスの顔が険しくなる。侍女たちはうろたえているが、迂闊に反論すると墓穴を掘りかねないために何も言えなくなっている。滑稽だと、マリアは密かに嘲笑う。
「魔力を制御できていないって……ホントにその通りだから……」
「なんてことを……!」
怒りを込めて、クルスが立ち上がった。
その時、マリアの体が傾いだ。
「聖女様!?」
とっさに受け止めたクルスの腕を弱々しく掴み、マリアはゼエゼエと荒い息をつく。
「……どうしてかな……お茶を飲んでから……急に……」
ゴホゴホと激しく咳き込めば、口から鮮血が散った。
「聖女様!!」
クルスはマリアを抱き上げ、侍医のところに走った。
アルトゥロ王子は、クルスからの報告を聞いて医務室に走った。
侍女が聖女のお茶に毒を盛ったという報告は、にわかに信じられなかった。聖女付きに侍女たちは、自分の信頼厚い人物を厳選したはずだったのだ。
「聖女様の具合は!?」
医務室に入るなり怒鳴った王子に、侍医は首を横に振る。
聖女の魔力が消えた、という。
聖女マリアの教育が、思ったより進んでいないのだ。
マリアは別にサボっている訳ではない。むしろ必死に頑張っているように見える。しかし。
「ゴホゴホっ!!」
魔力を浄化へと変換させる術を使おうとすると、マリアの体は拒絶反応を起こしたようになってしまう。
マリアは苦しそうに咳をし続け、ゼエゼエと喉を鳴らしている。
ソファーに倒れ込み涙をポロポロ流すその姿は、哀れとしか言いようがない。
「おい、聖女様は大丈夫なのか? どんどん痩せていっているぞ!」
アルトゥロは魔導士長ディマスにくってかかる。ディマスは肩を竦めた。
「私は医師ではないのでわかりかねます」
「使えん奴だ……!」
アルトゥロはディマスの胸倉を掴み上げた。
しかし王子を止めたのは、苦しそうにしている当の聖女マリアだった。
「アルトゥロさん、彼を責めないで……ゴホッ……私が悪いのよ」
必死にソファーから起き上がり、アルトゥロの服の裾を掴む。
「私の体が弱いから……ごめんなさい……」
「マリア……」
アルトゥロは慌ててマリアに寄り添い、その背中を優しく擦る。
ディマスはフードの上から頭を掻いていたが、仕方がないと溜息を落とす。
「少し聖女様には休んでいただきましょう。このままでは倒れてしまうでしょう」
無理をして余計に浄化が遅れてもマズい。そして必要以上に聖女が辛そうなのを国民に見られたら、王家が虐待しているのではないかと疑われてしまいそうだ。それは避けたい。
「休んでいて下さい、聖女様。医師を手配しますので」
「お医者様は呼ばなくて大丈夫よ。少し休めばそれでいいわ。私の為に、有難う……」
「相変わらず謙虚過ぎですよ、聖女様。私はこれから行くところがあるので離れますが、代わりに護衛の者を置いておきます。ご安心を」
「分かったわ、アルトゥロさん。護衛の方って、クルスさん?」
「え、ええ。そうです」
「良かったです。クルスさん強いし優しいし」
アルトゥロはわずかに口の端を引きつらせた。しかし優しく「ゆっくり休んでください」と言って部屋から出た。
「……うまくいかないな……。何とかせねば……」
廊下で一人、アルトゥロは呟いた。
最近、侍女たちの視線が刺々しい。
マリアは素知らぬ顔をしてお茶を飲みながら、内心でせせら笑っていた。
能力のない女たちが自分を妬んでいる。
無理もない。アルトゥロ王子をはじめとした若き貴公子たちがこぞってマリアに侍っているのだ。
中でも近衛騎士のクルスは、銀髪が見事な見目麗しくかつ高位貴族の出身で、貴族階級出身の侍女たちの憧れの的。そんなクルスが仕事とは言え熱心にマリアの護衛をしているのだから、面白いはずがないのは分かっている。
(でも、しょうがないよね。だって私は聖女なんだもん)
女神に認められた優れた魔力で《瘴気》を浄化する存在なのだから、優秀な人間に守ってもらうのは当然だ。
「――まだ魔力を制御すら出来ないくせに……」
侍女たちの方から声が聞こえてきた。きっとマリアに聞こえるように言ったのだろう。
マリアはゆっくりと顔を上げ、侍女たちの方に目をやる。
そんなマリアの動きに、壁際で控えていたクルスが反応した。
「どうかなさいましたか、聖女様?」
どうやら彼のところにまで侍女の声は届かなかったようだ。彼の藍色の瞳が、気づかわしげにマリアの顔を映している。
マリアは瞳を潤ませた。この程度のことなら自由自在にやれるマリアである。
「ごめんなさい……私が能無しの聖女だから、皆さん不安に思ってるのね……」
マリアの発言に、侍女たちはギョッとした。彼女らは、マリアが恥じて口をつぐむと思っていたようだが、その程度で恥じ入るような性格ではない。
せっかく馬脚を現したんだから、利用してあげないとね。などと考えながら涙を流すマリアだ。
「どういうことですか?」
クルスの問いかけに直接答えず、ちらりと侍女たちに視線を送る。ほんの一瞬の動きだが、クルスは目敏かった。
「彼女らが、何か言ったのですね?」
優しげなクルスの顔が険しくなる。侍女たちはうろたえているが、迂闊に反論すると墓穴を掘りかねないために何も言えなくなっている。滑稽だと、マリアは密かに嘲笑う。
「魔力を制御できていないって……ホントにその通りだから……」
「なんてことを……!」
怒りを込めて、クルスが立ち上がった。
その時、マリアの体が傾いだ。
「聖女様!?」
とっさに受け止めたクルスの腕を弱々しく掴み、マリアはゼエゼエと荒い息をつく。
「……どうしてかな……お茶を飲んでから……急に……」
ゴホゴホと激しく咳き込めば、口から鮮血が散った。
「聖女様!!」
クルスはマリアを抱き上げ、侍医のところに走った。
アルトゥロ王子は、クルスからの報告を聞いて医務室に走った。
侍女が聖女のお茶に毒を盛ったという報告は、にわかに信じられなかった。聖女付きに侍女たちは、自分の信頼厚い人物を厳選したはずだったのだ。
「聖女様の具合は!?」
医務室に入るなり怒鳴った王子に、侍医は首を横に振る。
聖女の魔力が消えた、という。
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