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9.第一王子って全裸で取り押さえられたらしいよ
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セフェリノ第一王子は北の離宮に幽閉中だ。
北の離宮は宮殿というより寂れた塔の残骸みたいな所である。
枯れた森の奥、周囲は高い壁に囲まれ、出入口は全て封じの魔法陣が刻まれている。ほとんど監獄である。
鉄格子が嵌った窓を、セフェリノは憎々し気に見つめていた。
金髪碧眼で細身の美青年である弟のアルトゥロと違い、淡い褐色の髪を短く刈り込み、紺色の瞳を鋭く光らせた精悍な顔立ちの青年だ。質素な服の下には、鍛え上げられ引き締まった、自慢の筋肉質の体がある。
「くそっ! ここから出しやがれ!!」
大きな拳で鉄格子を殴りつける。
セフェリノは怪力だった。剣の腕も一流だったが、組手では誰にも負けたことがない。全て力押しで勝ってきたくらいだ。
通常ならば、この程度の鉄格子ならば変形させることくらい可能だ。
しかし。
バチン! と青白い火花が散り、セフェリノの拳は呆気なく弾かれた。
窓枠にびっちりと刻まれた封じの魔法陣のせいだ。
「ふざけやがって!!」
セフェリノは近くにあった椅子を持ち上げ、窓に叩きつける。しかし椅子が派手に壊れただけで、窓枠や鉄格子には傷一つついていない。
実は、もう何度も同じことを繰り返しているセフェリノである。
かつてセフェリノは、この世の春を謳歌していた。
第一王子であり、王国騎士団の団長。しかも栄えある王都駐屯地に所属する第一騎士団のトップ。
モテた。とにかくモテまくった。
きらびやかな貴族の娘たちに飽きた頃、あの女に出会ってしまった。
アンヘラと名乗った清純そうな美少女。庇護欲をそそる濡れたような大きな瞳と、風に揺れる金糸のような髪。
行儀見習いで王宮に上がっていた男爵家の娘のアンヘラは、他の高位貴族の令嬢たちからよく嫌がらせを受けていた。それを救ったのがセフェリノだった。
そこから深い仲になるのに時間はかからなかった。騎士団総長ベルトランの娘という婚約者がいたが、存在すら忘れていた。
健気で控えめで、それなのに自分に好意を真っ直ぐに向けてくるアンヘラに、セフェリノは溺れた。寝物語に自分が所属する騎士団のことを話せば、アンヘラは興味深そうに聞き入ってくれて、それが心地よかった。
気持ちよくて話し過ぎた。
気が付けばアンヘラは弟王子アルトゥロの手配した衛兵に縛り上げられ、セフェリノ自身は全裸で床に転がっていた。
どういうことかと喚くセフェリノに、アルトゥロは嘲笑を浮かべた。
『敵国のスパイに溺れて情報漏洩……いやはや、なんともご立派な兄上だ』
第一王子殿下に服を与えて差し上げろ、と衛兵たちに命令するアルトゥロの声を、セフェリノは呆然と聞いていた。
そして、この現状である。
アンヘラは処刑されたという。監視の兵士から結果だけ素っ気なく伝えられただけだった。
「くそっ! くそっ! どいつもこいつも……!!」
何度も鉄格子を蹴りつけていたセフェリノだったが、扉の前の床に描かれた魔法陣が輝きだしたことに気が付いて振り向いた。
一日一回の、食事が運ばれる時間だ。
食事のトレイを持った女奴隷が、ビクビクしながら魔法陣の中から現れた。
隷属の魔法陣を額に刻まれた異民族の女は、手を震わせながらも素早くトレイをテーブルに置き、昨日から置かれたままの空のトレイを回収する。
女奴隷は絶対にセフェリノに目を向けないけれど、全身で彼の動向を窺っている。
セフェリノが恐ろしいのだ。
荒れるセフェリノは、使用人に暴力を振るうことをためらわない。今まで何人もの使用人が半死半生の目にあわされていた。だから今は奴隷のみがここに遣わされる。
女奴隷が床の魔法陣に足を踏み入れようとした時、セフェリノはその髪を鷲掴みにした。
「ひぃ……!」
悲鳴を上げる女を力任せに振り回し、壁に叩きつける。千切れた髪が指に絡みついているのが不快で、セフェリノは女の首に手を掛ける。
細い首は、ちょっと捻るだけで折れてしまうだろう。セフェリノは恍惚とした笑みを浮かべた。
その時だった。
「とうっ」
いささか間抜けな掛け声が聞こえたと同時に、右足の小指に激痛が走ってセフェリノは体勢を崩した。
「あがっ!?」
その次は大腿部の外側。
完全に軸足を崩され、セフェリノは無様に転がった。
その隙に、女はセフェリノの手から逃れる。しかし叩きつけられた痛みで立ち上がれない。
そんな女に手を差し伸べた人間がいた。
「大丈夫? って感じじゃなさそうだね。早く外で治療を受けた方がいい」
いつの間にか、部屋の中に一人の少年がいた。質素な服装に、バサバサの黒髪、つるりとした異民族の顔立ち。額に魔法陣がないから、下働きの子供なのだろう。
少年は女を魔法陣に置き、室外に転送したようだ。
「な、何だ貴様!?」
セフェリノは痛む足を押さえながら咆えた。
少年の手を見れば、金槌を握っている。これで足に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「どうも~第一王子殿下の付き人に就任したエリックっす」
付き人と自称するくせに、少年の黒い瞳は挑戦的だ。
セフェリノは鼻を鳴らした。
「嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をつけ。俺に付き人などつく訳が――ないだろ!!」
さっき破壊した椅子の脚を掴み、少年に殴りかかる。
しかし少年は軽やかに後方に跳躍。セフェリノの攻撃は届かない。
「全くっす。こんな所で幽閉されている王子になんて、普通つかないっすよね~」
「侮辱するかお前!?」
今度は中段蹴りだ。足の痛みは怒りでどこかに飛んでいっている。しかし少年はそれもかろうじて避ける。
「あっぶな~」
少年は逃げながら、窓の鉄格子に手を触れた。
「権限移行。術式変換」
鉄格子の表面に刻まれた魔法陣が変形した。
「《結界》から《物理障壁》に変換」
「いだっ!?」
少年の前に見えない障壁が立ち上がり、それを蹴ってしまったセフェリノは悲鳴を上げた。
地味に足のあちこちが痛い。堪らずうずくまった。
そんなセフェリノに、少年はニヤリと笑う。
「落ち着きましたぁ? 王子様?」
「……貴様ぁ、何者だ? 何が目的で入ってきた?」
痛みに脂汗を滲ませながら、セフェリノは少年を睨む。
少年は爽やかな笑顔で両腕を広げる。
「囚われの王子様を……助けにきたんすよ!」
北の離宮は宮殿というより寂れた塔の残骸みたいな所である。
枯れた森の奥、周囲は高い壁に囲まれ、出入口は全て封じの魔法陣が刻まれている。ほとんど監獄である。
鉄格子が嵌った窓を、セフェリノは憎々し気に見つめていた。
金髪碧眼で細身の美青年である弟のアルトゥロと違い、淡い褐色の髪を短く刈り込み、紺色の瞳を鋭く光らせた精悍な顔立ちの青年だ。質素な服の下には、鍛え上げられ引き締まった、自慢の筋肉質の体がある。
「くそっ! ここから出しやがれ!!」
大きな拳で鉄格子を殴りつける。
セフェリノは怪力だった。剣の腕も一流だったが、組手では誰にも負けたことがない。全て力押しで勝ってきたくらいだ。
通常ならば、この程度の鉄格子ならば変形させることくらい可能だ。
しかし。
バチン! と青白い火花が散り、セフェリノの拳は呆気なく弾かれた。
窓枠にびっちりと刻まれた封じの魔法陣のせいだ。
「ふざけやがって!!」
セフェリノは近くにあった椅子を持ち上げ、窓に叩きつける。しかし椅子が派手に壊れただけで、窓枠や鉄格子には傷一つついていない。
実は、もう何度も同じことを繰り返しているセフェリノである。
かつてセフェリノは、この世の春を謳歌していた。
第一王子であり、王国騎士団の団長。しかも栄えある王都駐屯地に所属する第一騎士団のトップ。
モテた。とにかくモテまくった。
きらびやかな貴族の娘たちに飽きた頃、あの女に出会ってしまった。
アンヘラと名乗った清純そうな美少女。庇護欲をそそる濡れたような大きな瞳と、風に揺れる金糸のような髪。
行儀見習いで王宮に上がっていた男爵家の娘のアンヘラは、他の高位貴族の令嬢たちからよく嫌がらせを受けていた。それを救ったのがセフェリノだった。
そこから深い仲になるのに時間はかからなかった。騎士団総長ベルトランの娘という婚約者がいたが、存在すら忘れていた。
健気で控えめで、それなのに自分に好意を真っ直ぐに向けてくるアンヘラに、セフェリノは溺れた。寝物語に自分が所属する騎士団のことを話せば、アンヘラは興味深そうに聞き入ってくれて、それが心地よかった。
気持ちよくて話し過ぎた。
気が付けばアンヘラは弟王子アルトゥロの手配した衛兵に縛り上げられ、セフェリノ自身は全裸で床に転がっていた。
どういうことかと喚くセフェリノに、アルトゥロは嘲笑を浮かべた。
『敵国のスパイに溺れて情報漏洩……いやはや、なんともご立派な兄上だ』
第一王子殿下に服を与えて差し上げろ、と衛兵たちに命令するアルトゥロの声を、セフェリノは呆然と聞いていた。
そして、この現状である。
アンヘラは処刑されたという。監視の兵士から結果だけ素っ気なく伝えられただけだった。
「くそっ! くそっ! どいつもこいつも……!!」
何度も鉄格子を蹴りつけていたセフェリノだったが、扉の前の床に描かれた魔法陣が輝きだしたことに気が付いて振り向いた。
一日一回の、食事が運ばれる時間だ。
食事のトレイを持った女奴隷が、ビクビクしながら魔法陣の中から現れた。
隷属の魔法陣を額に刻まれた異民族の女は、手を震わせながらも素早くトレイをテーブルに置き、昨日から置かれたままの空のトレイを回収する。
女奴隷は絶対にセフェリノに目を向けないけれど、全身で彼の動向を窺っている。
セフェリノが恐ろしいのだ。
荒れるセフェリノは、使用人に暴力を振るうことをためらわない。今まで何人もの使用人が半死半生の目にあわされていた。だから今は奴隷のみがここに遣わされる。
女奴隷が床の魔法陣に足を踏み入れようとした時、セフェリノはその髪を鷲掴みにした。
「ひぃ……!」
悲鳴を上げる女を力任せに振り回し、壁に叩きつける。千切れた髪が指に絡みついているのが不快で、セフェリノは女の首に手を掛ける。
細い首は、ちょっと捻るだけで折れてしまうだろう。セフェリノは恍惚とした笑みを浮かべた。
その時だった。
「とうっ」
いささか間抜けな掛け声が聞こえたと同時に、右足の小指に激痛が走ってセフェリノは体勢を崩した。
「あがっ!?」
その次は大腿部の外側。
完全に軸足を崩され、セフェリノは無様に転がった。
その隙に、女はセフェリノの手から逃れる。しかし叩きつけられた痛みで立ち上がれない。
そんな女に手を差し伸べた人間がいた。
「大丈夫? って感じじゃなさそうだね。早く外で治療を受けた方がいい」
いつの間にか、部屋の中に一人の少年がいた。質素な服装に、バサバサの黒髪、つるりとした異民族の顔立ち。額に魔法陣がないから、下働きの子供なのだろう。
少年は女を魔法陣に置き、室外に転送したようだ。
「な、何だ貴様!?」
セフェリノは痛む足を押さえながら咆えた。
少年の手を見れば、金槌を握っている。これで足に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「どうも~第一王子殿下の付き人に就任したエリックっす」
付き人と自称するくせに、少年の黒い瞳は挑戦的だ。
セフェリノは鼻を鳴らした。
「嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をつけ。俺に付き人などつく訳が――ないだろ!!」
さっき破壊した椅子の脚を掴み、少年に殴りかかる。
しかし少年は軽やかに後方に跳躍。セフェリノの攻撃は届かない。
「全くっす。こんな所で幽閉されている王子になんて、普通つかないっすよね~」
「侮辱するかお前!?」
今度は中段蹴りだ。足の痛みは怒りでどこかに飛んでいっている。しかし少年はそれもかろうじて避ける。
「あっぶな~」
少年は逃げながら、窓の鉄格子に手を触れた。
「権限移行。術式変換」
鉄格子の表面に刻まれた魔法陣が変形した。
「《結界》から《物理障壁》に変換」
「いだっ!?」
少年の前に見えない障壁が立ち上がり、それを蹴ってしまったセフェリノは悲鳴を上げた。
地味に足のあちこちが痛い。堪らずうずくまった。
そんなセフェリノに、少年はニヤリと笑う。
「落ち着きましたぁ? 王子様?」
「……貴様ぁ、何者だ? 何が目的で入ってきた?」
痛みに脂汗を滲ませながら、セフェリノは少年を睨む。
少年は爽やかな笑顔で両腕を広げる。
「囚われの王子様を……助けにきたんすよ!」
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