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20.聖女の慈愛は時限式じゃなくて遠隔操作式

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 王都の反乱軍は、全て鎮圧された。
 首謀者の第一王子セフェリノは騎士団の訓練場の塀に逆さ吊りにされ、毎日ベルトラン総長のサンドバッグにされている。
 とっくに死罪になっていてもおかしくないのに処刑されていないのは、彼を愛するカルディナ・ベルトランが父親に、必死になって助命を願ったからだという。
 サクッと処刑された方がマシな気がするが、たぶん気のせいだろう。
 今日もセフェリノは程良く治癒魔法を掛けられて、己の任務に励んでいる。




 第二王子アルトゥロは忙しい毎日を送っている。
 反乱軍は解体され、憎き兄王子セフェリノはベルトラン総長のストレス解消に利用されている。
 そして鬱陶しい神殿側も、大神官ルカが負傷してから動きが鈍い。
 一時期はルカを斬りつけたのは近衛のクルスだったということで、信者たちの怒りが王家に集中してしまっていた。
 王家にとって、この時が一番の危機だった。
 しかし、その直後に奇跡は起きた。
 聖女を求めて狂っていたクルスが、はらはらと涙を流したのだ。
 ボロボロで悲惨な見た目になってはいるが、元々クルスは花も恥じらう美青年である。
 やつれた顔は、見ようによっては聖女を慕いつつも叶わなかった悲劇の主人公のようで、情に厚い女性たちの紅涙を誘う風情がある。
 要するに、『あの美青年も可哀想』と周囲の人間に思わせたのである。
 クルスの顔面偏差値の高さが生んだ奇跡なのだった。

 そうして、時流は一気に変わった。
 ルカを傷つけたのは良くないが、頑なに聖女に会わせないのも可哀想だから少しくらい会わせてやれーーという論調になった。

 ルカは激怒したが、真珠のような涙を流すクルスの顔面圧力に屈した。

『くっ……私だって可愛いとよく褒められるのに……』

 そうルカは悔しがったという。

 しかし、問題はその直後に起こった。いや、発覚した。
 聖女が姿を消したのだ。
 大神殿前は大混乱になった。

「坊主どもめ……まともに女一人管理出来ないとはな」

 アルトゥロはそう毒づいたが、彼も神殿を馬鹿には出来ない立場である。

「くそっ、聖女は……聖女はどこに行ったんだ!?」

「もう一人の方もさっぱりです……」

 ずっと捨てた方の女を探していた魔道士ディマスも浮かぬ顔だ。
 しかしアルトゥロは、ディマスの表情よりも気になることがあった。

「ディマスよ。ずいぶんと生活が荒れているようだな?」

 目深に被っているフードの下からでも分かる、顔の浮腫み具合。そして吹き出物の数。元が整った顔だけに、その変化は衝撃的だ。
 しかしディマスは自覚していないようだ。不思議そうに首を傾げている。

「確かに捜索で忙しいですが、侍女の皆さんの協力を頂いているので、以前より規則正しい生活なんですけどね……」

 その侍女たちが差し入れてくるデザートという名のカロリー爆弾のせいだとは気づいていないディマスである。
 ちなみに、魔道士たち全員がその状態である。けれど誰もおかしいと思わずに、幸せな顔をして毎日侍女たちの差し入れを待っている。

 アルトゥロは頬を引つらせたが、何も言わなかった。ディマスたちは使い勝手がいいだけの駒である。使えなくさえならなければ、勝手にすればいい。

「アルトゥロ殿下、至急のご報告がございます。よろしいでしょうか?」

 内務卿の侯爵が駆け寄ってきた。白髪のダンディさがウリの侯爵は、喜んでいいのか困っでいいのか迷っているような顔をしている。

「良い。話せ」

「聖女様が現れ、地方を浄化し回っているそうです」

「聖女様が……!?」

 アルトゥロは愕然とした。
 訳がわからないと言っていい。

 聖女として使えそうな異世界の女は二人。一人は毒を盛られて魔力が失われた。しかも《浄化》の魔法の発動方法も知らない状態だったはず。もう一人は何故か魔法を操るようだが、捨てられたことを恨んでいるだろうから浄化を自ら行う動機がない。
 一番考えられるのは、どこかの反王家の貴族に保護されて、その指示で動いているという可能性だ。

「聖女一行の構成はどうなっている? 人数はどれくらいの規模だ?」

 今度は地方で反乱が起きたかとアルトゥロは焦ったが、内務卿は困惑したままだ。

「それが、二人だけなのです」

「何だと?」

「転移魔法を使っているのでしょう。突然聖女様とお付きらしい少年があちこちに現れて、浄化を行っているのだそうです」

「それは凄い!!」

 ディマスが横から叫んだ。

「《浄化》程ではありませんが、《転移》も高度で相当な魔力量が必要な魔法です。そんな魔法を自然に身に着け、自在に操るとは、なんて素晴らしいんでしょう! さすが聖女として召喚された二人!!」

「召喚された二人?」

 ディマスの声大きさに引き気味だったアルトゥロだが、真顔になる。
 何を今更? と言わんばかりのディマスの表情が腹立たしい。

「お付きの少年というのも、異世界人の片割れでしょう。廃棄されてから男装をしていたらしいですから」

「なるほど。ということは、あの女たちは自分から浄化に赴いたのか。これは好都合じゃないか。早速、王家の願いを受け入れて浄化に向かったのだと民に宣伝するんだ!」

 アルトゥロが叫んだ。
 内務卿は頷き、踵を返す。
 その時だった。

『はぁい! マイダーリンたちぃ。聞いてるぅ?』

 王宮内のあちこちにある魔導装置がガタガタと妙な動きをしたかと思うと、マリアの明るい声が装置から響いた。

「マリア……?」

 アルトゥロは動揺した。聖女は地方を浄化しているはずではないのか?
 ディマスはうひょーと奇声をあげた。

「凄い! 凄いですよ、これ! 装置の魔法陣が全て書き換えるられてます。いつの間にこんなことを!?」

 凄く嬉しそうだ。

『だいたいアレも集まったからぁ、愛しのみんなにプレゼントするね~?』

「アレ……?」

 アレとは何だ? アルトゥロは嫌な予感に頬を引つらせる。

『これは、私にベタベタした人にだけあげるのよ~?』

「ベタベタとは……?」

 内務卿が首を傾げた。
 その横で、アルトゥロは大きくよろけた。

「あ、あ、あ、あああああ!!!」

 喉を掻きむしり、体を捩りながら悶絶する。

「殿下!?」

 内務卿と侍従たちがアルトゥロに駆け寄った。
 ディマスは近寄らなかった。彼もまた、ゲホゲホと噎せながら崩れ落ちる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図の始まりだった。





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