聖女様の護衛騎士な私

こもろう

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前編

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「お願い! 助けてあげて!」

 聖女様がその大きな目にたっぷりと涙をためて、我々の前に立ちはだかる。
 華奢でたおやかな、心優しい聖女様。
 食事用のナイフより大きな刃物など一度も持ったことのない、ほっそりとした腕を大きく広げて、うずくまる者を庇っている。
 清く正しい聖女様。貴女はいつも優しさと思いやりに満ちている。

 けれど私は感情を殺した目で彼女を見つめ、いつもより硬い声をかける。

「おさがりください、聖女様。そこは危のうございます」

「いやよ!」

 聖女様は激しくかぶりを振る。漆黒の髪が広がり、涙の雫が散ってキラキラと光る。
 ああ、美しいな。呑気にも、私は一瞬そんなことを思う。
 ああ美しい聖女様。清廉潔白な聖女様。

 そういえば、“あいつ”もよくそう呟いていたな。わずかに目を細めて、どこか寂しく、そして眩しいものを見るような眼差しで。

『聖女様は汚れ一つなく美しい』

 だからこそ、我々はやらねばならないのだ。

 私は構えていた長剣の剣先を下げ、こわばっている表情筋を無理やり和らげて微笑みらしきものを浮かべる。これで少しは聖女様の恐怖が薄らぐだろうか? と思いながら。

「お願いです、聖女様。どうかこちらへおいでください」

 そっと手を差し伸べれば、彼女はわずかに逡巡する。
 けれども、そこまでだ。優しい聖女様はしばしば酷く頑固になられる。
 ポロポロと真珠のような涙をこぼしながらも、聖女様はキッと眼差しを強くする。

「いやよ。どかないわ。あなたたちが完全に剣を収めない限り」

「それは無理です。貴女様が背に庇われているのは悪辣な刺客です。他の誰でもない、聖女様を殺めるために雇われた敵です」

 そう。こともあろうに聖女様は、ご自分の命を狙って窓から飛び込んできたこの賊を、その身で庇って助けようとしているのだ。

 賊は一人。短剣を何本も持っていて立て続けに投擲しながら我々護衛の者たちをかく乱し、その隙に聖女様に刃を突き立てようとした。
 小柄で強い力はないが、素早い身のこなし。フードを深くかぶっていてその顔は見ることができないが、力がある組織で訓練されていたのだろう。
 しかし護衛していた我々は精鋭四人。手慣れた刺客を相手にしても、力量でも数の上でも後れを取ることはない。
 窓が開いたことに気づいたと同時に、腰の長剣を抜刀。短剣を全て叩き落とす。踏み込んだ勢いをそのままに、聖女様と刺客との間に体を躍らせる。
 そして賊の刃が聖女様に届くより先に、わたしの剣は刺客の腕を切り裂いた。凶刃は床に落ち、賊の傷から噴き出た血がその上に降り注ぐ。
 浅い。これでは賊を止められない。
 私は息を吐きだすこともなく、そのまま刺客の息の根を止めんと剣を刺突の構えにする。

 けれど、出来なかった。
 聖女様が私と賊の間に飛び込んできたからだ。
 まるでさっきの私のように。けれども聖女様が相対するのは賊ではなく私。
 華奢な体目いっぱい伸ばし、聖女様が叫んだ。

「殺さないで!」

 ――なんとお優しい、聖女様。

 剣を構えたまま、「はぁ?」と半眼になってしまったのは許してほしい。

「この国の法律と教会法ともに、聖女様のお命を狙うものは速やかに誅すべし、とあります。それに、裏で操る黒幕を探ろうにも、その刺客はどう見ても末端。使い捨てです。生かしておいて尋問するだけ無駄なのです」

 深くかぶったフードに、体の線が出ない黒装束。それでもこの刺客の小ささや細さは見て取れる。そしてお優しい聖女様も、そのことに気づいているのだろう。

「だったらっ! この子はただ命令されただけってことでしょう? きっと無理やり命令されて、嫌々やらされているんだわ! だから助けてあげましょうよ! ほら、こんなに怯えていて可哀そう……!」

 確かに、賊は震えている。床にうずくまり、切り裂かれた腕を押さえながら。
 やれやれ……
 私は剣を下ろし、他の三人にも構えを解くよう合図をする。同僚たちは無言のまま剣を鞘に収めた。彼らの目には、白けた色がかすかに浮かんでいる。
 そんな我々の様子に、聖女様は表情を明るくする。かすかに紅潮した頬が愛らしい。

「そうよ、そう……。この子は無理やりやらされているのよ。私と同じ――。魔物を退け、瘴気を浄化しろって命令された私と同じ。本当だったらこんな恐ろしい……血にまみれた所になんかいたくないのよっ!」

 平和で清潔だったという異世界から落ちてきた聖女様は、うずくまる刺客と同じように震えて叫ぶ。
 その爪まで整った美しい手で刺客のフードをそっと外し、現れたその頬を優しく撫でる。そして私が斬った傷を癒しの御業で治していく。
 刺客の顔は、予想通り幼いものだった。汚れた小さな顔、濡れたように光る大きな紫色の瞳。

「綺麗な目ね。もう大丈夫よ。私があなたを守ってあげる……」

 聖女様は何か呟いた。声が小さすぎて聞き取れなかったが。
 刺客の傷が完全に癒えると、聖女様は再び私の前に立ちはだかった。

「決めたわ! この子を私の従者にする!」

 その時だった。刺客が音もなく立ち上がり、聖女様の首に手をまわした。癒えたばかりの手には、新たな短剣があった。

「え? どうしたの? 私を信じていいのよ!?」

 うろたえる聖女様を見つめる私の視界の端で、同僚の一人が動いた。さっきの刺客と同じように、短剣を投擲したのだ。
 投げられた短剣は、刺客自身のもの。それは正確に刺客の肩に突き立った。
 聖女様を抑えていた腕を緩めた刺客の喉に、私は己の剣先を突き刺す。
 肉を断つ感触をそのままに、私はさらに突き進む。剣先は賊の頸椎に当たり、華奢な刺客の体はそのまま背後に吹き飛んだ。
 刃を食いこませたまま手首を捻り、一閃。辺りを染め上げる大量の鮮血。
 聖女様を殺めようとした刺客は、私の手によってほとんど首を落とす状態で絶命した。

 剣先がこぼれてしまった。研ぎ直さねば。
 そんなことを頭の片隅で考えている私の背後で、聖女様は絶叫していた。

「いやああああ! な、なんで!? どうして!?」

 聖女様はへたり込んでいた。腰が抜けたのだろう。それでも刺客の屍から少しでも離れようとしているみたいに、じりじりと尻で後ずさっている。
 しまった。聖女様の繊細な精神には刺激が強すぎた。
 私は慌てて剣を鞘に戻し、聖女様の前に膝をつく。そしてできるだけそっと手を差し伸べた。

「もう大丈夫ですよ、聖女様。賊は片付けました。ご安心ください」

 けれど聖女様はさらに大きな悲鳴を上げた。

「やだっ! 血塗れじゃない! 近寄らないでよ、人殺しいいいい!!!!」

 私を見る聖女様の眼差しは、恐怖と嫌悪にまみれていた。





 ほどなくして、私は聖女様の護衛の任を解かれることになった。

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