聖女様の護衛騎士な私

こもろう

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後編

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「理由はわかっているな?」

 片膝をついた私の前に立ちはだかるのは、王太子殿下。――かつて私の婚約者だった人だ。
 その陶磁器のように美しい眉間に皺を寄せ、聖女様よりはるかに強い憎悪の眼差しを私に向けている。

「わかりません」

「なんだと?」

「私はただ、聖女様の護衛という職務を全うしていただけです。聖なる御身に傷一つつけてはおりません」

 己に恥じることはない。力が及ばないならば、なお一層励むのみ。
 そう思いながら言い切った私に、殿下はフンと一つ鼻を鳴らした。

「よく言うものだな。だが、お前は聖女様を傷つけた。体ではない。その心だ。あのお方の美しく繊細なる精神を、恐怖によって蹂躙したのだ。助命の願いを踏みにじり、目の前で残忍な殺人を見せつけることによって、な」

「聖女様がそのようにおおせなのですか?」

「聖女様は何もおっしゃらん。ただ酷く怯え、そして憂えていらっしゃる。だが、健気にもそれを隠し、私に微笑んでくれるばかりだ」

 殿下は嘆かわしいとかぶりを振る。

「お前も聞いているだろう。聖女様はもともと争いのない世界からいらっしゃったお方だ。優しく、愛に満ちた方だ。その清らかなる聖女様は、決してお前らのような血に塗れた人間に汚されてはならん」

「お言葉ですが……聖女様をお守りしたいという思いは私も同じです。だからこそ、私のような、聖女様の代わりに血を被る人間が必要だと考えます」

「ふん。口先だけならどうとでも言える。どうせお前は、腹の中では婚約破棄された腹いせに聖女様に精神的圧力をかけてやろうと企んでいるのだろう。せっかく聖女様がお前を護衛騎士にと推薦してくれた恩も忘れて」

「…………」

 呆れた。確かに私はもともと侯爵家の娘で、かつて王太子殿下の婚約者という立場だった。だが、それは過ぎたことなのに。
 もともと政略で結ばれた婚約だった。それでもあの頃の私は、殿下への温かな想いがあった。殿下が「聖女様と婚約する。お前はもうただの臣下だ」と言った瞬間から、その想いも淡雪のように消えてしまっていた。もう何もない。

「もうよい。さがれ。二度とこの王宮で会うことなないだろう」

 殿下は野良犬を追い払うような仕草で、私に退出を促した。

 王宮を退出する時、回廊の向こうに聖女様と側付きの人々の姿があるのに気づいた。
 側付きは、みんな顔見知りの者だった。全員、王太子殿下の側近候補の高位貴族の子息たちだ。みんな示し合わせたように、手に花や宝飾品などを持っている。毎日のように聖女様に貢物をしているという噂は本当のようだ。
 彼らに囲まれて、聖女様ははにかみながら微笑んでいた。肩や腰に腕を回されて真っ赤になりながらも、華やかな笑い声を上げている。
 美しく、平和な光景。
 聖女様に剣や血は似合わない。





 結局、私は騎士団を辞めた。入団する時に侯爵家とは縁を切っているから、貴族ですらない自由の身。
 騎士団の給金と愛剣だけを手に、冒険者にでもなろうかと思い、旅立つ。
 何しろこの国は、聖女様がいても浄化は追いつかず、地方に魔物が頻出しているという。
 今までは騎士団が命じる地へしか赴任できなかったが、これからは自分で選んでどこにでも行ける。
 いくら死ぬ気で鍛えたからといって、貴族の令嬢上がりの剣の腕前には我ながら不安だが、それでもそれなりに実戦経験はある。少しでもこの能力を生かしたい。

 とある北の国境付近。最近魔物の数が増えているというその地に立った私は、驚いたことにそこで“あいつ”と再会した。

 かつて聖女様を眩しそうに見つめていた、あいつ。
 聖女様をその身で庇って片目を失った、同僚だった男。

「驚いたな……。侯爵令嬢がこんな辺境にいるなんて」

 どちらともなく誘い合って入った居酒屋で、彼はそういって隻眼を細めた。
 二人のテーブルには、温めた香辛料入りの葡萄酒。まだ本格的な冬にはなっていないが、北方の空気は冷たいのだ。

「よしてくれ。もう貴族でもないし、令嬢でもない」

 私は苦笑して肩をすくめる。簡素な毛織物の上下に、古びた外套。髪は騎士団にいた頃よりもさらに短くして、うなじで無造作にしばっているだけ。おまけに肌だって薄くはあるが傷だらけ。こんな令嬢がいたら驚きだ。

「そして騎士でもない」

「そうか……」

 元同僚の眼差しが、かすかに揺れる。同情し、憐れんでいるのだろう。

 王太子から婚約を一方的に破棄され、聖女様からそのまま護衛騎士になってほしいと懇願され。
 それまで令嬢のたしなみとして短剣を扱う程度の訓練しかしていなかったのに、貴人を護るためだと騎士団に放り込まれ侯爵家と縁を切られて、文字通り血反吐をまき散らすほどの訓練を受けて。
 指導官から受けた傷を癒す間もなく着任すれば、ぽっと出の聖女様を信用できずに亡きものとする勢力から毎日のように刺客を送り付けられて、それをただひたすら排除する毎日。
 そんな血塗られた毎日でも、貴族として護衛としての矜持をもっていた大切な日々だった。
 だが、それさえも失った。

「まあ、いいさ。これからは自由の身だと割り切って、冒険者とかやってみようかなんて考えているんだ。もう人型の魔物でも躊躇なく倒せるからな」

「へえ?」

「そういうお前こそ、ここで何をしているんだ? 商売を始めた……ようには見えないな」

 改めて元同僚の姿を眺める。
 ぱっと見、商人風の軽装だが、その毛織物の上着の下に革の胸当てが着こまれているのがわかる。そして何より、腰に長剣を帯びている。
 私の視線を受けて、彼はニヤリと唇の端をつりあげた。

「あんたが冒険者になるとしたら、俺は先輩になるな」

「なるほど」

「知っているだろうが、ここいらは魔物の出現率が高い。騎士団の助けを待ってなんていられない土地だから、冒険者の需要が高い。正直、いくらでも人手が欲しいんだ。あんたも冒険者になるって言うんなら、歓迎するよ」

「そうか。ではやはり冒険者だな」

「綺麗な仕事じゃないけどな」

「だが、誰かがやらなければならないことだ」

 怯えて泣いていた聖女様を思い出す。血に塗れた私に、恐怖と嫌悪を隠せなかった綺麗な人。
 それでも私は剣を振るうことをやめない。
 いくらでも血を被ろう。
 これが私の守り方だから。

「俺には、あんたの方が綺麗に見えるけどな……」

「何か言ったか?」

「いや、今はまだいいさ」







 数年後。辺境を初めて訪れた聖女一行が魔物に襲われた時、ある冒険者夫婦が助っ人に現れて見事聖女の命を助けることがあった。
 助けられた聖女はその冒険者夫婦の手を取って、何度も頭を下げながら泣いていたという。


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感想 1

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みんなの感想(1件)

石高
2020.09.25 石高

この聖女は法律より自分の感情が優先されて当然と考えてるのね。

2020.09.25 こもろう

感想有難うございます\(๑╹◡╹๑)ノ♬

聖女「この世界の法律の方ががおかしいの……!」

と思っている聖女です(;ŏ﹏ŏ)

おかげで周囲が大変です……

解除

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