あなたの子ではありません。

沙耶

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「どうしてですか!何故アナスタシア様が離宮へ!?」

王太子妃の部屋へ前触れもなくセドリックの従者が訪れると、離宮へ移動するようアナスタシアへと命じた。

「王太子殿下が決められたことです。陛下も許可されています」

「アナスタシア様は王太子妃殿下ですよ!?離宮のカザル宮はしばらく誰も住んでない柵に囲まれた宮殿ではないですか!!」

「王太子殿下が決められたことですから」

ハッキリとした口調で淡々と話す従者に、アナスタシアは断れないことを理解した。

「エディット、もういいわ。分かりましたと殿下に伝えてください」

アナスタシアが従者に向かって小さく頷くと、セドリックに早く報告するためか、従者はお辞儀をして部屋を出て行った。

エディットは訴えかけるような目でアナスタシアを見る。

「アナスタシア様、どうしてですか?」

エディットは怒りからか体がプルプルと震えていた。

「……殿下には、愛妾がいるの」

アナスタシアは辛くて言えなかったことを口にすると、エディットは目を見開き驚いた。

「それは、本当ですか?」

「ええ、昨日殿下から伝えられたの……だから……」

最後の方は声が震えて言葉にならなかった。
アナスタシアは苦しげに目を伏せると、エディットは強く唇を噛み締め激高した。

「アナスタシア様を侮辱しています。決して許すことはできません!公爵様に話しましょう」

「お父様に言っても無駄だわ。王太子妃になるためだけに私は育てられたの。むしろ怒られるかもしれないわ」

(報告しても殿下の心を繋ぎ止められなかったお前が悪いと言われるだけよ……)

アナスタシアが美しい顔を歪ませると、エディットは公爵を思い出したのか、拳をぎゅっと握りしめた。

「アナスタシア様は、許せるのですか?殿下は幼い時からずっと一緒だったアナスタシア様を裏切ったのですよ?」

「許す許さないの問題ではないの。殿下が決めたことなら仕方ないわ」

(私には拒否することさえも許されなかった……)

「離宮に、引っ越すのですか?」

「それが彼の願いなら仕方ないわ……」

アナスタシアは涙を堪えるように微笑むと、エディットは胸が締め付けられたように瞳を潤ませた。

「アナスタシア様は、まだ殿下を愛しておられるのですか?」

「…………」

エディットは聞くべきではなかった。アナスタシアは辛そうに、苦悩に満ちた表情で、優しく笑ったから。
全てを受け入れなければいけないと自分に言い聞かせるように。

「私は王太子妃としての仕事をするだけよ。例え愛されなくても……」

アナスタシアはまた哀しそうに笑う。エディットはアナスタシアのために何も出来ない自分が悔しくて仕方がなかった。

「アナスタシア様は、いつも辛い時ほど、心配させないように笑いますね。旦那様に叱られたときも、妃教育で辛かったときも、殿下に冷たくされたときも……そして、今も……」

エディットの悲痛な声にアナスタシアが息を呑むと、エディットはアナスタシアの代わりに泣くかのように、ポロポロと涙を溢した。

声を殺してむせび泣くエディットに、アナスタシアは困ったように眉を下げると、その繊細な指先でそっとエディットの涙を拭っていった。

「わ、私はアナスタシア様の味方です!うっ……」

泣き続けるエディットに、アナスタシアは柔らかく微笑むと、ありがとうと優しく抱きしめた。

アナスタシアの味方は、エディットだけだった。
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