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26 セドリック5
しおりを挟むセドリックはスティーブンを内密に呼び出そうとしたが、反ってセドリックがスティーブンに呼び出された。
「ここは誰も近寄らないからな」
スティーブンはセドリックを離宮へと連れてきた。
離宮のカザル宮殿は、長年使用されていない場所だ。
真っ暗で手入れのされていない宮殿に、こんな深い夜近付くものはいないだろう。
スティーブンはその薄汚れた玄関口の扉を開く。
キィッという音と共に扉が開くと、荒れ果てた玄関ホールがセドリックの目に映った。
スティーブンとセドリックが歩くたびにカツカツと音が響く。
他の誰かが来たらすぐに分かるような、シンとした真っ暗な空間だった。窓から差し込む月の明かりで、わずかにスティーブンの顔が見えるほどだ。彼はセドリックと同じ黄金の瞳でじっと伺うようにセドリックの顔を見つめていた。
まるで何かを確かめるように。
「どうしたのですかこんな場所で」
セドリックが無表情で淡々とした口調で切り出すと、スティーブンは考え込むように顎に手を当てた。
「お前は王太后をどう思う?」
ドクン、とセドリックの心臓が跳ねる。
「……陛下は、どう思いますか?」
セドリックの心臓はドクドクと波打つように早くなっていったが、無表情を貫き通し質問を返した。
もしスティーブンが母側だった場合、下手なことは話せないからだ。
そんなセドリックの心を知ってか知らずか、スティーブンは顔を顰めて苦く笑った。
「俺はお前を信じよう……お前、王太后に何か言われているな?」
ドクンとまたセドリックの心臓が跳ねるが、長年無表情を保っていたせいか、セドリックの表情が動くことはなかった。
「何故そう思ったのですか?」
セドリックの質問にスティーブンは苦しそうに眉根を寄せる。
「まずはお前に謝りたい。
国王の慣れない業務で忙しく、お前をあまり気にかけてやれなかった。息子のように可愛がっているつもりだったが、形だけだったな……。王太后に任せておけば大丈夫かと思っていたんだ。
お前の母だし、王太后は優しく見えたから……
でもな、成長したお前を見て思ったんだ。誰かと全く同じだと。似ていると……」
「……誰に、ですか?」
「……クライヴにだ」
ぎゅっとセドリックの心が苦しくなる。
そんなセドリックに、スティーブンは悔いるように話し続けた。
「お前の無表情は、クライヴの顔だ。お前が見せる笑顔も、クライヴの表向きの笑顔だ。
お前の、セドリックの本当の笑みを、俺はここ数年見ていないことに、ようやく気付いたんだ……お前は本来もっと、表情豊かだっただろう……」
ぐぅっとセドリックは唸りそうになった。
だがセドリックの表情は崩れなかった。
「……それで、母と何の関係が?」
「王太后はクライヴを心底愛していたからな……」
(知っていたのか……)
「弟だからな。クライヴの特徴も態度も、俺が一番よく知っている。
まさかとは思うが、お前の顔が似てるからってクライヴの真似をさせられてるんじゃないよな?」
「……そうだと、言ったら?」
「……っ何故言うことを聞く!」
「……事情があるのです……」
セドリックはもうスティーブンを信用していいと判断すると、母のことをポツリポツリと話し始めた。
セドリックのこと、アナスタシアのこと、母と話した内容……そしてこの数年の出来事を……
全ての話を聞き終わったスティーブンは、苦しみに耐えるかのように顔を歪めていた。
「……そんなに、狂っているとは……」
「……信じてくれるのですか?」
「ああ……でも随分気付くのが遅くなってしまった……すまなかった……」
スティーブンは後悔するように唇を噛み締めた。
「いえ……でも今知ってもらえたことで、対策が打てます」
スティーブンは顔を上げ、セドリックを国王の顔で真っ直ぐ見つめた。
「お前は婚約者を守りたいんだな?」
「はい、協力してください」
「分かった。任せてくれ。」
スティーブンは強く頷いたが、次の瞬間、頭を悩ませた。
「使用人は変えられるが、しばらく王宮は荒れるだろうな。王太后派はかなり多いからな。俺も今まで協力してもらい、上手くやってはきていたが……」
そこで言葉を区切ったスティーブンに、セドリックは憂える。
「……叔父上は、味方になってくれるのですよね?」
セドリックは国王陛下ではなくわざと叔父という言葉を使った。
スティーブンとして、一人の人間として、セドリックの力になってほしかったからだ。
「なろう……お前の味方に……」
顔を上げて笑うスティーブンに、セドリックは安心したように小さく息を吐いた。
「お前の話を聞くと、王太后が婚約者に何かしてもおかしくはないな」
「はい」
「……結婚したらこの離宮へ住ませた方がいいかもな。柵があるし入り口も一つだから対策もしやすい」
「……はい」
(アナスタシアは結婚後すぐ離宮へ引っ越すと聞いたら、どう思うだろうか……)
セドリックが顔を曇らせていると、スティーブンはセドリックの心を読み取るかのように口を開いた。
「引っ越す前に理由を話せばいい」
「……話せる、でしょうか?」
「まだ怖いのか?婚約者が倒れたことが」
「はい……」
「俺から話そうか?」
「止めてください!!絶対に、止めてください……」
セドリックは顔を歪めて俯くと、スティーブンはセドリックを痛々しい目で見つめた。
セドリックは、アナスタシアを失ってしまうと思ったあの瞬間が、今も目に焼き付いて離れなかった。
アナスタシアと話すことで、優しくしてしまうことで、母が何かアナスタシアにするのではないかと、セドリックはいつも怯えていた。
(アナスタシアを失うのだけは、嫌だ……)
セドリックはあの日以来、母を排除するまでは、アナスタシアには何も話さないでおこうと決めていた。長年母に監視され続けたせいで、いつどこでバレてしまうのか、セドリックは不安で仕方がなかったのだ。
あの事件はセドリックの心に深く突き刺さり、心の傷になっていた。
(アナスタシアを、守りたい……)
母を片付けた後は、アナスタシアを誰よりも大事にするんだ。
昔のように……
セドリックは、そう、思っていた。
それが間違いだと気付かずに……
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