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第3章
第66話 直面
しおりを挟む香織も少しバイトに興味が湧いてきていた。
「パスタ屋さんとかオシャレだなぁ。私もバイトしよっかなー。」
求人情報誌を見ている皆は同じ事を思っていた。
菜都も見ているうちにバイトをしてみたくなり、自分がバイトしている姿を想像しながら楽しんでいた。
「飲食店は賄いが出るから良いぞ~。」
「え!タダで食べれんの!?」
陽太の目が輝く。
「おう!ただなぁ・・・俺のバイトしているラーメン屋はすっごく不味いんだよ。だから賄いが出ても食べきれねぇ・・・。」
「いや食べろよ。」
「そうだよ勿体ない!!」
教室内は笑いに包まれた。
明るい性格の英二は、初対面の菜都たちとあっという間に馴染んでいた。
「ところで陽太は何でバイトしようと思ったんだ?うちの高校はバイトするなら申請しないといけないよ?」
兄の琉緒が尋ねる。
「あー、俺カノジョができてー。あっちはバイトしてるから小遣いも多いし金銭感覚が少し違うんだよなー。だから俺もバイトしてぇって思って。」
「確かに貯金とか遊ぶお金とか自分で稼ぎたいよねー。」
「だろ?いい社会勉強にもなるし、俺はバイトを始める!・・・ただ本当に何をすればいいのか分からねぇ~~~。」
「私コンビニで働いてみたいな。」
菜都が目を輝かせながら言った。
「菜都がバイトするなら俺も考えようかなー。」
唯一、あまり興味なさそうにしていた琉偉が食いついてくる。
「琉偉と同じバイト先はイヤだからね。」
「何でさ!?」
「・・・だって、ミスとかして怒られてるところ見られたくないし・・・。」
「か、かわいいかよ!」
英二がツッコんで再び教室中が笑いに包まれた。
「んー、俺は焼肉屋とか気になるなぁ。英二さんどう思う?」
「俺は1ヶ月だけ焼肉屋で働いた事がある。ちなみにホールだ。・・・ハッキリ言って俺には向いていなかった!」
「何がいけなかったの?」
香織が尋ねると、英二は堂々と答えた。
「肉の種類の見分けが全くつかん!」
「あははっ!もー辞めて。今日は笑いすぎてお腹が痛いよ。」
「でも俺も種類覚えれる自信がねぇなぁ・・・。バイトって難しい・・・。」
ため息をつく陽太を見て、菜都も心の中で同意していた。
少しどんよりした空気の中、みんなの視線は再び求人情報誌へと戻る。
そんななか、琉緒が冊子を開いたまま立ち上がった。
「ちょっと俺トイレ~。」
「あいよー。」
教室から出ている琉緒を見て、菜都は思った。
(ひょっとして今って2人で話せるチャンスじゃないの!?)
バイトに乗り気になった琉偉は冊子に釘付け。
ただトイレに行くだけだから何とも思われないだろう。
「ちょっと私もトイレ~・・・。」
「んー。」
静かに立ち上がり菜都は教室を出た。
(一番近いここのトイレだよね・・・?)
菜都は周囲に誰もいないことを確認して”男子トイレ”へと入っていく。
すると手洗い場で手を洗っている琉緒を見つけた。
琉緒は蛇口を止め、正面を見た途端
鏡越しに移る菜都に気付き、一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔を作って振り向く。
「菜都ちゃん、ここ男子トイレ・・・。」
まさか間違えたわけではないだろう、と分かっているが
奥のトイレを指さしながら一応伝える。
「・・・”ここ”で2人きりで話せるのは初めてだね・・・琉緒。」
「はははっ。いつもはお兄さん呼びで敬語なのに珍しいね。嬉しいから良いけどさ。」
「何で琉緒はここにいるの?」
いつも通り優しい琉緒に対して菜都は真剣な表情のまま尋ねると、琉緒も察したように表情から笑顔がなくなる。
本当は菜都がずっと自分(琉緒)と話したそうにしていた事を知っていたからだ。
「菜都ちゃんの言う”ここ”ってそういう意味だよね。答えるとしたら・・・僕は君の思っている琉緒じゃない。」
「え、どういうこと・・・?琉緒じゃないの?」
確かに自分が知っている琉緒とは全然違った。
顔は琉緒そのものだが、性格や話し方に違和感があった。
「その前に僕からも聞きたい。菜都ちゃんの記憶が戻っているんだろうとは思ったけど、もう全部思い出してるのかな?」
「思い出してる・・・私は菜都じゃない。美癒だよ。」
うんうん、と頷きながら琉緒は菜都の腕を掴んでトイレの個室へと連れ込んだ。
少し驚いたが、堂々と男子トイレにいるよりは個室にいた方がいいと理解した。
「ごめんね、もし部活動で残ってる誰かがトイレに来たらいけないからさ。」
「大丈夫。それで、琉緒じゃないってどういうこと?私が美癒だって言っても驚かないし・・・どこからどう見ても琉緒じゃん・・・。」
訊ねながら菜都の目からは涙が少しずつ流れてきた。
本当の自分を知る人物とようやく話せることに、少しずつ涙腺が緩んでくる。
「あわわっ泣かないで!えっと僕は・・・ジンだよ。分かるかな?神使任務のジン!」
服の袖で慌てて涙を拭きながら答える琉緒・・・いや、ジン。
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