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第3章
第76話 気概
しおりを挟む突然の大きな声に驚く琉偉。
「どうした!?」
慌てる美癒に、琉偉の声は届いていなかった。
返事がないまま、琉偉は不思議に思いながら首を傾げる。
(なくさないようにペンダントにしたんだった・・・!)
美癒は”何で忘れていたんだ”と自分が嫌になりつつ
服の中に隠れていたペンダントを慌てて引っ張り出した。
長いチェーンの先には、神様から頂いた”羽”が付いている。
神様の羽を両手で包むと、薄っすらと温もりを感じた。
その温もりは美癒の手から全身へと包みこむ。
”もしかしたらーーー”、そう期待してしまう。
高鳴る鼓動を落ち着かせようと深呼吸をする。
(美癒、この羽を使いなさい。)
突然、美癒の心の中に響くソプラノの声。
それは一度聞いただけで忘れられない綺麗な声だ。
(・・・神様?)
空耳?いや違う、確かに心に響いてきた。
美癒は慌てて跪き・・・ゆっくりと周囲を見渡す。
しかし神様の姿は見当たらない。
そんな美癒の行動を、琉偉は不思議そうに「何してんだ?」と言いながら見ていた。
(あなたが私の羽に気付いてくれて良かった。やっと声が届くわ・・・。
美癒、この羽で早く帰って来なさい。)
やはり神様が美癒に語りかけていたのだ。
それよりも美癒の期待通り、神様の羽が助けになりそうだった。
(え・・・?やっぱりこの羽を使ったら・・・帰れるんですか?)
(ええ。寧ろ、それしか方法は無いの。私の力なくして扉から出ることは出来ないわ。さあ早く。)
(わ、分かりました!)
もしも神様から頂いた羽に気付けなかったら・・・
その前に、神様から羽を頂いていなかったら・・・と思うと背筋がゾッとした。
美癒は立ち上がり、琉偉の腕を掴む。
「さあ行くわよ。」
「え?」
心配そうな眼差しを向けていた琉偉に、強気に笑ってみせる。
そして反対の手で羽を頭の高さまで上げると光を放ち・・・美癒の背中に大きな翼が生えてきた。
(わあ・・・キレイ・・・神様の翼みたい・・・って、神様の羽だもんね、当たり前か・・・。)
同様に驚く琉偉を横目で見ながら急いで飛び立つ。
どこに向かえば扉まで帰れるのか分からなかったが、
翼が誘導してくれていることがすぐに分かった。
そのまま進むと遠くに扉が見えてきたのだ。
扉を目にしたことで一安心したのは琉偉も同じだった。
「あの扉だよな!?」
「きっとそう。良かった・・・。」
「これで一緒に生き返れるな。」
---琉偉の一言で美癒の表情から笑顔が消えた。
嬉しそうに笑う琉偉に、自身の現実を突き付けられた。
「なんで私が菜都だと思うの?」
「・・・うーん・・・確かに見た目が違うもんなぁ。何でだろ?でもどこからどう見ても菜都だし・・・。」
直感とは言え、美癒を見た瞬間から菜都だと分かっていたので、それを説明しろと言われても難しいことだった。
「残念だけど私は”美癒”よ。ここで生きてるから【この世】には帰れない。あなたとは生きている世界が違うの。」
琉偉は、”美癒”という名前を聞くと
兄の琉緒と菜都がトイレで会話していた内容を思い出した。
2人の会話には琉偉の知らない名前”美癒”が何度も出てきていたから。
正直、当時の2人の会話だけでは全く意味が理解できていなかった。
あまりに現実離れした内容だったから当然だ。
対する美癒は、冷静さを保とうと必死だった。
琉偉は、そんな美癒の冷たい言い方に少しムッとしながら言い返す。
「菜都じゃないなら、何で俺を助けてる?俺は”美癒”を知らない。・・・それに”帰れない”って言ったけど、その言い方はおかしい・・・やっぱり菜都だからだろ?」
琉偉は、兄の琉緒と同じく頭の回転が早かった。
そして彼女が”菜都”ではないという事実に納得がいかないようだ。
琉偉は、琉緒・菜都・美癒、3人の関係は一体何なのかを知りたかった。
一方の美癒は”行けない”ではなく、”帰れない”と言ってしてしまったことに後悔した。
「そうね・・・私が”美癒”であることは間違いない。・・・けど、水上バイクで事故を起こすまでは、私が”菜都”だった。」
【この世】にいる菜都のためにも、今ここで琉偉に事実を言うべきではないということは分かっていた。
・・・分かっていたが、止まらなかった。
美癒が言葉を続ける。
「でも今は”美癒”として生きている・・・これが本来の姿。
琉偉は”今の菜都が好き”って言ってたよね?・・・それは私じゃない。
あ・・・責めてるわけじゃないから誤解しないでね、本当に。
菜都と幸せになって欲しいって心から思ってるわ。だから・・・。」
美癒は言葉を止めた。
このままだと感情に任せて突っ走ってしまいそうだった。
ここで冷静さを失ったら、必死に堪えた涙が零れてしまう。
「確かに、事故を起こした後から菜都は別人みたいに変わった・・・けど、まさか本当に別人だったなんて・・・思うわけ・・・思えるわけないだろ・・・。」
琉偉は耳を疑う事実に困惑しながら言葉を濁す。
今でも菜都が別人だなんて信じられなかった。
美癒も琉偉の言い分に”そりゃあそうでしょ”と同感していた。
「聞いて・・・”今の菜都”と琉偉はすごくお似合いよ。私達は姉妹なの。だから大切な妹を・・・菜都を傷つけたら許さないから。」
「でも、俺と最初に付き合っていたのは菜・・・”美癒”なんだろ!?」
2人は扉の前に着いた。
「・・・そうね、最初に付き合ってたのは私。・・・ありがとう。
でもこれからは菜都をお願い・・・そして、琉緒をお願い・・・。」
”幸せだったよ”
そう思いながら、美癒は力強く扉を押す。
とても重く、琉偉も一緒になって押してくれた。
ギイィィィーーーーー・・・
暗闇に光が差し込む。
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